謎の獣の襲撃を撃退して一路里美の部屋へと向かう由羅、萌、そして里美の身体でありながら自称「春奈」と名乗る女性。
道中は三人とも話す言葉は少なかった。だがその間、春菜はポケットからコードが延びたマイクになにやら呟いていた。 「何ぶつぶつ言ってんだ?」 それをめざとく見つけて聞く由羅。 「あ、これ?里美への状況報告。私と里美は記憶の共有がうまくいってないみたいだから、何が起こったかは私がこれに記録しておくことになってるのよ」 そう言って、春菜はポケットに入れていた手の平ほどの迷彩色の物体を出した。マイクのコードがその物体へと繋がっているあたり、何かの録音装置だろうと由羅は漠然と考えた。 「二重人格というのも面倒なものだな」 「最初はいろいろ問題あったけどね……」 と、話す会話もそこそこに里美の部屋に到着した。 「……ここがあの里美の部屋?」 玄関をくぐって部屋の中に入るなり、動きが止まった春菜が独り言のように呟く。 彼女自身の記憶によると、目の前の部屋は乱雑という比喩が可愛いほどの惨状を呈していたはずだったからだ。 「人格が違うとはいっても、一応はお前の部屋にもなんじゃねぇのか?」 「それはそうだけど、わかっていてもここまで綺麗に片づいていたら違う部屋かと思っちゃうじゃないの」 「言いたくなる気分はわかるけどな」 「由羅ちゃんと里美さんと一緒に片づけたもんね〜」 二人の背後から声を掛ける萌。その声には驚いた春菜の反応を楽しんでいるという色合いも含まれていた。 「でも、よくここまですることできたわね。私が片づけたくらいじゃこの部屋ゴミがある程度減るだけで終わっちゃうのに」 机からもう一つの眼鏡を出して、それをかけながら言う春菜。その眼鏡は里美のような強度最優先の代物とは違いフレームが細く、そのデザインは所有者に知的な印象をあたえた。 「手際が悪かっただけじゃねぇのか?」 「失礼ねっ!ここに散らかってたのは里美の所有物だったっていうのがあまりにも多いから、下手にできなかっただけよ。それに、部屋よりも先に自分の身体綺麗にしなきゃいけなかったし」 「自分の身体?」 妙な言い方にきょとんとする萌。 「そっ。こんなに白くて綺麗な肌してるのに、あいつは日焼け止め塗る以外はほとんどお手入れしてなかったんだから。これじゃあ私の美貌が台無しになっちゃう」 「……よく言うな」 確かに、目の前にいる女性は見た目も雰囲気も「美しい」と言われる部類に入るのだが、その相手が自分を自画自賛するのに一瞬呆然となる由羅。 「あら、そう簡単に否定できるのかしら?私の身体に文句を言うというのは里美に文句を言うのと同義語なのよ」 「あたしが言ってるのは自分のことを平気で美人と言ってのけるお前の図々しさだ」 「別にいいでしょ、事実なんだから。で、肌や髪の手入れとかしてたら部屋を片づける余裕なんて無くなってたって事」 「確かに、このごろの里美さんって髪とかが綺麗になってたよね」 「ひとえに私の努力の成果よ」 萌の言葉に髪を掻き上げてさらりとそう返す春菜。その言葉には自分の身体に対する自信がかいま見えた。 「でも、もう一つが里美さんって事は体重管理は楽だったんじゃないの?」 「まぁ……ね。あなたとは違ってこの身体の燃費の良さは並大抵の物じゃないし、そもそも食生活が貧相だから体重の維持は楽だったわね」 「あうぅ……春菜さんまでそう言う〜」 自分の燃費の悪さを言われて、いじけるかのように上目づかいで春菜を見つめる萌。その仕草に春菜もわずかに微笑を見せた。 「仕方ないじゃないの、事実なんだから。で、ダイエットは問題ないとしてもこの部屋が最大の問題だったから、私としてもこれはかなり助かるわ。あとは、今度こそ私なりの彩りをこの部屋に入れたい所ね」 「この部屋にか?」 わざとらしく首を回しながら部屋の中を見ながら呟く。 「当然じゃない。この部屋はあまりにも殺風景な上に里美の趣味が出過ぎて、女性っぽさがでてないじゃない。同じ部屋に住む私の身にもなってみてよ」 少しでも『女性っぽくなさ』を強調するかのように両手を広げながら、自分の物でもある部屋を見回す春菜。 「結構実用的じゃないか」 春菜の言ったあとに部屋の中を見回した由羅の感想はそんなものだった。しかし、当然のようにその意見は春菜とは意を異にするものであった。 「里美と似た趣味のあなたの意見は却下するわ。興味のない私にしてみればただの青と灰色の写真や、異常に凝ったパソコンがとかなんだから」 「青と灰色ってなんだっ。波を砕いて突き進む軍艦の勇壮さがわからないって言うのか」 「わからないわね」 艦艇写真について語ろうとする由羅に対して、それをさらりと軽くかわす春菜。 「言っとくけど、私は里美とは違って感性は普通の女性なんだから、こんなもの見せられてもわからないわ」 「それって、里美さんが普通じゃないって事か?」 なんとなく自分はもとより里美も普通ではないと思う由羅ではあったが、その口から出た言葉はその思考を自ら否定したものであった。そして、返事は予想通りではあった。 「その通りよ。私にとってはこんなわからないものよりも花とかオブジェを置く方がよほどましなんだから」 「……仮にも里美さんはもう一人の自分なんだから、もう少し言いようってもんがあるんじゃないか?」 「そんなこと、私がいままでどんな苦労してきたかわからないから言ってるのよ」 「すごい趣味とかこの部屋とか?」 今はほぼ片づいているが、本棚に大量に並ぶ専門系の雑誌類、パソコン並びにその周辺機器、そして軍事系の模型やアニメのポスターなどといった物から発散される怪しい気配が伝わってくる部屋の中を見て萌が呟く。 「そうそう、よくわかってるじゃないの萌」 「なぁ、そろそろあの話し始めないか?」 そろそろ自分の立場があやしくなってきたと感じた由羅は、早めにこの話題はうち切ることとし、別の話題にするようにした。 「そうね……そうしましょうか」 そう言いながら春菜は台所の方から茶葉やティーポットを出してきて、手際よく紅茶を入れてくる。 「あ、萌はこの後の話は聞かない方がいいから、音楽でも聴きながらそのあたりの本でも読んでてくれる?」 「は〜い」 萌は素直に言われたとおり、里美の本棚から読めそうな本とCDを物色し、二人の話を邪魔しないようにと、ミニコンポにイヤホンを接続すると本を眺め始めた。 当然のごとく、手元には春菜が入れてくれた紅茶と大量のお菓子が準備してあり、それを口に入れながらだったが。 「このあたり、萌が素直で本当によかったわ」 「それは同感だな」 「それじゃ、紅茶でも飲みながら話を始めましょうか。何から聞きたい?」 萌がお菓子をぱくぱく食べながら読書に没頭し始めたのを確認してから、春菜は話し始める。 「さっきの獣みたいの、ありゃぁ何者だ?」 「どうせまた忘れさせるから言っても関係ない―――といっても、消したはずの記憶を自力で思い出したんじゃあ関係ないわね」 「つまり、消してもすぐに思い出すだろうということか?」 「そういうこと。言いたくはなかったんだけど、由羅、あなたにはもう二つの選択肢しか残されてないわよ」 「−−−二つ?」 いきなり自分を縛り付けるような発言に、由羅の身はこわばって次の言葉を待った。 「えぇ。一つは何も知らないことにして生活すること……もっとも、しばらくは監視が付くことになるでしょうけどね」 「……もう一つは?」 身を固くしながら聞く由羅に春菜は一つ深呼吸して呟く。それはまるで何かを宣告するような冷たい口調だった。 「私たちと一緒にあいつらと戦うこと……あいつを視認できたと言うことは何らかの素質を持っていると言うことだし、あの時のことからすると由羅は充分に戦えそうだから」 「戦うって―――って、視認できない奴もいるのか?」 「えぇ、普通の人は見ることも触れることもできないのよ」 「まさか……本当にオバケとかか?」 「何も知らずに妙なことやられたら困るから正直に言うけど、オバケと言うよりは−−−異世界の住人ね」 「お、おい、冗談だろ?」 想像していた中で一番非現実な答えを聞かされた由羅は唖然とし、反応を返すまでにしばらく時間がかかった。そして、その声も少し震えてそれが本当に冗談であるのを祈るかのようだったが、春菜はそれに首を振るだけだった。 「本当なら冗談ですませたい所なんだけど、こればっかりは冗談じゃないのよ。由羅だって見たでしょ?死んだあれが粉になりながら消えていったのを」 「まぁ、確かにあれは……それに、春菜の魔法……か?あれを見せられたら否定するわけにもいかねぇからな」 今目の前で話している口から紡がれた言葉で発動した非現実的な現象。それを見ていた由羅には魔法といわれている事象を肯定することしかできなかった。 「そういう事よ」 「ところで、さっきから言っている素質ってなんだ?」 由羅の問いかけに春菜はしばらく言うかどうか考える素振りを見せた後、おもむろに口を開いた。 「一種の霊感というか、物理法則に干渉することができるようになる能力ね。人によって違って、大半の人は微弱なんだけど、たまにその干渉力が強いのがいるの」 「それが強いとお前のように魔法が使えるのか?」 「それは人によって変わってくるわ。例えば私だと魔法だけど、私とチームを組んだ相方は使う武器の性能をあげることができるわ」 「―――で、あたしは殴り合いってことか?」 「きちんと調べてみないとわからないけど、その系統が一番強いでしょうね。で、どうする?」 その口振りはまるでちょっとピクニックでもといった感じだったが、どちらを選んで欲しいかを言外に匂わせるような言い方だった。 「……なんであたしがそんな目に遭わなきゃならねぇんだよ」 「しょうがないでしょ、最初はこれ以上巻き込まれないように忘れさせていたのに、由羅が自力で思い出したんだから」 機嫌が悪そうな由羅に、それは自分の責任じゃないとでも言いたそうな春菜だったが、それで納得する由羅でもなかった。 「思い出したくて思い出した訳じゃねぇよ。それに、あたしが何もできなかったら監視だけだったのか?」 「それはそうでしょうけど、自慢じゃないけど私の記憶操作ってほとんど破られることはないのよ。その上、一度破られた同じ記憶をまた操作するのは難しいんだから。そして、干渉力が微弱な人は私の魔法を破ることはまず無いの」 「つまり、あたしには何かの力があるから、あの時のことはもう自分で忘れる以外のことはできないと言うことか?」 「そういうことよ。だから聞いているのよ。まぁ、答えはしばらくしてからでいいけどね」 しかし、その答えは瞬時に返ってきた。 「あたしは何もやらねぇよ。それに、いきなりそんなもんと戦えといわれて、はいやりますと言う奴がどこにいるってんだ」 由羅がそう言いきると、春菜は頬に手をついて大きな溜息をついた。 「要するに、私たちの行動には関わりたくないと言う事ね」 「あたりまえだっ。あたしは危険な目には遭いたくねぇからな」 由羅がそう言いきったとき、不意に二人の横から声がした。 「ねぇ、由羅ちゃんの代わりにわたしが春菜さんに協力するのは?」 驚いて二人が振り向くと、いつの間にそこにいたのか萌がちょこんと座っていた。 「も……萌、聞いてたの?」 「だって、音楽聞いてても話が聞こえてきたんだもん。それに、内容も普通じゃなかったし……」 「ま、聞かれたのはしょうがないわね。可能性はあるわけだし、戦力の足しになるなら、それが萌だったとしても歓迎だけど……」 驚きながらも、すぐに平静を取り戻して萌の希望が可能かどうか考えながら呟く春菜。しかし、そのつぶやきは途中で由羅の大声にかき消された。 「ば、馬鹿野郎っ!萌がいても何も役に立たないだろうが」 「でも、春菜さんの話だと、わたしにも何かできるんじゃないのかと思って……」 「思っても、あたしが認めねえっ。そもそも、自分の力量ぐらい考えてから言えっ」 「ふみゅ〜〜」 畳みかけるように怒鳴る由羅に、萎縮してしまう萌。 「だからって幼なじみ以外の何者でもない由羅が言う筋合いは無いんじゃないの?」 「あるっ!萌の親からこっちでの保護者代わりになってくれといわれたのはあたしなんだからなっ!」 「由羅ちゃん、そうだったの?」 突然の由羅の発言にきょとんとする萌。 「あ、あぁ。お前には言ってなかったけどな」 照れくさそうに言い、その後に再び春菜に向き合う。 「それに、魔物を見る素質があるって言っても他に特殊能力があるとは限られねえんだろ?」 「まぁ、よくて一割って所かしらね。もっとも由羅が9割に入ってたとしても、あなたの場合は腕力でどうにかできそうだったけど」 「だからやらねぇっていってるだろうがっ」 「それくらいわかってるから耳元で怒鳴らないでよね」 苛立ちを隠せない怒鳴り声に、春菜はわざとらしく耳に指を差し込む仕草を見せて眉をひそめた。 「それに、あたしとお前が何かできるとしたら確率的には萌は何もできないだろうが」 「それはどうかしらね。そのあたりは実際に調べて見ないことにはわからないわよ。案外あなたよりも役に立つかもしれないし」 由羅の言うことを聞かないように言う春菜だったが、由羅もその言葉には耳を貸そうとはしなかった。そして、その表情にはあからさまに嫌悪の表情が浮かんでいた。 「……早いところ里美さんを出してくれないか?お前と話してたら下手したらぶちのめしかねなくなるかもしれねぇからな」 「私もいきなり嫌われたものね。でも、私がいなかったら萌もあなたも―――そして里美も生きてなかったことくらいは知っておいてよね」 「それとこれとは話は別だ。とっとと里美さんに戻れっ」 今にも殴りかかりそうな由羅の険悪な雰囲気にさすがの春菜もたじろいだ、 「ちょ、ちょっと待ってよ。その前に萌の記憶消しておかないと」 「み?」 と、萌が明確な疑問を挟む間もなく春菜が萌の額に指を重ねると、直後に萌の首が折れ、いきなり意識を失ったかのように倒れた。 「も、萌っ!?」 突然萌が倒れたことに由羅は焦ってぴくりとも動かない身体を抱き起こす。 しかし、抱き起こしてみると萌の表情は安らかで、規則正しい寝息を立てていた。 「あぁ、心配しないで。私が眠らせただけなんだから」 「眠らせた?」 「だって、里美になったときに今夜の記憶を消した萌がいたら何かと面倒じゃないの」 「まぁ、そうだけどな」 少し安堵のため息をつきながら由羅が萌をベッドに横たえると、春菜は萌の額に手を掛けて静かに詠唱をはじめ、その後は少々強気そうな瞳を閉じていた。静かな表情に神秘的なものを感じさせていたが、その静寂はいきなり破られた。 「はふぅ……」 その静寂を破ったのは春奈本人だったが、それは先ほどまでとはうって変わった気の抜けた溜息だった。そして何かを思いだしたかのように不意に周りを見回す春菜。 「えっと……由羅ちゃん、私なにやってたんだっけ?」 「里美さん……ですよね?」 つい数分前まで話していた人物とは明らかに違う声色と、そのとぼけた瞳に由羅は目の前の女性が普段会っている先輩と言うことを確認した。 それと同時に最初に出会った時、春菜の正体を見抜けなかった理由も今更ながら納得したのだった。 「そう……だけど、私が何か?」 きょとんとした表情の里美。それは何が起こったかわからないような表情だったが、それを見た由羅は苦笑混じりの表情を返した。 「そのボケ具合は間違いなく里美さんですね」 「失礼ねぇ……って、間違いなく私ってどういうこと?」 「さっきまで春菜と話してましたからね」 その由羅の言葉に里美は先程までのとぼけた表情をやめて、それまでとはうってかわった真剣そうな表情を見せる。 「そっか、あいつにあったのね」 「まさか、里美さんの中にあんな人格が潜んでいたとは思ってもいませんでしたよ」 「私自身最初は信じられなかったんだけどね。で、何を話したの?」 「覚えてないんですか?」 今度は由羅がきょとんとする番だった。 「あいつとは記憶が繋がってないからねぇ」 「そういや、そんなこと言ってましたね」 由羅は里美から春菜に変わってから先程まで話していたことを出来る限り伝える。しかし、春菜から勧誘されたこと、そして萌も話したことは何も伝えなかった。 そして、それと同時に里美も春菜からの伝言を聞いたが、それは彼女がこの部屋に来るまでの内容であったので、そこから先の話は由羅に頼るしかなかった。 「里美さんに言うのもなんですけど、あいつってろくな奴じゃないですよ」 今の里美が春菜ではないということはわかっていつつも、つい不機嫌になってしまう由羅。 「あいつも悪い奴じゃぁ無いんだけど、結構頑張ってるから……」 「その気分はわからなくもないんですけどねぇ……」 「ちょっと、生真面目過ぎるのが問題なのかしら」 頬を掻きながら、考えるように呟く里美。 「あれって生真面目って言うんですかねぇ」 「―――たぶん趣味の相違かもね」 自分の趣味をそのまま投影したような部屋を見回して苦笑する。 「私もあいつには迷惑かけっぱなしだからね」 「それはあいつも愚痴ってましたよ」 「やっぱり、今朝までの部屋は春菜には耐えられてなかったって?」 一日前の惨状を思い出すが、片づいた今となってはそれまでそこで住んでいた里美でさえ、辛そうな感じを覚えた。 「春菜じゃなくったって、普通の人は耐えられませんよ」 「それは……そうかもね」 と、お互いの瞳があったときに二人とも苦笑する。 ひとしきり笑ったところで、由羅はもう一つの気になったことを口にする 「そうそう、里美さんも魔法使えるんですか?」 「あはは―――わたしは無理。春菜とは精神構造が違うか何かみたいだからね」 「そうですか、それじゃ……」 と、他のことも聞こうとしたが、里美の大きなあくびで水を差された。 ただでさえ「ぼけっ」と惚けていそうな瞳は更にとろんとして、焦点が定まっていないようだった。 「ごめん……聞きたいことまだあるでしょうけど、なんか片づけとさっきので疲れたみたいで、今にも爆睡しそうなほど急に眠くなったの……続きはまたあとにしてくれない……?」 「ただでさえネットとかで睡眠不足でしょうから、少しでも寝ないとやばそうですもんね。それじゃ、あたし達は帰りますから」 と、幸せそうな寝息を立てている萌を背負う。 「ここで寝ていってもいいのに―――」 「意識が朦朧としてるなら、早めに寝て下さいよ、萌はあたしのところで寝せますから。そして、今日は広い部屋を一人で満喫して下さい」 「うん……じゃ、そうさせてもらうわね」 萌を背中に背負った由羅は、萌を起こさないように注意しながら玄関まで出た。 萌を背負っていると言うことで自転車は使えず徒歩の帰宅になり、里美が車で送ろうかと言ったが、「居眠り運転は怖いです」との由羅の反対をうけた。 靴を履き、萌の小さな靴を空いた手に持った由羅がドアを開けて出ていく。 「それじゃ、失礼します」 「じゃ、またね」 と、出ていく寸前にドアから顔だけ出すように由羅が振り返る。 「そうそう、目が覚めて、自分の部屋じゃないとか狼狽しないで下さいね〜」 「もう、由羅ちゃんったら」 苦笑混じりに由羅達を見送った後、服を脱いでパジャマ代わりのYシャツを手に取ったところでそのままベッドに倒れ込んだ。 眠りに落ちるまでのわずかな間、先程までのことを考えていたが、ふいに何かが引っかかった。そして、それが何かわかるまで数瞬しか時間はかからなかった。 「―――え?由羅ちゃん、思い出したってことは……春菜の記憶操作―――」 明確な意識があったのはそこまでで、あとの彼女の意識は暗く暖かい眠りの混沌へと沈んでいった。 第4章 終 |