ある夏の一日、夏特有の強い日差しが照りつける中、秋里市の繁華街は活気に溢れて人通りも多かった。
そんな中、大学が夏休みに入っていた瑞恵は友人とウィンドウショッピングしていた。 ある店の前では何かのイベントをやっているらしく、クマや兎の着ぐるみが子供達に風船をあげたりしていた。 「ねぇ、ちょっと風船でももらいに行かない?」 「まったく、瑞恵は妙なところで子供っぽいところあるんだから」 「いいでしょ。今ならすぐに貰えるんだし」 「やっぱ、ちょっと恥ずかしい?」 と、友人が苦笑しながら、店の方を見る。 ちょうど人通りが少なくなった頃なのか、比較的店の前の人の数は少なくなり、着ぐるみの方も休憩時間といった感じだった。 と、ふいにクマが兎の方に耳打ちするように何かを話して風船を渡すと、多少スペースがあるところに移動していく。 何事かと見守る人々の中で、準備運動をするかのように軽く手足を動かすクマだったが、その直後にバク転を決めたのだった。 「ちょ……嘘でしょ?」 一瞬静かになり、ただBGMだけがひっそりとその静けさを覆っていたが、刹那そのBGMを覆う拍手が飛んだ。 ただでさえ動きが鈍くなりがちな着ぐるみを着てのバク転は、中にいる人間がよほどの瞬発力とバランス感覚を持ち合わせてない限りできないと言うのは瑞恵でなくとも分かることだった。 これはかなりのアピールになったらしく、子供連れを問わずに店の前に戻ってきたクマは人気者で、特に子供たちが周りに集まって風船を受け取ったり、せがまれて再びバク転を何度かやっていた。 人の数が減ったのを見計らって、瑞恵たちもクマの方に向かう。 「ねぇ、あたしたちにも風船ちょうだい♪」 年頃の女性がいきなり来たためか一瞬クマの動きが止まったが、すぐに手に持っていた残り二つの風船を渡す。 しかし、視線は微妙に瑞恵からずれ、彼女の友人にはスムーズに渡した風船も瑞恵に渡すときは動作が多少ぎこちなかった。 「ん?今このきぐるみ嫌そうな顔しなかった?」 何か不振なところを見つけたのか、瑞恵はその熊の方をじっと見る。 「着ぐるみに表情ある訳ないでしょ」 友人の方は冷静に対処するが、熊の方はそれを否定するかのようにぶんぶんと激しく首や手を振る。 「なんか、楽しいリアクションだけど……って、そういや今日由羅バイトがあるって言ってたけど……もしかして?」 その言葉に反応するかのように、熊は動きをぴたっと止めた。心なしか、出るはずはない額に汗が流れているようにも見えた。 「……やっぱ、由羅?」 左右に激しく首を振るような仕草を見せるクマだったが、その仕草はどう見ても肯定しているようにしか見えなかった。 「……まぁ、とりあえず由羅じゃないか」 そういいながら風船を持って去っていく瑞恵達を見送ったクマは安堵したかのように肩を落とし、相方のウサギの方は軽く首を傾げていた。 その後、午後3時をすぎたくらいに着ぐるみ達の仕事は終了し、店の裏へと移動していった。 クマの方の着ぐるみが頭部を外すと、ポニーテールとして纏めていた着用者の髪がはらりと揺れた。 「ふぅっ」 それは瑞恵の予想通り由羅で、汗止めに額に巻いていたバンダナを外して熱気がこもった来ぐるみを脱ぐ。 由羅が脱ぎ終わった頃にウサギもやってきたが、その動きはふらふらで今にも倒れそうに見える。 『ま、タオルくらいは準備してやるか……』 そう思いつつ、近くにおいていた別のタオルをとる。 と、ふいにウサギの身体が傾き、由羅の方へと倒れていった。 ちょうどタイミングを同じくして由羅も振り返ったために、彼女も反応することができなかった。 頭部は由羅の頭に当たってはずれ、着用者の青年の頭は……よりにもよって由羅の胸に埋もれる結果となった。 由羅も一瞬なにが起こったか理解できなかったが、数瞬後には事態を理解し……、 「きゃ……きゃぁぁっ!」 と、悲鳴を上げつつ反射的に足が出て、着ぐるみを蹴飛ばしてしまった。 幸い衝撃のほとんどは着ぐるみに吸収されたようだが、全体としては後方へと転倒する方向であり、熱射病を起こしていたのでそのまま倒れて気絶してしまっていた。 「ば……馬鹿野郎」 顔を少し赤くして自分の胸を押さえる由羅。 「なんだ?今の声は」 そこに、由羅の悲鳴を聞きつけて店の方から店員がやってきた。 「あ……熱射病か脱水症状になったみたいですね。少し休ませれば大丈夫だと思いますけど」 動揺を隠しながら、咄嗟に由羅は嘘をついていた。 「じゃあ、ちょっと見ていてくれないかなぁ。休憩室の方使っていいから」 その結果として、由羅は看病を任される羽目になってしまった。 ひとまず冷やしたタオルを彼の額の上に置き、その後更衣室の方で汗まみれになったTシャツを着替える。 その後、椅子を並べた所に横になっている青年をあいた椅子に腰掛けて心配そうに見つめる。 程なくして青年は目覚めたが、由羅の心配そうな表情に変化がなかった。 「おい……大丈夫か?」 「えっと……俺なんでここで?」 「熱射病で倒れたんだ。派手に倒れたぞ」 ぶっきらぼうに言うが、その表情には相変わらず心配げな雰囲気が混じっていた。 「じゃあ、由羅さんがここまで運んできてくれたんですね」 「……ちょっと待て、なんであたしの名前を?」 「…………え?だ、だって、さっきあなたの友達の人がそういってたじゃないですか」 「ったく……で、倒れたときのことは覚えてないのか?」 さっきのことを思い出して額に手を当てる由羅。 「え?……えぇ」 「そうか。ま、意識がもどったんなら、あとは水でも飲んでおけ」 と、心配していた雰囲気が消え、持っていたスポーツドリンクの缶を渡す。 「これって?」 「熱射病になるまで無茶をした努力賞だ」 缶を渡すと、由羅はすぐさま部屋を後にした。 「努力賞って……冷えてないじゃん、これ……」 冷えてもいないスポーツドリンクを持ったまま、呆然と誰もいない部屋に一人取り残される青年だった。 由羅はそのまま店の事務所に向かい、青年が回復したのと仕事が終わったことを知らせる。 「お疲れさま。じゃあこれがバイト代ね。少し多めに入れてるから」 と、この店の店長が渡す封筒はほんの少し厚みがあった。 「いいんですか?」 「君たちのおかげで売り上げがかなり上昇したからね」 「ありがとうございます」 バイト代をもらって上機嫌で事務所をでた由羅は、店を出るとそのままMTBにまたがると疲れを感じさせない軽さでこぎ出した。 外の空気を吸うために少し外に出ていた青年は、それを見送った後、不意に背後から声をかけられた。 「なにやってんのよ。涼」 「は、春奈さん?」 慌てて振り返る青年―――もとい涼。 そこにいたのは腕を組んで冷ややかに見つめている春奈だった。 「こんな所にいて……由羅の監視はどうしたのよ」 「ちょ、ちょっと熱射病で倒れて、由羅さんに看病されて……」 涼の言葉に春奈はあきれた表情で呟く。 「もう……監視対象に看病されてどうするのよ」 「すみません」 「ったく、こういうことにいては役立たずなんだから。もういいわ、あなたは帰って休んでなさい」 「で、でもそれだと」 「監視は私の方でやるから」 「は、はい」 そういってバイト代をもらうべく店内に戻っていった涼を見送った春奈は、近くに止めていた車に乗って移動する。 ● しばらく人混みを避けて家路についていた由羅だったが、一軒の喫茶店の横を走り抜けた後に腹の虫が軽く鳴った。 「早いとこ帰ってシャワーでも浴びたいところだけど……腹が減ったし、疲れたからちょっと休憩がてらに寄ってくか」 MTBの後輪をフルブレーキでロックした後にハンドルを切って軽くスピンターンすると、「水麗」との看板が出た喫茶店に向かい、小さな駐車場に自転車を止めてドアをくぐる。 「いらっしゃいませ〜」 からんころんとドアについたカウベルがころころした音を響かせ、それに劣らぬ鈴の鳴るような可愛らしい声で由羅を出迎えてくれたのは他ならぬ萌だった。 「よぅ」 「あ、由羅ちゃん、いらっしゃ〜い」 Yシャツにエプロンをつけたような制服を身に纏った萌がカウンターに座った由羅の目の前に水の入ったコップを持ってきた。 「何にする?」 メニューをみてしばらく考えた後に顔を向ける。 「ん……今日はAランチで頼む」 「は〜い。マスター、Aランチお願いしま〜すっ」 「Aランチね。了解」 萌が奥に声をかけると、奥の方からは穏和そうな男性の声が帰ってきた。 そんな萌の仕事ぶりを頬杖をつきながら眺める由羅。 「しかし……見た目はともかく、しっかり板に付いてるな」 「え?なにが?」 「お前のウェイトレス姿だよ」 「えへへ〜」 と、照れ笑いをする。 萌が奥の方をちょこちょこ気にしつつ雑談をしていると、40代くらいに見える男性が奥から由羅の注文していたランチセットを持ってきてでてきた。 「あ、マスターさんごめんなさい。話ばかりしてて」 その姿を確認するやいなや、謝る萌。 「いいんだよ。話が楽しそうだったし、そもそも今の時間はちょっと暇だから私も雑談くらいしたかったところだし」 由羅の前にランチを置き、人当たりのいい笑顔で前の頭をなでるのが、この喫茶店「水麗」のマスターだった。 そして、そのまま二人の雑談に加わる。 「へぇ、今日はバイトだったのか」 「どっかのお店で着ぐるみさんやったんだって」 「この暑いのに大変だねぇ」 エアコン制御パネルの室外と室内の温度差を見て呟く。 「あはは……まぁ、暑い分時給はそれなりですし、やせるのには効果的ですから」 「由羅ちゃん、ダイエットしてたっけ?」 「あたしだって、ちょっとは気にしてるんだぞ」 「萌ちゃんには関係ない話かな」 「あ〜マスターさんひどぉ〜い」 ぷんっとほっぺたを膨らませる萌だが、すぐに元のかわいらしい笑顔に戻る。 もっとも、体重を気にしている世の女性からしてみれば、身長こそ低いものの大食いの割に30キロにも届かない萌の体重は羨望の的かもしれなかった。 「そうだ、由羅ちゃん、うちでバイトしない?突発的な奴よりも定常的な方が多少は楽だし、収入もいいよ」 「あはは……それは嬉しいんですけど、あたし対人の客商売ってのは向いてないんですよ」 「萌ちゃんがいっていた話だと、由羅ちゃんなら、厨房でも充分いけるんじゃないの?」 「そうそう、由羅ちゃん料理すっごくおいしいしぃ」 なにを想像したか、一瞬涎が出そうになって、あわてて口を拭う萌。 「萌、お前は何でもうまいと思ってるんじゃないのか?」 「そうじゃないよぉ。由羅ちゃんのが一番おいしいもん」 「それじゃうちの料理はおいしくないのかなぁ」 少し恨みがましくも、冗談交じりに萌を見る。 「あぅ……ここのも由羅ちゃんのと同じくらいにおいしいですぅ」 申し訳なさそうに縮こまる萌。 わかりやすい反応にマスターは軽く笑い、由羅もくすりと微笑みを見せた。 「まぁ、一応考えるだけ考えときます」 と、それと時を同じくして再びドアのカウベルが鳴る。 「あ、山雲くんいらっしゃいませぇ」 そこに現れたのはしばらく前に里美の前に姿を現した青年だったが、萌の口振りからすると常連のような雰囲気を由羅は感じ取った。 そして、由羅と同じようにカウンターに座るが、由羅とは多少距離を置いていた。そこに萌が水とメニューを持ってやってくる。 しかし、萌はメニューをおくことなく口頭で確認をとるだけだった。 「えっと……いつもと同じBランチで?」 「それでおねがい」 と、バッグから本を出し、出された水を飲みながらそれを読み始めた。 由羅が横目でその本をみると、白黒写真ながら海に浮かぶ灰色の船体に主砲を持った構造物――いわゆる大戦時の軍艦――に関する本だった。 「えっと……これって戦……艦?」 達紀が開いていたページを背後からのぞき込んだ萌がふと呟く。大砲を積んだ艦艇を思わず戦艦と言ってしまうあたりは他の一般人とかわりはなかったが、その度に間髪入れずに由羅と里美から『戦艦じゃなくて、これは……』と訂正が入ることが多々あった。 だが、今目にしている写真は巨大な船体にやはり大きな大砲を積み、いかにも強力そうな『戦艦』に見えたが、それでも慎重に聞いてみた。 しかし、今回は予想は外れていなかったようで、達紀は淡々と答えた。 「これは正真正銘の戦艦。世界最大の主砲を積んだ世界最強の戦艦大和」 「へぇ、これがあの」 マスターもカウンターの方からその写真を眺める。 「ねぇねぇ、どのくらいおっきな大砲を載せてたの?」 萌の質問にニヤリとする達紀。 「九四式45口径40センチ砲。重さはだいたい1.5トンくらいでこれを越える艦載砲は今まで存在してないよ」 誇らしげに言う達紀だったが、不意に横からひどく冷静な声で突っ込みの声が入る。 「おい……知らない奴に間違った知識を教えるんじゃねぇ」 振り向くと、ポニーテールの女性――由羅――がフォークにスパゲティを絡めながら、達紀に顔を向けずにフォークを見つめてそのまま言葉を続ける。 「砲弾重量は間違ってはいないが大和の主砲口径は46センチだ。九四式45口径40センチ砲というのはただの防諜のためにつけられた秘匿名称に過ぎない」 「ほえ?じゃあ、40センチの大きさって名前の46センチの大砲?」 「ま、そういうことだな。艦載主砲の大きさではこれ以上大きいのは計画だけで実現はしてない」 そこで初めて達紀の方へと顔を向ける。 「それに、最強というにしても、能力は直接攻撃兵装だけでなくレーダーや機関、ダメコン能力を含めた総合的なもので一概には決められないな」 「ふうん、結構詳しいね」 満足げな笑みを浮かべる達紀はそう言うが、興味がないようにそっぽを向いた由羅は手で言葉を制した。 「ここでこれ以上の話は雰囲気に合わない」 「じゃあ……」 他のところでといおうとするが、それを察したかのように由羅は、 「そもそも、男とはこれ以上話す気はない」 と、とどめを刺すように一言。 「きついなぁ、由羅ちゃんは。それじゃ、私も話を聞いてくれないのかな」 出来たランチを達紀の所に持ってきたマスターが冗談っぽい口調で言う。 「あ、マスターは別ですよ」 慌てて訂正する由羅。その光景を見てくすくす微笑む萌。 達紀も笑おうとしたのだが、由羅ににらまれて実行することはできなかった。 「しっかし、あの人の言ったとおりだったなぁ」 「言った通りって?」 萌がきょとんとした表情を見せる。 「彼女が船関係に興味があるってこと」 自分が艦艇に興味があるということを知る人に心当たりのある由羅は、まさかとは思いつつもおそるおそる聞いてみた。 「なぁ……まさかそいつって、野暮ったい眼鏡を掛けて長い髪を後ろでまとめた女性じゃなかったか?」 「そう。そのついでにパソコンも結構やってるみたいだけど」 予想通りの返答に由羅は額に手を当て、困ったような諦めたような複雑な表情を見せる。 「あ、やっぱり知り合い?」 「そんなの……この街に一人しかいねぇだろ」 「それなら、きっと里美さんだよ〜♪」 由羅に比べて萌の方は楽しそうな表情で答える。 「へぇ、彼女里美さんっていうのか」 「いっとくが、お前のかなう相手じゃないからな」 「そんなの、実際に話してみないと分からないじゃないか。もっとも、張り合うつもりもないけど」 不意に言葉をくぎって、由羅をまじまじと見つめる達紀。それに由羅はあからさまに不快な表情を見せる。 「な、なんだよ」 「君も知識量はかなりあるね。女にしておくのはもったいないほど」 「なんだとっ!」 「由羅ちゃん、抑えて抑えて」 その言葉にかっとなる由羅だったが、即座に萌に止められる。 それと時を同じくするかのように、再びドアのカウベルが鳴る。 「こんにちは〜」 入ってきたのは友人と別れてきたのか、瑞恵だった。 「あ、瑞恵ちゃんいらっしゃ〜い♪」 瑞恵が入ってきたのを見るやいなや、萌は笑顔を見せ、それとは反対に怒りの行き場を失った由羅はあからさまに嫌そうな表情をして見せた。 「なぁに苦虫かみつぶしたような顔してるのよ。せっかく親友と会えたって言うのに。あ、萌ちゃん、パフェお願いね〜」 「気のせいだろう。それに、おまえを親友とは認めていないぞ」 「そんな……あたしと由羅は大親友だと思ってたのに……」 と、さめざめと泣くふりをするが、由羅も慣れでものか、醒めた目で見るのみだった。 「……毎度毎度同じ事するのはやめろ。演技もわざとらしいぞ」 「……ちぇっ。由羅には冗談も通じないのかしら 「冗談をやる気があるなら、もう少し気の利いたのを考えろ」 「じゃあ、今度派手なものでも考えとこうかしら」 「お前、本気か?」 「もっちろん♪」 なにを企んでいるか分からないような笑みを見せる瑞恵に愛想を尽かしたかのように、由羅は瑞恵から視線を離してコップに冷水を注いで飲む。 「それはいいとして、今日繁華街の方で面白いのがあったわよ」 そんな由羅から、今度は話し相手を萌に求める瑞恵。 「面白いもの?」 「おもちゃ屋の前で着ぐるみが風船配っててね」 「どんな着ぐるみさん?」 「ウサギとクマの気ぐるみだったけど、クマの方、いきなりバク転してくれたのよ」 「……着ぐるみさんで?」 「そうなのよ、華麗にね。きっと中に入ってたのはよほど運動神経がいい体操選手あたりだったんでしょうね」 と、由羅を横目で見ながら言うが、由羅は自分には関係ないとでも言うような雰囲気を漂わせて瑞恵に視線も送らない。 「へ〜そうなんだぁ……って、あれ?」 と、瑞恵の視線を追いつつ、何かを思いついたように言葉を区切る萌。 「ん?どうしたの?萌ちゃん」 「そういえば、由羅ちゃんも今日着ぐるみのバイトだったよねぇ」 「あ……あぁ」 「じゃあ……」 萌が何か言おうとしたとき、横から瑞恵が割り込んでくる。 「へ〜。由羅もそんなバイトするんだぁ。案外由羅もかわいいところあるじゃないの」 「悪いかっ」 「悪い悪い。由羅がクマの着ぐるみなんて可愛いのするなんて詐欺的じゃないのよ」 「詐欺的ってどういう意味だ」 「だって、男勝りで素行の悪そうな由羅がぷりてぃなバイトしてるってわかったら結構イメージ崩れるし〜」 「瑞恵、お前まさかあたしをそんな奴と思って見てたのか?」 「?何か問題でも?」 そこで、由羅は瑞恵の言ったことに気がつき、分かってはいるものの、ごまかせる事を祈りつつさらに無愛想に聞く。 「って、ちょっと待て。あたしがクマの着ぐるみだなんて、いつ言った」 「だって、直接見たんだし〜。あのバク転した着ぐるみは由羅だったんでしょ?」 「確かに、由羅ちゃんならできそうだね」 「―――そうだ」 苦々しく言う由羅とは対照に、瑞恵はさわやかな笑顔を見せる。 「やっと自供したわね。そういうことで、今回は詐欺罪その他もろもろ含めて判決は懲役3年執行猶予無しかしらね♪」 「たちの悪い冗談だな」 「冗談なものですか。この場合一年=一週間でパフェとかおごってもらうってことだし〜」 あくまでも軽く、馬鹿にしたような口調で話す瑞恵にぴりぴりしていた由羅がついに切れた。 「ふざけるなっ!」 一瞬周りが静かになるような怒声とともに立ち上がる由羅。 「な、なによぉ」 「今日はもう帰るっ!」 と、萌の目の前のカウンターに食事代を叩きつけた。 「釣りはあとで取りに行く」 萌にそう言い残して、由羅は店を後にした。 「瑞恵ちゃん、いくら何でも言いすぎだよぉ」 「ん〜〜あたしも由羅があそこまで反応するとは予想外だったし……」 少し申し訳なさそうに頭をかきつつ、呟く瑞恵。 「ま、あとできちんと謝りますか」 「そうした方がいいと思うよ」 「でも、由羅ちゃんもかっとしただけだと思うから……わたしもあとで由羅ちゃんにきちんと言っておくね」 「お願いね」 ここで、由羅の迫力に気圧されていた達紀が呟く。 「か、彼女っていつもあんな感じで?」 「ん〜今日の由羅ちゃんは少し怖かったかな?」 「少しって所じゃないけど……と、マスターお勘定〜」 代金を払って、そそくさと出ていく達紀を見送った後で、マスターが呟く。 「萌ちゃんも今日はもういいから、由羅ちゃんの所に行って上げたら?」 「あ、はい。そうさせてもらいます〜」 素直にマスターの提案を受け入れると奥に行き、制服から着替えた後で出てくる。 「それじゃあ、お疲れさまでした〜」 と、ぱたぱたと喫茶店を後にした萌だった。 TO BE CONTINUED |