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怪盗ルパンの
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「赤
い輪」(長
編)
LE CERCLE ROUGE
初出:1916年11月〜1917年1月「ル・ジュルナル」紙連載 1922年単行本化
他の邦題:「悪魔の赤い輪」(ポプラ)
◎内容◎
手の甲に「赤い輪」が浮かびあがると、凶暴な性格となって犯罪を繰り返す。そんな異常な遺伝をもつ犯罪者ジムは、息子のボブともども自らを抹殺し、呪
われた血筋を絶やそうとする。ところがその直後に手の甲に「赤い輪」を浮かび上がらせ顔を隠した謎の女が出現、悪徳高利貸しを襲って証文を奪い、取り立て
に苦しむ人々
を救う。警察とともに事件を捜査する青年法医学者レイマーは、慈善事業に熱心な美しき令嬢フロレンスこそが「赤い輪の女」ではないかと疑うのだが、「赤い
輪の女」は神出鬼没、次々と事件を引き起こしてゆく。
◎登場人物◎(アイウエオ順)
☆
アイザックーハンズ
ジム=バーデンの親友。
☆
アモス=ドリュ
有名な科学者。発明により大財産を築くが息子のテッドにくいつぶされる。
☆
ウィルソン
ジム=バーデンの知り合い。
☆
ウィルソン
バウマン氏の運転手。
☆
ガーディナー
バウマンから高利で金を借りた人物。
☆
カール=バウマン
ドイツ系移民の「バウマン銀行」頭取。実態は悪徳高利貸し。
☆
クララ=スキナー
サム・スマイリングの犯罪仲間の若き美女。
☆
グラント
バウマン銀行行員。
☆
サイラス=ファウェル
故ファウェル氏の次男。強欲な悪党で社長の地位を兄から奪い取る。
☆サム=イーゲン
靴屋を営む悪党。あだ名は「サム・スマイリング(にこにこサム)」。
☆
ジェイク
西部の鉱山町の宿屋の主人。
☆
シェルテック伯爵
ドイツのスパイ。軍事に関わる発明の情報を得ようとする。
☆
ジム=バーデン
犯罪者。遺伝で手の甲に「赤い輪」が浮かぶと凶暴になる。
☆
ジャービズ
バウマン銀行行員。
☆
ジャコブ
ロサンゼルス警察の刑事。
☆
ジャック
サム=スマイリングの甥。
☆
ジョーンズ
悪党。盗んだ宝石をサムに売りに来る。
☆
ジョニー=マッケー
レイマーに恩義のある少年。
☆
ジョンビー
女性の身体検査を担当した太めの女性。
☆
ジョン=ピーターソン
バウマン氏から借金をした人物。
☆
ジョン=ファウェル
故ファウェル氏の長男。正直者だが不審な死を遂げる。
☆
ジョン=ブラウン
バウマンから借金をしていた若者。
☆
ジョン=レッドマン
ホテルの支配人。
☆
ストロング
舞踏会の出席者。色仕掛けでだまされる。
☆
スミス
バウマン銀行行員。
☆
スミッソン
ロサンゼルス警察の刑事。
☆
スリム=ボブ
西部を荒らす略奪団の首領。
☆
チャールズ=ゴードン
ファウエル協同組合の顧問弁護士。罪に問われて海岸の洞窟で隠者生活をしている。
☆
デービス
サム=スマイリングの一味の悪党。「デービス」は偽名。
☆
テッド=ドリュ
発明家アモス=ドリュの息子。放蕩者で父の遺産をくいつぶす。
☆
デボラばあちゃん
以前レイマーが治療した老婆。
☆
トム
サム=スマイリングの一味。
☆
トラビス氏
フロレンスの父。20年前に西部の町で不慮の死を遂げる。
☆
トラビス夫人
50歳ほどの資産家の女性。フロレンスの母。
☆
バル
裁判官。
☆
ファウェル氏
ファウェル協同組合を設立した事業家。故人。
☆
フィレアス=ポンソー
裕福な漁業会社社長。以前ファウェル協同組合の従業員だった。
☆
フロレンス=トラビス
二十歳の美女。手の甲に赤い輪が現れると義賊的活動をする。
☆
ヘイズ嬢
レイマーに雇われた速記者。
☆
ベネディクト=スキナー
クララの夫。六十ほどの老人。
☆
ボイルズ
ロサンゼルス警察の刑事。
☆
ボブ=バーデン
ジムの息子の不良少年。
☆
マックス=レイマー
ロサンゼルス警察本部付きの青年法医学者。
☆ミラー
刑務所病院院長。
☆
メアリー
フロレンスの忠実な乳母。
☆
ヤマ
トラビス家に雇われている日本人召使い。
☆
ラーキン
バウマン銀行の少年事務員。
☆
ランドルフ=アレン
ロサンゼルス警察の警察署長。
☆
ワトソン
ファウェル協同組合の従業員。
<ネ
タばれ雑談>
☆映画のノヴェライズ作品
本作
『赤い輪』は
モーリス=ルブランの手になる小説ではあるが、
アルセーヌ=ルパンは
いっさい登場しない。それどころか舞台は全てアメリカ国内である。実はストーリーもルブランの手になるものではなく、当時ハリウッドで製作、世界で公開さ
れていた映画の「小説版」なのだ。今日でも映画公開時にその小説版、いわゆる「ノヴェライズ本」がよく出版されるが、もう100年も前にも同様のことが行
われていたのだ。近い例として2004年製作のフランス映画
「ル
パン」(『カ
リオストロ伯爵夫人』が原作)も公開と同時に映画原作とは別のノヴェライズ本が出版されていて、日本でも翻訳が出されている。
映画はオリジナル英題を
「The
Red Circle」といい、製作はパテ社でアメリカでは1915年12月16日公開。原作は
アルバート=ターヒューン、脚本は
W=H=リッチー、監督は
シャーウッド=マクドナルド。主役は当時「連続活劇の
女王」と呼ばれた
ルス=ローランド(Ruth
Roland,1892-1937)で、女主人公
「ジュー
ン・トラビス」(小
説版ではフロレンス。ネット上の映画データベースでは姓が「Travers」となっているが「Mrs.Travis」もいるため、恐らく誤り)を
演じた。助演に
フランク=マヨ(Frank
Mayo,1889-1963)がついてこちらはもう一人の主役である
マックス=レイマー博士を演じている。重要キャラであ
る乳母
メリーを
コーリーン=グラントという黒人女優が演じ、
マコト=イノグチという日系俳
優が「Bulkter(執事・家僕)」に配役されているので恐らく日本人
ヤマ役
と思われる。
1910年代の映画はもちろん白黒無声。しかも一本あたり十数分から20分程度の「短編」しか上映できなかった。長い物語の映画は、雑誌の連載漫画よろし
く毎回いいところで終わって「以下次回!」となり、数回に分けて連続上映を行うようになっていたのだ。このために毎回ドキドキハラハラさせる連続活劇展開
が好まれ、これがのちのハリウッドのアクション映画の基礎になったとも言われる。
この『The Red
Circle』も14回に分けて上映された連続もので、当時としては大作の部類。そう言われれば小説版を読んでいても各章ごとにハラハラドキドキのヤマが
あり、まさに連続活劇映画のノリがあることが分かる。しかし残念ながらこの映画のフィルムは現存せず、「幻の映画」となってしまっているようだ。
この映画、日本では「赤輪」の邦題で1917年(大正6)に浅草の活動写真館「電気館」で公開されているが、なかなかの評判となったらしい。手の甲に赤い
輪が浮かび上がると性格が変わって…というオカルティックな設定が受けたのか、当時の探偵映画好きの青年たちを熱狂させ、子供たちの間でも手に「赤い輪」
を書いて犯罪者
(というより「義賊」
か)になって遊ぶ「赤輪ごっこ」が流行し社会問題になったとの話がある。ルパン訳者として著名な
保篠龍緒も自身の『赤い輪』訳本のはしがきでこの映画
を弁士・
染井三郎の名調子つきで見た
ことを明記しているし
(ただレイマー役
の俳優をクレイトン=ヘールと書いているのは記憶違いか?)、有名な映画評論家
淀川長治も「赤輪ごっこ」をして遊んだと思い出を語っ
ていて、後年彼の人生を描いた映画でもその場面が再現された。
児童向けルパン訳本でおなじみの
南洋一郎も
自身のリライト訳本
『悪魔の赤い輪』の
あとがきの中で、公開当時に同映画を浅草の活動写真館で見て「たいへんおもしろいと思った」そうで、とくにメリー役の黒人女優の演技がすばらしく、忘れら
れないと証言している。これだけ見ても当時かなりの評判だったことが分かると思う。
この映画のフランスでの反響は今のところ分からない
(保
篠龍緒はフランスで「赤輪ごっこ」が流行って問題となったと書いているが、日本のことと混同したか?)。だが映画公開にあたって
当時の大ヒット作家であるルブランがノヴェライズを新聞連載してるんだから、
かなりの話題作になっていたのではなかろうか。ただし連載された1916年から1917年といえば第一次世界大戦の真っ最中。映画や小説どころじゃないと
いう空気もあったんじゃないだろうか。単行本が1922年になって出ているのも戦争中は出版できなかったためかとも思える。
ルブランの執筆リストを眺めると、本作は
『オ
ルヌカン城の謎(砲弾の破片)』と
『金
三角』の間に発表されている。『オルヌカン城』は本来ルパンとは無関係の戦争ミステリで、『金三角』はもちろんルパンシリーズ
の作品だが、それ以前にルブランは
『虎
の牙』をアメリカ映画会社からの依頼で映画原作として書き下ろし、そこでルパン物語にひとまずの結末を与えていた。ルブラン個
人としてはルパンものから離れた仕事をしようとしていたわけで、映画製作との関わりからこのノヴェライズの仕事を引き受けた、ということかもしれない。
この映画ノヴェライズを手がけたのがルブランだけだったのか、またそうだったとして肝心のアメリカで英語版は出たのだろうか、といった気になることがい
くつかあるが、今のところそれは確認できていない。
☆確かにルブランっぽくもある
そんなわけでこの小説、確かにルブランの手になるものではあるのだが、ストーリー自体は映画の脚本がもとになっている。だからルブラン作品と言い切って
しまっていいのか、若干の躊躇がある。逆のケースだが、ルブランも参加した戯曲をノヴェライズした英文小説
『アルセーヌ=ルパン(ルパンの冒険)』が
ルブランの作と言えるのか、という例と似ている。
保篠龍緒や南洋一郎が証言しているように、ルブランが手がけた小説版は映画の内容とまるっきり同じだという。このため二人ともルブランの方が映画の「原
作者」なのでは、と推測しているが
(保
篠龍緒は映画史の権威に確認をとってみたが原作不明と回答されたという)、実際にはそうではなかった。だがそう考えてしまうの
も無理はなく、この物語、確かにルパンものを連想させる点がいくつかあるのだ。
まず主人公
フロレンス=トラビスの
設定。手に赤い輪が現れる遺伝が行動の原因となっている点はいかにも映画チックだが、ふだんは美しく優しき富豪の令嬢である彼女が、ひとたび「変身」する
と神出鬼没の女盗賊になるというあたり、確かに「紳士にして強盗」のルパンの二面性を連想させる。また映画の主人公というせいもあるのだろうが、犯罪と
いってもあくまで悪人たちを懲らしめる「義賊」的行動ばかりであるところも、どこかルパン的ではある
(ただルパンは世間で思われてるほど義賊じゃないけど
ね)。このフロレンスが「赤い輪の女」であることがバレやしないかとハラハラドキドキというところが映画および小説の見せどこ
ろになっていて、こういうところもルパンものを思わせる。
また、このフロレンスの正体を知り、献身的に尽くす乳母
メア
リーのキャラクターに、ルパンの乳母
ビ
クトワールの姿を重ねる人も多いはず。南洋一郎が演じた女優を絶賛したように、映画でもそのまんまだったというので別にルブラ
ンがそういうキャラにしたというわけでもないのだろうが、ノヴェライズにあたって「なんか似てるな」と思いつつ筆に若干思い入れが入った可能性はある。
物語を通して暗躍するサム=スマイリングやクララといった犯罪者グループの描写にもルパンものっぽさが感じられる。こちらは完全に悪党ばかりなんだけ
ど、ルパンシリーズだって当初は悪漢小説だったわけだし、この小説の犯罪者人脈の描き方にもルパン一味との共通点を見いだせる気がする。そもそもルブラン
にノヴェライズの話が来たのも、当時にあってはそういう世界を描く第一人者とみなされたからではなかっただろうか。
もちろんその一方で、やっぱりルブランらしくない、と思えるところも多々ある。もともと連続上映の映画の脚本ということもあって話が細かくぶつ切り状態
になっていて通して読むとやはりまとまりが悪いし、長編小説としては構成が破綻気味で、登場人物も多すぎるきらいがある。終盤になって唐突に出てくる「隠
者」はいかにも映画的に印象は強いものの唐突過ぎてリアリティを欠いているし、メイン悪役のサムのキャラクターも弱い。
また、これも映画だからしょうがないことだが、「赤い輪の女」の正体は最初からばらされていてミステリ色がほとんどない。小説だったら誰が赤い輪の女な
のか、という謎だけで、ニセモノが出てくる展開もふくめてかなり引っ張れるように思うのだが…しかしルブランはあえて原作をいじることなく、そのまんま忠実
に仕事をした、ということらしい。
そして、そもそも物語の舞台が全編アメリカであり、登場人物も全てアメリカ人である。一部のハリウッド製ルパン映画がわざわざアメリカを舞台にする内容
に変えているように、フランスに話を置きかえるということもできたような気もするのだが、そうはなっていない。ただ実際の映画では「ジューン」だったらし
い主人公の名前が小説では「フロレンス」となっているのは、フランス人にもいそうな名前という配慮だったのかも。
☆『赤い輪』といえば… ところで『赤い輪』というタイトルを聞いて、「あれ?どっかで聞いたような」と思った人も多いはず。ルパンのライヴァルであるところの
シャーロック=ホームズの一編に
『赤い輪』(あるいは『赤輪党』)
という物語が存在するのだ。英語の題名も映画と同じく「Red
circle」だ。雑誌での発表は1911年だからこっちのほうが映画より早い。単行本では『シャーロック=ホームズ最後の挨拶』に収録されていて、シ
リーズでも後期のもの。内容的にはホームズシリーズの先行作品で使ったアイデアを再利用して詰め込んだ感もあり、正直なところあまり印象に残る出来ではな
い。
タイトルになっている「赤い輪」は、こちらではイタリア系の結社の名前で、遺伝とは何の関係もない。ただアメリカが話に絡んでいる
し、光の信号でアルファベットを伝えるやり方がそのまんまであるなど、通じる部分もわずかにある。これは映画脚本家かその原作の人が参考にした、というこ
となのかも。『赤い輪』というタイトルがなんかカッコいいからそのまんまパクり、こちらはオカルトじみた設定にしてみたのかもしれない。
遺伝ということでは、現在ではこの映画・小説に描かれるような遺伝現象が実在するとは考えにくい。また「呪われた血」というような、犯罪が遺伝によるもの
とするような発想は今となっては非難されるだろう。もっとも物語じたいはよく読めばそうした遺伝決定論には否定的立場をとっており、入れ替えられた二人の
子供は、結局は「氏より育ち」だったという結論になっている。科学的にどうかとは思うのだけど、最終的にレイマー博士が催眠術的な心理療法で「治療」して
しまうところをみると、フロレンスの「赤い輪」現象も精神的な要因によるものだったということになりそうだ。
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