■◇■ ある理不尽の肖像 ■■■■

 --- すべてのカナコファンに捧ぐ ---

▽ 暗黒より届いた一通のメール 〜ある男と女のメールの語らい〜 その1 :雑文7 を一部改訂 (2000/08/20)

 ちょっと趣向を変えてメール編です。けれどもパターンはかわんないんだよね。そもそもカナちゃんの話は変えようがないんだけれども。

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 夏の訪れと共に、私のフトコロは一瞬とは言えかなりの温度上昇を見せる。このボーナスと呼ばれる「フトコロ温度上昇現象」は、我々に様々なドラマを生んでくれるのだ。
 今年のボーナスは確かにかなりの額をカットされていた。しかし、もらえることの喜びは筆舌に尽くしがたい。ともかく私は我を忘れて歓喜した。銀行口座は一気に膨れ上がり、バカンス計画も盛り上がった。欲しいモノリストを作り上げ、指折りながらこれとこれはいるよな、などと妄想を膨らましては心揺らせた。
 しかし、よもや忘れてはいまい。ボーナスに常につきまとう不穏の蔭のことを。

 ある日、私のメールボックスに一通のメールが届いた。差出人の名を見た瞬間、ボーナスの喜びは一瞬にして灰と化した。私のボーナスを蝕むあの暗黒のメールがついに届いたのだ。

 カナコである。

 >ボーナス入ったでしょ。どこに行く?

 通常ならば、どこに行く?とか言う前に、様々な会話がなされていて当然のはずだ。にもかかわらず彼女のメールは実にシンプルである。もはやどこかに連れていってもらえることにはなんの疑問も抱いていない。なぜだ、なぜそれほどまでに私のボーナスを我が物顔にできるのか、カナコよ。
 だいたいボーナス恒例のアルバイト職員にお昼をおごるという慣例は、アルバイト職員の所属する部署の係長さんの役目であって、平の職員である私の仕事ではない。ましてやこの4月でカナちゃんとは部署もちがうところにいるのだ。まったく関係ないではないか。

 思うにカナちゃんは、「ジャイアン法則」を実践しているのではないか。すなわち有名な「オマエのモノは俺のモノ。俺のモノも俺のモノ。」というアレである。
 こうなっては、ジャイアンの母ちゃんがいなければ誰もカナコを止めることなどできまい。また、私自身ある程度の免疫ができてしまって、このような理不尽なメールをもらっても「ああ、ついに来たか」と半ば諦め気味に受け止めてしまうあたりカナコメールの危険性を助長している節がある。こんなことではいつか私の口座は破綻することは目に見えているではないか。心せねばならぬと思う。

 しかし今回は私にも考えがある。そうも易々と私の命のボーナスを食い荒らされてたまるものか。古来よりヒトは知恵を巡らすことにより、さまざまな問題を乗り越えてきた。稲をすずめに食い荒らされたとき、農家の人々はどうしてきたか、大事な作物をどのようにして守ってきたか。そして私はボーナスを死守するためにどうすればよいのか、今回はこの対策を練ることができるのだ。
 考えようによっては実に簡単である。とっとと断ればいいのだ。「忙しいのでそんな暇ありません。」程度の文章を軽くこさえて送信すれば良いだけの話だ。なにしろ職場が変わって以来カナちゃんと顔を合わせることはない。電話がかかってきたとしてもなんとでも言いつくろえる。そうだ、それだけのことだ。言いにくい事をスラッと書けるメールという便利な代物もある。大丈夫だ。やれる、ボーナスは渡さない。

 私はとりあえず、あたりさわりのないようなやんわりとした断りのメールを送ることにした。どうやら私はとんでもない策士だったようである。いとも簡単にカナコのボーナス搾取攻撃をかわすことに成功しそうである。

 >カナコさんへ
 >
 >たいへん申し訳ないんですけど、ここんところ忙しくって
 >なかなかそういう時間がとれそうにありません。
 >またの機会に行きましょう。
 >
 >そうそう。ゴンタ元気にしてます??
 >最近暑いんで、夏バテしないようにして下さいね。でわ。(^^

 完璧だ。完璧すぎる。(ちなみにゴンタというのは、カナちゃんが飼っている犬の名前である)言いたいことをまずキチンと言い、そしてかつ友好的に見せかけるように、私的には心の底からどうでもいい飼い犬の話を織り交ぜ、さらに体を気遣う一言。我ながらほれぼれするようなパーフェクトなメールである。

 で、返ってきたのがこれ。

 >そんなに忙しいの?私の方は結構暇なのに。
 >
 >>そうそう。ゴンタ元気にしてます??
 >>最近暑いんで、夏バテしないようにして下さいね。でわ。(^^
 >
 >昨日、ゴンちゃんとお話していたら、ゴンちゃんが、
 >「夏バテしないように、てしくんにお昼おごってもらいな。」
 >って言ってました。

 「策士、策に溺れる」とはこのことである。まさに一生に一度の不覚。こともあろうか、私はカナちゃんがゴンタとおしゃべりができることを忘れていたのである。ゴンタの話題など言語同断であった。このような初歩的なミスを犯してしまった自分を深く恥じるのであった。
 それにしてもカナちゃんが暇なのと、私が忙しいのはまったく関係ない話で、カナちゃんが暇だからといって私も暇だと思ってもらっても困る。あいかわらず自分に都合の良いようにゴンタの鳴き声を和訳しているあたりも腹が立つが、お昼をいっしょに食べに行くのではなく、あくまで「おごってもらう」つもりであるのにも神経をピクリとさせる。さすがカナコだ。

 さて、このメールをもらって、なお断り続けるには、さらにもう一通の「断りメール」を送る必要がある。一通目のメールは意外にスンナリと出せた私であったが、この思いも寄らない反撃にもう一ひねりを加えて返信することはかなりの難しいことのように思えた。
 しかし、だからと言ってこのまま「じゃ、いつにします?」と言ってしまっては元の木阿弥だ。今回は負けるわけにはいかない。ボーナスもカットされているし、多額の借金をこさえてしまったところだし、意地でも突っぱねねばなるまい。

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