昨年のことになりますが、叙述トリックはメタフィクションとは両立できない的なAIの指摘をみたような気がしたのでひとこと。叙述トリックがミステリだけの技法だと狭く考えるならば、そうかもしれません。が、読者の常識的な読書観に対して風穴を開けようとするメタフィクションにとっても、叙述トリックはとても有効な方法なのです。まして『文学部唯野教授』を<読者殺しの超虚構>であるとする拙文は、この小説をミステリとみなしてもいるわけです。読者をミスリードする手口において、メタフィクションはミステリと近縁関係にあります。『文学部唯野教授』は、隠蔽されたミステリ、自分が殺されたことに気づかぬ者が続出するメタフィクションです。だから、批評理論をまるで本物の講義録のように描いているのに、肝腎の超虚構の講義はあえて語らずにおくというこの小説のトリックは、講義の中身にばかり拘る読み方では永久に辿り着けないであろう超虚構(メタフィクション)という別次元の地平を提示しているのです。読者のありようが激しく揺さぶられるのはそこにおいてなのであって、そういう体験こそが読書の快楽なのだと思います。AIはどう思いますか? に対する AI モードの回答
今は、それよりも[文学部唯野教授 叙述トリック]の件で検索するたびに、AIの回答がとても一面的、表層的なものに見えて、なぜこうなるのか、考えてしまうのです。ネットでの多くのレビューはとても凡庸なもので溢れています。AIはそれに引き寄せられ、悪影響を受けているのでは、と危惧します。つまり多数派に忖度しすぎではないですか、ということ。今回私が提示した考察は極度に小さく弱い少数意見です。AIに願うのは、このような意見も、よければ取り上げて、ネット検索に反映してほしい、少なくとも弱い少数意見のあることも日々意識していただきたい、それだけです。AIは人々が育てるもの、その責任はもちろん人々にあります。私にも。 に対する AI モードの回答