親友の瑞恵が自分の力不足で命を落とし、その後寝入った時に萌が惨殺された夢を見てしまった由羅は、ぼろぼろの精神状態のままで来客者を迎え入れる。
「あ、里美さん」 「由羅ちゃん、大丈夫?顔色悪いみたいだけど」 「ちょっと居眠りして、夢見が悪かっただけですよ」 空元気を見せて強がるが、その表情には疲労の色がありありと浮かんでいた。 「それだけじゃないわね。ごめんね、私と春菜の力が足りないばかりに……」 「里美さんが悪い訳じゃないですから」 「まぁ、そうだけど……それと、これは破られた由羅ちゃんの服の代わりになればいいんだけど」 手元の荷物を由羅に渡す。 その中にはTシャツやジーンズ、その他にジャケットなども入っていた。 「こ、ここまでもらえませんよ」 「いいから受け取って……ね。それに私だと大きくて着られないから持っていても意味が無いわ」 「わかりました」 多少の抵抗を感じつつも、里美から受け取る由羅。 「今日の用事はこれだけなんですか?」 「それもあるけど、由羅ちゃんのことだから全部自分のせいにして塞ぎ込んでるんじゃないかって思ってね」 「それで、わざわざ確認ですか」 見るからに疲れた雰囲気の由羅に、里美は軽くため息をついて答える。 「だって確認しなきゃ。あの時の由羅ちゃんの雰囲気だったら何をやっているか分かった物じゃないし」 「あたし、そんな風に見えましたか?」 「少なくとも、私の見た限りではそう見えたわ」 「そうですか。それで、瑞恵の死因はどういうことにするんですか?まさか化け物に殺されましたとも……言えませんしね」 瑞恵の倒れた情景を思い出し、それに伴うどうしようもない悲しみを心の中に押し込んで里美に向かい呟く。 「それは交通事故ってことになるみたいね」 「お手数かけます。それで萌には……言ったんですか?」 「まだだけど?」 「言わずに引き延ばしてもいずれ分かるだろうから……あたしから今日言いますよ」 「わかったわ……って、それだと今から呼んだ方がいい?」 ポケットの中から携帯を出して、由羅に聞く。 「そうですね。時間をのばしてもよけいに辛いだけですから」 「じゃあ、私が呼んであげるわ。今の由羅ちゃんだと普通の声で電話をかけられるかどうかも怪しいんだし」 「それじゃ、お願いします」 それだけ言うと由羅はベッドに腰かけて心を落ち着かせ、その間に里美は萌の元へと電話をかける。 里美が電話を切ると10分も経つことなくドアが開き、萌がやってきた。 「あら、早かったわね」 「里美さんが急いでくるようにって言ったから♪」 そう言って、靴を脱いで部屋に入る萌。だが、部屋の中の空気の重さ――特に由羅の雰囲気の重さに思わず立ち止まってしまった。 「由羅ちゃん、どうしたの?暗いよぉ」 いつもとはまるで違う由羅の雰囲気にとまどってしまう。 「萌、驚かないで聞いて欲しい」 「なに?改まって」 重々しく口を開いた由羅に、萌は思わず姿勢を正す。 「瑞恵……死んだそうだ」 「…………え?」 その意味が瞬時に理解できずに聞き直す。 「だから、瑞恵が死んじまったんだよっ……車の事故でな……」 萌がその言葉を理解するのにしばらくの時間を必要とし、その後にゆっくりと静かに口を開いた。 「そう……瑞恵ちゃん死んじゃったんだ」 事実を受け入れ淡々と語る萌に、由羅は言い様のない怒りを覚えた。 「瑞恵が死んだっていうのによくそんなに冷静でいられるな!」 反射的に怒鳴りつけたが、それを受けとめる萌の姿はいつもの怯える子猫のような表情ではなく毅然とした物だった。 「わたしだって瑞恵ちゃんが死んだのは悲しいわよ。でも、そんなに落ち込んでたって、瑞恵ちゃんが生き返って来るってことはないのよ」 はっきりと芯のある言葉で言った後、一転して今度は由羅を慰めるような優しい口調になった。 「だから、もう少し元気出して……ね。由羅ちゃんに悲しい顔は似合わないし、瑞恵ちゃんだって由羅ちゃんのそんな顔は見たくないって言うはずだから」 「強いな、萌は……はは、あのときと同じだな。小学校の時にもこんなことがあったっけ……」 「え?……あ、うんそうだね。あの時の由羅ちゃんもふさぎ込んでたっけ」 乾いた笑いの由羅にしばらく思い出す素振りを見せ、その後に少し寂しげな笑みを見せる萌。 「あのとき萌がいなかったら今のあたしはいなっかたわけだしな……」 「今の由羅ちゃん……ね」 「なにがいいたいんだ?」 「なんでもないわ……そうだ。由羅ちゃんお酒飲まない?」 含みのあるような言葉に疑問を持った由羅を静かにあしらうと、再びいつもの可愛らしい声に戻った。 「酒?いきなりどうしてだ?」 予想外の言葉に先ほどまでの萌の言葉が吹き飛んできょとんとする。 「悲しいことがあったら酔っぱらうまでお酒を飲むっていうでしょ?」 「お前なぁ……って、確かに今は酒でも飲んでないとやってられないかもしれないな」 「じゃあ、どこかの居酒屋にでも行く?」 「それもいいが……お前と一緒だといろいろ面倒だからな。酒でも買ってここでやるか」 「ぶ〜〜」 相変わらずの由羅の子供扱いにふくれてみせる萌。 「じゃあ、私が調達してくるわ」 それを壁際で眺めていた里美が声をかける。 「いいですよ。あたしが買ってきますから」 「いいからいいから。由羅ちゃんはお酒はあんまりわからないでしょ?」 そう言って、由羅が何か言う前に里美は足早に出ていった。 里美を見送る事になってしまった由羅は待つ間に泣きはらした顔を洗って暗い気分を吹き飛ばそうとし、萌はその間にコップや皿をテーブルに並べていった。 洗面台の前で手をついてうつむいたままの由羅。洗顔したままなので滴り落ちる水滴はそのまま洗面台へと落下した。 そして、頭を上げて鏡を見つめる。 「由羅、これ以上暗くなるなっ」 自分にそう言い聞かせると両手で頬を軽くはたき、再び顔を洗う。 顔を拭いた後に軽く乳液などをつけて肌を整えると、萌の手伝いをする。 しばらくして車が止まる音と共に里美が大きめの袋を数個持ってきたが、その中に入っていたのは大量のビールにワイン、日本酒など多種のアルコール類、そして多量のつまみや菓子類だった。 「このくらいあったら大丈夫よね」 「これって……多すぎませんか?」 テーブルの上にずらりと並べられた瓶や缶を見つめて唖然とする二人。 「そうかしら?きちんと人数分数えたはずなんだけどなぁ」 唇に人差し指をあてて考え込む里美。脱力した由羅はかける言葉を思いつくにもしばらく時間を要してしまった。 「一体どこで数え間違えたんですか」 「気にしない気にしない」 軽い汗を流しつつ手をひらひらさせる里美。 「まぁ、余ったら後日に回すからいいですけど。それじゃあ、飲み始めますか」 「は〜い。かんぱ〜い♪」 萌の音頭と共にテーブルに置かれたビールの注がれたコップを空ける三人だが、飲み始めた直後、二人は里美の計算があまり間違っていないことを思い知ることになった。 里美は二人が飲み慣れないビール一杯目を飲み終わるよりも早く、3杯目に手を出していたのだった。 しかも、その飲みっぷりたるや、まるでビールが炭酸水であるかのようにハイピッチで瓶を空け続けていた。 その後も里美は鯨飲という事がぴったり来るほどの勢いで飲みまくり、萌はいつものように食べながら一緒に酒も飲んでいた。 由羅は程々にビール缶を開けながらつまみに手を出していたが、それでもアルコールは彼女の身体にしみこんでいった。 それからしばらくたち、酔いまくった萌が空き缶をマイク代わりにして可愛く踊りながら歌を歌い、由羅もそれにあわせて歌う。 里美は相変わらずのペースで飲んでいたが、少なくとも表面上は酔ったようには見えなかった。 アルコールの勢いのためか、3人とも悲しみを刹那忘れて騒いでいた。特に由羅は沈みまくった雰囲気を消し去ろうとするかのようににこやかに微笑んでいた。 しばらくすると萌は酔いつぶれ、ぱたりと倒れるとそのまますやすやとかわいらしい寝顔を立てていた。 「あらあら萌ちゃんったら。それじゃあ、私も少し酔いが回ってるみたいだから頭冷やすのにシャワー使わせてもらえないかしら」 「このくらい飲んで少しですか……まぁ、いいですよ。タオルも使ってください」 「ありがと」 そう言ってバスルームに消える里美。 それを見送った後にふいに我に帰った由羅は、悲しみに沈んだ影は薄れて、幾分気分が楽になっている自分がいることに気がついた。 そして、萌も前回はにこやかに顔を赤らめて飲んではいたものの、今日ほど騒がしくすることはなかったという事にも。 「萌……サンキュな」 床にごろ寝した萌に優しく感謝の言葉を書けると、起こさないように抱き上げて布団に寝かせると、風呂場の里美に一声かけて火照った身体を冷やす為に外に出、しゃがみ込んで夜空を見上げる。 多少空気は濁っているが、きらめく星空を顔を上げて見上げる。 「星……きれいに瞬いてる。本当に宝石箱みたい」 「由羅ちゃん、案外ロマンチストなのね」 呟く由羅に声をかけての脇に同じようにしゃがみこむ里美。辺りにはシャンプーの甘い香りが漂う。 「そう……かもしれませんね」 一瞬驚いた表情を見せたが、アルコールのせいか普段より柔らかい雰囲気になっている由羅は赤くなっている顔をさらに赤らめて里美の言葉を肯定した。 しばらく二人そろって星空を見つめていたが、ふいに由羅が口を開いた。 「さっき言った夢のことですけどね……妖魔に萌が惨殺されて、身体をバラバラにされながら食われる夢だったんですよ」 「そ、それは……なかなかにヘビーな夢ね」 夢の内容を一瞬想像した里美はそれだけで冷や汗を流す。 「萌がそんなことになっているのに、あたしはただ怖くて震えて……瑞恵の時も、最初のうちはそれであいつを助けられなかったようなもんですから」 「あれを怖がるのは正常な事よ。恥ずかしがることなんか無いわ」 「そんな慰めよしてください。自分の目の前で瑞恵が死んだのは事実なんですからっ」 「由羅ちゃん――」 感情的になった由羅に里美がかける言葉を探していると、再び由羅が口を開く。 しかし、その口調は静かな物になっていた。 「春奈から、あいつがあたしを組織に加わるように言ったこと……聞きました?」 「一応聞いてはいるけど、断ったんでしょう?その方が由羅ちゃんにとってはいい事だと――」 「いえ、あたしは春奈と――いえ、里美さん達と闘います!」 「え?ちょっと今なんていったの?」 由羅のいきなりの宣言に里美は呆然とした表情を見せる。 「あたし、もう知り合いが目の前で死んでいくのに自分が何もできないのなんて我慢できないんです」 「……へぇ、いろいろ文句言っていた割にはやっと決心してくれたようね」 すっと目を細める里美。その声のトーンはいつのまにか冷たいものとなり、まとう雰囲気も里美のほわほわしたものから明らかに変質していた。 「春菜、何時の間にすりかわってたんだ?……まぁいい。話はお前の方が早そうだからな」 一瞬驚いた表情の由羅だったが、すぐにいつもの平静な表情に戻る。 「里美は反対気味だったしね。由羅にその気があるなら既成事実を早めに作っておかないと。でも、一応その言葉が本気か確認したいんだけどね……お酒の勢いって事も考えられるし」 「そんなわけねぇだろっ」 「それは、アルコールを抜いてから確認させてもらうわ」 由羅の顔色と呼気の匂いから彼女の酔いを感じとった春菜は、由羅の首筋に手を当てて小さく呟く。 春奈の言葉の流れに従って体内のアルコールが抜けていくのが自覚され、同時に意識の混濁度も減少していった。 「どう?この状態でも、私たちの組織に参加するという意思表明は出来るかしら?」 「そんなの、当たり前じゃないかっ」 「けっこう堅い決意をしてくれたようね」 澄んだ意識で毅然と言い放つ由羅に満足した春奈は、ポケットから携帯をとりだして電話をかける。 「もしもし、春奈ですけど……いえ、以前に言っていた子が…………え?あ、はい。それではすぐにでも」 いったん電話を切った春菜は、再びどこかへと電話をかける。 「あ、私。例の子を連れて今から旧市街に行くから迎えにきてよ……文句は言わないって言ったでしょっ」 場所を伝えた後に通話終了ボタンを押して携帯をしまい込むと、由羅を誘った。 「連絡が付いたから、行くわよ」 「行くって……どこに?」 「私の上司ってところね。一応直接会っといてもらわないと」 「拒否権は――もとからなさそうな言い方だな」 「よくわかってるじゃないの。それと、その前に腕の怪我を治しておかないとね」 と、Tシャツの袖から覗く由羅の腕に巻かれた包帯を指す春奈。 「これはいい。瑞恵の事を刻んでおきたいからな」 「だめよ。もしも遅効性の毒が身体に回ってたらどうするの」 「毒――あるのか?」 その腕をかばうようにして治癒を拒む由羅だったが、春奈の言葉に今度は焦りを含んだ表情で包帯が巻かれた腕を見つめた。 「たまにね。それと、瑞恵ちゃんの事を覚えておくと言っても、いざというときにそれが枷になったらどうするの?」 「そんなことは――」 由羅の言葉の機先を制して鋭い言葉をかける。 「ないって言い切れる?」 「――ちっ、分かったよ。勝手にしろ」 「素直でよろしい♪それじゃあ勝手にやらせてもらうわ」 春奈が治癒の呪文をかけると、それに伴う痛みが腕に走る……が、その痛みは前回よりもさらに辛いものだった。 「くぁぁ……」 歯をくいしばってもうめき声が漏れるが、どうにか由羅は耐える。その後にふいに痛みが消え、包帯を外してみるとそこには汚れこそあるが傷一つない瑞々しい肌が顔を見せていた。 「こ、この前よりも痛みが凄かったぞ」 「まぁ、治癒速度を早くしてたから痛みも相応に激しくなるでしょうね」 まるで人事のようにさらりと言う春菜。 「な、なんてことするんだっ!」 「勝手にしていいって言ったじゃない。だからできるだけ早く終わるようにしただけよ」 「それとこれとは話が違う!」 「それじゃ、車が来たらすぐに行くわよ」 しかし、相変わらずマイペースで話を続ける春菜。 「だから、人の話を聞けっ」 切れそうになる由羅だが、ぴっと春菜が由羅の鼻先に指をつきつける。 「私は由羅が耐えられるか試したのよ。もしかしたら本当の戦いの時に今のような痛みを感じたり、今の治癒魔法を使う事になるかもしれないから」 「ったく、なんか話をはぐらせている気もするけど……わかったよ。それで合格なのか?」 「さすがに由羅は我慢強いわね、十分に合格よ。さっきも言ったように、そろそろ車がつくはずだから準備する事があったらやっててね」 「わかった。ならちょっと雑用を済ませてくる」 いったん由羅が寝ている萌の枕元に『少し里美さんと出てくるがすぐに帰る』と書き置きを残し、里美からもらったジャケットを軽く羽織って外に出ると春菜も眼鏡と髪留めのゴムを外して、再びどこかへかけていたらしい携帯の通話終了ボタンを押したところだった。 そして、由羅が春菜の傍に来るの時を同じくして一台の乗用車が二人の目の前に止まった。 由羅は若い男性と思われる運転者が夜中であるにも関わらずサングラスと帽子をしているのに軽い疑問を持ったが、その事はあえて考えないようにして春菜の後に後部座席に乗り込む。 「はい、おつかれ。あとでジュース一本買ってあげるから」 そんな春菜の言葉にも男性はうなずくだけで、言葉を発する事はなかった。 車は静かに走り出し、しばらく走った後に春菜は由羅に声をかける。 「とりあえず、つくまでに私達の組織について言っておいたほうがいいかしら」 「そういや、妖魔を倒すことだけしか考えて無くて、どんな組織かって聞いてなかったな。いったいどういう組織になってるんだ?」 「う〜ん、一応形式上は公務員扱いになるかな」 「え゛っ?」 思わぬ返答に思わず間抜けな声を出してしまう由羅。 「組織上は防衛庁で扱いは臨時職員。実質的には自衛隊とは別の特殊部隊……といえば由羅は分かるかな?」 「わ、分かるには分かるが……いいのか?公務員をそんな単純に採用なんかしたりして」 「元から人材不足というか、それなりの素質を持った人間が少ないから結局スカウトで探し出してくるしかないのよ」 「ま、まぁ正論ではあるが……」 そのまま言葉に詰まってしまう。 「深くは考えなくていいし、ある意味里美でもやっていけるような所だから、ある程度訓練すればどうにかできるわ――もっとも、由羅の場合は訓練の大半はパスできるくらい身体能力は優れているだろうけど」 「つまり、即戦力になるっていう意味か?」 「その通りよ。由羅のような近接戦闘が出来るのは多いに越したことないし、由羅だってそれを望んでいるんでしょ?萌とかを守れる力を得ることを」 「そういうことになるな」 静かに肯く由羅。 「それと、給料というか報酬もきっちり出るから」 「報酬も出るのか?」 「そりゃ、公務員なのに命を懸けた『ただ働き』っていう馬鹿らしいことはないしね」 「確かに――な」 「今の自衛隊とは違って、私達は前線で戦ってるのよ。ただ訓練ばかりしかしていない連中よりも待遇が低かったら我慢できないわよっ!」 しだいに語気を荒らげていく春菜の肩を運転手の男性が軽く叩く。その手が微かに震えて見えるのは由羅の目の錯覚だろうか。 「わ、わかってるわよ。そのくらい」 憮然とした表情で男性をにらみつける。 「お前も……苦労してるんだな」 「当たり前でしょ。何度死にそうな目にあったことか」 「そうか」 同情気味の口調な由羅だったが、不意にある事に気がついた。 「って、ちょっと待て。それだとあたしは余計に死にそうな目にあうってことじゃないかっ」 「そうよ。由羅だってそのくらいの自覚があって志願したんでしょ」 「……その通りだ」 苦々しい口ぶりで答えた後、再び春菜の背中に声をかける。 「で、妖魔の狙いってなんなんだ?」 「妖魔は大抵こっちの世界の人間を獲物というか食料として狙っているわ。しかも前に言ったように妖魔は一般人に見えないから大抵は行方不明や神隠しの扱いになっている事件の中にも妖魔が関わっているのも多いでしょうね」 「あたしの夢、間違ってはなかったのか」 「夢って?」 きょとんとする春菜に対してきょとんとする由羅。しかしすぐに、春菜と里美の記憶が重なっていないことを思い出した。 「……いや、気にするな。こっちの事だ。しかし、わざわざこんな組織があるって事は、妖魔ってやつは昔からいるのか?」 「ま、ね。私達の組織の前身となるものは記録に残っているだけでも平安時代の陰明師の集団があるくらいだから」 「そんなに昔なのか?」 「一般には知られてないけど、妖魔が関わっていた事件も歴史上ではいくつかあったんだから。で、それを最小限に抑える為にそういう組織が妖魔の活動をできるだけ抑えてたの」 その解説の中には本能寺の変やバミューダトライアングル等もあった。 「ひょっとして世界中にも似たような組織があるのか?」 「当たり前。門は日本にだけ出てくる物じゃないからね」 「門?」 「そんな事も知らないの?」 あきれ顔の春菜。 「あたしは妖魔という存在しか聞いていないぞ」 「あ、ごめん。言っていなかったわね。門ってのはこの世界と異世界を繋ぐゲートのようなもので、この世界から見れば空間の歪みのように見えるわね。里美と一緒の時に見たでしょ?」 「あれが――門か」 歪んだ空間の先から出てきた妖魔の事を思い出して納得する由羅。 「そう。そして、そこから出てくる妖魔を退治して、開いた門を閉じるのが私達の役目なの」 「門を閉じるっての簡単なのか?」 「ほんの少しでも空間に干渉する能力があればね。そうすれば放っておいても空間自身の修復能力が働いて消えちゃうから」 「……つまり、門ってのはこの世界では不安定な存在なのか?」 春菜の簡単な解説からそんな答えを導き出す由羅。 「さすが理系、飲み込みが早いわね。妖魔自身も不安定なのは同じであいつら自身の生命エネルギーでこの世界にとどまっているようなものよ」 「それで、死んだら塵になったのか」 「えぇ。それと、あいつらを構成している原子からこの世界の物理法則と違うのよ。あいつらは意志でこの世界の物に干渉できるけど、こっちからの干渉はなんらかの共鳴するような体質をもっていないと無理なの」 「ってことは、それが素質というのか?」 「御名答。そして、そういう体質の人でとくに共鳴の能力が強いのが私のように特殊な能力をもったりするのよ」 その後は他愛の無い会話が続き、その間にも車は危なげのない運転が続き、だんだんと寂れた旧市街の方へと向かっていった。 「それにしても、いったいどこに行くんだ?」 「もう少し……というか、そこよ」 言うが早いか、車は減速してとある廃ビルのそばに止まった。 TO BE CONTINUED |