Buster Angels

mission:6
Angels
A-part


 夜の秋里市、昼の「明の世界」から一転して「闇の世界」と化した夜はどこの世界でも人々に不安を抱かせ、それを払拭するかのように照明で擬似的な「明の世界」を作り出して不安を排除していた。
 しかし、夜の闇が包み込んだ以上に不可視の「なにか」がそれを覆うように広がっていた。
 その存在を普通の人間が関知することはなかっが、そこを無意識のうちに避けるように歩き、それは外部に中で起こっている事象の変化を映し出そうとはしなかった。
「た、助けてくれーーーっ!」
 その内部では一人の中年男性の悲鳴が響き、一匹の異形の物に襲われているところだった。
 その異形の物は身長は平均的な男性よりも少々低め、青みがかった体色で頭部には1本の角が生え、虎縞の腰巻きをしてご丁寧にとげのついた棍棒まで持っている……日本人のよく知る妖怪……青鬼にそっくりだった。
 男性はそれまで生活していた日常からは決してあり得ない、非現実的な光景からなかば錯乱しながら逃げだそうとしていた。
 しかし、鬼はそれをあざけり笑うかのようにゆっくりと歩く。
 鬼よりも圧倒的に早く走って逃げていたはずの男性だが、いくら走れども鬼との距離は離れず、むしろいつの間にかゆっくりとその距離を縮め、それもまた男性に恐怖を与える要因となっていた。
 そしてついに鬼は背後1mまで接近し、その呼吸がすぐ間近に聞こえるのに動揺したのか男性は足をもつれさせ派手に転倒した。
 咄嗟に背後を振り向くと、鬼はすぐ間近で棍棒を振り上げていた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!!」
 男性の顔は恐怖にゆがみ、腰が抜けたのか立ち上がることもできなかったが、失禁する事がなかっただけ立派と言えよう。
 程よい獲物を目の前にした鬼が一瞬邪悪に笑ったように見え、そこで男性の意識は闇に没しようとしていたが、その視界の隅から光りの筋が一本伸びた。
 その光条は男性の頭を越した後に急激に軌道を変えて鬼にぶち当たり、その反動で鬼は数m後方に吹き飛んだ。
「え?な……」
 その衝撃音で意識レベルを通常に戻すことができた男性だが、状況を把握できたとはまた別であった。
「大丈夫ですかっ!?」
 突然のことに意識が混乱したところに一人の女性が彼の元に駆け寄ってくる。
 闇にとけ込むような黒いスーツと墨を流したような黒髪、それに反して透き通るような美女に一瞬意識が奪われてしまう。
「あ、はい……そ、それよりも逃げないと……」
「大丈夫ですよ……」
 そっと女性は男性の肩に手を置き、安心させるように微笑む。
 慈愛のある笑みに緊張の糸がゆるんだのか、男性はそのまま気を失ってしまう。
「……っと、被害者確保。涼、由羅。あとはお願いっ」
「了解っ」
 その女性……春菜の脇を木刀を持った青年とポニーテールの長身の女性が駆け抜ける。
 最初に鬼に接敵したのは女性の方……由羅だった。



 時間は数十分前にさかのぼる。
 訓練施設で一週間の促成だが、妖魔と戦うための訓練を受け、秋里駅に帰ってきた由羅を春菜と涼が出迎える。
「お疲れ。どう?戦う自信もてた?」
「まぁ……そこそこな」
「そう言っているけど、報告では高い評価もらったそうじゃない。よっぽど死ぬ気で訓練に打ち込んでいたみたいね」
「そりゃ、何度死にそうになったかわからない訓練だったからな」
 思い出すだけでも寒気がするような訓練スケジュール並びに内容を思い出し、内心よく生き延びたものだと再認識する由羅だった。
「そもそも一週間でやるという方が無茶だったのよ。まぁ、結果的にはどうにかなったみたいだけど」
 半ば呆れた春菜だが、胸ポケットに入れていた携帯が鳴り響いたので気持ちを切り替えてそれをとる。
「もしもし、春菜です……はい」
 電話をとった春菜の表情がふいに固くなり、それにつられて変化した口調に同乗している二人も自然に表情が硬くなる。
「西地区の方でひずみが出たそうよ。感知情報では結界もできてるから……」
「妖魔が出たのか?」
「えぇ、それで一番近いのが私達。いくわよ、涼……と、由羅もよ」
「ったく、訓練が終わったと思ったら即実戦かよ」
「文句言わないの。訓練の成果を見せてもらうわよ」
「わかったよ。行けばいいんだろ」
 実は疲れが完全に抜けていなかったが、男の前で弱音をはきたくなかったのか始終無愛想な表情のままでいた。
 現場についても由羅の表情には不安はかけらも見せず、むしろ闘志をみなぎらせているかのようだった。



 鬼という初めての実戦の相手を前にし、由羅は間合いの外で構えをとり訓練を思い出しながら呼吸をし、体内に流れる気という名前の生体エネルギーを身体に満たす。
 気が体中に満ちるとじわじわと間合いを積め、鬼の方もいつでも棍棒が振るえる体勢でゆっくりと近づいてくる。
 鬼が間合いに入った瞬間、一足で飛び込んで大振りしてくる棍棒をかいくぐり打撃距離は短いが体重を乗せた突きを鬼に叩き込む。
「せいっ!」
 拳はインパクトの瞬間に燐光のような光が宿るがそれはすぐに消える。
 しかし、その打撃にさらされた鬼の方は、由羅の体格から予想される拳の打撃力とは不釣り合いに強烈な打撃に身体が一瞬へこみ、そして数歩後ろにたたらを踏む。
 由羅が追い討ちをかけるよりも早く、彼女の横を男性……涼が駆け抜ける。
 涼の持つのはただの木刀だが、それにも関わらず刀身が鬼に命中するとまるで真剣のように鬼を切り裂く。
 由羅の突きが予想以上に強かったのか、間合いを測り損ねてその斬撃は致命傷になることはなく、皮膚と筋肉を少し切り裂いただけだった。
 そこで踏み込む分の間合いをあけ、再び切り込もうとした瞬間、急に視界に由羅の姿が現れた。
「うわぁっ!?」
 いきなりの事に、涼は刀身に纏わせていた気を解除して、木刀の軌道を変えようとするが、使い慣れた木刀とはいえ勢いのついた重量物。そう簡単には止まらない。
 だが、視界の隅に何かが一瞬だけ見えた由羅は背筋に冷たい物を感じ、半ば本能で身体をひねると、目の前を棒状の物体が通り過ぎる。
「でぇぇぇぇっっっ!!?」
 その直後、何が通り過ぎたかを悟って一瞬足が止まった由羅めがけて、青鬼が棍棒を振るう。
 慌ててよけようとするが間に合わず、両腕で防御するのがやっとだった。
「きゃぁっ!」
 腰を落として衝撃に備えたものの、棍棒は由羅をゆうに5mは吹き飛ばした。
 しかし、直後に飛来した電撃が鬼を焼く。
「まったく、二人とも油断してる場合じゃないでしょ。由羅は大丈夫だからちゃっちゃと終わらせちゃいなさいっ」
「は、はいっ」
 涼にはっぱを入れた春菜は再び集中に移り、周囲に感じる風の流れを自らの意識に従わせ、高々と掲げた手のひらの上に密度を極端に変化させた風の刃を作り出す。
 それは再び二人が危機に陥ったときのための保険のようなものだったが、その心配は不要だったらしい。
 木刀を構えた涼は普段の弱気な表情を覆い隠す精悍な瞳で鬼をまっすぐに射抜き、少しの油断も見逃さない。
 その状況は長くは持たず、涼の気迫に押されたのか鬼は数歩後方に後ずさる。
 そこで一瞬だけ棍棒の構えがかわり、そこを狙って袈裟切りに切り上げた。
 今度は間合いも十分で鬼は緑色の血しぶきをあげて倒れ込んだ。
 どぅっと音を立てた鬼は表面から風化していき、粉体が空気中に溶けだしていく。
 使い道が無くなった春菜の魔法は、そのまま拡散して周囲に微風が流すだけのものとなった。
「ふぅ……」
 溜めていた息を吐きながら、涼も木刀に込めていた気を散らす。 
 ふと、背後に気配を感じ、振り返るとそこには由羅がたっていた。
 防御の時に使った腕をさすっているが、棘つきの棍棒の割には当たり所がよかったのか特に大きな怪我をしているようには見えなかった。
「あ、由羅さん大丈夫ですかっ!?」
 慌てた涼が駆け寄るが、一瞬にして膨れ上がった殺気は彼の反応速度を上回る速さで襲いかかってきた。
「てめぇ!なにしやがるんだぁっ!」
 怒声一発、由羅は遠慮することなく涼を殴り飛ばす。
「ぐはっ!?ゆ、由羅さん……?」
 目を白黒させているうちに由羅は涼の胸ぐらを掴み、一気にまくし立てる。
「お前はあたしを殺しでもしたいのかっ!?」
 そんな二人の……もとい、一方的に罵っている由羅と、それを黙って聞いている涼を見て春菜はこめかみに指を当てつつ頭の痛い思いをするのであった。
「まったく……あの二人には先が思いやられるわ……」
 ため息を一つつくと、携帯電話を出して二カ所に連絡を入れる。
 そして、眠りの魔法によって眠らされた男性の額にポケットから出した符を貼り付けた。
 符は淡い燐光を放ち、ゆっくりと空気に溶けていき、春菜はその場から離れてそっと物陰から観察する。背後から数度打撲音が聞こえたような気もするが、気にしないことにする。
 符が完全に消滅するとほどなく男性の意識が戻る。このときの男性の姿勢は電信柱にもたれかかるようにしておいた。
「あれ……なんでこんなところで寝て……飲み過ぎたかなぁ」
 意識をはっきりさせるように頭を軽く振ってその場を去る男性を見て、記憶の操作が正常になされていることを確認した春菜は残る二人の元に向かう。
 由羅は明後日の方向を向いて不機嫌な表情をし、その背中方向ではぼろぼろになった涼が倒れていた。
「ほらほら、二人ともそんなにいがみ合ってないで、門が消え次第帰るわよ」
 涼と由羅に多少の痛みが伴う治癒魔法を施した後に、いつの間に来ていたのか彼女たちの側に長髪の女性が現れた。
 暗がりでよくは見えないのだがその外見は由羅と同じような年頃に見える。だが、理知的な眼鏡をかけたその姿は由羅よりも落ち着き見せる。
「お疲れ様です、春菜さん。門はこちらの方ですね」
「えぇ。たぶんもう少し奥にあるから、よろしくね」
 春菜に促されて奥の方を見る女性だっが、その途中で由羅が視界に入り、ほんのつかの間だが珍しいものを見るかのような表情を見せた。
 そして、値踏みするかのような表情に気がつき、由羅が不快な表情になると素早く視線を戻して門があるらしい空間の前で立ち止まった。
 そこで女性は手を前にかざし、精神を集中すると、手の周囲の空間がわずかにゆがんだように見えた。
 かすかに聞こえたぱちっという放電音と、耳には聞こえなかったが体に響く振動が感じると女性はゆっくりと振り向いた。
「門は閉じました。この地域はもう安全です」
「お疲れ様。ちょっと一緒に一息入れていく?」
「いえ、結構です。わたしもまだやることが残っていますので」
「大変ね」
「これも仕事ですから」
「あらあら、めずらしく生真面目ねぇ」
「普段からこうですよ」
 春菜の言葉が少し気に障ったのか、不機嫌な表情を見せて去っていった。
「さっきの奴、門に干渉して閉じたんだよな?」
 その女性を見送って、春菜に質問する由羅。
 いくら訓練を受けていたといっても、それはやはり訓練。実際には戦闘以外になにをやっていけばいいのかを少しずつ確認していこうという姿勢を由羅は見せていた。
「そうね。もっとも、彼女の本職は風使い。門を感知する能力と干渉する能力は最小限しか持ってないって聞いているわ」
「兼業している奴もいるってことか……」
「素質の複数保有はそう珍しい事じゃないわよ。私や由羅、そして涼は単一みたいだけど……もしかしたら眠っている素質があるかもね」
「あたしも魔法使えるのかなぁ」
 天を仰ぎつつ呟くその声はまるで夢見がちの少女のようだった。
「やっぱり由羅も魔法にはあこがれているのね」
「あこがれるだろ、魔法を使えるってのは」
「そうね。ある意味女の子のあこがれだから」
「そ……そうだな」
 否定しようとしたが、幼い頃に見た魔法少女の番組を想像していたのは事実であったために肯定せざるを得なく、これ以上つっこまれない為に話の流れを変えることにした。
「さっきのあいつ……なんであたしをじろじろ見てたんだ?」
「新人だったからじゃないの?すぐに怪我したり死んだりするようなのは誰だって勘弁してほしいでしょ?」
「あたしがそんなすぐに大怪我したり、死んだりするような奴じゃないって事は春菜もよくわかってるだろ」
「それは人間相手の話。由羅はまだ妖魔に対する経験がほとんど無いんだから。そんな慢心もってたらそれこそ命取りになるわよ」
「わ……わかったよ」
「それだけは忘れないでね。そうそう、さっきの被害者は記憶操作の符をつかって妖魔絡みの記憶を消しておいたから……ここまでが私たちの仕事。わかった?何か質問ある?」
「あたしの時は使ってなかったみたいだが……?」
「え?あはは……由羅の時はちょっと符をきらしちゃっててね……ごめん。でもよけいな記憶は見てないから」
 苦笑気味に謝る春菜に由羅は大きなため息をつく。
「さて……と、話もすんだし、門の処理もすんだから帰りましょ」
 言うが早いか、くるっと振り向き二人がついてくるかも確認せずに車へと戻る春菜だった。



 戦い終わった三人は、一息つくために一度里美の部屋に戻る。
 その室内は往時ほどのすさまじいまでの散らかりようはなく、むしろ窓際には小さなテーブルと椅子が置かれ、その上に乗せられたカーネーションが柔らかな雰囲気を作り出していた。
 しかし、よく見ると再び散らかりそうな雰囲気がそこかしこに感じられていた。
 涼が自主的に距離をとりつつ、由羅と涼の二人が座ったところで春菜がティーセットがのったトレイを持ってくる。
「おつかれさま。鬼だったから焦ったけど、今回のは弱いのでよかったわね。由羅も初めての実戦、生き延びることができたし」
「そりゃ、死ぬ気はねぇよ。それにしても、この服は本当に凄いよな」
 由羅の着ているジャケットの腕の部分には先ほど棍棒をガードした際の痕跡が錆という形で残っていたが、それだけで大きな損傷は見せていなかった。
「科学と魔法のハイブリッドだからね、そう簡単には抜かれないわよ。これは里美の方が詳しいけど、強化繊維と衝撃吸収材、そして魔力と文様を組み合わせることで強靱な防御力を……だったかな?」
「……それが分かってても、こんな薄手で耐えられるってのは信じられないな」
「あと、聞いたとは思うけど戦闘中は由羅自身の身体だって素質を持つ者特有の……由羅に分かるようにいったら気の鎧かな?そういうのがあるんだから……あ、これは私にもいえることだけどね」
 解説に分かったような分からないような表情をしていたが、由羅はふいに妙な違和感におそわれる。
「そういや……萌はどうしたんだ?」
 戦いの興奮も収まり、涼に対する怒りも幾分弱まったところで、この場にいてもおかしくない親友の姿がないことに気がついたのだった。
 自分よりも先に春菜達と行動を共にしているはずの萌。そして幼い頃から一緒にいることの多かった萌がこの場にいないということに今更ながら違和感を感じていた。
「ちょっと小笠原の無人島で訓練やっているころじゃないかしら」
「小笠原って……あいつそんなところまでいってるのか?」
「由羅のように屋内だけでどうにかなる能力ばかりじゃないってことよ。私だってそこで訓練していたんだから」
「屋内じゃあ狭くて射程不足、外じゃあ一般人の目の可能性ってとこか……まるで陸自の兵器だな」
 由羅の言葉に春菜は一瞬きょとんとし、その後に不機嫌そうな顔を見せる。
「そんなこと言っても私がわかる訳ないでしょ」
「まぁまぁ、春菜さん落ち着いて。由羅さんが言いたいのは前半だけで、後ろの方はただのたとえですよ」
「……わかってはいるんだけどね。でもそのたとえがわからなかったら例える意味が無いじゃない」
「それはですね……」
 涼の解説によると最近は兵器の性能向上で射程などが向上したが、その能力を存分に生かす演習地は日本になく、わざわざアメリカで試験している……そういうことだった。
「そーゆーことね」
「こいつもこの手の話に詳しいのか?」
「詳しいというか、こいつは元『本物の』自衛隊員だからね〜」
「元って言わないでくださいよ……俺はまだ原隊もちのつもりなんですから……」
「さ〜ぁどうかしら?すでに忘れ去られたりして〜」
「しくしく……」
 隅っこで落ち込む涼を、由羅は少し珍しそうな目で見ていた。
「あら?気になったの?」
「気になったってほどじゃないんだけどな……こいつでも自衛官だってことがちょっと意外に思っただけだ」
「意外ねぇ……まぁ、ここまで弱々な自衛官もそうはいないでしょうね」
「そうだよな。どうやればこんな情けない奴ができるんだろうなぁ」
「自衛隊の人も拍子抜けだったでしょうねぇ。一芸だけにしか秀でて無くて、あとがぼろぼろだったなんてね」
「期待されて使えなかったか……まる米軍のDASHみたいな奴だな」
「ねぇ、お願いだから身体が同じだと言うことだけで里美と同じ感覚で話さないで。あの専門用語は私にはまったく分からないから」
「まぁ……善処する」
 春菜の頼みは里美と自分が一般人と違う感覚を有していると言っているのと言っているのと変わりなかったが、自らも薄々自覚していたので、素直に応じる。
(なお、補足までに、DASHというのは無人の対潜ヘリで、遠く離れた潜水艦のいる海面まで魚雷を運ぶことができるラジコンヘリだったが、魚雷の長距離投射という利点とは裏腹に操縦が難しい、迷子になりやすいという欠点から早々に退役することになった兵器であった)
「しっかし、小笠原かぁ……萌は遠くで頑張っているんだな……」
「由羅のように促成じゃない分、確実にね……もっともあのあたりで火山が噴火したみたいだけど」
「お、おい!?マジか!?」
 あまりにさらりと春菜がつぶやいたので耳から入った言葉を理解するまでにタイムラグを生じ、その意味することが分かった瞬間に目を丸くする。
「大丈夫よ。噴火したのはそんなに近いところじゃない海底火山だったし、津波や地震の被害も受けてないわ」
「お、脅かすなよ……」
 今度は瞬時に大きな安堵のため息が肩の動きと一緒に出た。
 そのわかりやすい表情の変化を春菜は楽しんでいたが、それをさとられるようなまねはしない。
「そ・れ・と、あなた達二人……コンビネーション悪すぎるわよ」
「しょ、しょうがねぇだろ。今日が最初だったんだから」
「悪いにもほどがあるわよ。特に由羅は涼の動きなんか全然見ていなかったし」
「あいつが妙な動きするからあぁなったんだっ」
「妙な動き……?私が見る限りはそう変な動きはしていなかったわよ」
 精一杯反論するが、春菜は頬に指を当てて軽く考えるような素振りを見せる。
「お前に見えなかっただけだ」
「それじゃあ、お言葉を返すようですが、由羅が動き始めたのは涼が動き始めたよりも後だったわよ。変な動きをしているのはむしろ由羅の方だったんじゃないの?」
「ちっ、わかったよ。こいつと動きを合わせたらいいんだろ?」
 不機嫌そうに言う由羅の真意は春菜は見抜いていたようで、わざと不機嫌そうな顔をする。
「そんなこと言って、由羅のことだから戦いと訓練の時しか涼と関わろうとしないつもりでしょ?」
「当たり前だろ。あたしはそれでも嫌なんだし」
「そんな考えだから息が合わないのよ。由羅も少しは涼のこと分かろうとしないと」
 しかし、由羅は春菜の話を聞かないかのように憮然とした表情だった。
「別にいいだろ」
「そんなこと言うのなら……私にも考えがあるわよ」
「な、なんだよ」
「明日からしばらく涼のとこで寝泊まりしなさい。これは命令よ」
「お、おいっ!」
 びしっと言い切った春菜に、由羅も涼も慌てた表情を見せる。
「は、春菜さん本気ですか?」
「本気も本気。少しはお互いのこと理解しなさい」
「そんな事課長に言わずに……」
「あ、大丈夫大丈夫。課長にはもう許可もらってるから」
『へっ?』
 二人とも春菜が何を言ったか、その真意をつかめずきょとんとしていたが、先に理解できたのは由羅の方だった。
「お、お前……最初からそのつもりだったなっ!」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。私はただ、由羅がチームワークを考えないような事言った時の対策で考えていただけよ。由羅が予想通り涼と解り合おうとしなかったから私もこんな手を使うしかなくなったのよ」
「あたしが悪いっていうのか?」
「当然。萌だって由羅が悪いっていうんじゃないの?『涼くんとけんかしちゃだめだよぉ』ってね」
「う……」
 萌の声色をまねした春菜に声が詰まる。確かに萌の性格からするとそのような発言が出るのは自然である上に、本来悪いのは自分というのも薄々自覚していたからだった。
「わかった?」
「く……」
 それでも認められない由羅はどうにか言い訳を思案していたが、不意に春菜の表情が変わった。
 それまでの精悍な美女というきりっとした表情からほわっとしたとぼけた表情に。
 春菜とのつきあいが短い由羅でも、その変化は一目瞭然だった。
 しばらく状況を掴むためにきょろきょろしていたが、涼の装備品を見て把握は出来たようだった。
「えっと……今日の仕事は終わったの?」
「えぇ、どうにか終わりましたよ。里美さん」
「あ、由羅ちゃんもだったのね。お疲れさま」
 にこりと邪気のない笑顔をするは春菜という人格の母体である里美。無垢そうな表情の割には豊富な知識を持つが、その多くが非実用的なものであるというのは問題だったが……。
「訓練終わった直後でもどうにかなるような相手だったですけどね。あと……春菜に言ってくれないですか?あたしとこいつを一緒に住まわせるとか言ってるんですよ」
「あら、楽しそうね♪」
 ぽんっと手を合わせてにこやかに微笑む里美に由羅も涼も言葉を失う。
「あ、あの……里美しゃん?」
「だってそうでしょ?弱々の涼君と男嫌いの由羅ちゃんが一緒にいるだなんて、想像するだけでも面白いでしょう?」
「……」
 その無責任とも脳天気ともとれる言葉に由羅は頭を抱えてしまう。
 そして、里美が軍事やコンピューターだけでなく、コミック系の趣味があることを思い出し、まさかラブコメを期待しているんじゃないのかと抱える頭の重さがさらに重くなったような気がした。
「か、仮にも春菜は里美さんでもあるんでしょう?だから、説得するなりできるでしょう?」
「説得といわれてもねぇ……お互いの立場尊重することにしてるから難しいかも」
「尊重といわれても……」
「わたしだって、春菜にはかなり譲歩してもらっているのよ。趣味とか部屋とか身体の手入れとか……」
「あ……そういや、春菜愚痴ってましたねぇ」
 掃除する前までの里美の部屋、そして女性らしいとは言えない様々な趣味など確かに春菜は里美の行いに我慢ならなかったのだろう。
「でしょ?春菜が切れて、この身体を乗っ取るかもしれないんだし」
「乗っ取るって、そんな物騒なこと春菜が……やりたかったんだろうなぁ……」
 今更ながらに汚いという比喩が可愛く聞こえるほどの部屋で春菜が睡眠をとっていたというのに同情を覚え、もしも身体を専有できるならそうしたかったのだろうと思ってしまうのだった。
「まぁ、きっと大丈夫でしょ。春菜だってそこまで無茶じゃないし、お互い人格を乗っ取るというのはできそうにもないから」
「はぁ……」
「それ……と、課長から連絡あったんだけど、妙な団体の活動がまた活発化してきているから、そこの所覚えててね」
 煙にまかれたかのようにぽかんとした由羅に、思い出したかのように違う話をもってくるが、それは狙ったようなものではなく、まるで先ほどの話は無かったかのような話し方だった、
「妙な団体?」
「そう。ある種の宗教団体なんだけどね。これがちょっと面倒なの」
「面倒って……まさか妖魔崇拝の邪教とか言わないでしょうね?」
「あらら……由羅ちゃん知ってたの?」
「知ってたって……マジですか?」
 冗談のつもりで言ったのがそのままだったので、由羅は呆然とする。
 そして、世の中には冗談のような話が意外に多いと言うことも再確認する事になったのだった。
「世の中は広い物でね。本当にそんな団体があるのよ。しかも素質を持つ人間もいるみたいだし」
「まさかそれとどんぱちがあるとか……?」
「それは分からないわ。昔は何回かあったみたいだけど、最近はさすがにテロとか起こすようなことはしていないみたいね」
「ま、遭遇しなきゃ問題ないよな、うん」
 一人納得しつつも、話がきれいに明後日の方向に飛んでいたのに気がつくのと同時に、里美も話を元の方向に戻してきた。
「それで、お引っ越しはいつ?」
「だぁ〜っ!だから、あたしはこいつと暮らすのは嫌だといってるじゃないですかっ」
「そう言われても、春菜が決めたことだし、さっきも言ったようにちょっと立場上言いにくいから」
「里美さぁん……」
 懇願するような由羅に、里美は頬に指を当ててしばらく考えるような素振りを見せる。
「ん〜〜、それじゃ、行ったら私が持ってる資料のいくつかしばらく貸してあげるってのをつけてどう?」
「う……それは……」
 さっきまでの態度とは裏腹に、まともに悩み始める由羅。
「……俺、資料よりも立場が下なんですね……」
 そして、自分の存在感を改めて思い知らされる涼だった。
「涼くんも、早めに由羅ちゃんの性格を把握していた方がいいわよ。もっとも、話を聞いてくれるかは別なんだけどね」
「そう……ですね。このままだと、俺何度彼女に殺されるかわかりませんよ」
 由羅の耳に入る事による生命の危機を悟ったのか、里美にしか聞こえないようにぼそぼそ話す。
「……なんか言ったか?」
「由羅ちゃんの機嫌を損ねない程度に頑張るですって」
「無駄だとは思うがな」
 それは言外にずっと無視するというのを匂わせるものであったが、涼にはそれがどんな事を言っても殴り飛ばされると言う意味合いにも聞こえていた。
「それで、由羅ちゃん。気持ちは決まった?」
「まったく……行けばいいんでしょ行けば。ただし……なにかあったときは涼がどんな目に遭うか保証はない……それでいいですね。……あ、それと資料の方も」
「う〜ん……涼くんの性格からするとなにかあった場合はそれは事故の方が大きい気もするけど……もし意図的にやった場合は、それでいいんじゃないの?」
 さらりと由羅の提案を肯定する里美。
「さ、里美さん。そうあっさりと肯定されても……」
「じゃあなにか?下心でもあるって言うのか?」
「い、いえっ!滅相もございません。俺だって痛い思いしたくないですし、そもそもそんな事できませんよ」
 真っ青になって否定する涼の表情は明らかに言葉を肯定していたために、里美は思わずくすっと微笑み、由羅も苦笑をもらす。
「……春菜には悪いが、あたしもお前にも準備があるだろう。明後日に行くから……掃除とかやっておけよ」
「は、はい……」
 軽くにらみつけると、涼は即座に縮こまって頷く。
 その様子を一瞥すると今度は里美の方に向き直る。
「それと、里美さんもまた春菜が切れそうになる前に部屋を片づけておいた方がいいですよ」
「そ、そうね。それだけど……」
 と、ちょっと上目遣いに由羅を見つめる。
「……ったく、あた手伝いますよ。里美さんも春菜までとは言わなくても少しは清潔感もってくださいね」
「そ、そうね……努力するわ」
 その答える表情が少しひきつっているように見えたのは気のせいだろうか。
「そうそう。萌ちゃんは今小笠原にいるってのは……聞いた?」
「えぇ」
「萌ちゃん、ここ数日中に帰ってくるから、みんなでお祝いしましょう♪」
 終始不機嫌そうな由羅だったが、萌の話が出た途端にぱぁっと表情が明るくなった。
「あ、いいですねぇ。萌も訓練ばかりで空腹になってるんじゃないかな」
「そうかもね。由羅ちゃんお料理頑張らないといけないし」
「それでもいいですよ。萌がおいしく食べてくれますからね。あ、里美さんも手伝ってくださいよ」
「私、そんなに複雑なのはできないわよ〜」
「大丈夫ですよ。里美さんでもできることをお願いしますから」
 由羅と里美の談笑を見ていた涼は由羅でもこんないい笑顔をすることができるのかと思いながらも……下手に口走ると拳が飛んでくるので口をつぐんだままだった。

TO BE CONTINUED



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あとがき
……すでに作者自身の自己満足に近い状態のこの作品。一年ぶりの更新です。

なお、懺悔しますとこのパートは半年以上前に出来ていました……(汗)
全パート終わらせようとしているうちにずるずると伸びて今回まで。
まとめるよりもはやくあげた方がいいという忠告の元に……一ヶ月遅れで掲載でした。

なお、今回の内容(無いようが最初の変換候補に(事実だけに涙))は、ようやく由羅が加入して戦いが始まる……はずだったのに、なんだか路線がずれているような……。


感想はこちらへ……
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