第6章 人工呼吸器について

 ここでは人工呼吸器の機種の種類と特徴,機種の選定,設定から装着,トラブル対応,回路,加湿器,フィルター等の交換,保守と点検について説明します.
1.機種の種類と特徴
 在宅用の人工呼吸器には陽圧式人工呼吸器陰圧式人工呼吸器がありますが,繁用されるのは陽圧式人工呼吸器ですので,陽圧式人工呼吸器を中心に解説します.
 すでに述べられているように,陽圧式人工呼吸器には,気管切開をして気管切開チュ−ブより行う侵襲的換気療法とマスクを使い(一般的には鼻マスク)気管切開をせずに行う非侵襲的換気療法があります.前者は気道の確保から吸引が容易である反面,気道からの感染等が問題になります.後者はNPPV(Noninvasive Positive Pressure Ventilation)と呼ばれ,日常生活への 支障が少なく慢性呼吸不全,神経筋疾患等の患者さんの呼吸不全治療に広く普及しています.

 代表的な機種の特徴を説明します(順不同).

(1)オニキスプラス(フランスネルコアピュ−リタンベネット
               フランスディベロップメント社製)
 オニキスプラスは設定1回換気量(吸気)に合わせ,呼吸毎にPSV/PCV圧が自動調整されます.1回換気量設定機能があり自発呼吸との同調性を生かしながら一定の1回換気量を送ります.また,患者さんの吸気要求に合わせてPSVのフロ−の立ち上がりを調節でき,患者さんが吸いたい量を,吸いたい速さで送り込むことができ,呼吸仕事量を軽減します.
 NPPVとしても使用でき,マスクからのリ−クも補正します.(25/分)電源は,AC/外部バッテリ−の2電源方式で,機器重量9.5sです.
モ−ド選択
   ・PSV
  ・PSV+換気回数設定
   ・PSV+換気回数設定+1回換気量設定
   ・PSV
   ・PSV+1回換気量設定
   ・ACV(ボリュ−ムコントロ−ル換気)

 

 

 


(2)コンパニオン2801(マリンクロットジャパン社製)
 従量式,従圧式と二つの換気様式が設定できます.電源は,AC/内部バッテリ−/外部バッテリ−の3電源方式(自動車シガーライター電源可)で,機器重量は19sです.

   モ−ド選択
   ・コントロ−ル
   ・アシスト/コントロ−ル
   ・SIMV

 

 

 


(3)PLV(レスピロニクス社製)
 操作性,機能性が簡便で患者,家族への介護指導が容易です.世界各国で最も多く使用されている従量式人工呼吸器です.小型,軽量で操作部分がデジタル表示でわかり易くなっています.電源は,AC/内部バッテリ−/外部バッテリ−の3電源方式(自動車シガライタ-電源可)で,機器重量はkgです.

   モ−ド選択
   ・コントロ−ル
   ・アシスト/コントロ−ル
   ・SIMV

 

 

 


(4)BiPAP(レスピロニクス社製)
 換気補助は,二段階のレベルの陽圧をかけ空気ガスを供給します.吸気時の陽圧と呼気時の陽圧でどちらも変更可能です.神経筋疾患をはじめ様々な疾患に対応でき,在宅での使用に適しています.マスクでの装着が一般的であるが,気管切開での換気も可能です.従圧式,従量式の人工呼吸器に比べ軽量,簡便です.電源は,AC/専用インバ−タ−でのバッテリ−電源(自動車シガーライター電源可)です.機器重量はkgです.

   モ−ド選択
   ・自発
   ・自発+バックアップ換気
   ・コントロ−ル


 

 


(5)その他の機種(順不同)
 紙面の関係で詳しくは説明できませんが,写真のみを掲載しておきます.

 オリジン医科工業
(PUPPY-2 連続流供給可)

 バ−ドプロダクツ社
(TBIRD VSO2)

IMI社
(LP10,LP6)

チェストエム・アイ
(カンタムPSV)

アコマ医科工業
(ARF-900EV)

アイカ株式会社
(アイカ・ホ−ムケアベンチレ−タVe 1)

木村医科機械社
(KSV-1)

コ−ケンメディカル社
(BEAR33)

ネルコアピュ−リタン・ベネットジャパン社
(Knightstar335)

テイジン
(NIPネ−ザル)

2.機種の選定
 マスクでの換気補助には,呼吸不全の程度に応じて従圧式での換気,従量式での換気,サポ−ト圧の要否あるいはリ−ク補正等さまざまな必要性に対応する機種を適切に選択することが重要です.時には導入時から在宅開始までには数台の機種変更を余儀なくされる場合もあり,機種選定には慎重な対応が望まれます.また在宅中にも機器の変更は起こり得るので十分な観察,早めの対応が必要です.
 気管切開を受けている患者さんでは,病院で既に設置型人工呼吸器を使用した経験から携帯用人工呼吸器に変更することへの不安が強く,携帯用人工呼吸器に慣れることが困難で在宅開始まで時間を要するので,入院中から病態に合わせた機種選定を勧めます.

3.機器の設定から装着
 現在,病状面で補助換気を必要としない状態にある患者さんにおいても,近い将来,補助換気が必要になると予測される場合,患者・家族にその旨をよく説明し,外来受診時に患者に補助換気の導入訓練をしておくと,病状増悪による緊急受診時の対応が容易で,患者さんに与える苦痛も軽減されると考えます.
 人工呼吸器の設定値は機種によって異なり,当然,患者さんの状態によっても異なります.そのため動脈血ガス分析は勿論のこと,SpO2の変化,ETCO2,ECGモニタ−等を使用し,患者観察を注意深く見守る必要があります.夜間のSpO2グラフの成績も設定の有力な指標になります.

(1)鼻マスクでの初期設定の目安
 従圧式:圧12〜14cmH2O,回数14〜18/分,I/E比1:2のCMV.マスク装着次第で,換気量が変化しますので最近では使用が少なくなっています.
 従量式:換気量500 〜600ml,回数14〜18/分,I/E比1:2のCMV.
 BiPAP:IPAP8〜10cmH2O,EPAP2〜4cmH2O,回数14〜18/分(自発呼吸より2〜3回少なく設定),Tモ−ド(可能であれば早期にSTモ−ドに変更),%IPAP30%〜40%(50%を越えると吸気時間が呼気時間より長くなります.気管切開での装着は,気管切開カニュ−レの種類により(カフの材質によりリ−ク量が変わるため),患者さんの換気量に違いがありますので注意が必要です.
(2)気管切開での初期設定の目安
 従圧式:圧10〜12cmH2O,回数14〜18/分(自発を残した補助呼吸テでも可,回数5/分),I/E比1:2のCMV.
 従量式:換気量350〜400ml,回数14〜18/分(補助呼吸可),I/E比が1:2のCMV (PSV,SIMVモードも使用される)
(3)鼻マスクの装着
 導入時,患者さんの苦痛はマスクのつけ方によるものがほとんどです.マスクのサイズは,専用のゲ−ジで正確に測定し患者に合ったものを使用します.従圧式,従量式の機器ではマスクの皮膚に対する圧迫,固定の仕方次第で設定量が十分,送気されないことが多く,装着に対しての慣れが必要であります長期使用での皮膚の損傷は避けられないため数種類のマスクを交互に使用したり,被覆材を用いますことで皮膚への圧迫を回避しますことができる
 
 BiPAPでの鼻マスクの装着
 マスクのサイズを決定し,(コンフォートフラップ,スペーサーの使用を勧める)緩すぎれば固定が不安定ばかりか,リ−ク量が増える.逆に強すぎると皮膚損傷の原因,圧迫感の増強につながるのでマスクの下部に小指の第一関節が入る程度とし,上部は,やや下部より締め,目の方向へのガスリ−ク量を減らす.マスク周囲からの呼気ガスリ−クでマスクによる機械的死腔を減らし,二酸化炭素の再吸入を防いでいます.
 装着時,いきなりヘッドキャップを付け固定するのではなく,医療スタッフが手でマスクを鼻孔にあてがい,医療ガスの流れや気道内圧の変動を観察しながら,マスクの適合性をみることが大切です.患者さんへの励まし,称賛がこのような作業を円滑に進めていく上で威力を発揮することがありますので,積極的に声掛けをします.装着後,1〜2時間で血液ガス成績をチェックし,改善があれば1日何回か装着時間を決めて行うと良いでしょう.導入に時間を要しても,そのことに充分な意義があることを医師,コメディカル,呼吸療法認定士は認識することが肝要です.積極的に取り組む姿勢と根気よく事を進めていく態度が鼻マスク陽圧換気法の成功率を高めると考えます.
     
4.トラブル対応
 機器のトラブルには,その機種毎にトラブルの対応方法が異なることもありますので,まずメ−カ−が用意するトラブル対応手順にしたがって対応することが基本です.現在,ほとんどのメ−カ−が24時間のバックアップ体制をとっていますので,在宅人工呼吸療法を開始する前に連絡先などを確認しておくことが必要です.
 しかし,患者さんより使用する人工呼吸器が異なりますので,医療スタッフは,在宅人工呼吸療法に向けて患者さん,家族の方への指導を行う時に,患者や家族の皆さんが理解しやすい資料作製や環境づくりの作業を初歩から始めることが大切です.ここではおこり得るトラブルの実例をいくつか記すことにします.

(1)電源を入れても作動しない

理由 対策
ブレカ−が飛んだ ブレ−カ−リセット
電力源の供給不良 AC電源の確認,バッテリ−作動確認
ヒュ−ズの不良 交換

 

(2)低吸気,高吸気のアラ−ムが鳴る

理由 対策
低吸気アラーム:呼吸回路,チュ−ブの外れ,設定値の誤り 点検
高吸気アラーム:気道内圧上限設定値の誤り,患者の状態(咳,喀痰の貯留など) 点検,吸引などの要否

 

(3)回路交換の後,電源は入るが機器からの送気がない

理由 対策
回路の接続ミス,回路の外れ 回路全体の点検

 

(4)吸気から,呼気に切り替わらない,また切り替わりが遅い

理由 対策
呼気弁の破損,取り付けミス,水の貯留 交換,点検,水の除去

 

(5)アラ−ムは鳴らないが,いつもより送気量が少なく感じる

理由 対策
回路,加湿器の細かな破損,破れ 交換

5.回路,加湿器,フィルタ−等の交換
 回路,加湿器,フィルタ−の交換は,一定の間隔で交換します.交換日をあらかじめカレンダ−等に記入して置くと良いでしょう.
 各メ−カ−または施設によっては方法,交換する間隔に違いがありますが,当院での統一した交換方法を紹介します.
 気管切開の患者さんの場合,2週間毎に回路,接続アダプタ−,ウオ−タ−トラップ等,全て取り外し中性洗剤で丁寧に洗い,ぬるま湯でしっかり洗い流す.陰干しをして十分乾燥させる.(気道圧,呼気弁チュ−ブのような細いチュ−ブは乾きにくいので,外側のみ拭くか,汚れてきたら取り替える)
 乾いたら病院に持って行きEOG滅菌を依頼します.そのため回路のセットは2セット以上必要となります.加湿器の交換は,回路交換と同時に行い,フィルタ−の交換は使用場所,使用する時間によっても異なりますが,月に1度程度で良いでしょう.なお,機器本体裏面のエア−フィルタ−の掃除は忘れやすいので注意します.呼気弁には,洗えるものとそうでないものがありますので注意します
 鼻マスクでの回路交換は,2週間毎に回路,接続アダプタ−,マニホ−ルド等全て取り外し中性洗剤で丁寧に洗い,ぬるま湯でしっかり洗い流す陰干しをして十分乾燥させる.(気道圧,呼気弁チュ−ブのような細いチュ−ブは乾きにくいので,外側のみ拭くか,汚れてきたら取り替える)
 マスク及びフラップについては,回路交換を行なう時と同じ洗浄方法で毎日行なうように指導しています.

6.保守,点検
 毎日行う動作点検(介護者)
 患者さんに装着する前に,回路,加湿器の点検を行ないます.特に,回路については接続箇所の確認をします.加湿器は,ヒ−タ−の上に正しくセットされているか,製精水の量は十分か,多すぎないか,次にテストラング(モデル肺)を回路先端に取り付け機器を作動させてみます.設定量,設定圧,換気回数,アラ−ムの設定,レベルの確認をします.点検記録を付けることを勧めています.
 2週間毎の回路交換(介護者)
 先に述べた回路交換時には,呼吸回路の点検を怠ってはなりません.劣化した回路,コネクタ−,チュ−ブは,絶対に使用してはいけません.メ−カ−へ連絡し,取り替えるようにします.
 3ヵ月毎の点検(メ−カ−による訪問サ−ビス)
 機器の精度点検,クリ−ニング,フィルタ−交換,呼気弁の点検等を行ないます.メ−カ−によって異なる箇所もあります.また点検費が有料の場合もあります.
 1年または6000時間毎の点検(代替器あり,メ−カ−で実施)
 機器の精度点検校正,総合調整,クリ−ニング,指定部品交換などが主たる点検項目です.
 2.5〜3年または20000時間毎の点検(代替器あり,メ−カ−で実施)
 全システム校正,総合調整,クリ−ニング,モ−タ−等指定部品交換などの点検を行います.

 まとめ     
 以上,人工呼吸器について国立療養所刀根山病院における自験例を中心にまとめてみました.
 在宅用人工呼吸器は,患者さんの生命を維持する装置として世界的に普及してきています.その有用性も広く認められ,数多くの機種も誕生しています.当院では現在,毎年約10名程の患者が新規に在宅人工呼吸療法を受け,現在,HMV患者さんの総数は約40名です.今後ますます普及すると予測される在宅人工呼吸療法が,いつの時代にも安全かつ確実に実施されることを切望しています.
     (福井 昭二)

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