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「三 つの眼」(長 編)
LES TROIS YEUX
初出:1919年7〜10月「ジュ・セ・トゥ」誌連載 1920年単行本化
他の邦題:「三つの目」(創元版)

◎内容◎

 第一次大戦終結後まもなく、ビクトリアン青年はおじの化学者ノエル=ドルジュルーから、偶然発見された不思議な現象を見せられる。ある科学薬品を塗った スクリー ンが彼が「B光線」と名付ける謎の光線を受け止めると、そこに「三つの目」のようなものが現れ、続いて歴史上に起こった有名な事件の「映像」が映し出され るのだ!映画など発明されていない時代に起こった事件の“本物の記録映像”が!
  この映像を劇場で人々に見せてひと儲けしようと考えたノエルだったが、その直前に「B光線…ベルジ…」というダイイング・メッセージを残して何者かに殺害 されてしまう。事件の直後、ノエルに育てられ、ビクトリアンが愛する美少女ベランジェールは謎の片眼鏡男と不可解な行動を始め、さらにベランジェールの父 マシニャックがノエルの発明を独占して「三つの目」の上映興行を開始する。殺人事件の犯人は誰なのか、「三つの目」の映像の正体は何か、ビクトリアンがそ の謎に苦悩するなか、「三つの目」はさらに驚くべき映像を人々の前に映し出してゆく。



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆ イーディス=カベル
イギリス人女性看護師。大戦中、ドイツ軍に銃殺される。

☆ イエス=キリスト
ローマ帝国時代に処刑されたキリスト教の開祖。

☆ウィルヘルム2世

大戦中のドイツ帝国皇帝。

☆ テオドール=マシニャック
ベランジェールの父親。ノエルの発明でひと儲けをたくらむ。

☆ ドミニク=ドルジュルー
ノエル=ドルジュル―の息子。第一次世界大戦の空中戦で戦死。

☆ ノエル=ドルジュルー
ビクトリアンのおじの発明家。謎の「B光線」を映す薬品を発明する。

☆ バランチーヌ
ノエルの家の女中。

☆ビクトリアン=ボーグラン
東洋学を研究する若者。のちに東洋学の教授となる。

☆ベランジェール=マシニャック
二十歳の美少女。ノエルの名付け子で、母の死後ノエルに育てられる。愛称はベルジュロネット。

☆ ベルモット
ノエルの発明を狙う片眼鏡の悪党。

☆ ベンジャマン=プレボテル
青年技師。謎の映像について大胆な仮説を提唱する。

☆ モンゴルフィエ兄弟
18世紀に初めて気球飛行に成功した兄弟。

☆ ルイ16世
フランス革命で処刑されたフランス国王。

☆ ロンシュロル伯爵
「プレ・ボニー城」の持ち主の若い伯爵。


<ネ タばれ雑談>

☆ルブランのSF作品1作目

 本作『三つの眼』は、 ルパンの生みの親であるモーリス=ルブランが、 ルパンの初期作品群の発表の場であった「ジュ・セ・トゥ」誌上に連載した長編小説だが、ルパンシリーズとは全く無関係の作品だ。しかもなんと「SF小説」な のである。
  発表されたのは1919年7月から10月。ということは、前年に第一次世界大戦がようやく終結し、ドイツとの講和条約「ベルサイユ条約」が締結された直後 ということである。物語の中でも第一次世界大戦中に起こった出来事を回想する場面があり、大戦終結前後に書き始めたのではないだろうか。ルブランの著作年 表をあたってみると、彼が大戦中に書いたルパン・シリーズ、『金 三角』『三十棺桶島』に続く作品ということになる。とくに当時の最新科学知識を盛り込んだ『三十棺桶島』の次がSF作品になっ たことは注目していい。

 ルパン・シリーズの発表年代順で行くと『三十棺桶島』の次が『虎 の牙』な のだが、その解説でも触れたように『虎の牙』は大戦勃発前に一度書き終えられており、ルブランはそのラストでルパン物語に一応の結末を与えていた。だから 大戦後はルパンシリーズから離れて全く違ったジャンルを書いてみよう、という気になったのだろう。この『三つの眼』を皮切りに、続く『驚天動地』もSF作品で、 その次は映画のノヴェライズ『赤い輪』、 そして美少女探偵の冒険を描く『女探偵 ドロテ』と、この時期に連打した非ルパンものはいずれも完成度が高く、ルブランという作家の実力を改めて実感させてくれる。

 ところで非ルパンなのはいいとして、なんでいきなりSFなの?と思う人も多いだろう。これはやはりシャーロック―ホームズの生みの親であるコナン=ドイルが『失われた世界』(1912年発表)を はじめとするSF作品を手がけているのが大きいのではないだろうか。自作中にホームズを引っ張りこむほど対抗意識のあったルブランである、ドイルのSF作 品に対して「いつかは、俺も負けないぐらいのSFを」と考えてはいたのではなかろうか。ルパンが一区切りついたこと、そして長い世界大戦が終結したことも それまでとまるっきり違うジャンルに手を出す契機にはなったと思う。


☆「ファースト・コンタクトもの」の古典

 SFの歴史について語るのはあまり自信がないのだが、簡単に。
 元祖SFは何か、という議論をし出すと大変なことになるのだが、現在にいたる「SF的な小説」の一応のルーツとされるものは推理小説のルーツでもあるエドガー=アラン=ポーの作品にある。このポーの作品 に触発されてフランスのジュール=ヴェルヌ(1828- 1905)が『地底旅行』『海底二万マイル』『月世界旅行』といった古典SF小説を著し、さらにイギリスのH=G=ウェルズ(1866-1946)が 19世紀末から20世紀初頭にかけて『タイムマシン』『透明人間』『宇宙戦争』『解放された世界』といった、その後のSFでも繰り返し取り上げられるテー マの作品を生み出して「SFの父」と呼ばれている。アメリカのポーから始まって、フランスのヴェルヌに行き、イギリスのウェルズが出てくる、というのはな んだか推理小説発展史をなぞるようでもあり、ウェルズと完全に同時代人であるルブランは推理小説におけるドイルを意識したように、実はウェルズを意識した かもしれないな、という気もする。

 さてそのルブラン初のSF作品『三つの眼』だが、SFのジャンルでいうと異星人との接触、いわゆる「ファースト・コンタクトもの」と いう位置づけになるだろう(それ自体が ミステリ要素になってるんだけど、ここはネタばれ雑談ですので)。 ただしこの作品では異星人は直接的には登場しないし地球人との直接的接触もない。遠い距離を超高速(=超光速)で飛び越える通信により、向こうから一方的 に交信を送って来るという設定で、あくまでSF史には素人の僕の印象だが、このジャンルでもかなり珍しい、あるいは初物なことをしてるんじゃないだろう か?

  「ファースト・コンタクトもの」の古典と言えば、なんといってもウェルズの『宇宙戦争』(1898)がある。火星人が大挙地球に侵略してくるという、「異 星人との初接触」の中でも最悪のケースである「異星人侵略もの」のルーツともなっている。この小説の「地球人より科学文明の進んだ火星人」という設定は けっしてウェルズ独自のアイデアではなく、当時実際にその可能性が学者からも主張されていたものだ。
 そのきっかけとなったのが、1881年にイタリアの天文学者ジョ バンニ=スキアパレリ(1835-1910)が発表した火星の観測報告だ。スキアパレリは望遠鏡で火星を観測して、その表面に 縦横に走る溝(イタリア語でカナリ)の ようなものが見えることに気がついた。スキアパレリはあくまでこれを人工物かどうかは判断せずに「溝」として発表したが、これが英語で「運河」を意味する 「カナル」と訳され、「火星には巨大な運河がある!」と大騒ぎになってしまったのである。運河が作れるということは相当に高度な文明があるということにな り、「地球より文明の進んだ火星人」というイメージが広がる原因となった。アメリカの天文学者パーシバル=ローウェル(1855-1916)も観測 により火星に高度な文明があると主張し、ウェルズの『宇宙戦争』もそれらの説に乗っかっている。

 このスキアパレリとローウェルの名前は『三つの眼』でも言及されている。作中で謎の映像現象を解明する青年技師が、「ローウェルとスキアパレリも金星の発光現象を観測し、 火山活動か信号ではないかと推測している」と説明するくだりだ。実際に二人がそのような観測や推測をしたという話はまだ確認し ていないのだが、実名まで出している以上、恐らく実際にそういう発表があり、ルブランはそれをヒントに「金星人からの交信」というアイデアを思いついたの ではないだろうか。

  20世紀後半になると火星や金星の探査機での調査もあって、どちらにも文明をもつ生物、「火星人」だの「金星人」だのは存在しないことが確認されている。 だから今となっては「古い」としか言いようのないSF設定には違いない。だが、ウェルズの『宇宙戦争』がそれでも輝きを失わないように、この『三つの眼』 も「金星人」という部分だけ目をつぶれば今でも十分に通用するSFだと思う。他の古典SF作品を網羅して調べたわけでもないので強くは主張できないのだ が、『三つの眼』はファースト・コンタクトものSF作品としてかなり先駆的なアイデアを出した、このジャンルでももっと注目されていい古典だと思うのだ が、どうだろう。
 さらに付け加えれば、SFとミステリはそのルーツの人物が同じであるせいか、その両方を書く作家もかなりおり、「SFとミステリの融合」をめざす動きは 案外早くから見られる。そのもっとも成功した例にアメリカのアイ ザック=アシモフ(1920-1992)の「ロボット三原則」を使ったSFミステリ小説群があるが(ろくに更新してませんが、僕はアシモフのファンサイト もやってますんで、よろしく(笑))、 この『三つの眼』も発明をめぐって殺人事件が起こり、その謎解きも軸のひとつとなっているため「SFミステリ」仕立てになってはいる。ま、正直なところミ ステリとしての出来はイマイチでSF設定とそれほど関わってはこないのだが、「現場の目撃者が異星人で、殺人の模様がちゃんと記録されていた」というオチ は、ミステリ的には安易だけどSF仕立てということではまずまずのアイデアではなかろうか。


☆「金星人」の描写

  僕が読んでいてまず斬新さを感じるのは、かなり文明が進んでいるはずの金星人でも地球へ直接やってくることは当分できず、あくまで交信を送ってコンタクト を求めて来るという設定だ。実際には太陽系内、とくに金星や火星ぐらいならある程度の時間をかければ直接的な往来が現在でも可能なのだが、太陽系外の宇宙 のどこかに異星人がいて高度な文明があったとしても、光の速さでも最低数年、下手すると数万年以上という距離を隔てているため、彼らと地球人が直接接触す るのは現実的にはまず無理なのだ(だか らワープ航法みたいなアイデアが出てくるわけで)。だから、異星人と交信によるコンタクトしかできないという本作の設定は今で も十分リアリティをもって「使える」と思う。

  その交信方法だが、作中で青年技師が推測するところによると、光によるものでは無理とされ、「引力光線」なる謎の光線によるものとされている。この「引力 光線」は光の三倍の速さをもち、金星から地球まで46秒で到達する、とある。ということは光の速さで金星から地球までは138秒=2分18秒ということに なるのだが、調べたところ、これは確かに金星が地球に最接近した時の光の到達時間にほぼ等しいようだ。ただご存じのように物理学的に光より早いものは存在 せず、「光の三倍の速さの光線」なるものはありえないのだが、一種の「超光速通信」のたぐいと見なせばいいかと。
 なお、この技師の説明によると「引力光線」はどういう理屈なのか「万有引力」の根源となっているらしい。ちょっと気になるのが、日本の怪獣映画「三大怪獣地上最大の決戦」(1964)に 「金星を滅ぼした怪獣」として登場するキングギドラが 口から「引力光線」を吐く設定になっていること。「金星」と「引力光線」だけのつながりなのだが、もしかして脚本スタッフに『三つの眼』を読んだ人がいた のだろうか(翻訳自体は保篠龍緒が戦前 にしている)

  また、「金星人」のデザインにも注目したい。ウェルズが「火星人」をタコみたいなデザインにしたのは高度な文明ゆえに頭脳は発達するが機械に頼るため手足 が退化したという設定がちゃんとあって、元祖にして秀逸な異星人デザインとなっているのだが、『三つの眼』における「金星人」の姿はチラッとしか描かれて いないが、タイトルにもなっている「三つの目」をもち、三つの触手をもつクラゲ状の体ということになっている(あ、そういえばキングギドラも「三つの頭」だなぁ…)。そのクラゲ状の体をふくらましたりちぢませ たりすることで上へ下へ移動するらしく、チラッと映る金星の「都市」も超高層の上下構造になっているようだ。
 あまりにも異質な生命・文明を見た ためにビクトリアンもふくめてややパニックになり、よく理解できないままになんとか表現している状態なので読者にも具体的にはよく分からないのだが、実際 にまったく別の環境で生まれた異星人文明を目の当りにしたら実際こんな反応になるんじゃないかな、と。ルブランが「金星人」をどうしてこうデザインしたの か分からないのだが、なかなかリアルとは思う。

 そしてもう一つ、とくに重要なのは、この「金星人」が外見的にはかなり不気味ながら地球 人に対して非常に友好的で、地球人の歴史を大昔から興味津々で観察・記録していて、「お話しようよ」とばかり「平和的交流」を強く望んで来るという点だ。 いきなり問答無用で侵略してくる『宇宙戦争』の火星人(と いうか、そもそも意志疎通が図れそうにない)と 比べて、なんと可愛らしくも理想的に描かれていることか。地球人より文明が進んでいるのであれば、より平和的で道徳的にも優れているのではないか、という 発想だったのだろうか。第一次世界大戦という修羅場をくぐりぬけたあとの作者や読者の平和を強く求める気分がそこに反映されているのかもしれない。

「その 2」へ続く

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