AD物語II 第35話 「ロマネスク」



〜「アンドロイドアナ=MAICO2010」の想い出3〜
 母さん。お台場に冬が来ました。  お台場は、海が近いせいか、風が妙に冷たいわけで。  その風は、骨の芯まで、凍らせるような迫力があり。  おまけに、東京の新名所ともなってしまった「球体」でお馴染みの、  「ニッポン放送・フジテレビビル」によって、その風は猛烈な「ビル風」に変わり。  そんな風の中を歩いた日にゃ、「死」を感じることもあるわけで。  ちなみに夏は、湿気たっぷりの風が吹くため、クソ暑いわけであり。  母さん。最悪です。  そんな中、ボクらが命をかけていた「MAICO=2010」は、  幸か不幸か、年を越えても、相も変わらず続いていたわけで。  母さん。98年です。  < BGM 北の国から〜遙かなる大地より / さだまさし >
後 編
 母さん。  この頃、すでにMAICOは、150本以上が放送されており。  しかしながら、お台場のニッポン放送本社は、有楽町の頃と違い、  モノをしまっておく場所が絶対的に少ないという、困った状態におかれており。  150本を超えるテープを、保管しておく場所なぞ、皆無に等しいわけで。  母さん、皆無です。  放送済みになったテープは、ある程度の数が溜まると、  袋詰めされたあげく、ボクの車のトランクに次々と搭載されていったわけであり。  それはもう、自分の荷物を積むスペースが無くなってしまうということで。  本来、ボクの車(四駆)は、車検上、7人乗れることになっているにも関わらず、  こんな状況では、3人乗るのもままならない状況であり。  仕方なく、「MAICO」チーフDの勅使川原さんに、苦言を呈するほか無いわけで。  「勅使川原さーん。」  「何?」  「ボクの車のMAICOのテープ、なんとかなんないスか?」  「『なんとか』って?」  「LFの倉庫とかにしまっとけないッスかね?」 「無理。」  母さん。  会話が終了してしまったと思われ。  テープは、結局、ボクの車に積みっぱなしにしておくよりほか無いようであり。    「それより、コバジュン。」  「は?」  「困ったことになってるワケよ。」  「何がですの?」  「『MAICO』、今後の展開、どうしようかと思って。」  「『どうしようか』・・・って言われても。」  「いやー、煮詰まっちゃってるのよ。」  「ふえ?」  「どうする? そろそろMAICO、殺しとく?」  「いや、『殺しとく?』・・・って、そんな。」  「もういいでしょ。殺しちゃお。」  「いやいや、『殺しちゃお』・・・って、そんな。」  「殺しとこうよ。」  「殺しちゃって・・・そのあと、どうするんですか・・・?」  「MAICO=2011型を出すワケよ。」  「はあ?!」  「MAICOのパワーアップヴァージョン。」  勅使川原さんは、「ヴァージョン」の「ヴァ」を、  ご丁寧にも下唇をかみながら、発音されていたわけで。  「2011型の声優さんは?」 「みやむ〜。」  「・・・。」  「やってもいいって言ってたよ。こないだ。」  「いや、そうは言っても。」  「まずいかね。」  「まずいでしょ。」  母さん。ピンチです。  勅使川原さんは、相当煮詰まっていると思われ。  とんでもないことを言い出してしまったわけで。  だいたい、「みやむ〜(宮村優子さん)」は、  「MAICO」と同じように「ゲルゲット・ショッキングセンター」の中で放送されていた、  「カフェ・デ・ゲルゲ」という完パケ番組でもラジオドラマをやっていたわけで。  両方のラジオドラマに出演することなど、到底考えられないはずであり。  「うーん。やっぱ、MAICO殺そ。」  「いや、ですから・・・。」  「いいのいいの。MAICO、3月でおしまい!」 「げ。」
 母さん。  そんなこんなで、MAICOは3月いっぱいの放送になってしまったわけで。  急遽、MAICOスタッフ全員に召集がかかり、  どのようにしてMAICOを終わらせるかの、意見会が開かれたわけで。  母さん。意見会です。  「どうしますか。MAICO、どうやってケリつけます?」  「MAICOは、当初の予定通り、コンピューターウィルスで死ぬわけですが。」  「ま、それは、いいんですよ。」  「ふんふん。」  「問題なのは、ここ数週間のMAICO、あんなに暗い話でいいんですか?」  「そうなんだよなー。MAICOって、あのハチャメチャ感がよかったのに。」  「そうそう。ここんとこ本当に暗いよ。」  「あれじゃ、MAICOじゃないよなあ。」  「いやいや、あれはあれでいいんですよ。ああしないと、殺せないんですよ。」  「いや、そもそも、殺す必要あるのかね?」  「それは、番組が始まったときからの予定ですから・・・。」  「そういうもんかねえ。」  母さん。  喧々囂々の話し合いが展開されたわけで。  MAICOスタッフが全員集まって、MAICOの内容について話し合ったのは、  後にも先にも、この時だけだったのは言うまでもないことであり。  MAICOは、コンピューターウィルスに感染して、  その汚染が、だんだん、MAICOの記憶を消していってしまう・・・と。  そして、最後のタイムリミットの瞬間、  自殺をしようとしているリスナーに、  最後の力を振り絞って、メッセージを送る・・・と。  ストーリーは、そんなところであり。  母さん。  ラジオコントだったはずのMAICOが、すっかり、  シリアスドラマです。
 こうなると、収録スタジオは、ものすごい緊張感に包まれるわけで。  普段のMAICOの収録は、  まずリハーサルで、通しの台本読みがあり、  その後、部分的に台本や演技のなおしが入り、  そして本番。  ・・・という形をとっており。  この収録スタイルは、近年のアニメブームによって増えた、  ニッポン放送のラジオドラマを収録する際のスタンダードな形とされ、  俗に「MAICOスタイル」とも呼ばれるわけで。  「MAICO」のあとにラジオドラマ化された、  「ダブルバインド」や「ひざの上のパートナー」などは、  すべて、この「MAICOスタイル」で収録されており。  ところが、MAICO終盤のこのシリアス編に入ってからは、  この「MAICOスタイル」が使えなくなってしまったわけで。  それは、出演者から、こんな依頼があり。  「あのー。リハ、無くすわけにいかないでしょうか?」  「へ?」  「この台本ですと、リハの最中に泣いちゃって、本番までテンションがもたないなあ、と。」  「あらま。」  「願わくば、1発録りでいかせていただきたいなあ・・・と。」  収録するシーンは、マスダマスが、MAICOに、ウィルス感染を告知するという、  非常に悲しいシーンであり。  これはもう、役者さんの号泣は、想像に難くないわけで。  リハで泣かれちゃっちゃあ、本番でのテンションは確かに下がると思われ。  できれば「1発録り」にしたいと思うのが人情であり。  「うーむ。松田さんどうですか?」  勅使川原さんは、サウンドマンのミキサー・松田氏を見たわけで。  涙目です。  ミキサーの松田さんは、  MAICOが終盤のシリアス編に入ってからは、なくてはならない人になっており。  ダビングの際の演出は、この人がほとんどやっちゃってた感があり。  まともにドラマなんぞ作ったことのないMAICOスタッフの中で、  唯一、昔ながらの職人の技法を持ったミキサーさんです。  そんな松田さんが、「1発録り」なんぞ許すわけがないと思われ。  リハの間に、マイクのレベルや役者さんの立ち位置を計算していくのが普通なわけで。  リハを無くすなんぞ、  言語道断破邪剣征桜花霧翔であり。  ・・・しかしながら。  「やりましょ。」  松田氏は、そう言い切ったわけで。  母さん、男です。いや、漢(おとこ)です。  勅使川原さんの顔がパッと輝きます。  録音、再開なわけで。  予想通り、このシーンの収録では出演者が大泣きだったわけで。  感動です。  役者さんの演技にも感動しましたが、  松田さんのミキシング技術に、圧倒的に感動を覚えたわけで。  リハ無しの一発勝負。  ワンミスも犯せない、この大プレッシャーの中で、それをわけもなくやってのけた・・・。  これはもう、神技です。  母さん。感動です。
 3月26日(木)。  とうとう、この日がやってきました。  「2010年ラジオの旅・アンドロイドアナMAICO=2010」、最後の日です。  ボクは、夜、恵比寿でインターネットラジオの仕事が終わってから、  タクシーの乗り込んで、一目散に、お台場に向かったわけで。  この日の「ゲルゲットショッキングセンター」は、  「MAICO最終回スペシャル」と題して、  緒方恵美さんと、丹下桜さんが生登場の予定になっており。  現場に立ち会わないと、あとで、緒方さんからチクチクいじめられるのは明らかであり(笑)。  行かないわけには参りません(笑・笑・笑)。  「運転手さん、すんません。ニッポン放送、聴かせてもらえますか?」  「あ、はい。」  ラジオから聞こえてきたのは、  コンピューターウィルスに侵され、瀕死の状況のMAICOを、  タツモト局長が、タクシーでニッポン放送まで運ぶシーンであり。  その模様がまるで今の自分の状況とダブって見え。  早くLFに行かなくちゃ!  お台場に着いたのが23時頃。  間に合った。  最終回最後のシーンは、スタジオで聴けそうです。  エレベーターが24Fにつくと同時に、1スタまで猛ダッシュ。  母さん、ダッシュです。  「はあ、はあ。間に合った・・・。」  「あ、アニメキチ○イ。」  「ホントだ。」  「遅かったじゃん。」  待っていたのは、神田さんに、稲垣に、勅使川原さんなわけで。  相変わらず口が悪いわけで。  でも、スタジオにスタッフが全員そろっているのは、  やはりこの作品にかけた並々ならぬ思いがあるものと思われ。  23時半。  MAICO、放送終了。  スタジオにいる、MAICOスタッフ全員が泣いてるわけで。  いや、緒方恵美さん・丹下桜さんら出演者も泣いてるわけで。  番組最終回に泣いたのは、本当に久しぶりであり。  デーモン閣下のオールナイトニッポンの最終回以来ではないかとも思われ。  神田ディレクターなんか、声出して泣いちゃってるわけで。  しかしながら、「ゲルゲ」の生放送スタッフは、  コレといって「MAICO」に思い入れがあるわけではないので、  その奇妙な風景をキョトンとした目で見ていたわけで。
 < BGM 北の国から〜遙かなる大地より / さだまさし >  母さん。  こうして、1年に及ぶ、ラジオ版の「MAICO」は終了しました。  年間200本の連続ドラマという、  近代ラジオ史では、前人未踏の記録がここに樹立されたわけで。  ラジオ版の「MAICO」は、終わってしまいましたが、  「MAICO=PROJECT」は、終わってしまったわけではなく。  ボクらが冗談で言っていた、  いつか、アニメになって、  ビデオ発売なんかになったら笑っちゃうよね。  ・・・が、ホントの話になっちゃったわけで。  98年の4月から、衛星放送でアニメ化になることが決まったわけで。  なんか、夢のようです。  それが、98年の春の出来事でした。
 あ! 「MAICO」の  CD作ったときのギャラ、  まだもらってねぇや!
 続く  1999/01/31

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