<
怪盗ルパンの
館のトップへ戻る
>
「カ
リオストロの復讐」(長
編)
LA
CAGLIOSTRO SE VENGE
初出:1934年7〜8月「ル・ジュルナル」紙連載 1935年7月単行本化
他の邦題:「怪盗ルパンと魔女」「ルパン最後の冒険」(ポプラ)
◎内容◎
50歳に近付いたラウール=ダベルニーことルパンは、パリで見かけた大金を持つ男に狙いを定め、その男が住むパリ郊外の別荘地に居を構えた。ところがあ
る晩、その男の姪が殺害され、その犯人は彼女の婚約者により射殺され、大金もどこかへ消えてしまう。容疑はルパンが雇っていた青年建築技師フェリシアンに
もふりかかるのだが、彼の出自を調べたルパンは驚愕の事実を知る。この青年はかつて「カリオストロ伯爵夫人」ことジョゼフィーヌ=バルサモによって誘拐さ
れたルパンの息子かもしれないというのだ。カリオストロ伯爵夫人の「息子を泥棒に育て、父親と対決させよ」という恐るべき復讐におののくルパンは――。
◎登場人物◎(アイウエオ順)
☆アメリーばあさん
クレマチート荘の家政婦。
☆アルセーヌ=ルパン
怪盗紳士。そろそろ50歳になろうとしている。
☆アルバール
彫刻家。
☆アレクサンドル=ガブレル
エリザベート、ロランドの父でフィリップの兄。故人。
☆エドゥアールじいさん
クレマチート荘の下男。
☆エリザベート=ガブレル
フィリップ=ガブレルの姪でロランドの姉。結婚を間近に控えて惨殺される。
☆オーギュスト=デルロン
かつて総理府の取次係をしていたルパンの部下。
☆グソー
主任警部。
☆クレール=デティーグ
ルパンの亡き妻。「カリオストロ伯爵夫人」では「クラリス」となっていた。
☆ジェローム=エルマ
エリザベートと婚約した青年。
☆「ジェントルマン」
イギリス人風の怪しい男。
☆シモン=ロリアン
画家を自称しフェリシアンに接近した男。バルテレミーの息子。
☆ジャン=ド=リメジー
ルパンの息子。生まれた直後に誘拐される。
☆ジョゼフィーヌ=バルサモ
「カリオストロ伯爵夫人」を称する女賊。すでに故人。
☆ジョルジュ=デュグリバル
エリザベート、ロランド姉妹の母の従兄弟。姉妹の実の父とも噂される。
☆ジョルジュ=ルースラン
小男で太った予審判事。「赤い数珠」事件で名を上げる。
☆スタニスラス
先代のガブレル家に仕えていた老人。
☆ドラットル
医師。「奇岩城」以来ルパンの正体を知り協力している。
☆バルテレミー
エリザベートを襲い、射殺された男。
☆フィリップ=ガブレル
パリ郊外に別荘を持つ老人。
☆フェリシアン=シャルル
ルパンに雇われた青年建築技師。
☆フォスチーム=コルチナ
シモン=ロリアンの恋人の美女。
☆ボワジュネ
ドルサック事件に関わった人物でラウールの友人。名前のみの登場。
☆モーレオン
国家警察部警視。「特捜班ビクトール」にも登場。
☆ラウール=ダベルニー
ルパンの変名。
☆ル・ブークのトマ
シモン=ロリアンの兄。バルテレミーの息子。
☆ロランド=ガブレル
フィリップ=ガブレルの姪でエリザベートの妹。
◎盗品一覧◎
◇袋につまった札束
フィリップ=ガブレルが銀行からおろしてきたもので、80万〜90万フラン。ルパンが事件のドサクサにまぎれてちゃっかり頂戴している。
◇フリーネの彫刻
フォスチーヌをモデルに製作されたヌード彫刻。作った芸術家が売らずに自分で楽しもうと保管していたが、いつの間にやらルパンが盗み出していた。
<ネ
タばれ雑談>
☆「ルパン最後の冒険」
本作
『カリオストロの復讐』は、
長らく「ルパンシリーズの最終作」と見なされてきた。
保篠龍緒も前書きで「ルパンものとしては恐らく最後」と書き、日本でもっとも広く読まれた
南
洋一郎のリライトによるポプラ社版「怪盗ルパン全集」も本作を
「ルパン最後の冒険」と題している。実際には『カリオストロの復讐』のあとにルブランが
『ル
パンの大財産』を発表していて、内容的にも明らかに「復讐」の後日談と確認されるため、偕成社の「アルセーヌ=ルパン全集」で
は「大財産」のほうに
「ルパン最後の事
件」という邦題をつけている。しかし偕成社版の後に装いも新たに刊行された現行のポプラ社版「シリーズ怪盗ルパン」でも「ルパ
ン最後の冒険」のタイトルは変更されていない。
おそらく、その理由は二つある。まず
「内
容的にみてルパン最後の冒険にふさわしい」ということ。ルパン最初の本格的冒険である
『カリオストロ伯爵夫人』で
張られた伏線、行方不明になっていたルパンの息子との再会が描かれ、ルパン自身「これが最後の冒険」と意識する発言をしているからだ。作者ルブラン自身も
その
つもりであったことは『カリオストロ伯爵夫人』冒頭の序文と末尾の文でもうかがい知れる。ルパン最初の冒険として『カリオストロ伯爵夫人』を構想した段階
で、最後の冒険も「カリオストロ」でいこう、と決めていたはずで、その発表をおよそ10年寝かせ、温めて、いよいよ満を持して
(あるいは自身の作家としての晩年を自覚して)発
表したわけである。
もう一つは、『ルパンの大財産』の雑談でも触れる予定だが、『大財産』のほうはルブラン自身の正統な作品とみなしてよいか一抹の疑念があること。内容的に
もかな
り不出来と言わざるえをえないこともあってか、モーリス=ルブランの息子クロードは「大財産」を事実上“封印”してしまっており、母国フランスでも「大財
産」はめったに読めない状態になっている。「大財産」はシリーズ終幕後の「余計な付け足し」と見えなくもないわけで、これが「復讐」を「最後の冒険」とし
たく
なる理由ともなっている。
ルブランとしても好むと好まざるとに関わらず自らのライフワークとなってしまったルパンシリーズに、きっちりとした大団円を迎えさせてやりたいと考えて
いたと思われる。だから『カリオストロ伯爵夫人』において「生き別れになった息子」という伏線を仕掛け、それを彼の最後の冒険で解決させることによって、
最初と最後の物語が結びついて一つの「円環」を描きあげるという、なかなか壮大な構想を作りあげたのだ。だがファンか編集者の要請なのか、それともルブラ
ン自身「不完全燃焼」を感じたからなのか、結局この「復讐」執筆後すぐにルブランは『ルパンの大財産』、さらには未発表となった
『ルパン最後の恋』の執筆に
とりかかってしまい、ルパンシリーズはもうちょっと続くこととなった。
☆これは「実録」なのか?
『カリオストロの復讐』はもともとシリーズ最終作を意識して書かれたためか、これまでのルパンシリーズを回想する仕掛けが多々盛り込まれている。
当然ながら『カリオストロ伯爵夫人』との関係は深い。カリオストロ伯爵夫人こと
ジョ
ゼフィーヌ=バルサモは、すでにこの世を去っていて物語中に登場こそしないものの、タイトルにもその名が掲げられ物語全体に影
を落とす「陰の敵役」である。そのジョゼフィーヌに生後間もなく誘拐されたルパンの息子
ジャ
ンは
フェリシアンと
いう青年技師としてルパンの前に姿を現す。
全訳版の本書を読んで誰もが首をかしげるのが、そのジャンの母親の名前がなぜか
クレール=デティーグと
なっていること。『伯爵夫人』では
クラリス=デティーグと
して登場していたはずで、なぜ名前が変更されているのか謎となっている。名前の違いと言えばルパンの変名も『伯爵夫人』では
ラウール=ダンドレジーであったはずが、『復讐』では
当時
ラウール=ド=リメジーと名
乗っていたことにされてい
る(保篠龍緒、南洋一郎は面倒なのでそれぞれ「クラリス」「ダンドレジー」に変更して訳している)。
これは老齢となったルブランの記憶違いなのだろうか?それにしても前作の伏線をあれだけ引き継ぎながらルパンの変名はともかく、重要なヒロインの名前を
間違えるというのも不自然だ。それに後述するように『復讐』を書くにあたってルブラン自身シリーズ旧作をしっかり読み返したはず。この時期のルブランは家
族に校正を手伝ってもらっていたと思しく、小説一作一作の完成までかなり手間をかけている様子もあることから、単純な記憶違いで全部「クレール」になって
しまうというのも考えにくい。そのため一説に
『水
晶の栓』のヒロイン・
クラリスと
同名になるのを避けるために名前を変更したのではないかとの見方もある
(ちと説得力が弱いが)。
楽屋的推理をおいといて、あくまで小説中のルパンワールドの中だけで考えてみると、一つの解決策も浮かぶ。
『復讐』の冒頭には珍しく
アルセーヌ=ル
パン当人の手になる「前書き」が掲げられている
(『謎の家』で前例あり)。
そこでルパンは自らの伝記作者が「事実に背かない範囲」ではあるが、実態よりも自分を敗北を知らぬ超人であるかのように描き、色恋沙汰でもいつも無敵のプ
レイボーイのように書いていることに大いに不満を述べている
(と
くにルパン本人が「手ひどくふられたことも、ろくでもない恋敵におしのけられたこともある」と数多くの失恋経験を証言しているのは注目!)。
そのうえで
「そこで、このたびの冒険譚
を公表することに決め、率直に、なんら手加減を加えず紹介することにした」と述べ、本書の内容がまったく事実の通りであるとし
て大いに満足していると言っているのだ。その言を信じるならば、『復讐』は事実に即しているが『伯爵夫人』にはフィクションが混じっているとも読めるわけ
で、実は「クレール」「ド=リメジー」の方が「事実」だった、と解釈することもできる。
もっともこの前書きのなかでルパンが
「誘
惑者としてのわたしの手腕も、ここではさっぱり通用せずに終わってしまった」と言い、今まで自分のプレイボーイぶりに面白くな
い思いをしてきた読者も大目に見てくれるだろう、なんてことをのたまっているのだが、結局この話のラストはいつもの調子なので、あまり信用は置けない
(笑)。ウソツキは泥棒のはじまりだし。
ところで『カリオストロ伯爵夫人』の前書きでは、ルパンがこの自身最初の冒険譚については
「だめだ。ぼくとカリオストロのあいだではまだ決着がつ
いていない」と言って発表を禁じたことが記されていた。つまり『伯爵夫人』が発表された1923年末までには「決着がついた」
ということであり、その「決着」の内容を語るのがこの『復讐』ということになる。
この物語の冒頭で、ルパンは
「一見、
五十の坂は越していなさそうだが、そろそろ五十にちかいことはたしかな、さっそうたる中年紳士」(長島良三訳)と描かれてい
る。ルパンは1874年生まれと確定しているから、なるほど1923年には彼は49歳。ちゃんとつじつまがあっているのだ。ただ残念ながら物語中に
「9月12日日曜日」「9月15日水曜日」と
いう日付・曜日の明記があり、これは1923年にはあてはまらない
(1926年が該当する)。
これも記憶違いのミスなのか、それとも「事実」は1926年であって、それ以前に書かれた話にウソがあるのか…
☆シリーズを回想するあれこれ
『カリオストロ伯爵夫人』だけではない。他にもルパンシリーズの過去作から細かいところが物語のなかに引っ張り込まれている。まさに「復習」である(笑)。
建築技師フェリシアン=シャルルをルパンに紹介する
ド
ラットル医師はシリーズ初期作品
『奇
岩城』以来の再登場。『奇岩城』では誘拐されてではあるが瀕死のルパンを治療して命を救っていたが、それ以来ルパンが素性や住
まいを変えようと常に連絡をとっていたことが初めて明らかにされる。実質的にルパンのかかりつけの医者だったのだろう。だからフェリシアンをルパンに接近
させる仲立ちに使われちゃうのだが。
フェリシアンをルパンに接近させる工作をする「バルテレミー」の正体は、かつてのルパンの部下、
オーギュスト=デルロンだ。これまた懐かしい名前で
『813』で
バラングレー総理の取り次ぎ係をつとめており、
ルノルマン国家警察部長によりルパンの部下という正体
を暴かれ逮捕されたが、直後にルパンの手により脱走に成功する。『復讐』ではそれ以後彼はルパンのもとを去って行方不明になっていたことにされているが、
『虎の牙』でモーリタニア帝国建設のために集まるルパンの子分たちの中に彼の名があるので、ルブランもうっかり忘れていたのだと思われる。もっとも『復
讐』がルパンのいう通りもっとも「実録」なのだとするとまた話は違ってくるが。
発表順でも時系列でも最近の事件である
『特
捜班ビクトール』からも、
モー
レオン警視が再登場。
ラ
ウール=ダベルニーを一目見てその正体に気がついて興奮しているところをみると、ビクトールもルパンの「素顔」に近い姿だった
のだろうか。
そして、ルパンシリーズではないものの、ルブランの作品
『赤
い数珠』の探偵役である
ルースラン予
審判事がゲスト的に登場している。『赤い数珠』で描かれた「ドルサック城館事件」を見事に解決したルースランは、本人はまったく望まぬことながらパリに栄
転し、偶然この事件を担当することになる。ルパンはドルサック事件に関わった
ボワジュネが友人であったためルースランのやり手ぶりを知っていたことになっている。
太っちょの小男で大食漢、その見かけとは裏腹に鋭い頭脳の持ち主ながら色恋がらみでないと関心がわかないという
面白いキャラクターは本作でもそのまんまで、いつも予審判事をバカにしているルパンも彼には
「やるねえ、この男」と一目置かざるを得ない。ルースランもまたルパン
の正体を知りつつ、ラストで単なる釣り好きのオッサンとしてルパンと親しく言葉を交わす。さすがに相手が根っからの泥棒であることに気づかされると「握手
をしたものかどうか」と迷いはするが、結局は別れの握手をした。
同じ作家によって書かれた主人公同士の交流という、実にほほえましいやりとりなのだが、これ以前にこうした趣向の小説があったのか気になるところ。後年
の漫画やアニメだと「ドラゴンボール」の中の「Dr.スランプ」とか、「マジンガ―Z対デビルマン」といった例はいくつもあるのだが…しかし考えてみる
と、ルブランって自作どころか他人の作品の主人公を引っ張り込んで自作の主人公と対決させちゃった人なんだよな。
<
怪
盗ルパンの館のトップへ戻る
>