第3章 筋ジストロフィー患者のリハビリテーション


1.筋ジストロフィ−患者に対するリハビリテ−ションの意義

 はじめに
 筋ジスの原因解明は遺伝子レベルの研究で急速な展開がみられ,遺伝子治療の展望に関する研究も報告されるようになってきました.しかし残念ながら病勢の進行を抑えることができるまでの根本的な治療は未だ確立されていないため,リハビリテ−ションは筋ジスの医療の中で大変重要な役割を担っています.また病院の中で行なう医療ばかりでなく,在宅療養においてもリハビリテ−ションは同じく重要な役割を持っています.病気になる前に持っていた機能をなるべく落とさないようにしておく,機能回復が可能なものは適切に対処する,回復の及ばないところには装具などで機能を強化する,など在宅で是非行なっていただきたい機能訓練が少なくありません.本章ではこういったリハビリテ−ションの役割と意義,および概要について順次述べていきます.


(1)リハビリテ−ションの役割
 リハビリテ−ションの持つ役割とは何なのでしょうか.リハビリテ−ションもやはり病気の治療法の一つです.しかし,同じ治療でもリハビリテ−ションは病気の結果起こって来た障害(人間が人間らしく生きていくのを邪魔するような身体的,心理的問題)を最大限減らすことにタ−ゲットを据えて治療の対象にしていることです.筋ジスの場合,病気の初期の段階から医学的に障害がその後どのような経過をとるのかをかなりはっきり予測できるようになってきています.ですから病気の診断がなされる時点で障害のことをも同時に取り組んでいくことが必要になります.また病気そのものばかりではなく病気からくる障害は,症状の進行に伴い実際の生活の中で大きな障害を及ぼすようになります.その結果,あらたな障害に応じた取組みも必要になります.このようにリハビリテ−ションは予想される障害の進行をあらかじめ予防したり,現在の障害を軽減させて,患者さんがより良い社会生活をおくることができるようにするといった重要な役割を担うことになるのです.


(2)リハビリテ−ションにおける機能訓練の意義
 機能訓練はリハビリテ−ションとは同じ言葉ではありませんが,リハビリテ−ションの中で重要な位置を占めています.ところで,「筋ジスは進行性の病気なので機能訓練をしても無駄なのではないか」と聞かれることがあります.もしも何をしても仕様がないと考え,病気の進行を自然のままにまかせていたらどうなるのでしょうか.筋ジスでは病気自体の筋萎縮にくわえて,筋肉を使わないことによる筋萎縮(これを廃用性筋萎縮と言います)も重なり,障害をさらに助長させることになります.ある宇宙飛行士が地球に帰還した時,紙1枚を持ち上げるのがとても重く感じられたと感想をもらしていました.無重力状態の生活は手足の筋肉を使わないに等しいため,このような現象(廃用の状態)が起きる訳です.そのため宇宙飛行士にとっては帰還の後も,廃用の状態からの回復のためにリハビリテ−ションは欠かせないのです.筋ジスの場合,廃用の状態により,廃用性の筋萎縮の他にどんなことが起きやすいのでしょうか.全身的なものでは,心臓や肺の機能低下,そして骨萎縮などがあります.勿論これらは病気の進行に従って起きることでもありますが,運動過小によって出現の時期を早めたり,より顕著になったりします.身体の部分的なものでは,例えば車椅子生活に入ると行動範囲は大きくなる一方で,下肢の運動量が大幅に少なくなります.その結果,下肢の廃用性筋萎縮・拘縮・変形,脊柱の変形(彎曲),下肢の末梢循環障害や骨萎縮などが出現しやすくなります.つまり筋萎縮により,筋力の減弱,筋力の不均衡→筋拘縮→変形→生活機能の低下→筋萎縮・拘縮・変形の進展,というサイクルを描き,廃用の状態がこのサイクルの回転を早めてしまうことが指摘されています.このように車椅子生活に入った時期は,予想されるあらたな障害の進行を予防するため,機能訓練が大変重要な意味を持ちます.適度な筋活動と適切な機能訓練は,障害の新たな出現や進行を抑え,それがまた日常生活動作や社会生活の内容をできる限り豊かなものにしていく上で重要な意味を持つと考えます.


(3)リハビリテ−ションの概要
 リハビリテ−ションがめざすものは,1)将来予想される新たな障害が生じるのを予防する,2)残っている身体機能を最大限活用するためその手段としての装具や自助具を作製する,3)社会で生活する上で不利益となるようなものを出来るだけ少なくするような手段や環境を整える,4)身体機能のみならず精神的な面でも励みとなり,生活の内容を最大限豊かなものにする,ことにあります.これらの目的を達成するために障害の内容や程度に対応したリハビリテ−ションのプログラムが作成される訳ですが,筋ジストロフィ−におけるプログラムは以下のような項目にまとめられます.


 これらの項目における具体的な内容については次の節で詳しく紹介されます.
 リハビリテ−ションを行なう場は,単に病院などにある訓練室の中で行なう運動療法のみを想定しているのではありません.在宅であっても,学校,施設,自宅など,症状や状況に応じて患者さんの生活全体に目を向け,患者さん自身や家族の方がおかれている環境に適合させて実施することになります.本書をガイドラインにしたり,通院や在宅訪問医療の機会に医療スタッフの指導や助言を受けながらリハビリテ−ションに実りある成果が得られるよう期待します.


(4)リハビリテ−ション医療スタッフの紹介            
 リハビリテ−ション医療の特徴は,種々の医療専門職がチ−ムワ−クを組んで患者さんにたずさわることにあります.医療スタッフは医師,看護婦ばかりでなく理学療法士,作業療法士,心理療法士(臨床心理士),医療ケ−スワ−カ−,児童指導員などがそれぞれの責任において専門性を発揮するとともに,円滑なリハビリテ−ションを行なうよう組織されています.以下にそれぞれの専門職における役割を紹介いたします.

理学療法士は温熱・電気療法などの物理療法,関節可動域,筋力,持久力などの評価と運動療法,さらに歩行訓練や装具,自助具の作製とこれを用いた運動訓練のほか,肺機能を維持するための肺理学療法などを担当しています.

作業療法士は日常生活動作や工芸・木工・ゲ−ムなど特定の作業を通して身体的,精神的機能障害の評価と機能的作業療法などを担当している.作業療法では関節可動域運動,筋力増強運動をも行なうが,理学療法と異なるのは訓練の手段に”作業”が用いられ,上肢の機能を対象とすることが多い点です.

心理療法士(臨床心理士)は性格,知能,感情の評価を行ない,心理的にどのような方法でアプロ−チしリハビリプログラムを遂行するかを方向づける一方,各医療スタッフにどのような対応で患者さんにたずさわったらよいかの助言を与えます.

児童指導員は国立療養所の筋ジストロフィ−専門職として,患者さんが医学的な問題以外に身体的な障害に付随する教育や社会生活の問題に当面したとき,学校,職場での受け入れ体制や環境の調整などをおこない,円滑なリハビリテ−ション医療を遂行します.


文献

  1. 祖父江逸郎,西谷 裕,他:筋ジストロフィー症の臨床.医歯薬出版,東京,1985,p263
  2. 亀山正邦,高倉公明,他:今日の神経疾患治療指針.医学書院,東京,1994,p905

(鴻巣 武)

   

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