・避妊手術・ ヒメの話題である。ヒメが我が家に来たのは8月9日。それからわずか4ヶ月
余りで彼女の体型は大きく変わった。わずか1キロにも満たなかった体重は、
アッと言う間に3キロ突破。毛並みも美しくなり、耳垢もほとんど目立たなく
なりノミもシラミもダニも駆逐された。そして下腹部に脂肪をため込み、お座
りすると後ろ足の脇からちょっとお腹の肉がはみ出すほどに。あああああああ
体型だけではなく性格にも変化があらわれた。誰にでもゴロゴロ喉を鳴らすほ
どの人なつこさがいつの間にか消えて、気がつけば小姑のように一日中私の行
動を監視し、隙があれば膝に飛び乗りお昼寝を決め込む。主人曰わく「ヒメに
とってあなたは特別な存在。母親であり恋人であり、最高の召(飯)使いだ。
その他の人間は好きでも嫌いでもない、同居人扱いさ」。あああああああああ
私がトイレに行けばトイレの前でお腹を出して転がって待っている。トイレ
からでると色っぽくゴロゴロ転がる猫が待ちかまえていて、「さあ、なでろ。
だっこしろ」とものさえ言わないけれど強制される場面を想像していただきた
い。。そして私が家にいる限り「何か食わせろ」状態になっていて、冷蔵庫を
開ける音に対してとてもに敏感になっている。ああああああああああああああ
そんなヒメがお年頃になり、ある日急にひどい鳴き声を発するようになった。
主人は避妊手術に反対しており、そろそろ手術を……と獣医に勧められた件を
相談した際、キッパリと「外に出さないのだから、手術の必要なし」といった
のだが、夜な夜なの彼女の大鳴きに強度の寝不足状態に陥ってしまった。何故
かと言えば手術を反対する主人が鳴き声を鎮めるために布団から出ていかなく
てはいけなかったから。しかしペット飼育禁止の集合住宅でははっきり言って
これ以上放っておくこともできないので、とうとう「一日も早く獣医さんへ」
と決断せざるを得ない状況となった。ああああああああああああああああああ
ヒメがお世話になっている獣医さんは手術後に俗にエリザベスカラーと呼ばれ
ている、プラスティック製の襟巻きはしない。その代わりサラシでエプロンド
レスのようなものを作って下さり、首からしっぽの付け根までスッポリと猫を
覆うように着せて下さる。4本の足がエプロンドレスから出るようになってお
り、背中の五ヶ所ほどをサラシの紐で縛り、猫の動きを拘束して傷口をカバー
するのだ。このドレスは抜糸するまで着ていなければならない。ああああああ
痛みに強い猫は術後でも平気で高いところに飛び乗り飛び移る。この時、傷口
が開いてしまうケースが10年に一度ほどあるそうだが、このドレスを着てい
る限り、動きはかなり制限され、ヒメはがに股でノロノロ歩術後2〜3日した
頃やっと椅子の上に飛び乗れる程度だった。聞いた話ではこのエプロンドレス
を着せられて、抜糸するまでぬいぐるみ状態となった猫もいたそうである。飲
まず食わずもちろんウンチもせず、ひたすらじっとしている猫がいたのかと思
うと、退院後ペロリと完食し、その後もエプロンドレスがどんなにきつくなろ
うとも、食事の催促だけは決して忘れなかったヒメは偉大である。しかし、ト
イレは別だった。汚れるのが嫌なのか、傷口が痛むのか、鳴き声を上げず、ト
イレにもほとんど行かないのだ。あんなに毎日食べているのに出ないのはおか
しい。そう思って獣医に相談すると「浣腸をして上げて下さい」という。人間
用の浣腸の3分の1程度の量を使えばよろしいというのだ。おそるおそる試す
と、ものの5分もしないうちに極めて良好に効いた。あああああああああああ
手術してから10日後、待ちに待った抜糸である。術後ヒメの性格は非常に穏
やかになり、おしゃべりもせず、もちろん濁声で鳴くこともなかった。手にか
みつくこともなく、トイレの前で待ちかまえることもしなくなった。ちょっと
淋しいが、大人になったんだね〜と思っていた。と、ところが……今ではすっ
かり元のヒメに元通り。手術しても性格までは改造されないのであった。ああ
うるさい奴だが、私としては若干ホットしたことも確かである。今朝も私はヒ
メに頭をポンポンたたかれて朝食の催促で起こされた。(2001.12.15)ああaa