2.1 縦の安定性
翼だけで飛ぼうとすると、だれの目にも、縦(頭上げ、頭下げ)の安定性が「大丈夫かいな」と気になります。
(1)翼に働く力と作用点
モーメント(M) = cm(モーメント係数) × 1/2 × ρ(空気密度) × v2 × S(翼面積)× C(翼弦長)
一般に迎角を変化させると、モーメントが増減します。モーメントが増減するということはモーメント係数が変化することですが、迎角が変化してもモーメント(=モーメント係数)が変化しない点があります。
この点が「空力中心(ac,Aerodymaic Center)と呼ばれる点で、この点では迎角によっても翼自身の釣り合いが取れていますので、つまり、この点に揚力が作用していると考えればシンプルに考えることができます。
(2)空力中心と重心の関係
(3)釣り合いの崩れた時と釣り合っている時
a.プランク翼(S字キャンバー翼)
通常の水平尾翼付きの機体では主翼と胴体を隔てた(=大きなモーメントアームを持った)水平尾翼とで釣り合いを取るのに対して、
全翼機(無尾翼機も含む)では翼だけでその釣り合いを取らねばならないからです。
飛行機の釣り合い(安定性)には静的安定性と動的安定性とがあります。
静的安定性は突風とかの外乱等があった時に元の姿勢に戻ろうとする性質、動的安定性とはその乱れた量が拡大しないようにする性質ですが、
全翼機では動的安定性より静的安定性の方が重要だと思われます。
まず、翼だけを考えた時に最も不安さを感じさせる縦(頭上げ、頭下げ)の静的安定性から解明していきましょう。
翼は揚力を生みます。この揚力は翼型(翼弦(翼を進行方向)に沿って切り取った型、AirFoil)によって生み出されるので、この翼型で考えてみましょう。
揚力は翼型に沿って様々に発生しているのですが、一般に迎角によって揚力の大きさやその主たる作用点が変わります。
この作用点は「風圧中心」と呼ばれ、一般に迎角が小さければ翼弦の後方に、迎角が大きくなると翼弦の前方に移動します。
作用点が移動していると面倒なので、ある一点で考えられるようにしましょう。ある一点を中心にすると、風圧中心が移動することで揚力の大きさと風圧中心までの距離が変化することいなり、モーメントという距離と力の積算したもので考えることができます。このモーメントは揚力や抗力を表す式と同じように、次で示すことができます。
空力中心は厚翼を除いたほとんどにおいて、翼型によらずに翼弦の25%近辺にあります(ac=c/4)。
また、翼も質量を持ちますので、当然重力の作用点である重心があります。ここでも簡単にするために、重心も空力中心も翼弦上にあるとします。
これで、翼に働く力とその作用点や中心が洗い出せました。
さて、この二つの作用点はどういう関係にあるのでしょうか。
風圧中心は揚力の作用点ですので、そこに上向きの力が働きます。重心にはその逆に常に下向きの力が働きます。
空力中心と重心が一致していれば、力の作用方向が相反しますので釣り合うことになります。ただ、この2つが一致していると厄介なことになるのです。
前に「静的安定性は突風とかの外乱等があった時に元の姿勢に戻ろうとする性質」と説明しましたが、重心と空力中心が一致している時に上向きの外乱を受けた時、どうなるのでしょうか。
外乱によって頭上げの力が働くと、迎角が増えて揚力が増加します。ただ、空力中心と重心が一致していると揚力が増えても重量は変わりませんので頭上げの力を打ち消すことができません。
つまり、受けた頭上げの力は重心から見て頭上げのモーメントになりますので、増えた揚力が重心にとって頭下げモーメントになる関係があれば、釣り合う(相殺する)方向にすることができます。
このことは空力中心と重心の位置関係を暗示しています。
「増えた揚力が重心にとって頭下げモーメント」として働くには、「重心は空力中心より前にあること(図2-1)」になるのです。
この状態では、頭上げの外乱が働くと、迎角が増えるので揚力が増えて、重心から見て結果的に頭上げのモーメントが生じて釣り合う方向に作用します。
逆に頭下げの外乱では、迎角が減るので揚力も減り、結果的に頭上げのモーメントを生み出します。
前記の「重心を空力中心より前」というのは、釣り合いが崩れた時に復元させるための話ですが、釣り合っている状態でも当然位置関係はかわりません。
すると今度は頭下げのモーメントが常に生じていることになります。
同じ状態でも尾翼付きの機体では、水平尾翼で頭上げモーメント(=力は下向き)を生み出すこともできます。
つまり重心が空力中心より前にあると「水平尾翼は常に全機の揚力を減らす方向に作用」していることになり、勿体無いです。
この辺りが先尾翼機やカナード付き機の理由でしょう。
「では、そんなもの取ってしまえ」というのが全翼機を含む無尾翼機の発想だと考えられます。では全翼機ではそれができません。
どうやって「頭下げのモーメント」を打ち消しているのでしょうか。これには、幾つかの方法があります。
頭下げのモーメントを打ち消すには揚力と反対方向の力を発生させればいいので、「1つの翼型で異なる方向に力を生み出すキャンバー(翼の膨らみ)を2つ持てばよいのでは」という発想が出てきます。
これがリフレクション(後縁の跳ね上げ)を用いた、「プランク翼」と呼ばれる翼型です。
つまり、上向きの揚力を生み出す「上向きのキャンバー」と下向きの揚力(っていうのかな?)を生み出す「下向きのキャンバー」で翼型を成せば目的は達成できることになると考えられます。(図2-2)
これは翼型の後半を尾翼として使用していることになります。
実際、フランスのファウベル AV-36という無尾翼グライダーはこの翼型を使っていますし、NASAのPathfinder(ソーラーパワー機)もこういう翼型を持っていると見える写真があります。
b.後退翼
前述した方法は翼型だけで解決しようとしたものですが、後退角を持った場合も縦の静的安定性を持たせることができます。
つまり、翼弦だけの安定性の話から全機での安定性の話へ拡大してみるのです。
後退角を付けることにより、翼弦だけの場合よりもかなり大きく、全機としてのモーメントアームを取ることができますんので、
重心許容位置の範囲を大きくとることができます。
また、後退角化により、翼型のみで「頭下げのモーメント」を打ち消すのではなく、全機で打ち消せす、つまり外翼と呼ばれる外側部分(=全機では翼弦の後半)で打ち消せばよいことになります。
これには「外翼にねじり下げを付けて、外翼の揚力係数を減らす」、「外翼に低揚力係数の翼型を用いる」等の方法があり、外翼を尾翼として働かせていることになります。
ノースロップの全翼機ではねじり下げを用いていますし、ホルテンの方式は不明なものの、多分、ねじり下げを持っていると思います。
図2-4は、リピッシュの無尾翼機"Storch I"の翼中央と翼端での翼型の違いを示しています。翼端側は、下向きの揚力を生み出しそうな翼型を持っているのが分かります。
ここでもう気づかれたと思いますが、全翼機/無尾翼機と言っても、水平尾翼の機能自体をなくしたわけでなく、翼の一部を水平尾翼として用いています。
つまり、全翼機/無尾翼形式で実現できるのは水平尾翼をなくすことではなく、水平尾翼を持つための構造体としての胴体をなくすことなのです。
2.2 方向の安定性
矩形翼の全翼機や無尾翼機では静的な方向安定性は確保できません。
前述したフランスのファウベルAV-36、NASAのPathfinderはほぼ矩形翼であるため、方向安定性確保のため垂直尾翼やそれを代行できるものを持っています。
純粋な全翼機では一般的に後退角を付けたことでの後退角効果による方向安定性を持っています。
(尚、全翼機/無尾翼機の後退角で注意すべきなのは、ホルテンの H X、HXIII等の一部を除き、高速性のために後退角を持っているのではなく、機体軸にモーメントアームを大きく取ることが目的になっていることです。)
これでも足りない場合は、垂直尾翼などを取り付けて、方向安定性をカバーしています。
前掲したリピッシュのStorch Iでも翼端に垂直尾翼を持っています。
紙飛行機をやられたことのある方なら、「おぉ」と思われたと思いますが、この翼端の垂直尾翼は機体方向(内側向き)に大き目のキャンバーが付いています。
紙飛行機での無尾翼機でもこういう形態の垂直尾翼では、同じようにキャンバーを付けていました。これによって、方向安定性を大きく確保することが目的だと思われます。
また、垂直尾翼のないNorthrop XB-35では、プロペラ軸ハウジングが垂直安定板として機能していたようですし、プロペラの持つジャイロ効果も方向安定性に一役買っていたようです。
XB-35をジェット化したYB-49では、この両方が無くなったため、小型の垂直安定板を取り付けています。
2.3 横の安定性
横の安定性は全翼機と通常形態機(この場合は、垂直尾翼を持った無尾翼機も含みますが)とで、変わるものではありません。
但し、通常形態機でも横方向の外乱で方向安定に影響を及ぼします。つまり、翼をどちらかに傾けた場合、その方向に機首を振ろうとします。
尾翼付きの通常形態機では充分なモーメントアームを持った垂直尾翼がそれを抑止してくれるのですが、全翼機の場合にはそれが期待できないので
配慮が必要になります。また、モーメントアームが小さいこともあって、すぐさま縦方向へも影響を及ぼします。
この辺が全翼機の難しいところなのでしょうが、残念ながら、どういう方式で安定性を確保しているのか、どういう仕組みなのかは皆目わかりません。
本にも書いてないですし・・・。
今後の勉強にご期待下さい。
参考文献、使用文献
・飛行の理論(フォン・カルマン著、谷 一郎 訳)1956年、岩波書店
・別冊 航空情報 航空を科学する(東昭 著)1994年、酣燈社
・紙飛行機で知る飛行の原理(小林昭夫)1985年、講談社ブルーバックス