AD物語III 第1話 「AD、リングに立つ!」



 1999年秋、あの超有名情報誌「ぴあ」が、
 「ゆずのオールナイトニッポンスーパー(以下、ANN)」のもとに、
 イベントを開催してくれないか・・・という話を持ってきた。
 その企画は、要約するとこんなもんである。

 「秋だから、ゆずで学園祭っぽいことやって。」

 場所は横浜文化体育館。
 4000人からのお客さんを入れられる会場である。
 無料のイベントである上、今のゆずの人気からすれば、
 このクラスの会場であれば、あっという間にいっぱいになるであろう。
 無難にこなせば、すで成功が約束されたイベントである。
 ああ、選ばれし者の恍惚と成功、ともに我にあり。

 が。

 「ゆずのANN」のスタッフは、

 「えー、めんどくせーよー。」
 「急がしいんだっちゅうの。」
 「断っちゃえ、断っちゃえ。」

 やる気ナッシング。
 何とか、このイベントの開催を回避しようと、この企画書を差し戻し。
 そのかわりに、
 「ゆずのANN」で盛り上がっている大仁田厚のパロディコーナー、
 「大北田厚のこれが邪道の生きる道」をメインにしたイベントならやってやる。
 ・・・と、大きな態度に出てみた。

 なおかつ。

 ステージにリングをくみたい。だの、
 大北田厚の入場の際にスモーク焚きたい。だの、
 リングのロープに触れたら大爆発を起こしたい。だの、
 ありったけのわがままを企画書に書いて提出した。
 なんせ、イベントやりたくないワケで。
 こんだけわがままいえば、「ぴあ」もあきらめるだろうと。

 ところが。

 どういうわけか、「ぴあ」がこの無茶苦茶な企画に大乗り気。  ていうか、「ぴあ」としては、  「ゆず」を使ったイベントがやりたくて仕方なかったようであり。  なんだかなあ。  「え? あの企画通っちゃったの?」  「そうなんすよ。」  「どうすんの?」  「やるしかないでしょ。」  「せっかく、金出してくれるっていうんだし。」  「やりたいこと、やらせていただきますか。」  「そうね。」  こうなると、俄然やる気満々になるスタッフである。  「やっぱ、イベントのタイトルは『大北田厚講演会』でしょ。」  「で、入場ン時には、『WILDTHING(大仁田入場テーマ)』でしょ。」  「そいで、二酸化炭素のスモークがバーっと出て。」  「花道の両脇には、火のついたトーチがズラッとあるのね。」  「北川君(ゆずのリーダー)は、大仁田のカッコで入場。」  「松尾君(ディレクター)と石川君(構成作家)は若手のカッコで。」  「岩沢君(ゆずのサブリーダー)は?」  「うーむ。レフリーのカッコでしょう。」  「で、花道の先には、リングが待っている・・・と。」  「リングに上って、『ファイヤー!』って叫ぶと、ドカーンと爆発が。」  「いいね、いいねー。」  「ロープに触れると、これまた、ドカーンと爆発が。」  「最高ですな。」  ・・・何のイベントだ?
 ふつうこの手のイベントだと、  番組のスタッフ以外に、助っ人のスタッフが何人かやってくる。  例えば、98年版のアニメ紅白歌合戦の場合、  通常のアニガメ(番組)スタッフの他に、  4〜5人のディレクターがかり出されていた。  今回のゆずのイベントも、4000人のお客さんが入る。  いくら何でもゆずのANNスタッフ5人だけでは手が足りない。  「・・・というわけで、今回のイベントは助っ人がいません。」  「はあ?」  「イベントの日、LF+Rのスタッフはみんな忙しいようでして。」  「LF+R」というのは、ニッポン放送のヤングタイム枠のこと。  99年春より、ニッポン放送の夜9時〜朝4時半までの夜帯は、  「さよならニッポン放送」をスローガンに、  「LOVE&FRIENDS RADIO」=「LF+R」という、  新レーベルを発足。  しかし、この「LF+R」担当のディレクターは、7人しかいないわけで。  手が足りないったらありゃしない。・・・らしい。  「どうすんの?」  「ま、ゆずのANNスタッフだけでやるしか無いッスね。」  「そんなあ。」  「ま、なんとかなりますよ。」  ここでいう、ゆずのANNスタッフ5人というのは、  ディレクター・松尾、  構成作家・石川、  ミキサー・清水、  AD・コバジュン、  AD見習い・鈴木、  ・・・の5人である。
 イベント開催2日前。  ミキサー・清水さんは、イベントで使う機材のチェック。  ライター・石川君は、イベントの台本作成。  AD見習い・鈴木くんは、台本のコピーや再生素材のチェック。  ADの僕は、再生素材の作成。  ディレクター松尾君は、「LF+R」の飲み会に行ってしまった。  おいおい。ま、いっか。  いやー、しかし。  いくら仕事をしても終わりが見えてこない。  なんか、文化祭の準備をしてるみたいだ。  まさに「ビューティフルドリーマー」だ。  スタッフみんなで、スタジオに泊まり込んでるみたい。  「じゃ、オレ、このあと生放送なんで。」なんて言って消えていく。  「行ってらっしゃい。」なんて声を背中に受けて。  で、2時間後くらいに、  「ただいま。」なんて言って、またイベント準備のスタジオに戻ってくる。  「おかえり。」なんて暖かい声をかけられながら。  ああ。家に帰りてぇ。
 イベント当日。  あいにくの雨模様。  朝、車で、有明のワシントンホテルに、松尾・石川・鈴木を迎えに行く。  彼らは「家に帰ると遅刻しそう。」とかなんとか言って、  お台場のそばのこのホテルに泊まり込んでいた。  大学生の強化合宿じゃないんだから。  「ねえ、石川君、どうしたの? 来ないじゃん。」  「チェックアウトじゃないっすか?」  「それにしちゃ、時間かかりすぎだろう。」  「どうしたんすかねえ。」  「鈴木くん、携帯かけてみてよ。」  「来ないねぇ。」  ライター・石川クンが、集合時間になっても、ホテルのロビーに現れない。  どうしたんだろう。  イベントの準備がつらくて、部屋で首でも吊ってしまったのか。  「すんせーん、遅れましたぁ。」  「なにやって・・・あ!」  「いやあ、頭染めてて。」  大幅遅刻して登場したライター・石川クンの頭は、  昨日とはうって変わって、金ピカである。  「スプレータイプので染めてたら時間かかっちゃって。」  「・・・。」  「いやあ、ホテルの部屋の風呂場の壁、真っ金々にしちゃった。はっはっは。」  「・・・。」  前述撤回。  大学生どころではない。  やってることは、夏休みの中学生である。
 午後1時。  横浜文化体育館着。  おいおい!  お客さん、もう並んでるじゃん。  夕方からのイベントだよ。  どうなってんだよ。  並んだところで、席はくじ引きだよ。  いい席とれるワケじゃないんだよ。  リスナー恐るべし。
夕方からのイベントなのに、昼過ぎから並ぶリスナー。 日本人は並ぶのが好きな民族だと感じる瞬間。
 で、会場の入り口に掲げられた看板。  おお、ほんとに「大北田厚選手講演会」になってる。  感動だ。  ていうか、かなりバカ。
金の使い方を知らない者に、金を持たせると、 バカなことに使ってしまうといういい例。
 気分はかなり盛り上がってきた。  で、その勢いのまま、会場入り。  すると!会場には!  「おおぉお!」  スタッフ5人で大歓声。  本物のプロレス用リングが組み立てられている。  今回のイベントのために女子プロの「LLPW」から借りたモノ。  うわあ。本物ですぜ。  やっぱ、迫力が違うよな。  気分は最高潮。すると、  「松尾さん!大北田選手の衣装が届きました!」  ・・・との声。  今度はスタッフ全員で、衣装を見に行く。  「おお。革ジャンだ。」  「おお。リングシューズだ。」  「おお。タンクトップだ。」  箱から出てくる衣装にいちいち大感動。  もはやただのアブない奴らだ。  ・・・しかし。  「おお・・・お? ジーパンだ。」  「・・・ジーパンだね。」  「・・・ジーパンだ。」  大北田の衣装のジーパンで、意気消沈。  うーむ。なんか違う。  いや、確かに、オリジナルの大仁田厚選手は、  リング上で、ジーパンで戦うのだが。  なんか、イメージが違う。  なんだろう。  「きれいすぎるね。」  「そうだね。」  「こりゃ、だめだな。」  「汚すか。」  「汚すだろ。」  「じゃ、そーゆーことで。」  妥協は許されないのである。  石川・鈴木・僕の3人は、ジーパンをひっつかむと、  横浜文化体育館の裏口に向かう。  確か、あそこに、コンクリむき出しの床があったはず・・・。  とかなんとか言いながら。  「おお!いい感じ、いい感じ。」  「このポケットのあたり、もう少しこすってみるか。」  「あ、それ、最高!」  「ひざ、破っちゃうか。」  「破っちゃえ、破っちゃえ。」  買ったばかりの衣装のジーパンを、コンクリの床にこすりつけ、  穴をあけたり、汚したりしている。  経費節約を叫ぶ編成管理部が見たら烈火のごとく怒るだろう。  そんなの知ったことか。  今は、リアルに大仁田を再現するのにもう夢中。  「おおむね、OKなんだが。」  「もうちょっと、ディティールに懲りたいわな。」  「うーむ。」  「燃やすか?」  「いいかも。」  破れ目を中心に、ジッポーライターであぶる。  「まだ、足んねぇな。」  「血か? 血が足んねぇのか?」  「たぶん、そう。」  「鈴木くん、赤マジック。」  「はい、持ってきました。」  あちこちに、血の跡を作ってみる。  「さいこー。」  「およそ、完璧だろ。」  「いやー、いい仕事しましたな。」  後から考えりゃ、何十メートルも離れたお客さんから、  そんな細かいところまで見えやしないんだろうが、  頭に血がのぼっちゃってるボクらには、何を言っても無駄である。  出来たての、血だらけボロボロジーパンに酔いしれている。  その前を地元の女子高生が、  汚物を見るときの目をしながら、通り過ぎていく。  ボクら、お構いなし。  シュールな風景。  ダダイズムだな。
 さあ、イベント開幕!  ボクら5人が、夢にまで見た風景が次々に目の前に展開されていく。  いやあ、爆破は漢(おとこ)のロマンだ。
爆破。爆破。爆破。
爆破に次ぐ爆破。↑ 徹底的に爆破。 ていうか、爆破。→
 イベントの最後には、スタッフ全員集合で、リング上で記念撮影。  おお、リングって初めて上がったけど、結構柔らかいんだね。  テレビとかで見てると、硬い板に打ち付けられてるように見えるけど、  「マット」って言うのは、本当だな・・・。
寺門ジモンは「限定」と聞いただけで半勃起。 (『21世紀のはいチーズ』より。)
 この2時間半のイベントに参加したお客さん、4000人。  スタッフ5人だから、1人頭800人を仕切る。  ああ、世界一負担のかかったイベント。  この2時間半のイベントにかかったお金。約1000万円。  スタッフ5人だから、1人頭200万円。  ああ、世界一無駄なお金の使い方。
 続く  2000/01/21

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