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「真夜中から七時まで」(長編)
DE MINUIT  À SEPT HEURES
初出:1931年10月〜12月「ル・ジュルナル」紙連載 1933年単行本化

◎内容◎

 美貌の令嬢ネリー=ローズは、ひょんなことから慈善事業宝くじの宣伝マスコットにされ、「五百万フランを提供した人に望まれるものを全て提供する」とそ の写真入りで大々的に発表されてしまう。これを見て彼女を手に入れようと野心を抱いたロシア人商人バラトフは五百万フランを寄付し、ネリーのもとへ「真夜 中から七時まで、私を迎え入れよ」と要求する。
  そのバラトフと組んで革命後のロシアに潜入してひと稼ぎしていた冒険児ジェラールはバラトフの企みを知り、かつネリーの美貌に惚れこんで彼女への接近を図 る。ジェラールはバラトフになりすまして、まんまとネリーを連れ出すことに成功するが、夜が明けてみると思わぬ事態が発生していた…



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆イエゴール
ロシア亡命者。パリのオートゥイユでロシア人ペンションを経営。

☆イブラチエフ
ロシア亡命者のタクシー運転手。

☆イワン=バラトフ
ロシア亡命者。金融相場や詐欺で財産を築き、ジェラールと共に亡命ロシア人相手の商売で稼いでいる。

☆クセニア
「実験会館」に勤めるポーランド娘。ネリー=ローズの親友。

☆ジェラール=デヌービル
20代後半の冒険児。革命後のロシアに出入りし危険を冒してひと稼ぎしている。かなりの漁色家。

☆ジュスタン=バルネ
デストール夫人の友人の株式仲買人。ネリー=ローズにしつこく求婚する。

☆スターシャ
バリーヌ伯爵の7、8歳の娘。革命後のロシアに取り残される。

☆デストール夫人
ネリー=ローズの母親。夫の死後も浪費と浮気性が続いて財産を食いつぶしている。

☆デヌービル夫人
ジェラールの母親。

☆テュロー
パリ警視庁の高官。

☆ドミニック
デストール家のコック。妻はメイドのビクトリーヌ。

☆ナターシャ=バリーヌ
バリーヌ伯爵の未亡人。娘のスターシャの救出をジェラールたちに依頼。

☆ナンタス
パリ警視庁の敏腕主任警部。

☆ネリー=ローズ=デストール
デストール夫人の二十歳の一人娘。活発で夢想家の美少女。

☆バリーヌ伯爵
ウージェーヌ=デストールの友人のロシア貴族。彼の手紙を預かる。

☆ビクトール
ナンタスの部下の四十がらみの警部。

☆ビクトリーヌ
デストール家のメイド。夫はコックのドミニック。

☆フィルマン
デストール家の運転手。

☆フェルネー
「実験会館」の職員。

☆マニュエル
「ヌーボー・パラス・ホテル」のフロアボーイ。

☆ラコスト
「実験会館」の職員。

☆リスネー
予審判事。

☆ルイ
「ヌーボー・パラス・ホテル」のルームボーイ。

☆ルピエラール
「実験会館」館長をつとめる老教授。

☆ロベール
「ヌーボー・パラス・ホテル」の給仕長。


<ネタばれ雑談>

☆ほとんど訳されなかったルブラン長編

 戦前以来、アルセーヌ=ルパンが大人気であった日本では、ルパンシリーズはもちろんのこと、非ルパンもののルブラン作品もそのほとんどが翻訳・紹介されている(さすがに初期心理小説はないようだが)『女探偵ドロテ』『赤い数珠』のように設定につながりがある準ルパンものはもちろんのこと、『ジェリコ公爵』のような「ルパンっぽいヒーロー」が活躍するもの、映画ノヴェライズである『赤い輪』のような冒険小説、そして『驚天動地』『三つの眼』といったSF作品までが戦前のうちに翻訳されており、ルパン翻訳をほぼ独占していた保篠龍緒により「ルパン全集」にしばしば収録されてきている。保篠版ルパン全集は実質「ルブラン全集」であったといっていい。これは児童向けの南洋一郎版ルパン全集にも言えることだ。

 そんな中で、ルブランが書いた長編冒険小説でありながら、保篠龍緒にも南洋一郎にもなぜか無視されたために日本への翻訳紹介がほとんどなかったのがこの『真夜中から七時まで』だ。
 発表されたのはルパンシリーズ中期以降の作品、および非ルパンもののルブラン作品のホームグラウンドとなっていた大新聞「ル・ジュルナル」。発表時期でいうと『バール・イ・ヴァ荘』『二つの微笑をもつ女』の中間に位置し、ルブラン後期の「ルパンもの」「非ルパンもの」の交互リレー執筆作品の一つだ。だから保篠龍緒が知らなかったとは思えないのだが…
 ただし日本での翻訳紹介がまったくなかったわけではない。原作発表の直後、1932年(昭和7)1月から「読売新聞」夕刊紙上で松尾邦之助による翻訳が連載されているのだ。前年12月に「ル・ジュルナル」での連載が終わったばかりで当然フランスで単行本はまだ出ていない段階での翻訳連載であり、どうもこれは連載前の書き上がった時点でルブランから訳者(あるいは新聞社)に直接原稿が送られていたのではないかと思われる。事情は調べていないが読売新聞とルブランの間で何か契約があったのではなかろうか。あの保篠龍緒が本作に一切触れていないのはそうした事情があったためと思われる。

 しかしこの読売連載版、今のところ単行本化された形跡が確認できない。あるいは新聞連載のみという契約だったのだろうか。おかげでこのルブラン作品は長い間読むことのできない「幻の一冊」となっていたのである。
 結局この作品がようやく日本で書籍化されたのは、1987年(昭和62)の偕成社版「アルセーヌ=ルパン全集」別巻の一つとしてだった(大友徳明訳)。 非ルパンもののルブラン作品は創元推理文庫でも数冊出ているが『真夜中から七時まで』を訳したのはこの偕成社版のみで、実に貴重な一冊となっている。ただ 偕成社版全集はロングセラーとなってはいるもののポプラ社版に比べて冷遇されている上に、「別巻」はとくに冷遇されがちで現在は絶版となっているようだ。


☆読んで腹を立てないように。

 さて、そんなめったに読めない貴重な作品なのであるが、面白いかと聞かれると、さすがに僕でも困ってしまう(笑)。
 残念ながらさすがのルブランも『謎の家』以 降は独創性やトリック、話の運びもイマイチで、それを男女のくっついた離れたのラブコメで埋め合わせようとしているとしか思えない作品が多くなる。本作は まぎれもなくそうした作品であり、トリックらしいトリックもなく推理性なんてほとんど無し、おまけにルパンも出てこないからなおさら見向きもされない状態 だ(フランスでも現在は出版されてないみたいなんだが…)

  一応スイスイ読めることは請け合う。ひょんなことから自分が「景品」になってしまった美貌の令嬢に悪い男の魔の手が伸びる。そこへカッコいいプレイボーイ の青年が救いの手、いや実はこっちも「魔の手」なんだが、を伸ばして美女を冒険(アバンチュール)に連れ出す。ああ、もしかして、もしかして…とやってる うちに二人は夜を共にしてしまい、夜が明けてみたら殺人事件の容疑者にされていた。さあ、彼は本当に「罪」(二重の意味で)を犯したのでありましょうか〜〜〜ってな、お話である。こう書くとなんだか面白そうでしょ(爆)。新聞連載小説ということもあり、当時の読者はそれなりにハラハラしつつ読んだのではなかろうか。
 ただこの小説、殺人事件こそとってつけたように起こるもののミステリ色なんて一切ない。読者が心配するのはもっぱらヒロインの「純潔」の危機の方であって(笑)、殺人の謎解きじたいはどうでもいいのである(あえてアイデアを挙げれば、容疑者が立場上自分のアリバイを証明できないシチュエーションに追い込まれる、というのがあるが)。 作者自身あまり興味がないようで、謎解きの手掛かりすら読者に与えず、名刑事の登場で事件はバカバカしいほどあっさり解決してしまう。「純潔」の方も見事 なまでに予定調和の「安心して読める」オチへと向かって行き、最後は全ては丸く収まってメデタシ、メデタシ、である。正直な話、僕は読み終えて「読者をバ カにするな」と思っちゃいましたが(汗)。

 まぁ通俗娯楽なんてそんなもんさ、と言ってしまえばそれまでだが…ミステリ小説、冒険小説と 思って読むと腹が立つのであって、女たらしのプレイボーイと、夢見る乙女とのちょっとアブないラブロマンス、と思えばいいのかもしれない。読んだことはな いんだが、ハーレクインとかそっちの系統かも。

 この時期、ルパンの方も女たらしぶりがエスカレートしている。そりゃまぁもともと彼がプレイボーイなのは明白だったが、『バーネット探偵社』以降は複数のヒロインと「手当たりしだい」な感が強い。本作における主人公で、冒険野郎なところはルパンにも似ているジェラールは その女たらしの面をもっと極端にしたキャラクターと言えそうだ。物語の前半、行く先々で一夜の相手をひっかけてゆく露骨な漁色家、ドン・ファンぶりの描写 は読んでいてさっきの話とは別の意味で頭にくるほど(笑)。もっともそんな彼が純粋無垢なヒロインに救いの手じゃなくて魔の手を伸ばすんじゃないか、とい うところがこの作品最大のサスペンスになっているわけで、それは十分計算されたものだとは言える。そしてそんな彼が「純愛」に目覚めるってあたりがありが ちではあるが本作の読ませどころなのだろう。

「その2」へ続く

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