Buster Angels

mission:5
Shine and Crowd,after...
E-part


 春奈から紹介された運転手の男性、その見覚えのあるその顔を見た瞬間、由羅の表情が一気に険しくなる
「てめぇはっ!」
 反射的に目の前の青年を全力で殴り飛ばす由羅。
「ぐはっ!?」
 予想外の事に反応できず、そのまま宙を舞う青年。
「あらら、きれーに飛んだわねぇ」
 そして、なかば楽しそうにその光景を見つめる春菜。
 宙を舞った青年はそのまま瓦礫にぶつかり、豪快にホコリを舞い上げる。
 萌はそのいきなりの状況に声も出ずにただ驚いているだけだった。
 そのあまりの派手さに春菜も萌も気がつかなかったが、由羅の表情が一瞬だけ恥ずかしそうに赤く染まっていた。
「俺……なんか悪い事しました?」
 どうにか瓦礫の中から起き上がり、半分涙目になりつつ由羅に訴える涼。
「お前に話す義務はない!」
 その訴えを即座に却下する相変わらず不機嫌な由羅と、それ以上なにも話せなくなった涼に変わって春菜が話を引き継ぐ。
「とりあえず紹介しておくわね。これは秋月涼(あきづきりょう)、一応私の相方をやっているわ」
「春菜ちゃぁん、涼君に『これ』扱いはないんじゃないのぉ?」
「だって戦う時くらいしか役にたってないもの。由羅の監視を頼んだら熱射病で倒れるし、車の運転頼んだら道を間違うし」
「道は……春菜さんの指示間違いじゃないですか……」
 控え目に抗議する涼だが、その声はあまりに控えめだったために誰の耳にも届かなかった。
「涼君方向音痴だったんだ〜」
「しくしくしく……」
 萌にまで自分が低く評価されるに至って、涼は瓦礫の方にしゃがみ込んでいじいじと地面に「の」の字を書いていたが、当然のごとく由羅と春奈はそれを無視し、かろうじて気にかけていた萌も由羅の話に気が向いていた。
「春菜……まさかお前も一緒とはいえ、あたしが男と行動を共にすると思ってるのか?」
「その位分かってるわよ。でもね、涼だったら、由羅の傍にいても無害ってのがはっきりわかってるからね」
「本当になにもしない保証なんかあるのか?」
「だって事実だし」
「事実って、涼君なにかやったの?」
「それはもう見事にね」
「ほえ?」
「私、春菜という人格が出た最初の頃……」
 何かを思い出すかのように一言一言ゆっくりと話す。
「そ、その話はやめてくださいっ」
 しかし、春菜の物言いに急に我に返ったのか、いきなり慌てふためく涼。
 そんな涼を見てきょとんとしている萌。
「どうしたの?」
「ん〜、まぁ、この話はまた後でね」
「はぁい」
 萌が素直に応じたのを見た涼は当面の危機を脱したかのように、しかし三人に気づかれることが無いように心の中で大きく安堵のため息をついた。
「まぁそれは別にしても、こいつが戦闘の時しか役に立たないってのもただの肉の壁って意味なんじゃないのか?」
「俺……そこまで情けない奴じゃないですよぉ」
「こんな奴と一緒に戦うなんて、お前も不憫な奴だな」
 文字通り情けない声で抗議する涼を完全に無視して続ける。そんな由羅の話を一通り聞き終わった春菜は軽い微笑みを見せた。
 その微笑みの裏に隠れた企みを直感的に感じて心の中で身構える由羅。
「それなら、実際に実力を見てみる事にする?」
「つまり……手合わせということか?」
「そうそう。その方がお互いの実力が分かるでしょ?」
「ま、あたしより強いんなら納得するけどな」
 腕を組んでぶっきぼうに言う由羅の意見を聞いた春菜は涼の方に向き直る。
「涼、そういうことだから。獲物くらいは持ってきてるでしょ?」
「本当にやるんですか?」
「当たり前でしょ。そうじゃなかったら由羅に不戦敗するようなあなたはお払い箱じゃないの」
「え゛?」
 いきなりの春菜の宣告に凍りつく。
「だってそうでしょ。戦いでない限り役にたたない涼に比べたら由羅はなにかと役に立つし、これで戦いでも由羅の方が有能だったら私は相方を由羅にしたいわ」
「……そんなに役立たずなのか?」
 改めて春菜と涼の力関係を思い知った由羅は、自分が男嫌いであるにもかかわらず少なからず涼に同情心を感じてしまった。もっとも、それを表情や言葉に表したり手加減をするつもりは毛頭無かったが。
「わかりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」
 半ばやけになったのか、吐き捨てるように言って車の中から細長い袋を出してくる。そして、その袋から出したのは長さも見た目もどこにでもあるような木刀だった。
「分かってるじゃないの♪」
「なんだか涼君かわいそう」
 楽しそうな顔を見せる春菜を見て、同情心を見せる萌に春菜は笑顔を見せる。
「いーのいーの。涼ってこんな奴なんだから♪」
「そーなんだ」 
「萌ちゃん。それで納得しないでくださいよぉ」
 あっさり納得する萌にやはり情けない声をあげる涼だが、春菜はそれを無視してルールの説明を始める。
「対戦はフルコンタクト。でも後々障害が残りそうな攻撃は禁止。でも打撲程度なら私が治してあげる」
「つまり、後遺症が残らない分にはぶちのめしていいんだな」
「もちろん。思う存分ストレス解消しちゃって♪」
 春菜の微笑みに由羅もにやりとする。
「もう一つ。木刀とはいえ、刃があたったらアウトってのはないよな」
「えぇ。どっちかが戦闘継続に支障があると私が判断した時、もしくは負けを認めたときでない限りは大丈夫よ」
「そ、それって俺が無茶苦茶不利じゃないんですか?」
「不利って、由羅にはそのくらいハンデが必要でしょ」
「……ちょっと待て。ハンデってどういうことだ?」
「聞いた通りよ。由羅の空手の場合はよほど威力があるか当たり所がよくないと一撃は無理だけど、涼の刀の場合は一撃だってありうるでしょ」
「確かにそのくらいないとな」
 春菜の解説に納得する由羅だったが、反対に涼は不満顔だった。
 いくら春菜に馬鹿にされようと、命をかけた戦いを潜り抜けてきた彼にとっては刀での一撃は相手を無力化させるのに有効な手段と信じていたからだ。
「あら、涼。なにか不満そうね」
 そんな涼の思いを知ってか知らずか、さわやかに微笑む春菜だったが、それを見て涼の背中に冷たいものが走った。
「い、いえ。なんでもないです」
「それと、分かっているとは思うけど木刀に気を入れるなんてまねはしないようにね」
「気を入れるって……それ木刀じゃないの?」
「萌……その木製って言う意味での木じゃなくって私が言っているのは気功の気。由羅には前に言ったけど、涼は武器――といっても剣や刀だけどね――に気を入れる事でその性能を上げる事ができるの」
「この場合は切れ味や強度ってことか?」
 木刀の性能を上げると聞いてそれしか思い浮かばなかったので聞いた由羅だったが、それは間違ってはいないようだった。
「御名答。おかげで威力は日本刀と同等以上になるけど銃刀法に神経質にならないですんでるわ」
「まさか、どさくさにまぎれて木刀を危険物にする気じゃないだろうな」
「お、俺がそんな恐ろしい事するわけないじゃないですか」
「ねぇ、恐ろしい事ってなんだろ」
 怯えた感じで言う涼の言葉が理解できないようで、春奈にぼそぼそっと聞く萌。
「そうなった時、私や由羅が恐いと言う意味じゃないの?」
「由羅ちゃん怒ったら怖いもんねぇ」
「そうね。さっきの本気で怒ってた由羅の怖さは並大抵のモノじゃなかったし」
「お前らなにこそこそ話てんだ……まぁいい。そろそろ始めようぜ」
 由羅が構えるのを見て涼も木刀を由羅に向けて正眼に構えるが、構えた途端、涼の表情から脅えた雰囲気が消えて精悍な顔つきになった。
「じゃあ……始めっ!」
 手を振りかざした春菜のかけ声がかかったのだが、車のヘッドライトに照らされた二人はお互いに構えたまま微動だにしない。
「ねぇ、由羅ちゃん達どうして動かないの?」
 動かない事にじれた萌が春菜に声をかける。
「お互いに隙をうかがってるのよ。少しでも隙を見せた方がやられるから」
『うかがってるって、そんな簡単にいってくれるよ。こいつ……ただもんじゃねぇ』
 春菜の言葉とは裏腹に、由羅は涼から感じる無言の圧力にただ構えを崩さないでいるだけで精一杯で踏み込むことは出来なかった。
 時間だけがただ過ぎ去り、由羅にとっては一分が一時間にも感じられていた。
 空気が重くのしかかり、頬を汗が幾筋も流れていく。
 しかし、しばらくするとその均衡も、額から流れた汗が目に入ったでもしたのか、涼の視線が一瞬外れた事で破られた。由羅がそれを見過ごすはずもなく、ダッシュで涼の懐にまで飛び込む。
「はぁっ!」
 そのまま体重を乗せた遠慮の無い突きを放つが、すんでの所でそれを上体をひねる事でかわす涼。
「ちぃっ」
 木刀の間合いに入り込んで涼の剣捌きに制約させようとする由羅。しかし、涼はすばやく木刀を右手に持ちかえると足を振り上げ、足が右から由羅を襲う。
 木刀に注意がいっていた由羅が気がついたときには、防御をするにも時既に遅く、脇腹にもろに入った。
「ぐっ!」
『ちょっと待てっ。体術も使うなんて聞いてないぞっ』
 軽いうめき声と同時に心の中で非難の声を上げてしまったが、それを言った所でどうなるものでもない。
 思わず後退する由羅であったが、今度は眼前に木刀が迫り、したたかに肩に打ちつけられた。
『くっ、あたしとしたことがつい下がっちまった。それにしても……』
 最初に蹴りを食らったときは動揺して気がつかなかったが、今度はその感覚に違和感を覚える。
 肩に加わった衝撃には予想よりも痛みが少なかったのだった。
 だが、それに考えを巡らせる暇もなく、涼が立て続けに打ち込んでくる木刀を避けるのに必死だった。
 しかし由羅もただやられているつもりはなく、涼の動きに目が慣れてくると、打ち込んでくる際に隙ができているのを見つけた。
 わかりにくいが、確かにそれは隙であり、由羅は即座に身を低くしてその隙に飛びこみ、低い姿勢から涼の腹部にアッパー気味に拳を叩き込んだ。
 さすがにこれは涼も効いたらしく、軽いうめき声を上げてたたらを踏む。
 即座に勝負をつけようとしたが、涼もすばやく由羅の攻撃を避けて打ち返してくる。しかし、先程の由羅の一撃が効いたのか動きが多少鈍くなり、由羅にも行動の選択権を得るチャンスが増えた。
 だが、その後は一進一退の攻防が続き、お互いの攻撃は偶然に当たる以外は双方とも避けたり受けたりで決め手に欠いていた。
 時間がどのくらい経過しただろうか、さすがの由羅も疲労の為に動きが鈍くなり始めた。
『このままじゃ……あたしの分が悪いな……自信はないけど、あれやってみるかっ』
 由羅がある決意をした瞬間に涼の木刀が左肩を狙って鋭く振ってくるが、由羅はこれを両手で挟み込むようにして止める……つまり、涼の木刀を白羽取りした。
 予想外の由羅の行動に一瞬涼の気がそれた瞬間、由羅はそのまま手を横に力任せに動かして涼の手から木刀を強引にもぎ取る。
 その際、バランスを崩してしまった涼は前のめりに倒れそうになり、本能的に手近な物に手をつこうとして腕を動かした。
 その腕は目の前にあった物体を支えとすることで、どうにか体の転倒を止めることに成功した……が、その手の平からはやけに柔らかい感触が伝わってきた。
「え……?」
 奇妙な感触に目を上げると……よりにもよって涼の手は由羅の胸元の豊かな膨らみをしっかと掴んでいたのだった。
 そんな状況に自分が一体何をやったのか理解できずに一瞬思考が停止する涼。同じように由羅も何が起こったか理解が出来ていない様子で、観客の二人は萌は口元に手を当てて驚き、春奈も呆然としていた。
 つまり、その場の時間は一瞬停止していた。
 最初に動きを取り戻したのは由羅で、自分の置かれた状況を確認すべく頭を下に向けるが、その動きは油の切れかけた機械のようにぎこちないものだった。
 そして、自分の胸を鷲掴みにしている手を確認する。
「っ!! い……いやぁぁぁっ!」
 自分が何をされているか確認した瞬間、悲鳴を上げつつも涼を殴り飛ばす。
 完全に隙だらけだった涼は為す術もなく吹き飛んだが、後方に余裕があった為かどうにか態勢を整える事が出来た……が、構えをとりきる前にはすでに由羅が目の前まで来ていた。
 一気に近接した由羅は、急制動をかけたエネルギーをそのまま左足を軸とした回転運動に転換する。
「でりゃぁぁ!」
 そのまま残る力を上乗せした長い足を振り上げて回し蹴りを叩き込む。
 涼の目には由羅の足がぼぅっと淡く光るものを纏っているのが見え、一瞬それに気をとられかけた涼だったが、すばやく腕を上げてガードする。だが、由羅の蹴りは想像以上の重さで、防御をも巻き込んで涼を吹き飛ばした。
 再び宙を舞った涼は先程と同じ瓦礫の山に突っ込み、もうもうと立ち込める煙の中から、どこから出してきたのか白旗を振っていた。
「勝負ありね……って由羅っ!?」
 決着を見届けた春菜の目の前を由羅が駆け抜け、瓦礫の中で半分のびていた涼の胸ぐらを掴んで強引に引き上げ、さらに追い打ちで数発殴る。
「ちょ、ちょっと由羅。もう勝負はついたんだからやめなさいっ」
 慌てて止めに入る春菜の腕を振りほどく由羅。
「こ、こいつ……あたしの胸に顔埋めただけであきたらず……」
 怒りか恥じらいか判別できないながらも、かすかに涙を浮かべた由羅の顔は真っ赤だったが、その表情は明らかに怒りの色をあらわにしていた。
「お、俺が由羅さんの?」
 由羅の言葉を聞き、呆然とした中に恐れが混じった表情の涼を見て、一人心の中にしまっていた恥じらいの記憶を自ら暴露してしまったことに気が付いて慌てて手を離す由羅。
「ち、違う。さっきのは聞かなかったことに……」
 ならなかったようで、春奈がにこにこと笑みを浮かべていた。
「へ〜、涼も案外やるわねぇ」
「だから今のは無かった事に……」
「由羅ちゃん、そんな事あったんだぁ」
 萌にまでからかわれるに至っては由羅は耳まで真っ赤になっていた。
「そ、それよりっ!よくもあたしの胸を掴んで……」
 恥ずかしさをごまかすために再び殴り飛ばそうとする由羅だったが、それにも増して涼の行動は素早かった。
 自分が先ほど行った行為を再認識した瞬間、地面に額をこすりつけるように土下座をして由羅に謝り始めたのだった。
「ごめんなさいっごめんなさいっ。悪気は全くなかったんです。それどころか前の事は自分が覚えてないなんて……本当にすみませんっ」
 いきなりの涼の行動に由羅は振り上げた手を下げるのも忘れてぽかんとした表情になってしまった。
「あはは。涼ってこーゆー奴なのよ」
「こ、こういう奴って、いくらなんでも情けなさすぎるぞ」
「よっぽど由羅ちゃんが怖かったんだね〜」
「あたし……そんなに怖いか?」
「今はそんなに怖くないけど、さっきは本当に怖かったよ〜〜」
「おいおい、あたしはそんなに怖い奴じゃねぇよ」
 くすくす微笑している萌の頭を苦笑しつつ軽く撫でると、再び涼に近づく。
「ふんっ」
 不機嫌な表情を作ると、土下座している涼の脇腹に一発蹴りを入れる。
「ぐげっ」
 奇妙な悲鳴を上げ、一度身体をびくっと動かすと涼はしばらく動かなくなった。
「今回はこのくらいで多めに見といてやるが、今度やったら命の保証はねぇぞ」
 そう吐き捨てる由羅だったが、その声が涼に届いているとはとうてい思えなかった。
「由羅ちゃん、いくらなんでもやりすぎだって」
 自分の所に戻ってきた由羅に、萌は見上げつつ少々厳しい目をする。
「あたし、やりすぎたか?」
「そうだよ。本気で謝っている人にあれじゃ、まるで由羅ちゃんの方が悪人に見えるよぉ」
「わかったわかった。お前の言うとおりだな」
「全く、由羅ちゃんって怒ったら見境なくなるんだから」
 それはまるで姉が妹にお説教しているような雰囲気だったが、萌と由羅の身長差からくるアンバランスさに思わず春奈は笑みを漏らしてしまった。
 それと同時に、相手に非があれば無茶してもいいのだろうかとも思ってしまった。その場合、萌は由羅の暴挙を見過ごすのだろうかとも。
「とりあえず、由羅に負けるような涼はしばらくお払い箱かな?」
「いや……違うな」
 ぼそっと不機嫌そうにつぶやく由羅。
「違うって……珍しいわねぇ。由羅が男の肩持つなんて」
「そんなじゃねぇよ。あいつ最初から手を抜いてやがった」
「手を抜いたって……あれのどこが?」
 どう見ても本気のぶつかりあいにしか見えなかった萌はきょとんとした表情のままだった。
「打撃が当たる瞬間に力抜きやがった。その上あからさまに隙をつくってやがった」
「じゃあ、涼君が本気でやってたら……」
「間違いなくあたしは負けてたな。認めたくはないが」
 心底悔しそうな由羅に萌は感心した表情を見せる。
「そっかぁ、意地っ張りの由羅ちゃんに認めさせたってことは涼君本当に強いんだ」
「なのに手を抜きやがった……どういうつもりだ?」
「そんなの、やった当人に聞けばいいじゃない♪」
 そう言うが早いか、春奈は涼の元に歩み寄って由羅が蹴った側の反対の脇腹をつま先で軽く小突くと、涼の身体がびくびく反応した。
「ほら、そんな所で寝たまんまじゃなくて起きなさいよ」
 それでも起きる気配がない涼に、春奈はしゃがみ込むと手をかざして何か呟く。それがどんな物か由羅が気がついたのは、呟きが終わると同時に涼が目を覚ましてからだった。
「うぅ……強引に起こさないでくださいよぉ」
「じゃあ、このまま放置して帰ってよかった?」
「……こっちの方がいいです」
「よろしい。なんだか由羅が聞きたいことがあるって言うから「正直に」答えるようにね」
「え?由羅さんが?」
「……なぜ手を抜いた」
 由羅は必要なことしか言わなかった為に涼は一瞬きょとんとしたが、その後照れくさそうな申し訳なさそうな顔をする。
「そんな、由羅さん相手に全力なんか出せませんよ」
「それは……あたしが女だからか?」
「そ、そんなことはないです。ただ……」
「ただ……なんだ?」
「きれいな身体にアザをつけることはできませんから」
「なっ……」
 おどおどしながら言う涼に柄にもなく真っ赤になる由羅。
「へぇ、涼も言うときには言うわねぇ」
 そんな由羅の慌てぶりを楽しそうに眺める春菜。
「わぁ、由羅ちゃん真っ赤〜〜」
 さらにそれに萌が追い打ちをかけて、さらに由羅の赤みが増す。
「先にいっとくけど、涼はこの手の話では嘘がつけないから、今のが本音だってことはこの私が保証するわよ」
「保証されても困る」
 顔を赤くしつつ頭を抱える由羅にかわいさを感じる春菜だが、これ以上由羅を困惑させても話が進まなくなるので助け船を出すことにした。
「それで、由羅の評価としてはどう?」
 話がそれたことで多少の落ち着きがもどったのか、いつもの表情に戻るが、赤くなった顔だけは戻るのにまだ時間がかかりそうだった。
「悔しいが、あたしより強いのは認めてやるよ。そしてそれと同時に腑抜けだという事もな」
「由羅にしては理性的な判断ね。頭に血が上っていた割には」
「事実だからしょうがねぇだろ」
 自分が弱いというのを認めるのは嫌なのか、不機嫌そうに言う由羅。
「さて、ここにいてもしょうがないからそろそろ帰りましょうか」
「そうだな」
「じゃあ涼、運転よろしくね」
「う、運転って俺怪我……」
「運転できないほどじゃないでしょ?」
「……はい」
 涼の非難を春菜は一蹴し、萌と由羅を後部座席に誘う。
 二人が後部座席に座ったのを確認すると春菜自身は助手席に座り、軽い目配せとともに車は走り出し、その間涼を除く三人はたわいもない雑談を続けてる。
 その間ずっと涼は背後からの由羅の冷たい視線が背中に突き刺さっているのを自覚しながら、一言も声を発することもなく由羅と萌の二人を自宅へと送り届けた。
 その後、春菜を里美宅に送るべく移動中に春菜が涼に声をかける。
「それにしても涼、あれはあまりにも情けなかったわよ」
「そうは言いますけど、あれは白旗あげないと俺確実に殺されてましたよ」
「あなたが手加減するからじゃないの」
「そうしたら、俺が由羅さんを病院送りにしかねませんよ。それに頭に血がのぼった上に、無意識で弱いとはいえ足に気を纏わせていたんですから」
 さりげなく物騒な事を言うが、春菜の注意はその後半の方に集中した。
「つまりそれって……」
「自分の意識しない範囲で力に覚醒しているんでしょう。俺の見立てですけど、少し鍛練するだけで即戦力になりますよ」
 自分の意見という割に自信を持った涼の口調に春奈も安心する。
「じゃあ、当面の課題は一つだけになりそうね」
「課題って、なにかありました」
「大あり。これからしばらくは前線が二人になるから、コンビネーションが必要になるわけなんだけど」
「それがどうしたんですか?」
 きょとんとする涼に春菜は思わず額に手を当てて悩むような仕草を見せる。こいつわかってない……まるでそう涼に言うかのように。
「あなた……あの由羅と息をあわせる自信ある?」
「あ……」
 言われてようやく気がつく涼。自分に対する由羅の感情は現在の所最悪に近いところまであるのを自覚している分、余計に気が重くなる。
「そういうこと。仲良くなれとまでは言わないけど、戦いの時にお互いがぶつかりあわない程度には分かり合っていた方がいいわね」
「……善処します」
「先は長そうだけどね」
 これ以降も不幸が続きそうな涼に少々の同情を禁じ得ない春菜だったが、同時にどんな目に遭うのかも楽しみだった。
 それよりも少し前、アパートの自室に戻った由羅は……呆然としていた。
 飲み会直後で出てきていたので、部屋の中は荒れたままだった。
「あ……まだ片づけてなかったんだっけ……」
 由羅が床につけたのはそれから1時間程度経ってからだった。



TO BE CONTINUED



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あとがき
長かった……本当に長かった……(陳謝)
というわけで足かけ2年近くかけて第5章の終了です。
この間に就職が決まったり初任教育があったりとごたごた続きで現実逃避に「別の」小説に手を出したりもしましたが(汗)

今回ようやく出てきた秋月涼くん……思えばこのキャラが一番不幸ではないでしょうか。由羅に殴られるは、春奈になじられるわ萌に馬鹿にされるわ、登場は早かったのにずっと名無しでいさせられるわと。
まぁ、彼女らに関わったのがそもそもの不幸と言うことで。

この作品は島風那智が著作権を有しており、許可なき転載、引用を禁じます。


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