AD物語II 第34話 「プライベート・タイム」



〜「アンドロイドアナ=MAICO2010」の想い出2〜
 「ですからぁ、そこに関しては、ボクは作家さんの意図をくんでですね・・・、」  「ちょっと待って下さいよ。作家さんの意図をくむのなら、ここも変えるべきではないでしょ?」  「いや、それは分かりますが、演出上、こっちは変えた方がですね・・・、」  「それは、役者として、演じられませんよ!」  前略、母さん。  スタジオの中では、また、神田さんとアニキがやりあってます。  1シーンの演出をめぐっての攻防が、もうかれこれ20分は続いているわけであり。  母さん。20分です。  < BGM 北の国から〜遙かなる大地より / さだまさし >
中 編
 母さん。  「2010年ラジオの旅・アンドロイドアナMAICO=2010」も、  番組開始から3ヶ月もすると、スタッフ・出演者みんなが慣れ親しんできたと思われ。  当時は、1回の収録で2週分を録っていたわけで。  なんていうか、1ヶ月に2回の収録があったということであり。  当時、番組には、4人のディレクターが就いていたわけで。  チーフで原案の勅使川原さん。  サブの神田さん。  編集係の森クン。  そして、ダビングディレクターのボク・・・というのがその内訳で。  月当たり2回の収録は、勅使川原さんと神田さんが交互にディレクターを務めていたわけで。  勅使川原さんがディレクションする回は、  やけにおちゃらけたコントのような内容のモノが多く、  一方、神田さんがディレクションする回は、  シリアスでヘヴィな内容のモノが多かったわけで。  当然、コントな内容のモノより、シリアスな内容のモノの方が、  収録に時間がかかるのは、火を見るよりも明らかであり。  役者さんも、ピリピリしていることが多いわけで。  これはもう、勅使川原さんが楽をするための陰謀だった、  ・・・というのがもっぱらの評判で。  でも、単なる偶然ということも考えられるわけで。  真実は今となっては闇の中でも、  神田さんがヒィヒィ言いながら収録していたのは事実であり。  母さん、事実です。  特に、主役(マスダマス)のアニキこと緒方恵美さんと、  セリフの言い回しで衝突していることが多かったように思われ。  「ですからぁ、そこに関しては、ボクは作家さんの意図をくんでですね・・・、」  「ちょっと待って下さいよ。作家さんの意図をくむのなら、ここも変えるべきではないでしょ?」  「いや、それは分かりますが、演出上、こっちは変えた方がですね・・・、」  「それは、役者として、演じられませんよ!」  母さん。  さっきから2人が譲らないのは、 『私は、コレをなおします。』  ・・・というセリフに関してであり。  アンドロイドである「MAICO(丹下桜)」を、それを作った「マスダマス(緒方恵美)」が、  果たして、『コレ』と呼ぶかどうかというのが問題になっているわけで。  神田さんは、作家さんの書いたとおり、  「MAICO」を「モノ」としてあつかった方がいいと主張し、  マスダマス役の緒方恵美さんは、「マスダマス」のキャラとしては、  「MAICO」をあくまでも「人間」としてあつかい、  『コレ』ではなく、『この娘(こ)』と表現したいと主張しているようで。  両者の主張はどちらも正しく、どちらも間違いではないわけであり。  演出家と役者という、両者のぶつかりは、プロとしての戦いであり。  ボクは、それなりに、いや、かなりの感動を覚えていたわけで。  しかし、このセリフ1つで、すでに20分の膠着状態が続いていたのもまた事実で。  母さん、つらいです。  「ちーす。」  「あ、松田さん!」  「どう? 順調に進んでる?」  母さん。  不意に副調のドアを開けて入ってきたのは、  「MAICO」全200話の脚本をすべて1人で書き上げるという、  もはや、ギネスブックに載せてもいいんじゃないかと思われるくらいの偉業を成し遂げた、  スーパーライターの松田さんであり。  「松田さん! いいところに!」  「どうかしたの?」  「いいですから、いいですから。すぐスタジオん中に入って下さい!」  「はあ?」  母さん。  ライターの松田さんは、ワケ分からずのまま、膠着状態のスタジオの中に入って行ったわけで。  「あ、松田さん!」  「松田さん!」  「はあ・・・・?」  「ここのマスダマスのセリフなんですけど!」  「はあ・・・・?」  「『コレ』のままの方がいいんですよね?」  「ふんふん。」  「私としては『この娘』の方がいいと思うんですけど!」  「ふんふん。」  「松田さんは、どう思いますか!?」 「別にどっちでもいいよ。」  松田さん、そりゃないぜ。  そりゃないじゃないか。  先ほどまでの、2人のぶつかり合いを、  ボクは少なからず、感動をおぼえて見ていたわけであり。  それは、日頃いい加減なボクにとって、ある種のさわやかさがあったとも言え。  ああ、それなのに・・・。 「鎧袖一触とは、このことか・・・。」  byアナベル=ガトー
 前略、母さん。  お台場に夏が来ました。  お台場で迎える初めての夏です。  ボクは、非常に困った状態におちいっていたわけで。  「アンドロイドアナ・MAICO=2010」がスタートした時点からの約束になっていた、  ラジオドラマ・CD化計画  ・・・通称・カルネアデス計画(?)が、いよいよ本格的に始動したわけで。  この計画の総指揮をとるのが、どういうわけか、このボクになってしまったわけであり。  計画が始まった当初から、CDは3枚発売されることになっていたわけで。  CD発売元のコナミの池田さんと何度も話し合いがもたれました。  母さん、話し合いです。  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  小林・池田、お台場海浜公園を望む24階打ち合わせ応接セットにて。  これまでの「MAICO」のオンエアリストを前に。  池田「小林さん、どのエピソードと、どのエピソードをCDにします?」  小林「うーん、コレとコレと・・・コレですかねぇ。」  池田「うーん、そうでしょうねぇ。」  リストに◎を付ける池田。  小林「あ、コレも入れておかないと、話がわかんなくなっちゃうかも。」  池田「あ、そうですね。」  小林「1枚目には、この4つ(オンエア的には4週分)を入れるってことで。」  池田「はい、結構です。」  小林「で、『MAICO』の主題歌の、『Tune My Love/丹下桜』も入れて、と。」  池田「あ、いいですねぇ。」  ニヤリと笑う、小林・池田。  カメラ、あおり気味に。  小林「あとなんか入れます?」  池田「NG集なんか、入れちゃいますか?」  小林「お、いいじゃないですか。」         <時間の経過>            <PHOTO By JIN=SATO>  小林「時に、池田さん。」  池田「は?」  小林「CDの収録時間って、なんぼ?」  池田「74分〜75分がデッドじゃないですか?」  小林「ふんふん。」  池田「ま、73分が安全マージンをとったギリギリのライン。」  小林「ほほー。」  池田「どうかしました?」  小林「これ、どーやっても、入りませんよ。ざっと計算して、90分以上ありますもん。」  ビックリ顔の池田。  小林「で、この、CD用のマスターテープの納品、いつまでですか?」  池田「来週いっぱい。」  小林「今日、金曜日だから、今週はほとんど終わりですね。」  池田「そうですね。」  小林「するってぇと、来週1週間で、90分をCD用に73分に再編集しろ、と?」  池田「そういうことですな。」  小林「〆切、来週いっぱいとか言って、ホントはもっと先でも大丈夫なんでしょ?」  池田「いや、ダメですな。」  小林「何故?」  池田「再来週から、お盆休みですから。」  小林「おっと、そうでしたな。」  池田「なんとしても休み前に納品していただかないと。作業が滞ってしまいます。」  小林「ほほー。では、〆切を守れないときには?」  池田「ま、分かりやすく言っちゃうと、『発売延期』ですな。」  小林「『発売延期』ですか。」  池田「はい。」  小林「それは、池田さん的にも、お困りの状態になってしまわれるわけですね?」  池田「はい。それはもう、大変なお困りの状態です。」  小林「ははははははは。」  池田「ははははははは。」  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  ヤバイじゃん。  母さん。ヤバイです。  呑気にお茶飲みながら、談笑している場合ではないわけで。  今すぐにでも作業にとりかからないと、最悪の事態になってしまうわけで。  母さん。徹夜です。  でも大丈夫。  本当に困ったときに唱えるおまじないの言葉を、おばあさまから聞いていたわけであり。  ボクは、暖炉の奥に隠してある、古くて青い石を取り出し、クビからぶら下げて、  「リテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・アル・ネトリール」  ・・・と唱えてみたわけで。  すると、青い石から暴力的なまでの一条の閃光が輝いたわけで。  おまじないは、  「あのさ、まーじで困っちゃってんのよ。ちっと手伝ってくんない?」  ・・・という意味であり。  光の指し示した方向から、 「なんすか?」  ・・・と、やってきたのは、  残酷シリーズ・副監督の稲垣ノリユキなわけで。  これを、ニッポン放送では、 「コバジュンの困ったときの稲垣だのみ。」  ・・・と呼ぶわけで。
 母さん。  稲垣の大車輪の活躍によって、  わずか1週間で、90分のテープは、なんとか73分におさまったわけで。  ボクもコナミの池田さんも首をくくらなくても済んだということであり。  1週間後、ボクはテープを持って池田さんに会っていたわけで。  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  小林・池田 またまたお台場海浜公園を望む24階打ち合わせ応接セットにて。  小林「いやあ、一時はどうなることかと。」  池田「いやあ、無事に仕上がって良かった良かった。」  小林「時に、池田さん。」  池田「何でしょうか、小林さん。」  小林「『MAICO=CD』の第2巻なんですが。」  池田「ほほう。」  小林「コレとコレとコレとコレを入れようと思っているのですが。」  池田「ふむふむ、いいんじゃないですか?」  小林「さらに、オマケとして、MAICO登場人物、命名の裏話を入れる・・・と。」  池田「お、いいじゃないですか。」  小林「ただ、問題がございまして。」  池田「と申しますと。」  小林「これがまた、90分ほどの時間でして。」        <時間の経過>            <PHOTO By JIN=SATO>  小林「・・・池田さん。」  池田「は?」  小林「で、この、第2巻用のマスターテープの納品、いつまでですか?」  池田「来週末。」  小林「それはまた、何故?」  池田「来週頭、お盆休みですから。」  小林「おっと、そうでしたな。」  池田「休み明けには納品していただかないと。作業が滞ってしまいます。」  小林「ほほー。では、〆切を守れないときには?」  池田「ま、『発売延期』ですな。」  小林「『発売延期』ですか。」  池田「はい。」  小林「それは、池田さん的にも、お困りの状態になってしまわれるわけですね?」  池田「はい。それはもう、大変なお困りの状態です。」  小林「ははははははは。」  池田「ははははははは。」  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  まじヤバ。  えーと。リテ・ラトバリタ・ウルス・アリアロス・アル・・・・・  それが、97年夏の出来事でした。
 続く  1999/01/24

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