由羅と萌の二人が萌の襲われた現場から離れてしばらくした頃、そこから少し離れたところで萌を助けた女性が息を整えながら、体力の回復をはかっていた。
体に走っていた激痛はかなり緩和されたが、極度の疲労のためか体が重く、なかなか動くことができなかった。 「このままここで寝たいとこだけど、さすがにそれは避けたいところよね」 誰に聞かれるともなく独り言をしつつ、ポケットに入れていた携帯を取り出すと、どこかに電話を入れる。 呼び出し音が8回ほど繰り返され、ようやく相手がでたようだった。 「あ、私だけど……まあね……ちょっと迎えに来てもらえないかしら?……うだうだ文句言ってんじゃなの!……」 現在地を簡単に伝えて電話を切ると、重い体を引きずって、先ほどの現場に戻る。 化け物の死骸はすでに風化しきってそこにはなく、地面には赤黒い血痕が大量に付着していた。 「あっちゃぁ、萌ってばかなり血を流してたのね。それにしても……よくこれで生きていられたものね」 半ば呆然としながら彼女はそのまわりの状況を確認する。 その場の大量に固まった血液は知らない者が見たら何があったのかと思うであろう。 「これは……どうにかしないとやばいわね……」 半乾きになったそれに手をふれると、女性は周囲には聞き取れないような小さな声で何かを呟く。 すると、手をふれたところから色の濃度が低下し、呟きが終わる頃には、そこにあったはずの血痕はきれいさっぱりなくなっていた。 「証拠隠滅完了っと」 そうこうしているうちに、近くに車の止まる音が聞こえ、一人の若い男性が彼女の元へとやってきた。 「勘弁してくださいよぉ、春菜さん……こんな夜遅くに……」 開口一番情けない声を上げる。それもそのはず、時計の針はすでに3時を回っていた。 「あたしだって、わざわざあんたに迎えに来てもらおうなんて思ってなかったわよ。魔法の過剰使用で身体に反動が来て動けなくなったからあんたを呼んだのよ!」 「それにしては……饒舌ですね」 「ほっといてよ、涼!」 春菜と呼ばれた女性は涼と呼ばれた男性の頭を軽くこづく。 「いってぇ……ところで、なにやってたんですか?」 「証拠の隠滅。さすがに大量の血痕が残ってたら怪しまれるからね。このくらいだったら魔力もあまり使わないですむし……」 「大量の血痕って……事故でもあったんですか?」 「人が一人ここで襲われていたのよ。それでたまたま通りかかった私が魔法をうって助けただけ」 「襲われてたって……人に対する攻撃魔法は……」 狼狽しながら問う涼。 「あ、大丈夫大丈夫。襲ってたのは妖魔だったんだから」 「でも、一般人の前で力を使ったとなると、記憶の操作は忘れなかったでしょうね?」 「あ、あはははは。それなんだけど……」 乾いた笑いの春菜。その額に一筋の汗が伝っているのを涼は見逃さなかった。 「それをやる前にあたしの魔力が無くなっちゃったの」 「なにやってんですか……」 涼は半分あきれた表情だった。 「しょうがないでしょ、襲われていたのは私の知り合いの知り合いだったんだから……思わず助けちゃたの」 「春菜さんの知り合いですか?」 「その知り合い。だから、もうしばらくしてから、彼女たちには悪いんだけど、彼女らの家に行ってから記憶を消しておかないとね……」 「でも……」 涼の言葉は春菜が手で制した。 「あとは車の中で話すわ。あんただって早く寝たいでしょう?」 「それはそうですけどね……」 渋々と春菜に従う。 すぐ近くに車があり、春菜は彼の肩をかりつつ乗り込み、その後涼が車を発進させる。 車がいったん広い通りに出てから涼がおもむろに口を開く。 「春菜さんの魔力をほとんど使うほどの怪我って、いったいどのくらいだったんですか?」 「そうねぇ……瀕死かな?それを全快直前までやったんだから」 「わ、わざわざそこまで……でも、春菜さんの知り合いの知り合いって……他人って言いませんか?」 「まぁ、普通はそうなんだけど、あの子達には私もちょっとは面識があるから見捨てることはできなかったのよ」 適当に受け流す。 「しかし……魔力が無くなるまで魔法を使うとは……相当な強敵だったんですか?」 「そんなことないわ。相手はただのコボルトだったからね。魔力がなくなったのは、襲われて重傷を負った子の治療にしたときにね……」 春菜は先ほど起こったことを簡単に説明する。 「その……コボルトに攻撃していた人って、いくらコボルトとはいえ、一般人が戦ってたんですか?」 「そう。普通だったら見ることさえできないのにねぇ」 「その上無傷で戦っていた……と」 「そう、相手の攻撃をことごとくよけてね。でも、運悪くあのコボルトには属性がついていたみたいで打撃系はあまり効いていなかったみたい」 身振り手振りを交えつつ話す春菜。 「それって……何も力とかを使わずにですよね」 「一般人にわたし達のような力があるわけないでしょう?」 「じゃあ、とどめは春菜さんが?」 「そう。コボルドの隙をそらせている間に私が風刃でやれたの。でも、あの呪文一発で殺れたってことは結構削られていたみたい」 「その人、勧誘したいところですねぇ」 「まさか……今から記憶を消しにいこうかってときに?」 春菜は苦笑を浮かべつつ否定する。 「でも、生身の身体でコボルトをかなりのところまで削ることができたのなら、こつを教えてやれば戦力としてはかなりのものになるんじゃないんですか?」 「理屈でいえばそうなるけど、あちらさんの意志ってものもあるから」 「まぁ、そうですね。しっかし……最近は女の子も怖くなってましたね」 自分の立場が怪しくなったことを感じた涼はとっさに話題をそらせる。 「どうして?」 「今日ちょっと街にでていたんですけど、どこかのナンパ野郎が女の子に声をかけていたんですけど、声をかけたとたん、持っていたリンゴをこれですよ」 左手で握りつぶす仕草を見せる。 「涼……まさかその女の子って、背が高くってポニーテールで妙に男勝りの口調していなかった?」 「そういわれてみれば……そんな風だった気も……」 「たぶんその子がさっき言ってた子よ。あの子ちょっと男嫌いの気があるから」 「結構美人だったのに……もったいない」 「もったいないって、何が?」 「だって、美人でスタイルもかなりなものなのに、男嫌いってことは女の子に興味があるってことじゃないんですか?」 その言葉に春菜は苦笑じみた笑みを浮かべる。 「涼……それを由羅の目の前でいってみなさい、間違いなくぶっ飛ばされるわよ」 「その人、由羅って言うんですか?」 「そうよ。空手の道場の娘であるからかはわからないけど、かなりの格闘センスを持っているわ。下手すりゃあなたにも勝てるかもね」 「そうですか……それで、二人が住んでいるところに向かうんですか?」 「そっ。あ、そこの角を曲がって。一人目はそこだから」 角を曲がった先には明かりが全て消えたアパートがあった。 TO BE CONTINUED |