2.筋ジストロフィーにはいろいろな病型があります

 筋ジスは,実に種類が多く,どのように遺伝が関係するか(遺伝型式)と患者さんの示す症状・所見によって,表1のように分類されます.この表には最近の研究の進歩により明らかになった疾患の原因となっている遺伝子(原因遺伝子)と,その遺伝子が産生する産物または遺伝子によって生じる蛋白異常も記しました.原因遺伝子とそれによる蛋白異常は筋ジスにおける最先端の研究となっており,将来における遺伝子治療への期待を含んでいます.

筋ジストロフィーの分類

遺伝型式 遺伝子座 遺伝子産物・蛋白異常

1.性染色体劣性筋ジストロフィー
(1)デュシェンヌ型
(2)ベッカー型
(3)エメリ・ドレフュス型

 ]p21
 ]p21
 ]q28

ジストロフン
ジストロフン
2.常染色体劣性筋ジストロフィー
(1)肢帝型
 @重症
 A重症
 B重症
 C中等・軽症
 D軽症

17q12
13q12
13q12は否定
15q15.1−21.1
5q22.3−31.3

サルコグリカン欠損
サルコグリカン欠損
サルコグリカン正常

(2)先天性
 @ 福山型
 A 非福山型
     aメロシン陽性型
     bメロシン陰性型

9q31−33

6q2
6q2




メロシン正常
メロシン欠損
(3)遠位型
 @ 三好型
 A 空胞型

2p12−14
DIS247,DIS197の間
 
3.常染色体優性筋ジストロフィー
(1)顔面肩甲上腕型
(2)遠位型(ウエランダー型)
(3)筋強直性

4q35
19p
19q13.2



ミオトニン
プロティンキナーゼ

 表1の中で,デュシェンヌ型筋ジストロフィーが最も重症な筋ジスで,患者数も多く,重要ですので,この病型については詳しく記し,他の型については簡単に記すことにします.


(1)デュシェンヌ型筋ジストロフィー
 この病型は1868年フランス人医師デュシェンヌ(Duchenne)が詳しく記載したことから,その名前にちなんでこう呼ばれています.筋ジスの中で患者数も多く,また症状が重く,経過も悪い,従って重要な病型です.筋ジスの代表ともいえます.人口10万人当たり2〜3人,出生男児10万人当たり13〜33人の患児がいるといわれています.
 この病型の原因遺伝子はX染色体短腕(Xp21)にあり,この遺伝子が産生する蛋白はジストロフィンと呼ばれています.この病型では,Xp21に欠失があるために,筋肉中にジストロフィンが欠損していることが分かりました.
 3歳前後の男児に発病します.きわめてまれに,例外的に,女児に発病することも知ら れていますが,まず男児だけを考えてよいでしょう.初発症状は歩き方がぎこちないとか,倒れやすいとか,階段上がりができないとか,腰とその近くの筋(腰帯筋)筋力低下(脱力)で気づかれます.多くの例で,通常では1歳前後の歩き始め(処女歩行)が遅れ,1歳6 月でも歩き始めていないものが約半分いるといわれています.言語の発達も遅れることがまれではありません.しかし,3歳頃まで一見正常にみえ,6〜7歳頃まで両親も異常に気 付かないこともあります.このようなときは,“走れない”ということがこの病気の早期診断として役立つようです.
 腰帯筋の筋力低下がありますと,横になった位置(臥位)から立った位置(立位)に移るときに,特徴的な体の動きがみられます.すなわち,上を向いた臥位(仰臥位)のときは,まず下向きの臥位(腹臥位)となり,頭,上体を上げ,左右の膝を立てます.つぎの立ち上がるときに,両手を立てた膝に当てて,それを支えにして体全体をおこします.こうして臥位から立位になりますが,両膝に手を当て,それを支えにして立ち上がる点が特徴的で,自分の体をよじ登るようにして立位になるため,“登はん性起立”とよばれます.また,この現象はイギリスのガワーズ(Gowers)という学者の研究発表にちなんで,ガワーズ徴候とも呼ばれます.すなわち,ガワーズ徴候は腰帯筋の脱力を示すものであり,デュシェンヌ型筋ジストロフィーの経過中に必ず出現する現象です.
ところで残念なことですが,筋ジスは病気がだんだん進む点に特徴があり,特にこの病型ではこのことがはっきりしています.
 腰帯筋の脱力に続いて肩や上背部の筋(肩甲筋)の脱力も起こってきます.すなわち,手を上に上げたり,物を持ち上げたりする動作が出来なくなります.病状のすすみ具合 は,歩く,立ち上がる,這う,座るという動作の障害程度から,表2のように分類されています.
 歩行ができなくなるのは7〜11歳といわれており,車椅子生活に移行します.この頃に なりますと,筋脱力のほか筋萎縮も目立ってきます.また,それとともに股関節,膝関 節,足関節,肩関節,肘関節等が固くなって動かなくなり(関節拘縮),また脊柱,胸 廓,関節が変形してきます.筋脱力と筋萎縮は助間筋などの呼吸筋にもおよぶため,呼吸が障害されてきます.20歳から25歳頃に呼吸ができなくなるための障害(呼吸不全)で死亡することが多いといわれています.この病型では,心臓も障害されるため,心不全も起こすことがありますが,心不全より呼吸不全で死亡することが多いとされています.また呼吸不全で死亡するきっかけは,しばしば肺炎や気管支炎になったときです.運動機能障害の成り立ちや進行の様子については,本章4項で詳しく説明されています.




 この病型の大きな特徴として,ふくらはぎの部の筋(腓腹筋)肥大がみられることがあげられます.肥大部をCTで調べますと,正常の筋肉組織が肥大しておりますが,昔から仮性肥大と呼ばれ,デュシェンヌ型のことを仮性肥大型と呼ぶこともありました.しかし,この呼び方は最近使われません.この肥大は病気の経過とともに次第に目立たなくなっていきます.この肥大はふくらはぎが最もはっきりしていますが,咬筋(耳の下部から下顎にかけての筋),三角筋(肩から上腕にかけての筋)などにもみられることがあります.また,しばしば舌が大きくなります(巨舌)


表2 機能障害度−厚生省研究班−

StageI:階段昇降可能
  a 手の介助なし
  b 手の膝おさえ
U:階段昇降可能
  a 片手手すり
  b 片手手すり・ひざ手
  c 両手てすり
V:椅子から起立可能
W:歩行可能
  a 独歩で5m以上
  b 一人では歩けないが、物につかまれば歩ける。
  (5m以上)
     i)歩行器
     ii)手すり
     iii)手びき
V:起立歩行は不吋能であるが、四肢這い(よつんばい)は可能。
Y:四肢這いも不可能であるが、いざり這行き可能。
[:いぎり這行も不可能であるが、坐位の保持は可能。
[:坐位の保持も不可能であり、常時臥床状態。


 この病型は伴性劣性遺伝という遺伝により,母親から男児に伝わるとされています.この病気を伝える遺伝子を有している母親(これを保因者といいます)は,外見は正常ですが,正常の男性と結婚して生まれる男児の半数が発病し,女児の半数が保因者となります.しかし,1/3の症例が突然変異によると言われています.詳しくは省略しますが,筋 ジスの遺伝の問題は大変重要ですし,患者さんや家族の方の重大関心事となっております.筋ジスの遺伝に関しては次項を参照して下さい.
 この病気のもう一つの特徴として,血清のクレアチンキナーゼ(CK)という酵素が著明に上昇していることがあげられます.これは筋肉の中にあってエネルギーに関係する酵素ですが,この病型の病初期で最高値を示し,病状の進行とともに低下してきます.したがって病気の診断に大変役立つ検査となっています.
 また,障害された筋肉の一部をとり,ジストロフィンを染色して顕微鏡で調べますと,ジストロフィンが全く欠落しており,確定診断上重要です.その他筋線維の壊死(組織がこわれ,死んだ状態になること),大小不同,脂肪織と線維性結合織の著明な増生などがみられ,末期では,脂肪織の中に小さくなった残存筋線維がわずかに認められるにすぎなくなるのもまれではありません.
 そのほか,この病型では骨が折れやすく,便秘がちとなり,陰部などに湿疹ができやすくなります.また,咬合不全といって上の歯と下の歯がよく咬み合わない状態が起こります.ときどき,急性に胃が拡張することもあります.
 さきに言葉の発達が遅れると記しましたが,知能障害がみられることも多く,IQは平均80〜90であり,とくに言語性知能が障害されます.長い,複雑な会話でなく,単純な会話になる傾向もみられます.
 以上,デュシェンヌ型筋ジストロフィーの発病症状,経過,遺伝,合併症その他について記しました.現在,この病気に対しては,残念ながら根治療法が知られていません.しかし,経過中のいろいろな症状に対し対症療法が必要です.廃用性筋萎縮の防止,筋力の維持,変形の進行阻止のためリハビリテーションも必要です.呼吸不全,心不全への対策も必要です.また,小学,中学,高校の学齢期にある患児が大部分であるため,教育の問題もあります.
 すなわち,この病型をはじめとする筋ジスの医療には家族,病院,学校さらには地域社会が協力し合って取り組むことが必要です.幸い,わが国では国立療養所と国立精神・神経センター武蔵病院計27施設に筋ジス患者治療・療養のため計2,500床のベッドが整備され(これは欧米にはなく,日本特有と言われています),学齢期患児のため養護学校も併設されています.また,根治療法開発と患者のQOL(quality of life,生命・生活・人 生の質)向上のための研究も厚生省から重視されています.
家族,患者さん自身も必要以上に悩み,苦しむのではなく,この病気と戦っていく心がまえが必要です.


(2)ベッカー型筋ジストロフィー
 ベッカー型はドイツ人学者のベッカー(Becker)が1955年に研究発表したため,その名前がついています.一言でいいますと,デュシェンヌ型筋ジストロフィーの良性型です.デュシェンヌ型の患者さんのおおよそ1/3の頻度とされています.発病は5〜15歳と遅く,30歳代に歩行不能,23〜89歳で死期を迎えるとされています.脱力・筋萎縮の分布,仮性肥大,男性に発病,血清CK上昇などはデュシェンヌ型と同じです.関節変形や知能障害は通常起こりませんが,心臓障害がときどき強く生じることがあります.
 なお,患者さんの中には,このベッカー型よりさらに良性経過を示す方や,デュシェンヌ型とベッカー型の中間の状態を示す方もいます.原因遺伝子はデュシェンヌ型と同じ Xp21ですが,筋組織内にジストロフィンは淡く,まだらに存在しています.筋組織内のジストロフィン量が少なければ重症に,多ければ良性になるといわれています.
前記しましたデュシェンヌ型とベッカー型筋ジスでは,このように筋肉中のジストロフィンが完全欠損と部分欠損を示すために,この二つの病型を“ジストロフィン異常症”と呼ぶこともあります.この両病型の女性保因者(通常,無症状)も,筋肉中にジストロフィン異常(僅かな減少)を示すことが分っていますので,正確にはこの保因者も“ジストロフィン異常症”に含まれます.


(3)エメリ・ドレフュス型筋ジストロフィー
 エメリ・ドレフュス型は,筋ジスの中でもきわめてまれな病型です.4〜5歳頃男児に発病,上腕・下腿筋萎縮,肘,頚部等の関節の拘縮をきたします.筋力低下の進行は遅いのですが,心伝導障害を合併し,これが生命に危険をもたらすことがあります.伴性劣性遺伝とされています. アメリカ人のエメリとドレフュスによって研究されたため,こう呼ばれます.


(4)肢帯型筋ジストロフィー
 一般的に10代から20代の男女に腰,次いで肩の脱力で気付かれ,他の病型に属さない筋ジスをこの肢帯型に分類する傾向がありました.最近の研究の進歩により,表1のように原因遺伝子と蛋白異常が明らかになっています.

重症・アダリン欠損症
 さきにデュシェンヌ型筋ジス(DMD)ではジストロフィンという蛋白が筋肉中に欠損していると記しました.アダリンとは,筋細胞膜でジストロフィンと結合している糖蛋白(糖分を含んだ蛋白)を指し,このアダリンが欠損するために筋脱力・萎縮が生じる疾患をアダリン欠損症と呼んでいます.DMDと似ている点(3歳頃発病,10歳頃歩行不 能,20歳頃死亡という経過,腓腹筋の仮性肥大,病初期の血清CK著明上昇,心筋障害を認めることがある,など)と似てない点(常染色体劣性遺伝で男女ともに発病,両親の血族結婚が多い,知能障害はない,など)があります.臨床的観察のみでは,男ではDMDやベッカー型筋ジスと,女では症状の出たDMD保因者と診断されてしまう恐れがあります.しかし,筋生検筋の検査でジストロフィンは存在しています.このことと原因遺伝子が異なる点が大きな相違点です.アラブ人,南ヨーロッパ人などで報告されてきましたが,最近日本人でも発見されています.

中等・軽症
 進行が遅く,骨関節の変形などまれな比較的良性経過を示す病型を指しています.


(5)先天性筋ジストロフィー
 文字通り生れつき(生下時)発病しているような筋ジスを指しています.わが国では,中枢神経症状を伴う福山型先天性筋ジスが多く,よく知られています.必ずしも国際的な分類法ではありませんが,この福山型と非福山型に分けると分り易くなります.

福山型先天性筋ジストロフィー
 東京女子医科大学小児科教授であった福山幸夫氏によって研究された病型で,日本に多いといわれています.生下時ないし生後9 月以内に筋緊張低下,筋力低下で気付かれます.このような乳児は,いわゆる“ぐにゃぐにゃ乳児”の状態を示します.股関節,膝関節が拘縮し,上下肢のみでなく顔面,頚部にも筋力低下・筋萎縮がみられます.独立歩行できないで終ることがほとんどのようです.全例に高度の知能障害を伴う点が特徴で,けいれんを伴うこともまれではありません.血清CKは中等〜高度上昇し,常染色体劣性遺伝であり,最近,原因遺伝子が明らかにされていますが,蛋白異常はまだ分っていません.死亡年齢は0〜21歳で,11〜16歳に肺,気管支炎合併で死亡することが多いといわれています.

非福山型先天性筋ジストロフィー

  1. メロシン陽性型
    筋線維は細胞膜とそれを取り囲む基底膜の二重膜から成っていますが,基底膜を構成する一つの主要蛋白はラミニンと呼ばれています.このラミニンには三つの種類があり,筋肉中で中心的な位置を占めるもの(ラミニンα2 鎖)がメロシンです.このメロシンが筋肉中に存在している先天性筋ジスで,中枢神経症状は伴わず,筋症状も福山型に比し軽いと言われています.

  2. メロシン陰性型
     陽性型に比しまれですが,筋肉中にメロシンが欠損しています.筋症状は福山型と同様に重症です.知的機能は正常ないし軽度低下とされていますが,脳の白質は画像上障害されています.

  3. その他
     中枢神経症状を伴う先天性筋ジスのうち原因遺伝子が福山型と異なる疾患としてウォーカー・ワルブルク症候群,サンタブオリ症候群(共に筋・眼・脳が障害される)なども知られています.




(6)遠位型筋ジストロフィー
 筋ジスを初めミオパチーでは,一般に筋脱力・萎縮が始まる部位は躯幹に近い筋(躯幹近位筋)が多いのですが,ときには上下肢の躯幹から遠い筋(遠位筋)から始まることがあります.このような病型を遠位型筋ジス,遠位型ミオパチーと呼んでいます.

三好型
 常染色体劣性遠位型筋ジストロフィーで,最近第2染色体短腕(2p)に原因遺伝子があ ることが明らかにされました.
 これは徳島大学内科教授でありました三好和夫氏によって研究された病型で,10歳代後半の男女に発病し,下肢遠位部(特にふくらはぎの腓腹筋)に筋力低下・筋萎縮がみられます.早期からつま先立ちができないことが特徴です.大腿にも病変は波及し,階段上昇,歩行が困難にもなりますが,寝たきりになることはまれです.前腕の軽度の筋萎縮,握力低下が起こりますが,手の萎縮ははっきりしません.血清CK値が早期から正常者の100倍位まで上昇し,症状出現前にも著明に上昇します.また,保因者の中にも中等度に上昇するものがいます.

空胞型
 障害された筋肉を顕微鏡で調べますと,この病型の特徴である空胞が見られますが,一般に“空胞を伴う遠位型ミオパチー”と呼ばれます.空胞を伴うミオパチーには数種類の疾患が含まれていることが分っていますが,遠位型ミオパチーが最も多く,かつ常染色体劣性が多いと言われています.孤発例(家族内で一人のみ発病)も常染色体劣性の可能性が高いとされています.


(7)顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー
 常染色体優性遺伝を示し,人口100万人当たり3〜10人といわれています.文字通り,顔面,肩甲,上腕が主として侵されます.発病は10代直前頃から10代終りが多いようです.口笛が吹けない,ストローで水を飲めない,風船をふくらませられない,睡眠中に開眼しているなどの症状が出ます.また,学校の体育の時間で,ロープを登れないなどが発見されたり,家族のものよりクラスメートたちに肩の変形(“ひよこの翼状”)を気づかれたりします.頚部を前屈する筋(頚屈筋),大胸筋,三角筋なども侵され,下肢では前脛骨筋が侵されます.しかし,進行は遅く,中年以降も歩行はしばしば可能で,ほとんどの患者が正常者と同じ位生きるといわれています.知能障害や心障害は普通なく,血清CK値は正常か軽度上昇するのみです.
 第4染色体に原因遺伝子があると言われています.しかし,この病型には他の疾患が含 まれている可能性も指摘されています.


(8)ウェランダー型遠位型ミオパチー
 常染色体優性遺伝を示します.スウェーデン人の家系にみられ,日本では知られていません.40〜60歳の男女に発病,両手の筋力低下・筋萎縮が起こり,躯幹近位部(上腕から肩にかけて)に移行します.


(9)筋強直性ジストロフィー
 筋緊張性ジストロフィーとも呼ばれますが,日本神経学会の「神経学用語集」(1993年)では,筋強直性ジストロフィーとなっています.
 人口10万人当たり5〜6人の患者がいるといわれています.20〜50歳頃に発病し,発症後15〜20年で歩行ができなくなるといわれています.20歳以前に発病することもあり,早く発病するほど重症といわれます.筋力低下・筋萎縮は顔面筋,胸鎖乳突筋,咬筋,前腕,下腿などにみられ,手にミオトニア(手の親指の根元の部分:拇指球筋をハンマーなどで叩きますと,筋肉の収縮が長く続く状態)がみられます.この病気は,全身性の臓器異常も示すことが特徴で,白内障,男性の前頭部禿・睾丸萎縮,女性の無月経,心伝導障害,呼吸機能障害(特に睡眠時呼吸障害),知能障害,免疫グロブリン異常(IgG低下)などがみられます.夜間だけでなく,昼間よく眠るのも特徴の一つです.
 筋力低下には適度のリハビリが必要ですし,肥満防止も重要です.
 この病型は常染色体優性の遺伝を示します.原因遺伝子は第19染色体長腕にあり,この部の遺伝子分子の反復配列が健常者より2〜600倍と異常増大していることが本疾患の本態と言われています.

 以上で筋ジスの説明を一応終り,次に筋ジス以外の“進行性筋萎縮症”のいくつかについて,簡単に記します.
 脊髄性進行性筋萎縮症は乳児期発症(ウェルドニヒ・ホフマン病),若年期発症(クーゲルベルグ・ウェランダー病)および成人期発症のものがあり,1〜4型に分類することもあります.これらには急性経過,慢性経過および移行型があり,さらに遺伝型式が一定しない例もあります.また,小児期脊髄性筋萎縮症を重症型,中間型,軽症型と分類することもあります.ここでは,古典的な疾患とも言えるウェルドニヒ・ホフマン病,クーゲルベルグ・ウェランダー病および成人発病の脊髄性筋萎縮症について記します.


(10)ウェルドニヒ・ホフマン病
 乳幼児期における脊髄性進行性筋萎縮症で,常染色体劣性の遺伝を示し,その原因遺伝子は第5染色体長腕にあると言われています.生後1年以内に発病します.経過は比較的急速に進行し,嚥下困難,呼吸困難となって2,3年以内に死亡するといわれています.数年以上延命する良性型もあります.筋萎縮・脱力は体幹・四肢筋にみられ,筋肉が小さくピクピク動く現象(筋線維束性れん縮)がみられます.感覚は障害されません.骨関節の変形,知能低下は原則としてなく,血清CK上昇は軽度で,著明上昇はありません.
 オーストリア人医師ウェルドニヒとドイツ人医師ホフマンにより研究発表されました.


(11)クーゲルベルグ・ウェランダー病
 約2/3は男性で,常染色体劣性遺伝または常染色体優性遺伝を示し,発病は10歳前後ですが,中年に 発症するものもあります.本疾患も第5染色体長腕に原因遺伝子があると言われています.筋ジスに似て,躯幹近位筋に脱力・筋萎縮がみられますが,感覚障害はなく,筋線維束性れん縮がみられ,脊髄前角運動細胞の病変の結果生じます.歩行障害で初発しますが,進行は遅く,高度の身体障害を呈することはまれで,生命の予後も通常よいです.血清CK上昇は軽度で,著明上昇はありません.
 スウェーデン人のクーゲルベルグとウェランダーによって研究された疾患です.


(12)脊髄性進行性筋萎縮症
 通常,非遺伝性,非家族性のものをさしています.脊髄前角運動細胞の病変(変性)により,下肢次いで上肢の躯幹近位筋に筋線維束性れん縮を伴う萎縮・脱力がみられま す.中年(30〜50歳)の男性に多いです.通常,進行は遅く,生命の予後もよいです.感覚は正常で,血清CK上昇は軽度です.
 なお,この四肢の脱力・筋萎縮に舌筋萎縮,構音障害など球症状を伴い,伴性劣性(すなわち男性に発病)の遺伝を示すものはケネディ・オルター・サン症候群(家族性球脊髄性筋萎縮症)と呼ばれ,その原因遺伝子はX染色体長腕近位部(Xq11-12)に位置するといわれています.


(13)筋萎縮性側索硬化症
 1896年パリの高名な神経学者シャルコーが最初に報告したとされています.通常遺伝性や家族性はなく,40〜50歳代の男女(男性が約2倍多い)に発病します.人口10万人当たり, 約4人の患者がいるといわれます.アメリカでは有名なプロ野球選手だったルー・ゲーリックがこの病気になったのでゲーリック病として知られています.
 両手・前腕の筋萎縮・脱力,舌萎縮・嚥下困難・構音障害などの球症状,両下肢筋萎 縮・脱力などがみられ,筋線維束性れん縮を伴います.感覚は正常です.筋ジスや脊髄性進行性筋萎縮症と異なり,深部反射(膝やアキレス腱などの腱をハンマーで叩く検査)は亢進します.
進行は早く,2〜3年で寝たきりとなることが多いです.特に,球症状で初まる例(約 1/3)は重症になりやすく,嚥下困難のため栄養障害に陥り,経鼻カテーテル栄養(流動食)が必要となります.知能は通常障害されず,末期では書字障害・構音障害のため患者と介護者との意志疎通が重要となります.膀胱直腸障害,眼球運動障害,また褥創は通常きたしません.
わが国では,厚生省特定疾患に指定されています.


(14)シャルコー・マリー・トゥース病
 フランス人シャルコーとマリーおよびイギリス人トゥースによって1886年に研究発表された病気です.小児期から思春期に両足・両下腿の脱力・筋萎縮で発病します.両足は垂れ足を示すようになります.前脛骨や腓腹筋の萎縮のため,両膝以下が両大腿に比べて細くなり,コウノトリの足のようになります.両手の筋萎縮も遅れて出現します.感覚障害はあっても軽いことが多く,深部反射は消失します.進行は遅いですが,軽快することはありません.生命の予後はよいです.末梢神経が主として障害されますが,末梢神経の髄鞘という部位が障害されるため神経伝導速度が低下する1型と,軸索が障害されるためそれが正常または軽度低下する2型に分けられます.1型は,染色体1番または染色体17番に原因 遺伝子がある常染色体優性,原因遺伝子が不明のもの,X染色体にあると考えられるものなど,異なった遺伝型式が報告されています.
 この疾患以外にも,末梢神経が障害されるために進行性の筋萎縮症を呈する疾患が知られていますが,まれであり,また専門的に過ぎるため省略します.


(15)先天性ミオパチー
 福山型,非福山型の先天性筋ジス(前記)以外にも,先天性に筋肉が傷害される疾患がいくつか知られています.セントラル・コア病,マルチ・コア病,ネマリンミオパチー,ミオテュブラーミオパチー,先天性ミオトニアなどですが,いずれもまれです.また骨格筋内に異常形態を示すミトコンドリアが多数認められ,多彩な神経症状を伴うミトコンドリア脳筋症が知られていますが,専門的に過ぎるため省略します.

(岩下 宏)

   

前頁
目次
次頁