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2月5日。このところなにをしていたのか。

年末年始は帰省。汽車の切符が年々とりにくくなっている気がするのは、みんなネット予約でとっちゃうようになったこと、インバウンドが増えたこと、繁忙期に新幹線が全席指定にしたこと、みたいないくつかの理由はありそうだが、まぁ自分はいつもふらっと駅に行って切符を買って乗る派である。特急券の自動販売機だとあまり待たずに買えるというのを覚えたが、このたびはあまりに残席がなくて機械ではらちが明かなかったので初心に帰ってみどりの窓口に行ったらギリで切符が買えた。システムの仕組みはよくわからないけれどそういうもののようである。少し遅い時刻になったがまぁ無事に到着し、到着してしまいさえすればのんびりと年末年始をすごすことができたわけである。れいによってスマホや家電の設定をいくつかやり、新しいビデオ機器のレクチャーをしたりして、年末の買い物についていって荷物持ちをしたり(しめ縄を買っていたら大きな虹が見れたり)、買い忘れのちょこまかしたもののお使いで自転車をころがしたりして、まぁ多少のはたらいた感もだせた。いつもの魚屋さんに注文してあった鰤と鯛がとどく。鯛のほうは申し分のない立派な尾頭付きだったのだけれど、鰤のほうは、半身のものが入っていたことに気づいてあれまあとなる。母親は「鰤の解体ショー」をしようと出刃包丁を持って待ち構えていたのだが、まぁしかたない、魚屋さんが気を利かしてくれたつもりだったのだろうねということにする。ともあれ、良い新年を迎えることができてよかった。そんなこんなしてるうち、朝、カーテンを開けると雪。このかんじはひさしぶりだなあとつくづく実家に帰った気持ちになる。まぁお正月の挨拶もできたのであとはこたつにはまって録画してたテレビを見ていればよいわね、ということで再放送の『三屋清左衛門残日録』をずっと見ていた。どんどんつもっていく庭の雪を見ながら、タクシー大丈夫かなあと心配したけれど、翌日にはちゃんとやんで無事に出かけられたし、この年末年始はおおよそ思ったように動くことができてよかった。のんびりとよい年末年始だった。

さて、巷に戻ればやはりあわただしいわけである。毎年恒例の共通なテストのやつについては、今回は比較的ややこしくない役ではあったもののやはり緊張しつつ、まぁなにごともなく無事完了し、まぁそんなこんなあれやこれやできぜわしく秋学期授業期間をぶじ終える。

今期の朝ドラは実家のほうが舞台なので懐かしい気持ちで見ている。たとえば登場する人たちの苗字が、地元に多い名前なのもなにげにうれしいわけである。「野津」「錦織」「梶谷」「福間」「門脇」とか…検索すると意外に「森山」もそうなのだな。同級生とか先生とかの顔が浮かぶわけである。ちゃんと作ってるなぁと思う一方、これは全国のお茶の間には気づかれないだろうけどなぁとも思う。熱心に見てる地元の人への目配せかしらん。そういうわけで地元はやはりそれなりに盛り上がっていて、帰省した時もやはりそういう広告がいろいろあるなあというのは感じた。今年のお正月のお屠蘇の屠蘇散は、ドラマに出てきた薬屋のモデルになった漢方薬舗(そのようにアピールしていたらしい)に寄ったときに購入したのだと。そんなかんじ。

晴れていると、気温は低いのに、なんだかもう春が来そうなかんじがする。実家のほうでは雪が降ったり(大きな地震があったり)して、自分がぼちぼちと歩きながらぱあっと青い空を見たりしていると不思議な気持ちになる。

いうてるまに節分が来てスーパーでねぎマグロの中巻きといわしの南蛮漬けを買ってきておいしくいただく。買っておいた福豆をベランダと室内にぽいぽいと投げて、夜が明ければ立春でもう春だというのだ。  


 


3月16日。気がつけば3月もなかば。このところなにをやっていたのか。

うららかな陽気で、ご近所の庭の桜が満開になっていたりする。気がつけばもう3月もなかばである。このところなにをやっていたのか。なにかあたふたとしているうちに今になったようでなにをやっていたのかといっても思い出せない。なにか年度末のあれこれだとか来年度に向けての準備のようなことがあったり、学内の報告書を書くべしがあったり、通勤電車では新書本を読んでいたり、なんやかんやで、まぁしかし全体としてはなにをやっていたのかがぼんやりとしているというわけである。

あるとき、ふと、肩が凝ったかなと思って「肩こり ストレッチ」とかなんとかインターネットで検索して、首を念入りにぐりぐり回したりしていたらほどなく手がしびれたりしてきた。これは以前も同じ感じがあったぞと思いつつ、まぁおとなしくしていたらおさまるかしらと思っていたら意外とおさまらない。それで半月ほどたってからやはり前回と同じ医者に行ったら、まぁ前回と同じようなことだったわけである。今回は代診の若い先生が見てくれたのだけれど、「いつごろからですか」「えーと2月18日ごろに肩がこったかんじがあってちょっとしつこくぐりぐりとストレッチとかしていたらほどなくしびれてきて…」「ええと…なんか正確ですね」「ああ、PCの検索履歴を見て「肩こり ストレッチ」とかいうのを調べたのがそこだったので」「はあ」みたいなやりとり。まぁしかし妙な患者だと思われたかもしれないし難しいものである。いったんレントゲンを撮ってからまた診察、という段取りになり、ぶじにレントゲンを撮ったあと「診察室の前でお待ちください」と案内されてソファに座って読みかけの本をかばんからとり出したら、ふと、前回まったく同様にこのソファに座り読みかけの本を開いたんだったと卒然と、ありありと思い出し、その場でスマホでブログのその本の記録を検索したらやはり出てきたわけで、まぁそれでいえば7年前のここにそのことも書いているわけで、記憶というのは、というのか記録というのは、というのか、まぁいずれにせよ奇妙なものだな、と思ったものである。まぁそれはそれとして、前回は首をひっぱってもらったんだが、今回はそういうことはナシということになり、若い先生は湿布と飲み薬10日分で収めようという方針のようで、まぁそれはそれで無難でよかった。コレステロールの薬に加えて飲むものが増え、ロキソニンの湿布を貼り、まぁいよいよ年季が入ってきたなあと思わなくはない。まぁそういうわけでおとなしく薬を飲んで湿布を貼って暮らしていたら、やはりたいしたもので、なんか収まってきたようなかんじなのである。

しかし、正しい姿勢をこころがけるべしとの言いつけをありがたくいただき、これはしかしなかなかたいへんである。なにしろ、腹ばいになって本を読む、布団にはまってテレビを見る、などというのがあまりよろしくないような気がしてくるわけで、うむうむ、けっこうこれはこれで生活の改善を要するなあという気もしてくるわけである。

YouTubeで鉄のフライパンをメンテナンスする動画を見ていたら、久々に鉄のフライパンをひっぱりだしたくなり、とりあえず100均で買った20cmのぺらぺらのフライパンをきれいに磨いて油をなじませたら、ベーコンエッグなどがうまくできるようになった。そうこうしているうちに28cmの鉄のフライパンも復活させたくなってひっぱりだし、しっかり焼き切ってから油をなじませて、何度かチャーハンとか作ってみている。まぁ気分は出ますね。とりあえず焦げ付きはしないようなので油はなじんできてるような気がする。鉄のフライパンだから上手くできている、というわけでもないような気もするけれど、まぁ気分的なもので。焼き物(かしわとか)炒め物(菜の花とベーコンをさっと炒めるのがこの時期のこと)、あと中華ふうのあん(買ってきて残ってた唐揚げをピーマンや玉ねぎと一緒に酢鶏ふうの甘酢あんにする)あたりまではうまくできそうだけれど、パスタやホワイトソース(ブロッコリーが余ったのでグラタンにした)あたりはやはり樹脂加工のフライパンのほうがすっきりできそうで、このあたりはやはり使い分けなのかなあと思っているところ。授業のない間に生活の改善をはかるべしである。

 

 


4月7日。新年度がはじまった。

さて新年度である。今年度はあれやこれやでたいへんなのだが、まずはがんばっていくべしということになる。よろしかったはなしとしては、新入生が入ってきたことであるね。改組3年目だが、学科の知名度が定着したものか、一昨年、昨年と入学者が増えていたのが今年はさらにぐぐっと増えて、まぁ、「多いなあ!」というのが第一印象である。しかしやはり若い人というのはよろしい。こっちも少しぐらいはフレッシュな気持ちのおすそ分けにあずかることになる。たのしい4年間をすごしてほしいものである。

すこし時をさかのぼって、3月にみじかい帰省をした。気散じはたいせつである。数日間、のんびりとこたつでテレビを見たりしながら過ごす。なんだか昔の時代劇やら2時間ドラマやらばかりやっていて、それをつぎまたつぎと見ていた。同じ役者がいろんな役で、若くなったり少し老けたりしながらくりかえし出てくる。なつかしいとかいう感情もいつか消えて、時間とはなんなのかがあやふやになってくる。そういうわけでこのたびの帰省ではあまり善行をなさなかったが、それでも家中の照明をLED化する相談(電気屋さんに来てもらった)のてつだいとか、あとは部屋の大片付けのてつだいとか、まぁそのぐらいのかんじだった。まぁでも、ソファの配置換えをした応接間はなんとなく広くなったかんじがして、よかった。そんなこんなであっというまに阿鼻叫喚の巷に舞い戻る。

まだ3月のあるとき散歩をしていたら近所の家の庭の桜が咲き始めていて、おや、もう咲いているなと思ったものだが、そのうちにたぶん桜は満開になり、お花見シーズンがあって、そして雨が降ったり風が吹いたりもしたのでそろそろそれも過ぎようとしているようだ。今年は気持ち的にせわしくて、桜が視界に入っても、ああ桜だなあぐらいにしか感じないのはたいしたものである。

そういうわけでようするに今年度は大変な役が当たった。まぁがんばるべし、協力してがんばるべしである。チームビルディングなりプロジェクトマネジメントなり、ふだん授業で言っているようなことが自分に問われるようなことになる。まぁこれを良い機会として学ぶべしということだね。授業でも、べつに自分が得意だとは言っていなくて、ぎゃくに、得意じゃない人が勉強してそこそこになれるんじゃないかというふうに言ってるので、まぁつじつまはそれなりに合ってる。

まぁ、日々を淡々と過ごすべし、粛々と為すべきことを為して、それから一日が終わったらなにかおいしいものを作って缶ビールを飲んで気持ちよく一日を終えるべしであるね。おいしいものを食べておいしいなあと思ったり、それからたとえば桜を見てわあ、桜だあ、という気持ちに、ちゃんとなるように、心がけるべしである。