党史上初めて対案提出 一時騒然とした討議

 

フランス共産党32回大会終わる

 

労働運動研究所 福田玲三

 

 ()、これは、労働運動研究復刊第5号(2003年8月)に掲載された福田玲三氏の評論です。フランス共産党に関する他論文もHPにあります。このHPに全文を転載することについては、福田氏の了解をいただいてあります。

 

 〔目次〕

   1、フランス共産党32回大会

   2、対案に45%の支持

   3、全国評議会選出の抗争

   4、労働者の党の実勢

   5、フランス共産党の議席、党員数の変化

 

 (関連ファイル)          健一MENUに戻る

    福田玲三『民主集中制の放棄とフランス共産党』

    アルチュセール『共産党のなかでこれ以上続いてはならないこと』

          (宮地添付文)フランス共産党の党改革状況

    『イタリア左翼民主党の規約を読む』(添付・左翼民主党規約)

    『コミンテルン型共産主義運動の現状』

 

    『綱領全面改定における不破哲三の四面相』綱領改定案と討論・代議員選出

 

 1、フランス共産党32回大会

 

 フランス共産党第32回大会はさる4月3日から6日までパリ郊外で開かれた。

 保守派の政府と解雇権・退職金・社会保障の改悪政策に不満は高まり、米国によるイラク戦争は世界の平和運動を刺激し反帝国主義の議論を巻き起こして情勢は共産党に有利なはずだが、2002年選挙の敗北、大統領選挙での得票率3・37%への激減、下院選挙で35議席から21議席への転落は、796名の大会代議員に重い課題を与えた。

 

 党員の意見を分かつ三大問題はつぎのとおり。

 1、ユー元全国書記が始めた党改革の原則と実行について

 2、共産党の計画と党の未来について

 3、2004年の欧州議会選挙と地方議会選挙でまず具体化される左翼の提携と結集戦略について

 

 2、対案に45%の支持

 

 フランス共産党史上初めて新規約で可能になった対案が指導部の用意した原案とともに討議にふされた。本年2月末の討議結果では、パ・ド・カレー県の「正統派」とマルシェ元書記長に近かったマルシャン氏グループを合わせた二つの反対派は、合計して45%の支持をえた。

 

 以後この両派は協力して大会で戦うことを決定した。両派の提携の基礎は党改革の原則への異議提出であり、なかでもパ・ド・カレー県は徹底しており、マルシャン・グループには多少含みがある。両派はまたフランス共産党の以前の勢力を取り戻したいと考え、庶民階層と労働界の足場をまず固めたいとする。さらに両派は党の「革命的」性格を確認し、社会党あるいは極左との提携を排して選挙における「自立」路線を定めたいと願う。

 

 これに対してピエール・ザルカやパトリック・マルテリなどに代表される党内の「改革派」グループは、ユーの手法を批判しつつも党改革の遂行を主張する。このグループは対案は出さず、指導部の原案に加わり、部分修正を提案する。彼らが期待するのは社会党の左に位置する明白な反資本主義的立場の左翼勢力の構築であり、トロツキストの革命的共産主義同盟のような他政党との討論も検討している。彼らが望むのは党「内外の」共産主義者結集だ。

 

 党のトップである全国書記、マリー=ジョルジュ・ビュッフェ女史は「すべての結集、すべての連携を禁止する方針を大会が決定するなら」「党は自壊する」と判断する。元の全国書記、ユーのグループは完全に姿を党内討議から消したように見える。ある事情通はいう。「マルシェ元書記長が引退して10年後にもなおマルシェ派がいるのに、大統領選挙に立候補した1年後にもうユーの仲間はいない」。

 

 3、全国評議会選出の抗争

 

 大会は4月6日、ビュッフェ女史を先頭に党内議会に相当する全国評議会のメンバーを選出して終了した。党改革の路線はマルシャン・グループとパ・ド・カレー県の反対を押えて確認されたが、大会は騒然とした様相を示し、ビュッフェ女史は閉会挨拶で「大会は共産主義運動について、戦略と結集の問題、そして党生活について強固で明確な選択を行った」と述べたが、それは全代議員の認識とはほど遠かった。

 

 その前日、5日の夜は指導部の予定した212名の全国評議会メンバーに対して反対派から31名の対立候補が提案された。大会は2時間以上中断し一室にすべての関係者が集まって協議が続き、対立候補から11名を加える共通リストで妥協の成立したことが深夜になって発表されたが、党の一匹狼ゴルメッツ氏(ソンム県選出代議士)はこれに納得せず残りの20名のリストで対抗し、それは0時を越えてやっと取り下げられて収まったが、その間会場は騒然とした雰囲気に包まれた。

 

 4、労働者の党の実勢

 

 大会開催の前夜、フランソワ・プラトーン氏(国立科学研究センター・研究部長、専攻はフランス共産党および極右国民戦線)は最近の共産党について『ル・モンド』(4月3日)で次のように論評した。「党改革が取り組まれてからやがて10年になるが第1段階ではおおむね成功し、それはユー氏の功績であり、彼はフランス共産党のイメージから劇的な要素を排除し、普通のものにしたが、それが多少行き過ぎだったかもしれない。党内論議は他のどの党とも同じように自由に民主的になり、共産党は人を怖がらせなくなった。

 

 逆に第2段階での党再建の方は5、6年来空転し2000年のマルティグ大会以降とくにひどかった。そして共産党が本来代表すべき分野で社会党や緑の党に占められる部分が生れた。

 

 最近の選挙結果では他の左翼政党とくらべて共産党は惨めに見えるかもしれないが、さらによく見れば共産党は党員数の激減にもかかわらず、なおいくつかの切り札をもつ。党員数は社会党を抜いて一番だし、依然として地方組織を維持して756名の市長を持っており、これは緑の党にも極左にも見られない。社会党の協力なしに候補者を当選させる力も持っている。

 

 党員の質をみるならば共産党はフランス社会を一番良く代表する政党だ。この20年来労働者の割合は減少し、中間職が増加した。共産党は労働者の現実の比重を代表しており、それをもはや代表し過ぎてはいない。したがってこの党はフランス社会の比較的忠実なイメージを伝えており、他の党の方がエリート重視だ。労働者と従業員の共産党における比率は42%だが、社会党では19%、緑の党では14%だ。これは重要な問題だ。従来の政治に無関心な庶民階層や青年を動員し直し、抱きこみ直すことができれば、この党にはなお未来がある。

 

 極右の国民戦線が共産党の選挙民を食ったといわれ、確かに面白い仮説であり、現に1986年以後国民戦線の選挙民はプロレタリア化している。しかしこの問題には多くの留保をつけたい。確かに国民戦線の上昇と共産党の下降には関係があるが、それはこれまで言われているような票の大移動という関係ではない。この移動は調査にも統計にも示されてはいない、やや粗っぽい推測だ。昔の共産党投票者が今国民戦線に投票しているとしても、彼らは先ず社会党と保守に寄り道し、とくに棄権に移った。活動家層ではこの現象はなお例外で、統計的にも取るに足らない。

 

 逆に国民戦線が政治的にフランス共産党の崩壊を利用したことは明らかだ。共産党はこれまでの地盤だった庶民階層をそっくりそのまま放置し、彼らに代弁者がいなくなったのだ。

 

 極左がフランス共産党の脅威になっていることは幾つかの点では確かだ。極左の方が魅力的・急進的にみえ、ある種の処女性をもつ。左翼政府に参加しなかったからだ。今はそれが重要なことになっている。共産党はこの脅威を自覚し、ときには自身でそれを誇張している。しかし下院議員席に極左の姿はない。」

 

 5、フランス共産党の議席、党員数の変化

 

   フランス共産党の議席

  ヨーロッパ議会   6議席

  上院        19議席

  下院        21議席

 

   党員数の変化

  1979年   762864

  1996年   274000

  1998年   210000

  1999年   183878

  2001年   138756

  2003年   133200

 

以上  健一MENUに戻る

 (関連ファイル)

    福田玲三『民主集中制の放棄とフランス共産党』

    アルチュセール『共産党のなかでこれ以上続いてはならないこと』

          (宮地添付文)フランス共産党の党改革状況

    『イタリア左翼民主党の規約を読む』(添付・左翼民主党規約)

    『コミンテルン型共産主義運動の現状』

 

    『綱領全面改定における不破哲三の四面相』綱領改定案と討論・代議員選出