2.体外式陰圧人工呼吸器による管理

 はじめに
 体外式陰圧人工呼吸器の開発の歴史は19世紀フランスまで遡りますが,実用的な陰圧人工呼吸器は1929年にアメリカのドリンカーらにより発明された「鉄の肺」が最初になります.彼らはポリオの呼吸不全を治療するためにこの器械を発明したのです.「鉄の肺」は盛んに使われましたが,器械の中に頭部を除いて全部入れてしまうために,ケアがしにくいなどの欠点が指摘されました.日本でもポリオが流行した頃に輸入され使われましたが,現在ほとんど無いようです.アメリカでは家が広いためだろうと思いますが,現在でも使われています.その後1930年代の終わりにポリオの大流行があり,呼吸不全患者が多数発生したため,「鉄の肺」の小型版である現在の胸腹部を覆う体外式陰圧人工呼吸器(以下,CRと略)が作られたのです.その後CRはポリオ呼吸不全の治療には継続して使われてきましたが,筋ジスなどの神経筋疾患の呼吸不全に使われるようになったのは1970年代後半でした.気管切開が必要でなく,外せば普通の患者と変わりなく行動でき,また旅行や外泊なども可能であることから日本でも1980年代中頃よりたくさん使われてきました.今では鼻マスクによる陽圧人工呼吸が主流となりCR時代遅れの感があります.しかし,まだCRで治療中の患者さんもおられますし,鼻マスクでの人工呼吸が習得困難な患者さんもおられますので,将来もCRがなくなるということはないと思います.CRの原理や使用法などについて述べます.


(1)体外式陰圧人工呼吸器の原理とその種類
 体外式陰圧人工呼吸器の原理は気密室の中に身体を入れ,この気密室に陰圧をかけて胸を膨らませることにより肺に空気を到達させようとするものです.「鉄の肺」では頭部を除く体全体を器械の中に入れました.CRでは胸と腹をポンチョで包みここに陰圧をかけます.気密室ができなければ,呼吸器としての機能は果たせません.したがってポンチョの着用の上手下手で呼吸器の能率が変わってきます.エアーリークがないようにポンチョを着用することにはかなりの慣れが必要です.
 「鉄の肺」以外の機種としては,アメリカのエマーソン社製のCRが最も普及しています.日本製ではアコマや木村社製CRが売り出されていますが,エマーソン社製CRが70万程度であるのに対し,日本製は150万程度と価格面で大きな開きがあります.携帯性についてはエマーソン社製CRが最も優れていますが,器械の使用法の容易さは日本性に軍配を上げたいと思います.器械の他にCRでは身体にコルセット,またはグリッドとポンチョを着用することが必要になります.ポンチョ型が優れているので現在ではコルセットを作成し装着することはほとんど無くなりました.コルセットにしてもポンチョにしても着用が難しく,時間がかかり慣れが必要なことは既に述べたとおりです.


(2)体外式陰圧人工呼吸の開始時期
 体外式陰圧人工呼吸の開始時期についてはいろいろな意見があります.東埼玉病院では日中の動脈血炭酸ガス分圧が60Torrを越えた時期と定めています.正常の動脈血炭酸ガス分圧値は45Torr以下です.前項で述べたように,筋ジス呼吸不全では動脈血炭酸ガス分圧が正常よりも上昇し,動脈血酸素分圧が低下するのが特徴で,この状態は肺胞低換気と呼ばれます.筋ジスでは肺組織自体は正常ですから(後に反復肺感染症により肺組織に異常を来すこともありますが),肺胞までに十分量の空気が到達できればガス交換が可能なのです.したがって肺疾患の呼吸不全のように気管切開により高濃度の酸素を送り込む必要がないので,低効率の体外式陰圧人工呼吸や鼻マスクによるIPPVでも対処が可能なのです.


(3)体外式陰圧人工呼吸の効果
 体外式陰圧人工呼吸器の導入時は,ポンチョを装着した上で陰圧を10cmH2O程度から開始します.体の力を抜きリラックスした状態で開始するのが良いのです.吸気時間(胸が拡げられる時間)は1秒程度,呼気時間(息をはく時間)は2秒程度に設定します.この設定は難しくて,ストップウオッチを用いながらでないと設定できません.開始当日は徐々に陰圧を上昇させ,20までとしておきます.最初の日は30分から1時間装着し,以降次第に長くして夜間装着に移行していきます.
 開始して数週間後には呼吸器を外しても動脈血炭酸ガス分圧値は50Torr台に下降し,呼吸状態の回復傾向を示します.これは呼吸筋疲労がとれたためであると考えられます.動脈血酸素分圧も動脈血炭酸ガス分圧も10Torr以内しか改善しません.気管切開と陽圧式人工呼吸器の組み合わせの治療(TIPPV)では動脈血ガス値は完全に正常化しますし,NIPPV患者でも動脈血ガス値が完全に正常化することがあります.したがって体外式陰圧人工呼吸器による治療法は不完全な方法であると結論できます.しかし,NIPPVが習得できない患者さんでは体外式陰圧人工呼吸器を使わざるを得ない場合もありますので,全くナンセンスな治療法というわけではありません.
 体外式陰圧人工呼吸器で治療を始める頃には呼吸困難,疲れやすく根気が続かず新聞も読めない,寝覚めが悪く午前中はボーツとしているなどの自覚症状があります.呼吸器治療を始めると(治療は夜間睡眠時間のみですが),これらのの症状は消失して元気に生活できるようになります.東埼玉病院では1984年1月からCR治療が始まりましたが,1984年7月から治療を始めた患者さんが現在も(1995年5月時点)CRを装着して生活中です.CRは人工呼吸器としての能率は劣るのですが,症例によっては大変有効な場合もあるのです.
 平均して約3年程度でCRでは治療が不十分になりますので,この時点でNIPPVや気管切開を考えるというのが通常の対処法となります.


(4)体外式陰圧人工呼吸の注意点
 体外式陰圧人工呼吸療法はまず身体(特に胸部)を何らかの方法で覆い,気密室を作らなければなりません.この気密室を作るためにコルセットを着けたり,グリッドをつけてポンチョを着用したりしなければならないのです.気密室をつくるということは,エアーリークがない状態を作るということです.ポンチョを装着する場合,まず頚部には小さなタオルを巻き,その上からポンチョの頚部のストラップを締めます.あまり強く締めすぎると呼吸ができませんのでほどほどに締めることが必要です.腕は肘より上部でマジックテープで締めます.腹でポンチョ下部を閉じようとすると,どうしてもエアーリークが生じますので,ポンチョを大腿部で閉じるのです.ポンチョの下の端を大腿部に巻きつけ上からマジックテープで巻きます.両方の足に巻き付けると中心部が余ります.この余った部分は前面(腹側)と後面(背中側)を重ねて陰部に向かって巻いていきます.あまりきつくないところまで巻きましたら,これを数個の大きな洗濯ばさみ,または書類ばさみで止めれば作業終了です.
 この器械は電圧によって微妙に動作タイミングが変化します.在宅患者では周囲が電力を使わなくなる夜中に急に陰圧が上昇することがあります.この場合は家の近くにトランスを電力会社に設置してもらうことで解決しています.器械の故障は稀にありますが,在宅の場合は夜間でも眠らないで起きていれば呼吸は大丈夫ですので,その間に病院に来てもらい故障していない器械を貸し出すようにしています.CRは作動音が大きく,夜間に問題が起きます.これは消音器で解決しますが,価格は10万円程度です.ただし,これでもNIPPVの一部の機種よりは作動音が大きいのです.CRの宿命として器械作動中のエアーリークによる体温低下が問題になることがあります.ベッドの下敷きや上がけに電気毛布を使用することで解決しています.CRを使ってみると,夏は涼しく良いのですが,冬は寒さを強く感じるようです.北の地方では当初寒さのために使えないという話もありました.


 おわりに
 体外式陰圧人工呼吸器は歴史的に一定の役割を果たしましたが,現状ではNIPPVに主役の座を明け渡した感があります.しかし前述したように今後も特定の場合には使われると思います.

(石原伝幸)

   

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