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▼「すず」(千葉すず・生島淳・藤田孝夫写真/新潮社)
スポーツ選手が一般観戦者に与えるものに「爽快感」がある。
球を遠くまで飛ばしたり、速く走ったり泳いだり、普通の人にはできないことを、入念の末に成し遂げる。観戦者は単純に彼らと自分と同化させようとする。彼らがしくじらなければ。しくじったりしたら「裏切り行為」なのだから。
今のスポーツ記事を報道する者たちに、事実を伝えようとする意志は皆無であり、「プレーがどうエンターテイメント的に作用したか」だけが重要となる。取材する当人たちの努力や思い入れなどを問題にすることはない。勝てばもてはやすが、負けると一般観戦者の代表気取りでマイクを向けて煽り立てる。
元スポーツ選手から芸能人になった人、あるいは芸能人を気取る人、この辺の人たちは「自らの記録と栄光」よりも「自分がどう見られるか」に執着した結果である、とも言える。
その対極にいたのが千葉すず。アトランタオリンピックで振るわなかった後の発言は、成績よりも有名になった。文中で借用されたナンシー関のコメントのように、感動ドラマを演出する義務などありはしないのだが。もともと人見知り。その上、頭の悪いことを発言するマスコミをよく覚えている。芸能人からかなりの隔たりがある人だ。
前にも書いたが最近の千葉すずの写真を見ると、「この人、こんな表情するんだ」とショットが多い。写真でもってこちらの頭の中を「情報操作」されていたのかと思ってみたり。(2001/08/16)
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