 特別編
特別編 HK1(萱場1型無尾翼グライダー)は萱場資郎、日野熊蔵、木村秀政、伊藤音次郎 各氏らにより生み出された、日本初の無尾翼機です。
 HK1(萱場1型無尾翼グライダー)は萱場資郎、日野熊蔵、木村秀政、伊藤音次郎 各氏らにより生み出された、日本初の無尾翼機です。 
 
 昭和14年10月22日、初の高度1000mへの曳航飛行が行われ、アクロを含む高等飛行を実施(左写真はその時の曳航機から撮影)、この飛行を地上から見ていた木村技師、萱場氏、伊藤氏、萱場及び伊藤飛行機製作所の社員らは拍手喝采、その見事な飛行ぶりを喜びます。
木村技師によれば、「安定性・操縦性は予想以上だったが重量が予想以上に大きくなり、それに翼の揚力係数が小さいという無尾翼機の欠点が伴って、スピードが非常に速かった。グライダーとしては、必ずしも好ましい性質ではないのであるが、試験飛行に立ち会った人々は、無尾翼機だから空気抵抗が少なくてスピードが出たものと勘違いし、大成功、大成功と私の功績をたたえてくれた。私としてはくすぐったいおもいだった。」とのことです。
 昭和14年10月22日、初の高度1000mへの曳航飛行が行われ、アクロを含む高等飛行を実施(左写真はその時の曳航機から撮影)、この飛行を地上から見ていた木村技師、萱場氏、伊藤氏、萱場及び伊藤飛行機製作所の社員らは拍手喝采、その見事な飛行ぶりを喜びます。
木村技師によれば、「安定性・操縦性は予想以上だったが重量が予想以上に大きくなり、それに翼の揚力係数が小さいという無尾翼機の欠点が伴って、スピードが非常に速かった。グライダーとしては、必ずしも好ましい性質ではないのであるが、試験飛行に立ち会った人々は、無尾翼機だから空気抵抗が少なくてスピードが出たものと勘違いし、大成功、大成功と私の功績をたたえてくれた。私としてはくすぐったいおもいだった。」とのことです。| 期間 | 場所 | 飛行方法 | 回数 | 備考 | 
| S13.12.15 〜 14.8.29 | 津田沼、鹿島砂丘、柏飛行場 | ゴム策牽引 | 53 | 各部分調製、改修 | 
| S14.9.6 〜 15.3.7 | 津田沼 | 飛行機曳航 | 116 | 安定テスト、操縦性テスト | 
| S15.4.5 〜 15.4.16 | 立川技研飛行場 | 飛行機曳航 | 13 | 伝習 | 
 島飛行士によれば、操縦性もよく安定した飛行ぶりであったようです。
風洞実験もしていない(木村技師の談)のにこうもうまく飛んだのは、平面形の良さと木村技師の機体デザイン能力によるものでしょうか。
 島飛行士によれば、操縦性もよく安定した飛行ぶりであったようです。
風洞実験もしていない(木村技師の談)のにこうもうまく飛んだのは、平面形の良さと木村技師の機体デザイン能力によるものでしょうか。| ・全幅 | 10.0 m | 
| ・全長 | 3.5 m | 
| ・全高 | 1.8 m | 
| ・後退角 | 24.0 ° | 
| ・翼面積 | 14.0 u | 
| ・自重 | 120 kg | 
| ・滑空速度 | 85 km/h | 
| ・Wing Span | 34.8 ft | 
| ・Length | 11 ft | 
| ・Wegiht | 448 lb | 
使用/参考文献
  ・航空朝日 昭和16年 1月号、朝日新聞社(A3-1型として、全体と後部胴体〜垂直尾翼まわりの写真が掲載)
  ・滑空機 昭和16年版、朝日新聞社(A3-1型として、日々丸付きの写真2葉が掲載)
  ・航空ファン 昭和29年 5月号、文林堂(試験飛行時の写真4葉が掲載)
  ・航空技術 No.149(67-8),152(67-11),154(68-1)、萱場資郎、日本航空技術協会
  ・航空70年史−1、、1970、朝日新聞社
  ・わがヒコーキ人生、木村秀政、1972、日本経済新聞社
  ・WINGED WONDERS THE Story of Flying Wings、1983、 National Air & Space MuseumE. T. Wooldridge
  ・昭和の日本航空意外史、鈴木五郎、1993、グリーンアロー出版社
  ・日本軍用航空戦全史(第五巻)、秋元 実、1995、グリーンアロー出版社
   (私は持っていませんが、航空情報60年10月に木村秀政氏の回想が掲載されています)
使用した写真は、『航空技術』と『WINGED WONDERS』、図面は『航空技術』からのものです。
 
 
