1997年8月13日
列車番号 | 列車種別 | 乗車駅 | | 下車駅 |
91次 | 筥光号 | 高雄 | 7:30 | → | 10:38 | 台東新站 |
67次 | 筥光号 | 台東新站 | 10:44 | → | 10:52 | 台東 |
47次 | 筥光号 | 台東 | 13:11 | → | 16:13 | 花蓮 |
高雄(カオション)駅
記念乗車券の1枚
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今日も朝早く7:00過ぎにホテルをチェックアウト。高雄(カオション)駅に向かう。ふと案内所を見ると、「慶祝台灣鐵路一百一十周年紀念車票」なる記念乗車券を販売している。値段はホテルの料金並みの500元。台湾の物価と比較して随分高い。でも、衝動的に買ってしまった。
購入してみると、台北−中[土歴],豊原−苗栗,大武−台東間の「自強号」の乗車券と台北−基隆の筥光号の乗車券、台南−高雄間の電車の乗車券がついていた。台湾の書店をのぞいても鉄道雑誌は見かけないので、電車や気動車が前面に印刷されており非常に珍しい。この後、各地でこの記念乗車券を見かけた。売れているのかな?。
91次・筥光号 [高雄−台東新站]
筥光号の乗車券
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台南始発の筥光号は定刻7:25に高雄第3月台に到着。通勤通学の乗客でいっぱいで、一斉に降りてくる。下車が終わると、南廻線の乗客が乗り込む。瞬く間に満席になる。結構乗っているなあ〜。立ち客の姿もチラホラ見られる状態で高雄駅を出発、枋寮(ファンリャウ)までは、従来の屏東線を走る。
8:41に枋寮を発車。いよいよ1991年に開業した南廻線を走行する。新しい線だけあって、乗り心地も良い。と思う間もなく時刻表上では加碌(チャールー)で運転停車。高雄行きの「自強号(ツーチャンハオ)」とすれ違う。
「自強号」は満席のようで、立っている乗客の姿も見られた。
加碌を過ぎると、右手には澄み渡った空、青い台湾海峡が眺望できる。うーん、景色が良いなあ〜。次の内獅で1日2往復しかない普通列車とすれ違う。こちらは、乗客の姿はゼロであった。
枋山(ファンサン)を過ぎると山に入り、長大トンネルが連続する。山岳区間が終わると、もう大武(ターウー)であった。大武では交換列車もないのだが、10分近く停車する。息抜きにホームに降りてみた。高台にある駅なので太平洋が一望できる。大武はもう、東海岸である。
このあと金蘭、太麻里(タイマーリー)、知本(チープェン)と停車する。知本は温泉で有名な観光地であるためか、ここでかなりの乗客が下車した。知本を出ると15分で台東新站(タイトンシンツァン)である。
67次・筥光号 [台東新站→台東]
筥光号の乗車券
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台東新站は2面4線ある大きな駅であった。ホームに降りるとちょうど向かい側のホームに台東行筥光号が入線してきた。車内に乗り込むと、終着駅近くの末端区間なので車内はがらがら。座席の空きを見つけて適当に座る。
しかし、この列車10:44発だが、荷物の積み卸しに時間がかかり、5分ほど遅れて発車する。遅れても体制に影響はないが、最後の最後で遅れるとは・・。
乗ってしまえば、あっけなく8分ほどで台東(タイトン)に到着。ホームに降りると、この車両が折り返し11:00発の筥光号・花蓮・台北経由の高雄行きになるとの掲示がある。定刻に到着しても折り返しの余裕時間が8分しかない。
JR東日本の東北・上越新幹線の東京駅の折り返し時間が標準で12分なので、それよりも短いのである。このあいだにディーゼル機関車の機廻し、清掃、乗客の乗降を扱うので大変である。
定刻の出発は無理だろうと思ったが、案の定5分ほど遅れて発車していった。
切符の残し方
台東駅の改札出口を観察すると、何かスタンプのようなものが改札脇に置いてある。近づいて、スタンプを見ると「証明用」の印であった。今まで、切符を記念に残したいと思っていても、言葉が通じないので回収されていた。
ガイドブックによれば、「証明用」の印を押してもらうと良いことがわかっていたのだが、台東駅で初めて目にした。
この証明印を、切符に押して改札口を通ると回収されないで手元に残すことが出来るのである。でも、この印は鉄道ファンのためにあるのでは無く、領収書代わりに切符を持ち帰るために置いているものです(笑)。
台湾に来たときは是非、「証明用」の印をもらい切符を手元に残しましょう。
台東
台東を出発した自強号
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次の列車は13:11の筥光号・彰化行きである。時間があるので台東市内の散歩に出かける。駅から近い、復興路にある市場を覗く。見慣れない、青菜や鮮魚がいっぱい並んでいる。買うことはしなかったが、こういう市場見学もなかなか楽しい。しかし、太陽がさんさんと頭上に輝いているため、暑い!。
台東は北回帰線より南側にあるため太陽が頭上にある。そのため、影がほんの少ししかなかった。
こんな状態で「影踏み」をしたら、いつまでたっても鬼から脱却できないな〜。屋台も結構出ているが、暑いのでエアコンが効いているレストランに避難し昼食を摂る
落ち着いた頃、駅に戻ると12:36発の「自強号」樹林行きの改札をやっているところであった。時刻表を見ると、そのような列車はない。
推測するに12:19に台東に到着した「自強号」が折り返し、台東新站13:00発の「自強号」になるのだが、台東−台東新站間も便宜的に客扱いしているようであった。駅の発車案内板を見ると、この列車は掲示されていた。
時刻表だけしか見ないと、思わぬ落とし穴になる。今夜の宿泊地、花蓮に早く到着するので乗りたいと思ったが、すでに筥光号の切符を購入していたので涙をのんで近くの踏切で見送った(涙)。
47次・筥光号 [台東→花蓮]
47次・筥光号
最後部に連結された豪華客廳車
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時刻表から推測すると次の筥光号は台東新站−台東間のシャトル列車が折り返すのだろう。13:03、予想通りに筥光号が入線する。機関車を付け替えて、折り返し13:11発の筥光号になる。
ふと見ると、最後尾に展望車がついている。覗き込むと食堂車とサロンカーの合造車のようである。「台湾の鉄道(JTBキャンブックス)」で調べると「豪華客廳車」らしい。
是非とも乗車してみたいが、車両貸し切りで特別料金が必要な上、一般客は利用できないとあるので、眺めるだけにする。
13:11定刻に発車。乗車率は20%程度。これだけ空いている優等列車に台湾に来て以来初めて乗車した。乗客の出入りはほとんどなく花蓮(ホアリエン)まで続いた。
台東−花蓮間は1982年までは軌間762mmのナローゲージだったが、大改造工事を行い、他の台鐵線と同じ1,067mm(日本の在来線と同じ)に改軌した路線である。一部区間はレールの付け替えも行われており、廃線跡らしき物がないか目を凝らして見たが、15年もたっているとほとんど見分けがつかず、古い橋の橋脚程度しかわからなかった。
しかし、この区間はタブレット閉塞のため、日本では消滅寸前の通過駅でのタブレット授受が見られる。だが、近代化工事の一環で、自動信号化及びレールの重軌条化が行われており、数年後には廃止される運命のようである。
花蓮まで約3時間。16:13定刻に到着した。
花蓮(ホアリエン)
今夜は花蓮に泊まる。日程的に余裕があるなら天然の要害で、想像を絶する規模の自然の渓谷美が見られる太魯閣(タールーコー)峡へ行きたいのだが、日本へ帰る航空券のチケットが取れなかったので日程的に苦しく、今回は断念する。
ちなみに、道路も狭く岩がゴロゴロしていて、よく車が落ちているらしい。今度台湾に行く機会があったら、是非行ってみたいところである。
さて、明日の北廻線の乗車券を入手するため切符売り場に並ぶ。北廻線は1980年に開業して以来、利用客が激増し台鐵のドル箱路線となっている線である。
自強号も最大15連、常時12連で運行しているらしい。窓口には、明日、明後日、明々後日の自強号の予約状況が貼っているが、軒並み売り切れである。
自強号の乗車券入手は至難の業である。さて、私は7:18発の筥光号を蘇澳新站まで申し込む。こちらは、簡単に取れた。
さて、「今夜のホテルは?」と駅前を見渡すと、すぐさま客引きが寄ってきて、ホテル名が書かれているカードを見せる。値段を聞くと「500元(約2,000円)」であり、場所も駅正面だったため即決した。
玄関は駅前であるが、案内された部屋は、本館をすり抜けてくねくねとした通路を渡ってようやくたどり着いた別館のような建物であるとんでもない場所であった。
部屋の中も、電気の配線が剥き出しで、壁も一部剥がれ落ち、ゴミ箱にゴミが溜まっていて、ゴキブリが出そうであった。エアコンとTVだけはまともであった。一瞬、後悔したがもう遅い・・・。
気を取り直して、夕食に出かける。現在の花蓮駅は1980年に北廻線が開業した時に現在の位置に建てられたもので、旧駅前の市街地とは2km近く離れている。足に自信があるので当然歩いたが、暑くて参った。
旧花連駅は、持っていたガイドブックによると軽便鉄道時代の駅舎が残っていると書かれていたので期待したが、跡形もなく取り壊されて、屋台村となっていた。
わずかに、機関庫らしきものと、一部区間の路盤が残っているだけである。
暑いので、涼しいところで食事をとりたい。商店街を歩いて「久福餡餅粥」という店に入った。蒸餃子と荵油餅を頼んだがなかなか美味しかった。当然暑いと美味しいビールも飲んだ。
夜も暮れ涼しくなり、いい気分になったところでまた、ホテルまで歩いて帰った。ホテルに戻り、TVをつけると西部幹線の埔心−中[土歴]間の鉄橋の上で「復興号(フーシンハオ)」が脱線し、枕木がズタズタになっている映像が飛び込んできた。またダイヤが大混乱しているなあ〜。この時ばかりは東海岸を旅して、被害を受けなかったことに感謝した。
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