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「ルパ ンの冒険」(長編)
ARSÈNE LUPIN

<ネタばれ雑談(その2)>

☆困難な年代考証

 ルパンシリーズはルパンの青年期から壮年期、そして老境までが語られる大河ドラマの趣きがあり、作者ルブランもルパンが生きた年代を一応しっかりと考え た上で執筆していると感じられる。
 しかし本作はもともと舞台劇という設定上、年代特定が困難な一作だ。戯曲「アルセーヌ・ルパン」は1908年に発表され、小説版は1909年に刊行され たものだが、小説中(長島良三訳)には「1903年6月の時刻表」「何年も前のもの」と言われる場面がある。ただし南洋一郎訳の創元版では「1903年7月の時刻表」となっており、「2、3年前 のもの」となっていて微妙な食い違いがある。創元版の解説を書いた中島河太郎氏はこの記述を根拠に「1905〜1906年」と推定している が、どうも英語版もイギリス版とアメリカ版で若干の相違があるらしく、全訳ではないが久米みのる氏の児童向け翻訳『王女の宝冠』(青い鳥文庫)でしか読めない部分があったりするという(これも『戯曲アルセーヌ・ルパン』の住田氏解説で初めて知った)。時間の食い違いもそれが原因なの か?
 
 こういう問題もあったので原作の戯曲でこのくだりがどうなっているのか気になっていたのだが、2006年末に刊行された翻訳を読んでみたら、この部分が もっと違うので驚いた。この問題の時刻表について「万博の年に出たもの」というセリフになっ ていたのだ。ここでいうパリ万博は時代が近いほうの1900年に開催されたもの。しかしそれが何年ぐらい古い時刻表なのかは明記がない。
 ところが戯曲を読み進むと、三年前の盗難事件について「1905年の10月」とはっきり言 うセリフがあったのだ。じゃあこれが確定年代なのかというと、これも怪しい。なぜならこの年月は明らかに「1908年10月」に劇が上演された時点から の、つまりリアルタイムの年代と思えるからだ。その証拠に1925年に出版された改稿版では「1921年 10月」に改められている。これはもう劇が上演される年代にあわせた可変的セリフということで、芝居の上では「万博の年」より後だというぐ らいしか特定が出来ないのではないかと思える。

 他の年代特定の手がかりは一応あって、それはルパンの年齢を乳母のビクトワールが「28歳」と 明言するセリフだ。これはルパンの年齢をズバリ特定したシリーズ中でも最初のセリフで、変装ではなく「素」の状態のルパンに対し乳母が口にするセリフだけ に重みがある。
 定説ではルパンは1874年生まれということになっている。なので「1902年ごろ」というあたりになるようだ。なお、文中のセリフから9月3日から4 日にかけての事件ということが分かっている。


☆ロシアからの亡命者

 ところで本作のヒロインのソニア、「クリチノーフ」という姓が示すように、ロシア系の女性である。本文中でもソニア自身が「父は革命党員でしたので、わたしが赤ん坊のときシベリアで死にました。母もパリに逃げてきて、死にました。母が死ん だとき、わたしは二歳でした」とシャルムラース公爵ことルパンに語るセリフがある(ただしこ のセリフ、このたび翻訳が刊行された戯曲版にはなく、小説化する際に設定を付加している可能性もある)

 このセリフを理解するには19世紀末から20世紀初頭のロシア情勢を知っておかねばならない。当時のロシアはもちろんロマノフ王朝ロシア帝国だが、この ころのロシア帝国は多くの社会矛盾が噴き出し、革命運動が盛んになるなど不穏な情勢だった。1881年に皇帝アレクサンドル2世が革命運動家に暗殺され、 続くアレクサンドル3世も専制を進めたためやはり革命家による暗殺計画があり、1887年にレーニンの 兄が計画に関与したとして処刑されている。そのレーニン当人は90年代から社会主義運動に参加し、1897年にシベリアへ流刑になっている。その後亡命し て革命運動を進めていくことになる。
 こうした不穏な情勢の打破を外征ではかろうという帝国の意図もあって1904年に日露戦争が勃発するのだが、その最中の1905年1月22日に「血の日曜日事件」が発生、「ロシア第一次革命」を招いてしまう。その後本物の革命になってロマノフ王 朝が倒れるのは第一次大戦中の1917年のことだ。
 
 戯曲では演技上の必要から全登場人物の年齢がきっちり設定されていたようで、それを参照した南訳創元版では長島訳にはないソニアの年齢が「22歳」と はっきり明記されている。となるとソニアの父がシベリア流刑になり、ソニアと母が亡命したのは1880年あたりと推測できる。それからソニアは極貧の少女 時代を送り、身を売るぐらいならと盗みをはたらいて生計を立てるようになり、ルパンと出会った頃には立派な(?)女泥棒に成長していたわけだ。

 女泥棒はともかく、当時こうしたロシアからの亡命者の多くがフランスに移住しており、ソニアのような設定は観客(読者)にもなじみやすいものだったと思 われる。ロシアとフランスはこの当時は長く友好関係をたもっていて結びつきが強かったのだ。そして、間もなく革命の機運が盛り上がってくると今度はロシア 貴族階級がフランスへと亡命してくるようになり、『813』ではロシア亡命貴族のポール=セルニーヌ公爵なる人物まで登場することになる。
 ルパンシリーズとロシアの関係については和田英次郎氏『怪盗ルパンの時代』で一章を割いて論じられているので、そちらも参照されたい。


☆衰退する貴族階級と新興ブルジョア
 
 この作品でルパンの標的とされるのが事業家のグルネイ=マルタン氏。その娘のジェルメーヌともども徹底して「成り上がり者のイヤなやつ」なキャラクター として描かれている。グルネイ=マルタン氏がどのような事業で財を成したかは分からないが(株取引所に出入 りしていた話がチラッとある) 、一代で富を築いた成り上がり者であり、その富を惜しげなくばらまいて美術品を買いあさっている。政財界の有力者が集まる社交界にも顔が広く、娘を本物の 貴族と結婚させることにより身分的にも箔をつけようとしている様子も良く分かる。娘のジェルメーヌだって結婚相手は貴族でさえあれば相手が誰でも構わない ようなのだ。
 ルパンシリーズに欠かせない要素の一つがこの「貴族」というやつ。このテーマについてはやはり和田英次郎氏が『怪盗ルパンの時代』ですでに論じておられ るが、それを参考にしつつ、ここでも作品の歴史的背景として考察してみたい。

 「貴族」とは一般的説明をすれば、「いい家柄」として公爵・伯爵・男爵といった爵位を持ち、広い土地や莫大な財産を世襲している裕福な存在。中世以来の 地方の封建領主の名残であり、ルパン・シリーズの中でも地方の城館に住み、広い農地を小作人たちに耕作させて小作料を徴収し、敷地内の広い猟場で狩りを楽 しむ、といった絵に描いたような地方貴族がところどころに登場する。基本的に自ら仕事をすることはなく、執事や召使いに世話され、社交界に出入りし劇場に 通い、文化の担い手あるいはパトロンとして優雅に生活を送る。近代ヨーロッパになっても彼らはしぶとく存在し続けており、21世紀の現在でも西ヨーロッパ を中心に結構な数残っているそうだ。
 ただし国によってある程度の温度差というものがあり、とくにフランスという国は1789年のフランス革命があり、1830年の七月革命、1848年の二 月革命と、18世紀末から19世紀にかけて市民革命が何度も繰り返されている。そのつど支配者であった貴族階級は危機に陥いり、消滅こそまぬがれたもの の、その特権はしだいに失われていった。そして19世紀に資本主義社会が確立していくなか、貴族の代わりに台頭してきたのが、事業によって財を成した資本 家、新興ブルジョア層だったわけだ。

 この『ルパンの冒険』でルパンが変装してなりすましているのがシャルムラース公爵。本物の 公爵のほうは南極探検の帰りに死亡し、ルパンが入れ代わっているわけだが、本物の公爵が城館を事業家グルネイ=マルタンに売却して、今その城にはグルネイ =マルタン一家が別荘として住んでいる、という設定に注目したい。このように貴族が城館を成金たちに売却しているケースは『奇岩城』でもチラッと出てくるし、『おそかりしシャー ロック=ホームズ』で舞台となるティベルメニルの城館は銀行家の富豪ドゥバンヌが貴族の子孫から買い取ったものだった。『獄中のアルセーヌ=ルパン』のカオルン男爵も株取引で巨大な財をなして堅固な城館を強引に買ったとさ れる。
 城を買うだけでなく、彼ら新興ブルジョアは貴族にあこがれ、その作法や文化を吸収し、さらには縁組によって貴族そのものにもなろうとする。登場こそしな いが会話中に言及される「グロスジャン伯爵」(戯曲では「子爵」)なる人物に ついてジェルメーヌが「あの伯爵がまだただのグロスジャンだったころ、パパが株式取引所で知っていたわ」と 言う場面がある。

 ルパン・シリーズにおいてこうした「成金貴族」がルパンの標的になっているケースが多い。まぁ「ロビンフッドは貧乏人からは盗まない――なぜなら盗むも のがないから」という古くからのギャグがあるように、貧乏貴族より金持ち成金のほうが泥棒に狙われるのは必然性があるわけだけど、ルパンシリーズではどこ かそうした新興ブルジョア連中をバカにし、その鼻を明かしてやろうというルパン自身の個人的意図が感じられることも否めない。思えばルパンの母はポワ トゥー地方の名家とされる、レッキとした「貴族」の出身なのだ。そういえば『ルパン逮捕される』で はその名家も今はおちぶれてる…という記述があったっけ。

 ところでシャルムラース公爵に勲章が与えられるようグルネイ=マルタンが大臣に工作しているという話題の中で「公爵にレジョン・ドヌール勲章なんて、冗談じゃないわ!」とジェルメーヌが怒る場面がある。ジェル メーヌに言わせればあんなのは中産階級がもらう勲章だ、というわけ。
 レジョン・ドヌール勲章とはナポレオンが創始したもので、実際には5階級の等級があるのだそうだが、ここで言っているのはおそらく最下位よりは高いもの を指しているのではなかろうか。最下位シュバリエだと「勲爵士(騎士)」でイギリスでの「ナイト(サーの称号がつく)」に相当し、ちょっとした文化人・功 績者など(外国人ふくむ)がよくもらっている。もちろんルパンの生みの親・モーリス=ルブラ ンもこの戯曲が書かれた1908年に受賞している(その後再度受賞)
 シャロレ父が扮する醸造業者も「レジョン・ドヌール勲章をもらった」と言ってるぐらいなの で(戯曲の訳では「シュバリエ」であることが明記されている)、公爵に与えるには安っぽい… と思われるところはあるのだろう。実はルパンの宿敵シャーロック=ホームズも『金縁の鼻眼 鏡』という短編でレジョン・ドヌールを受賞していることが判明している。


☆ルパンの「家族」

 本作は本来小説ではなく他人と合作した戯曲として作られたものだから、シリーズ的には「番外編」扱いしたくなるところではある。しかしこの物語で初めて 登場した人物・設定がその後のルブランの小説でも踏襲され、決定的な影響を残してしまっているため、本作はかえってシリーズから絶対に外せない存在となっ ている。

 その最大のものが、ルパンの乳母ビクトワールの初登場だ。その後長きにわ たってシリーズに登場し、シリーズを通しての数少ないレギュラー・キャラにして天涯孤独のルパンにとり唯一の「肉親」といっていい存在である。この戯曲で ははじめグルネイ=マルタン邸の使用人として登場、その後しだいにルパンの腹心の一人であることが明らかになるという展開になっている。
 もっともビクトワールはルパンの共犯をつとめつつも(それでもやはり根の正直さゆえに失敗するが)、 ルパンに泥棒なんかやめてまっとうに生きろと説教する。
「うそと盗みと、ありとあらゆる不正をくりかえしていく生き方…こんな生活はあなたのためになりませんよ。 堕落する一方です」
「こんなことをしていては、ろくなことになりませんよ。泥棒なんて、この世でなんの地位も得られません…まるっきりだめです」

 こんな説教はいつものことらしく、ルパンがビクトワール特製のアン・ココット(卵入りシチュー)にぱくつきながら聞き流している様子が微笑ましい。「お前がどうして僕のような男について来るんだ」とつっこまれて「たぶん、ぼっちゃまへの愛情のせいでしょう」と答え、「あ あ、僕もお前が好きだよ、ビクトワール」などというやりとりは、読んでいる方がメロメロになるほど(笑)。ハードボイルドに生きるルパンだ が、28歳(明記されている)になっても乳母の前ではすっかり子供に戻ってしまい、乳母もまた完全に彼を「ぼっちゃま」と子供扱いだ(この場面、戯曲版もほぼ同じだが、ビクトワールのセリフはもっと簡単)
 洋の東西、身分の高い人は幼児を乳母に育てさせるケースが多く、その結果その子供と乳母の絆は実の母親とのそれよりも強くなる、ということがしばしば。 ルパンの母親は貴族だったからルパンの幼児の時にビクトワールを乳母に雇っていたのだろう。とすると、ビクトワールにはルパンと同世代の実子がいるような 気もしてくるのだけど…

 このビクトワールとのやりとりを通じて、『女王の首飾り』事件以後のルパンの少年時代が明 らかになってくる。あの事件でドルー=スービーズ家を追われたアンリエットとラウール少年は唯一のつてとしてビクトワールを頼ったのだ(南洋一郎版の「ぼくの少年時代」ではわざわざその部分が追加されている)
 そして7歳にして「砂糖」から泥棒が始まる(笑)。次はジャム、そして小銭とエスカレートしていった。ま、そのくらいの「泥棒」は普通の子供でもあるこ とだが、やはり「他の子供とは全然ようすがちがっていたし態度も独特」 だったという。この間にラウール少年は母の治療のために「女王の首飾り」の宝石を切り売りして金を稼いでいたが、アンリエットはルパンが12歳の時に死亡 したと考えられ、その後はビクトワール一人で育てたのだろう。劇中にビクトワールの祈祷書から10年ほど前の写真が発見され、そこには着飾ったビクトワー ルと17、8歳のルパンが写っている。

 ルパンが大泥棒になろうとした動機も小説版ではっきり語られる。「ぼくはいつも母に、社会に復讐してかた きをとってやると言っていた」とルパンは言う。ルパンの母親が貧しい境遇に落ち、不幸な死を遂げてしまったのが果たして社会のせいなのかど うか、ちょっと疑問も感じるのだが…まぁこうした少年時代の動機付けはアンチヒーローのパターンであるとも言える。
 ただ、戯曲版で確かめたところ、このセリフはない。その代わりにビクトワールが「ごつごつした手で大地を 耕してビートを作って売っていた、おまえの父さん」とルパンの父に言及するセリフがあり、それに対してルパンが「気の毒な父さん…!でも、今のぼくを見たら、きっと誇りに思ってくれるさ」と答えている。
 はるか後年にルブランはルパン20歳の冒険を描く『カリオストロ伯爵夫人』の中でルパンの 父テオフラスト=ルパンについてボクシングの教師で詐欺もやっていた、と書く ことになるのだが、戯曲の中でこんな形で言及されているとは…この時点ではルパンの父は農民の設定だったのだろうか?『女王の首飾り』では労働者階級とい うことしか分からなかったが。

 ルパンが大泥棒になるべくさまざまな職業について修行していたことは『ルパンの脱獄』の裁判シーンで言及されていたが、ここでは本人の口から「医学と法律の学位もとった。役者だったこともあれば柔道の師範になったこともある。あのいまわしいゲルシャールのよ うな刑事だったこともある」と説明される。医者と柔道師範以外はここで初めて明かされる話で、とくに刑事になっていた、というのは目を引 く。なんでもルパンに言わせれば「きたない世界」なんだそうだが。

 話を「家族」に戻すと、ビクトワール以外にも「部下」というよりは「家族」的な雰囲気で登場するのがシャ ロレ父子だ。彼らについての詳しい素性、そしてルパンとどのような縁があるのかはわからないが、父親シャロレとピエール・ルイ・ベ ルナールの三人息子が仲良く行動しているところなんか実に「家族的」だ(泥棒一家ってわけだけど)。 シャロレはビクトワールともども続く『奇岩城』 でも再登場しており、その他大勢の部下とは一線を画す深い関係があったのではないかとも思える。小説中に明記は無いが、シャロレの年齢からするとルパンの 少年時代からなんらかのかかわりがあったのではなかろうか。さらに想像をたくましくすると、ルパンの父テオフラストの関係者だったとか…
 部下といえば、登場はしないのだがビクトワールとシャロレの会話の中でパシー通りに「ジュスタン」と いうルパンの部下の一人と思われる名前が出ている。


☆時代ばなしいろいろ

 百年たった今になって読んでみると、ほんのちょっと出てくる脇役たちにも「歴史的背景」が浮かびあがる。

 シャルムラース城の猟場の番人フィルマンは元兵士の老人で「普仏戦争(七十年戦争)をこの目で見た」と 話している。「普仏戦争」とはこの物語のおよそ30年前の1870年におこったプロイセンとフランスの戦争で、プロイセンは「鉄血宰相」ことビスマ ルク、フランスは第二帝政をしいていたナポレオン3世 が率いていた。ドイツ統一を進めていたビスマルクはその障害となるナポレオン3世を「エムス電報事件」で罠にかけて戦争に持ち込み、セダンの戦いでナポレ オン3世を捕虜にして翌年1月にパリも陥落。この戦争によりナポレオン3世は退位してフランスは共和制に、入れ替わりにプロイセンのウィルヘルム国王が ヴェルサイユ宮殿でドイツ皇帝に即位し「ドイツ帝国」が成立することになる。
 このときドイツはフランスから資源の豊富なアルザス・ロレーヌ地方を奪い、フランス人はこの地方の奪回を悲願としてドイツへの怨念を抱き続けていくこと になる。ルパン・シリーズでもこの件はたびたび言及されるのだが、後年哲学者サルトルは怪盗ルパンが1870年代のフランス屈辱の時代に生 まれ育っていることに注目する発言を行っている。

 グルネイ=マルタン邸の門番をつとめる60歳ぐらいの男にフォルムリ予審判事が「前科が二回あるな」と聞く場面がある。その前科とは、一回目は「メーデーの時に『ゼネスト万歳!』と叫んだために一日ぶちこまれた」 こと。このとき彼は社会主義の指導者ジャンリの召使だったから、というわけだが、これはいつごろのことなのか。労働者の祭りの日であるメーデー(5月1 日)は1890年にその最初のものが実施されていて、これは前年にパリで結成された国際労働運動組織「第二インターナショナル」の決定だった。状況からす ると、どうもこの時のことなんじゃないかと思われる。
 ところがこの門番、二回目の前科は「聖クロティルド寺院の玄関先で『牛ども(警官の揶揄。「ポリ公」と いったところ)を倒せ!』と叫んだためにぶちこまれた」というものだった。この時彼は王党派の議員「ビュシー=ラビュタン」の召使をしてい たという。ビュシー=ラビュタン公爵家というのは実在してその城もあることはネット上で確認できたのだが、ここで出てくる名前に具体的なモデルがあるのか は未確認だ。
 これも最近翻訳が出た戯曲版で確認してみたところ、この門番が以前仕えた二人については前者が「ジョレ」、後者が「ボードリ=ダッソン」という名前であ ることしかセリフ中には出てこない。社会主義者や王党派ということは一切書かれておらず、小説版にあたって英語圏の読者に分かりやすいように書き変えたよ うに思える。ということは「ジョレ」「ダッソン」だけでフランスの観客にはどういう立場の人間か一発で分かったということなのか…?と思いつつ、調べてみ たら「ジョレ」とは「ジャン=ジョレス(Jean Jaurès,1859-1914)」、 「ボードリ=ダッソン」とは「ボードリ=ダッソン伯爵(Le Comte de Baudry d'Asson,1836-1915)」であることが判明、それぞれこの時代の革新派と保守派を代表する人物であったことが分かった。なる ほどフランス人には一発で分かったわけだ。
 ともあれこの門番、そのとき仕えていた主人に忠実にコロコロと趣旨を変えている、というのが笑いどころなのだが、これは表面的には平和なベル・エポック を謳歌しつつ、左翼右翼の対立が激しかった第三共和制フランス時代を象徴しているともいえる。

 ルパンが3年前にやったシャルムラース城強盗事件で、近くのレンヌから送られてくる兵隊たち(途中でルパ ン一味とすり替わっていたが)は小説版では「トンキンで軍務についていた」と ある。「トンキン」とは漢字で書くと「東京」だが、これはヴェトナムの首都ハノイの旧称である。ただしフランスでは「トンキン」というとハノイ周辺のヴェ トナム北部全体を指す。
 フランスはナポレオン3世の時代からヴェトナム南部やカンボジア・ラオスの植民地化を進めていたが、トンキンすなわちヴェトナム北部にも1870年代か ら侵略を進め、清朝との宗主権争いの戦争にも勝利して、1887年に「フランス領インドシナ」を完成させる。ルパンシリーズにアジアが絡んでくることはあ まりないのだが、こんなところにさりげなく帝国主義時代をうかがうこともできたりするのだ。

 本物のシャルムラース公爵は南極探検へおもむく費用を捻出するために城館を売り、その帰途にウルグアイのモンテビデオで死亡している。南極探検はこの時 期ホットな話題であったようで、1890年代末から各国の探検隊が続々と南極に入っている。シャルムラース公爵もその流行に乗った形なのだろう(戯曲版では「スノビズム(名声を求める俗物根性)」のためとジェルメーヌに言われている)。アムンゼ ンによる南極点初到達は1911年のことだ。
 それにしてもルパン君、自分の「ソックリさん」のシャルムラースに会うためにわざわざウルグアイまで行ったのか。この戯曲「アルセーヌ・ルパン」のリメ イク的意図で書かれたと思われる『アルセーヌ・ルパンの帰還』ではインドの山奥にも行ったこ とになっているが…他作家によるパスティシュではアフリカ奥地や日本まで出かけてますけどね(笑)。
 この公爵にルパンがなりすましていることで、ルパンに公爵殺害の疑いが当然かけられるのだが(そうすれば よかったのに、とシャロレが言っている)、ルパンは明確にこれを否定、「殺人は絶対にしな い」ことを明言している。ルパンの信条とされる「殺人の禁止」が作中で明示されたのはこれが最初だ。物語中の年代では『カリオストロ伯爵夫人』で20歳のルパンがすでに明言しているが…。

 劇中ではルパンがおこしたとされる、物語化されていない事件がいくつか言及される。
 まずイギリス大使館での夜会に二晩連続で出席し、大使夫人の宝石を盗んでいる。「イギリス大使館」といえば、『ルパンの脱獄』のラストでルパンがこれか ら夕食をイギリス大使館でとると発言していた。もしかしてしょっちゅう行っていたのか(笑)。イギリスのウォレス・コレクションにフランスの宝石・美術品 が入っているから「とりかえした」と言うあたりはルパン流の愛国心の発露か。
 この部分、これまでの翻訳ではいずれも「フランスのワーラス・コレクションから奪ったものだから取り返し た」となっていたのだが、「ワーラス・コレクション」とは「ウォレス・コレクション(The Wallace Collection)」のことで、これはイギリス人コレクターリチャード =ウォレスが収集したフランス美術品群を1900年に博物館として一般公開したもの。つまり「ウォ レス・コレクション自体がフランスから奪い取ったものだから、私がイギリスの宝石を盗むのは『取り返し』だ」と言っているわけ。これまでは 誤訳していたということになる(このたび刊行の戯曲版で明白となった)

 貧しい人々から金を集めて稼いでいたダレイ貯蓄銀行の頭取の金庫から金を全部盗み、貧しい人々に分けた、という逸話も出てくるが、これなどは典型的「義 賊」の行動だ。もっとも世間で広まってるイメージほどルパンは義賊行動はしておらず、これは明確に書かれている珍しいケース。
 ゲルシャールのセリフ中に「イギリス大使館宝石泥棒」と同じ週の事件として語られる、「大蔵省(今の翻訳 だったら財務省だろうな)」と「ルピーヌ氏邸」の強盗事件というのもある。 

 最後になったが、この作品でルパンが狙う「お宝」に関してちょこっと。
 偕成社版をふくめて「ランバール王女の宝冠」と訳しているケースが多いのだが、実はこれ「ランバール公爵夫人(princesse de Lamballe) が正しいと思われる。彼女本人の名前は「マリー=ルイーズ」で、1749年生まれ。ルイ16世の王妃マリー・アントワネットの友人として有名で、フランス 革命のさなかの1792年に王妃ともども悲劇的な死を遂げた。ネット検索をかけてみると日本では「ベルサイユのばら」の登場人物としておなじみらしい。
 小説版ではルパンは予告状の中で「その魅力ある悲劇的な思い出がはげしい情熱をもって歴史を愛する小生 (原文では「詩人」)の心をかきたてる」としるしている。あ、やっぱり歴史ファンなのか、ルパン君は(笑)。


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