アホ礼賛 今回はアホであるということの美点について述べたいと 思います。なんだか、わけがわからないお題ですが・・・ 一般的にアホとは、思考能力が弱いとか、知識が少ない とか、間抜けとかいろいろとネガティブなイメージで捉 えられがちですね。でも私の見方は違う。私はアホであ ることに対して積極的な価値を認める人間である。 関西文化圏においては「アホ」というのは決して人を貶 める言葉ではない。むしろ親しみを込めて人を「アホー」 と呼ぶ。呼ばれたほうは「アホちゃいまんねん♪」と返す。 そこに侮蔑の意味合いは薄い。むしろそこにあるのは 仲間意識と連帯感の確認である。美しい、、、。 その点で関東文化圏の「バカ」とは明らかに一線を画し ている。「バカ」という言葉には冷たい響きがある。 「バカ」には人を分け隔てる優劣の概念が含まれている。 関西文化圏では「アホ」の類義語として他に「ボケ」という 言葉もある。人から鋭く「このボケーッ!」と突っ込まれると、 ややきつい感じもする。ただし天然物はことのほか重宝 されているようだ。 「アホ」の美質を持つ人は、どこか周囲の人を和ませる 効能があり、しかも自分自身もハッピーである。普段、 頭の中が余計な考えでこんがらがっていないから、 ストレスもあまり感じていないようだ。 私の印象では、インテリな人間よりアホな人間に魅力を 感じることが多い。アホ君にはオーラがある。健康的で 生き生きしている。まわりに爽やかな風が流れている。 女の子のアホちゃんにはフェロモンを感じる。 インテリ君はどこか生命力に欠けている。暗いのだ。 これで斜に構えた態度に出られたり、屁理屈をこねられ たらたまらない。私はどちらのタイプかというと、残念 ながら後者に近い。ただ、もっと残念なことに私はイン テリでもない(爆)。 私は一時期、ドストエフスキーの「白痴」という小説に 出てくる主人公、ムイシュキン公爵に憧れたことがある。 「ああいう人間になりたい!」と思った。彼はシンプル で純粋だ。もちろん創作上の理想化された人物である。 でもとてもリアルな人間として感じられる。 ピュアな人間になろうとしても、なかなかなれるもの ではない。純粋であろうという発想そのものが不純だ。 せいぜい純粋さを演じることしかできない。 「アホ」とは人生を生きる上で必要な知識しか持たない シンプルな人間。かくありたい・・ そんなんでいいんだろうか・・ |