Buster Angels

mission:3
school days
C-part


 普段より早めに授業が終わった由羅と萌の二人は自転車を押しながら大学の敷地内を正門に向けて歩いていた。
 ふいに思い出したかのように、由羅は隣を歩いている自分の肩の高さほどにしか身長がない萌に向かって話しかける。
「萌、今日の夜は時間あいてるか?」
「えっと、バイトが終わるのが夕方だから、その後にならね」
「それなら大丈夫か。今日は萌の分も晩飯作ってやろうと思うけど、どうだ?」
「ご飯?食べる食べる〜」
 飯という言葉に敏感に反応して明るい笑顔を見せる。
「だから、夕飯はやめといた方がいいかもな。……とは言っても萌の場合は問題ないか。それにしても、マスターもこんなのがいると気苦労絶えないかもなぁ」
「そんなことないもん。わたし、きちんとお仕事してるんだからぁ」
「はいはい。たしかに萌は仕事自体はきっちりやってるよな。いくつかを除けば……だけどな」
「いくつか?」
「たまにポカミスやらかすみたいじゃないか。それと、夕食分の量が多いと言うことがな」
「そ、そのくらいいいじゃないのよぉ」
「まぁ、萌もあそこでバイトしなかったら食費だけでもしゃれにならない金額になりそうだもんな」
「それは……いえるかも」
「それにしても、よくもまぁあの喫茶店、萌を雇ってくれたなぁ」
「なんでそう言うかなぁ。由羅ちゃんは」
 萌は近くの喫茶店でウェイトレスのアルバイトをしていたが、その容姿と性格も相まって店のマスコット的な存在になっていた。それもあってか食事の時の量が多少多いのは大目に見られていた。
「そうだ。どうせご飯作るんなら一緒に里美さんも呼ばない?あの人には食べさせられる時に食べさせとかないと」
「それなら大丈夫だ。里美さんならもう誘ってるからな」
「じゃ、たくさん食べさせなきゃね〜」
「そうだな。うまいもんでも……とはいってもあの人は味音痴か」
「でも、おいしいものつくるんだよね」
 由羅は頭を軽く掻き、萌は自転車のペダルに足を乗せて軽く地面を蹴る。
「じゃ、今からバイトだから、夕方にね♪」
「あぁ」
 萌を見送った後に近くの公衆電話に立ち寄り、テレホンカードを電話機に飲み込ませて11桁の数字を押していく。
 ボタンを押し終えて反応が返ってくるまでに何度か呼び出し音が繰り返され、その後にそう質が高いとは言えない受話器越しでもわかる澄んだ音色の声がスピーカーの向こうから聞こえてきた。
『はい、もしもし。白雪ですけど』
「由羅ですけど、今日は大丈夫ですか?」
『ごめ〜ん。急のバイトがはいちゃって……』
「そうですか……じゃあ、萌にはそう伝えときますね」
『この埋め合わせは後でね。あと、萌ちゃんに「おめでとう」って伝えといてね』
「わかりました。じゃあ、バイト頑張ってくださいね」
 受話器を戻して特徴的な電子音を響かる電話機から吐き出されるカードを見つめながら一つ大きな溜息をつく。
「萌のことだから作った分は食べるから大丈夫だと思うが……二人だけじゃなんか空しいかもな」
 しばらく考える、と返却口に出てきていたテレホンカードをふたたび挿入口に差し込んでボタンを押していく。
 今度はそう間を置くことなく反応が返ってきた。
『もしもし』
「あ、瑞恵か?」
『由羅?あなたがわざわざ電話してくるなんて珍しいわねぇ』
「悪かったな。まぁ、それはいいとして、今日の夕方すぎぐらい、暇か?」
 瑞恵の冷やかしにわざと機嫌が悪そうに答える由羅だったが、気を取り直して続ける。
『暇といえば暇だけど……』
「今日萌の誕生日を祝ってやろうと思ったんだが、一人欠員がでちまってな」
 みなまで言わずに瑞恵は由羅の声に覆い被さってきた。
『で、わたしに来るようにって?』
「来たくなけりゃ来なくていいんだぜ」
 少し不機嫌そうに由羅が話すと、瑞恵は少し慌てた雰囲気で答えてきた。
『そんなこと無いって。行く行く。ごちそうも準備してるんでしょ?』
「まぁ、萌の場合はどこかに食べに行くよりも自前で料理した方が安くつくからな」
『で、何時にどこに?』
「夕方7時にあたしの家だ。場所がどこかくらいは知ってるだろ?」
『一応ね。ま、わかんなかったら連絡入れるからそのつもりでね』
「へぇへぇ。じゃ、一応待ってるからな」
『じゃね〜』
 受話器を電話機に戻すと由羅は「さて、準備を済ませるか」と自らに一声かけて自転車にまたがり正門を抜けていった。



 近くのスーパーで買い残していた食材を買い込んだ由羅は急いでアパートに戻り、散らかっていた部屋の片づけを行った後に下ごしらえしていた材料とあわせて手早く料理を作っていく。
 その手並みは手慣れたもので、並べられた皿には綺麗に料理が盛りつけられていった。
 ほとんどの料理ができあがった頃、時計を見るとすでに6時を指していた。
「そろそろ萌のバイトが終わる時間かぁ」
 呟くのとほぼ同じタイミングで電子レンジの終了音が鳴り、最後の料理ができあがったのを知らせてくる。それを盛りつけて準備が終わったところで鍋などをかたづけ始める。
 調理器具を洗い終わった頃に萌がやってきた。
「ひ〜ん。由羅ちゃ〜ん」
 由羅がドアを開けると、そこには服に盛大に埃をつけて半泣き状態になった萌がいた。
「ど、どうしたんだ萌。どこかで転んだのか?」
「違うのぉ。車にぶつかっちゃったの〜」
「……は?」
 予想外の答えについ間の抜けた声を出してしまう由羅。それに構わず萌は続ける。
「だから、横道から出ようとしていた車の前を通ったらいきなり車が動き出しちゃって」
「それで、ぶつかったのか?」
「うん……自転車だけ……」
「……はい?」
 再び予想もしなかった答えが返ってきて反応に窮する由羅。
「萌は……どーしたんだよ」
「咄嗟に……かなぁ。気がついたら道路脇の方に転がってたの」
「萌、お前そんなに運動神経よかったっけっか?」
「わかんない。その瞬間の時は覚えてないから」
「自転車からジャンプして車を避けたって事か?」
 身振りを交えて聞く由羅に萌は思い出すかのように首を傾げる。
「かなぁ」
「で、萌をはねようとした奴とは話は付けたのか?」
「お互いに謝っただけで終わったけど?」
「おい、おひとよしにも程があるぞ」
「だって、わたしが飛び出したのが悪いんだしぃ……」
「病院には行って来たのか?」
 言ってから我ながら間抜けな質問をしたものだと気がつく由羅。病院に行ったのならこの時間に来ることはなく電話を入れるはずだし、そもそも普通の病院はすでに閉まっているはずだった。
「行ってないけど」
「救急でもいいからどうして行かなかったんだよ」
「だって……そんなことしたら由羅ちゃんの料理食べられなくなるんだもん〜」
 その直後、由羅の表情が怒りに染まった。
「馬鹿か、お前はっ!んなどうでもいいこと言って怪我が酷くなったらどうするんだ!飯はいつでも作れるが怪我は下手すりゃ残るんだぞっ」
 その迫力に一瞬萌は殴られると思いすくんでしまったが、幸いそのようなことはなされなかった。
「だ、大丈夫だってぇ。擦り傷位なんだからぁ」
 怒鳴りつけてきた由羅に、泣きそうになるのをこらえてさらに反論する萌。
「変なところでも打ってたらどうするんだっ!ちょっと診せてみろ」
 有無を言わさず萌を手近なところに座らせて、骨や筋肉に損傷がないかを調べる。
 打撲や骨折が起こることもありうる空手を昔からやっていた由羅は簡単な診断くらいは独学でもある程度はできるようになっていた。
 いろいろと調べてみるが、萌が言ったとおり腕や脚の所々に見える軽い擦過傷以外はこれと言って大きな怪我は見られなかった。
「……っと、確かに怪我しているような感じはないな。不幸中の幸いか」
 大きな傷がないことを知って安心したのか一つ大きく息を吐いた。
「だから大丈夫だっていったでしょう?」
「うまい具合に受け身はとれたみたいだな。それと、大食いの分、骨も丈夫になってるってことか」
「大食い違うもん」
 由羅の本気とも冗談ともつかない言葉を萌は本気と判断したのか、口をとがらせて反論した。
「まだいうか、こいつは……料理の量減らしてもよかったんだぜ」
「だめ〜〜」
 腕をぶんぶん振って抗議する萌。それはまるでだだっ子のようだった。
「食いしんぼうめ……でも、後で病院できちんと見てもらえよな」
「は〜い」
「ここまでは歩いてか?」
「自転車壊れていなかったみたいだから、そのまま乗ってきたけど?」
「なら、ちょっと帰って着替えてこいよ。埃まみれの服だと何かと面倒だろ?」
「でも、それだと……」
 急に不安そうな表情を見せる萌。その表情が何を意味するかは昔から付き合ってきた由羅だけにすぐに見当がついた。
「心配するなって、飯は逃げたりしねぇし、先に食べるなんて事もしねぇからよ」
「それじゃ、すぐに戻ってくるからね〜」
「おーい、急いで往復しようとしてまたはねられるんじゃねぇぞ」
 先程車にはねられそうになっていた萌が、懲りずに勢いよく駆けだしていくのを見た由羅は、思わずまた同じようなことを起こすのではないかと心配をせずにはいられなかった。
 だが、今回はそれは杞憂に終わったようで、あまり時間がたつこともなく萌が戻ってきた。
「ただいま〜。あ、そうだ。里美さんはいつ来るって?」
 戻ってくるなり里美のことを聞く萌に、由羅はかるく頬を掻きながら答える。
「なんでもな、急のバイトが入ったとかで来られないってさ」
「バイトかぁ……」
「趣味に走りすぎて生活費とか圧迫してるぐらいの人だからな」
 自分でも不謹慎と思いながら苦笑混じりに話す由羅。
「そっかぁ……ちょっと残念かなぁ」
「だなぁ……」
「ま、そのかわりに瑞恵呼んでるから」
「瑞恵ちゃん来るの?」
「あぁ、無謀にもあたしの料理食いたいと言いやがったからな」
「由羅ちゃんのお料理食べるの無謀なんかじゃないわよぉ」
 と、言っているうちに来客を告げるチャイムが部屋に鳴り響いた。
「っと、噂をすれば何とやらか?」
 玄関の扉を開けてみると、予想通り瑞恵がそこにたっていた。そして、何を買ってきたのか紙袋を脇に抱えていた。
「やっほ〜。お呼ばれされてきてみたわ♪」
「まぁ、予定の人が来られなかったから、その代打だけどな」
 わざと「お呼ばれ」を強調して言ってきた瑞恵に対して、皮肉混じりに由羅も言い返す。
「あ〜、ひっどぉ〜い。せっかく用事を途中で切り上げて来たのにぃ」
「荷物持ちがいなくなったからあまり買い物ができなかったと言った方がいいんじゃないのか?」
「あたしを呼んだのは由羅でしょうが。それなのに来たら邪魔といわんばかりにいうなんて酷いじゃないのよ〜」
 よよと泣き崩れる仕草を見せる瑞恵だが、それを見る由羅は冷めたものだった。
「あたしは来たくなけりゃ来なくてもいいと言ったんだぜ。それに暇かどうか最初に聞いたはずだが?」
「うっ……」
 痛いところをつかれて言葉に詰まる。
「ね、ねぇ。いいじゃないのよ」
 雰囲気の悪化を察しとった萌が間に割ってはいる。
 瑞恵と由羅、二人とも口が悪いのか会うたびに不毛な口げんかを繰り広げていたが、不思議と仲がよかった。
「見事なほど性格反映してるわね〜。由羅の部屋って」
 部屋の中に入った瑞恵が周囲を見回して感想を述べる。
「別にいいじゃねぇか」
「それでも、ここまでかわいげがないとねぇ。でも、それにしては……」
 と、目の前に広がった料理を見て呟く。
「これ、本当に由羅が作ったの?」
「この期に及んで信じないか?お前は。嫌なら食べなくてもいいんだぜ」
「じょ、冗談よ冗談」
「ったくぅ」
 二人の言い合いが一段落したところで萌が由羅の服の袖を引っ張る。
「ねぇ、それでどうして今日はこんなにごちそう作ったの?」
「萌、お前本当に抜けているところはとことん抜けてるな」
「ほえ?抜けてる?」
 由羅が溜息混じりに言うが、萌はぽかんとした表情だった。
「今日がなんの日か忘れちまったのか?」
「み?今日って、なにかあった?」
「今日は萌ちゃんの誕生日じゃないのよ」
 瑞恵からいわれてやっと今日がどんな日か思い出す萌。
「あ、そっか……そういえば今日誕生日だったんだ」
「ったく……おととい服買ってやったから覚えてると思ってたのに……ほんとに忘れているたぁ思わなかったぞ」
「え?そだっけ?」
 きょとんとする萌。その表情には意図的にとぼけている感じは微塵も感じられなかった。
「おい……やっぱり影響でてるじゃないか」
 再び不安な表情を見せる由羅。
「ふみ?影響?」
「記憶、少し飛んでないか?」
 萌の頭を撫でながら呟く。
「記憶が?」
「あぁ、おとといあたしは萌に服を買ってやったんだぞ。それを忘れてるって事は、なにかあったんじゃないのか?」
「もしかしたらさっき頭打ってたのかなぁ」
「じゃあ、こういうことか?車がぶつかりそうになった瞬間、萌が反射的に自転車からジャンプして回避するのには成功はしたが、着地に失敗してその時の弾みで頭を打って少し記憶が飛んだってことか?」
「単純に考えたらそうなるかなぁ」
 まるで人ごとのように話す萌。むしろ由羅の方が不安そうな表情だった。
「萌、早いとこ病院に行った方がいいんじゃねぇのか?」
「でもでも、今日はもう遅いから明日行けばいいでしょ?」
「ったく……わぁーったよ。そのかわり、明日は絶対に病院に行けよな」
「うん……」
 二人の会話を聞いていた瑞恵は、その会話の内容に慌てるように割り込んできた。
「ちょっと……萌ちゃん、事故っちゃったの?」
「あぁ。車に突き飛ばされたみたいで、萌自身は道に転がったから助かったみたいで、速攻で示談してきたみたいだな」
「萌ちゃん人がよすぎるんだから……そこでもう少し頑張ったらいくらかふんだくれたかもしれないのよ」
「でも、飛び出した私が悪いんだもん〜」
「あっちが見てなかったから悪いの。それに、よほどのことがない限り事故の責任は自動車の方にかかるんだから」
「でもでも〜」
 いやいやするように握った両手を口元に持っていき、首を横に動かす。
「だからって……」
 さらに何か言おうとした瑞恵の肩を背後から由羅が軽く叩く。
「そこらへんにしとけ。今更言ったところでどうにでもなるもんじゃねぇしな」
「まぁ、そうだけどね。だけど、それで萌ちゃん記憶が飛んじゃったの?」
「たぶん、ほんの少しだと思うけどね」
「もしかして……かしら……」
 ふと、神妙な顔で呟く瑞恵。聞こえないように言ったつもりだったが、一部分は由羅の耳に入ったようだった。
「ん?どうした?」
「え?あ、やっぱりここはお約束の逆療法が効くのかなって」
 聞かれていると思っていなかったの、慌てて冗談交じりに言う瑞恵だったが、それを見る由羅の瞳はひどく冷たいものだった。
「瑞恵、お前もしばらく記憶飛ばしてみるか?」
「や、やあねぇ。冗談よ冗談」
 拳を握って静かに言ってくる由羅に恐怖を覚えた瑞恵は即座に前言を否定した。
「ったく……」
「それよりも、早く始めないと料理が冷めちゃうんじゃないの?」
「そ、そうだな。主役はそっちに座っとけ」
「は〜い」
 萌が座ったのを見て、冷蔵庫からケーキを出してくる。それに年齢と同じ数の20本のろうそくを立ててマッチで一本一本火をつけていく。
「じゃ……いつものようにな」
「うん」
 と、萌が一息で全てのろうそくを吹き消すといつの間に回していたのか二人がクラッカーを鳴らした。
「萌、誕生日おめでとう!」
「おめでとう、萌ちゃん」
「ありがとう〜」
「そうそう、これ、プレゼントよ」
 クラッカーを鳴らした後、瑞恵は足下に置いていた紙袋を萌に渡す。
「なに?」
「萌ちゃんなら喜ぶかもね」
「なんだろ?」
 きれいにラッピングされた袋をゆっくりと開いていくと、その中に入っていたものは、まるで煎餅のように平べったく、それにしては妙に柔らかい感触がするパンダのぬいぐるみだった。
「わぁ〜。これ欲しかったんだ〜」
 無邪気に喜ぶ萌。その姿は外見相応で、二人とも一瞬萌の年齢を間違えそうになったほどだった。
「みゅ〜、ふわふわのふかふか〜」
 子供のような表情でぬいぐるみを抱いて頬ずりする萌。その姿は20になったばかりの大学生のイメージは欠片もなかった。
「じゃ、もう食べていいよね」
「あぁ、め一杯食べろよ」
「わーい♪」
「お酒も買ってきてるわよ。実年齢は20歳なんだから、飲んでも問題ないからね」
「そっか、お酒も飲めるんだ〜」
 萌が喜びをあらわにしながら料理に箸をつけたところで、半分宴会じみたパーティが始まったが、山のような料理を前にして、瑞恵は由羅の料理のうまさと、妖怪食っちゃ寝とあだ名された萌の本性を味わうことになるのだった。



第三章 終



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