AD物語II 第10話 「ブラインド・ゲーム」



〜橘いずみのオールナイトニッポンの想い出〜
 僕らが働いているこの世界・・・俗に「業界」と呼ばれているところは、  メチャクチャな縦社会です。  目上の者の言うことは「絶対」です。  この平成の世の中でこれほどの封建制度が残っているのは、  この「業界」と大学の「応援団」ぐらいじゃないかってぐらいの「縦社会」です。  この「縦社会」で、最も困っているのが、  放送作家と呼ばれている職種の人たちじゃないでしょうか。  番組のメイン放送作家は「先生」待遇ですが、  駆け出しの放送作家は「足軽」以下の扱い。  人間みな平等をうたった「日本国憲法」もびっくりの差別です。
 「加藤いづみのANN」のあと、金曜2部で始まった、  「橘いずみのオールナイトニッポン(以下、ANN)」には、  放送作家さんが2人ついていました。  1人は、メイン放送作家の「稲庭さん」。  そしてもう1人は、当時、駆け出し放送作家の「鈴木くん」。  すでに、非常にわかりやすい図式ができあがってますね。  ワクワクしますねぇ。  もー、ドキドキして、ガマン汁が出てきちゃった人、いるでしょ?  当時の「橘いずみのANN」は、怖くて怖くて仕方ありませんでした(笑)。  というのも、このANNのスタッフには、  日本いじわるランキングのTOP3が揃い踏みしていたからです。  ディレクターのKさん。橘いずみのマネージャーのOさん、  そして、メイン放送作家の「稲庭さん」。  この3人より、いじわるな人は、この世には存在しません(笑)。  普段の仕事の現場では「プロの仕事」を見せてくれる、  本当にすばらしい方々なのですが・・・・、
 彼らの本領が発揮されるのは「飲み会」の席です。  「飲み会」のお知らせがスタッフ間に出回ると、  鈴木くんは、そのたびに青い顔をしていました。  1次会は、毎回非常に穏やかで、  「今後のANNをどうしていくか・・・。」  ・・・的な非常に建設的な飲み会なのですが、  各人の体内にアルコールが蓄積される終盤から、  その様相は急速に悪化していきます。  「あれぇ〜? なんで、肉があまっちゃってるのかなぁ?」  「ホントだぁ。肉、あまらしちゃマズイだろ。」  会場は「食べ放題」の「しゃぶしゃぶ」です。  「食べ放題」故に、みんなすでにのどまで肉を詰め込んじゃってます。  「鈴木くん。」 「はいっ!」  「お肉、いただいちゃいなさい。」 「は〜い☆」  むろん、鈴木くんもすでに体を揺すると、  口から「ゴマだれ」が溢れちゃうくらい肉を詰め込んでいる状態です。  でも・・・、『先輩スタッフの命令』は『神様の命令』と同義。  「そんな、まづそうに食べられると、おごる側としちゃ気分悪いなぁ。」  「あれ? 鈴木くん、お肉、おいしくないのかなぁ?」 「おいしいで〜す☆」  「若いんだから、いっぱい食べないとね。」 「は〜い☆」
 しゃぶしゃぶのお店を出て、今度はスタッフ全員で「バー」に向かいます。  さあ、ここから、鬼も泣き出す地獄の2次会の始まりです。  「あっれ〜? 鈴木くん、お酒減ってないんじゃないの〜?」  「ホントだぁ。酒、飲まないとマズイだろ。」  「鈴木くん、そのグラスに残ってるの、飲んじゃいなさい。」  ・・・「飲んじゃいなさい」ったって、  グラスの水割りはほとんど手をつけてないような状態です。  なみなみとつがれちゃってます。  そりゃそうでしょう。  1次会のしゃぶしゃぶ、詰め込むだけ詰め込んじゃってるんですから、  これ以上、口には何も入らないってもんです。  でも・・・、『先輩スタッフの命令』は『神様の命令』と同義。 「いっただきまーす。」  心地のいいご挨拶をして、鈴木くんはグラスの水割りを一気に飲み干します。  「あっれ〜? 鈴木くん、まだまだ、お酒飲めるんじゃない。」  「ほら飲んで飲んで。」  鈴木くんのグラスには再び水割りが作られます。  「あっれ〜? 鈴木くん、変だな〜。またお酒が入っちゃってるよ。」  「鈴木くんの軽快な飲みっぷりを見たいな〜。」  最近の中学生ならブチ切れて、バラフライナイフで相手を刺しちゃうくらいの、  典型的な「イジメ」の図式です。  でも・・・、『先輩スタッフの命令』は『神様の命令』と同義。  鈴木くんの返しは、こうです。 「ホントだ。お酒が。何でかな〜。」  「いただいとく?」 「いっただきまーす。」
 30分後、鈴木くんは、トイレとソファを何回も往復したあげく、  机の上に突っ伏して、寝てしまいました。  これまた、わかりやす〜い酔いつぶれの状態です。  「稲庭さん、ペン持ってますか?」  その一言から、今度は、寝ている鈴木くんの顔をキャンバスにして、  大落書き大会です。  眉毛を太くしたり、瞼に目ん玉書いたりするのは、もちろんのこと、  顔中に「放送禁止用語」をかかれています。  ひどいのになると、  「彼氏ができますように。」  「パイロットになりたい。」  ・・・なんて書いてある。  七夕の短冊じゃないっつうの!
 「鈴木くん、鈴木くん、大変だよ!!」  「・・うん。・・・は・・・い?」  「大変! 大変!!」  「はい、起・・・きます。」  落書きに飽きてしまうと、  今度は寝ている鈴木くんを無理矢理たたき起こします。  「鈴木くん、目が覚めたかなぁ?」 「は〜い☆」  「鈴木くん、君が寝ちゃうから、場が白けちゃったよ。」  「す・・・すいません!」  「ちょっと、なんかおもしろいおもちゃ買ってきてよ。」  「は?」  「お・も・ちゃ!」 「は〜い。行って来まーす。」  鈴木くん、夜の街へと猛ダッシュで飛び出していきます。  時刻はすでによるの11時にならんとしています。  こんな時間に「おもちゃ屋さん」なんか、開いてるはずがありません。
 小1時間ほどして、鈴木くん、なにやら包みを抱えて帰ってきました。  「おそかったじゃない。どこまで行ってたの?」 「あ、新宿2丁目まで。」  「あほか!」  みんなが呆れ返るのもムリありません。  ここは、渋谷です。  「おもちゃを買ってこい」・・・と命令された鈴木くん。  機転を利かせて、新宿2丁目の真ん中にある、  「大人のおもちゃ屋さん」で、いろんなエログッズを買ってきたのです。  さすが放送作家!  でも、お店の人、怖かったでしょうね。  だって、顔中に「放送禁止用語」書いてある男が、  深夜0時に、エログッズ買いに来てるんですよ。  ボクなら、警察呼びますね。
 こうして鈴木くんのおかげで「飲み会」は最後まで、  楽しい雰囲気(?)で、無事に終了。  「鈴木くん、この後どうする?」  「小林さん、どうします?」  「あ、俺、LF(ニッポン放送)戻って、ちょっと仕事。」  「あ、ボクも原稿書かなきゃいけないんで、LF戻ります。」  「じゃ、タクシーで、行こっか。」  「はい。」  タクシーに乗り込むと、鈴木くん、バッグの中から、なにやら取り出します。  「何それ?」  「あ、コールドクリームです。」  「え?」  「母親の。」  「何でそんなの持ってきてんの?」  「前の飲み会で、顔中に落書きされましたからね。」  「それを見越して今回は、コールドクリーム持参・・・・と。」  「はい!」    おみそれしました。
 そんな鈴木くんも、今ではすっかり一人前の放送作家さんです。  ナインティナインの「メチャいけ」や、「SMAP×SMAP」の放送作家として、  スタッフロールに名前も出ています。  これを読んだ全国の「イジメられっこ」の諸君。  イジメられてるのは、君だけじゃないんだよ・・・・。  がんばって生きていこうね。
続く  1998/04/24

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