■◇■ ある理不尽の肖像 ■■■■

 --- すべてのカナコファンに捧ぐ ---

▽ 必殺が僕を呼ぶ:(2000/09/28)

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 僕の携帯電話はカナちゃんから電話がかかってくると必殺仕事人シリーズの殺しのテーマが鳴るように設定してある。まさにその着メロは死に神からの着信であり、背筋が凍る瞬間である。運転中や就寝してからこのメロディがかかると本当に冷や汗をかくこともしばしば、できれば運転中や寝ている時なんかはかけてきて欲しくないと心から思う。いや、運転中は、というかどんな時もかけてきて欲しくないと思う。
 先日なんぞは気合いの入ったデート中に必殺がかかったので非常にヒヤリとさせられた。携帯の電源は切っておくべきだったと後悔したがもはや手遅れで、電話をとらないのも不自然だし、とってしまえばカナコが無理難題を言って僕を困らせるだけに留まらず、せっかくの気合いの入ったデートが台無しになる恐れもあるのだ。
 僕はできるだけ平然と電話をとった。隣を歩く娘に焦っているのを悟られぬよう動作が不自然にならぬよう気をつけて。

 「もしもし。」
 「あー、てしくん?アタシ。今、ちょっとだけ時間いい?」
 「えと、今、外なんですよ。また後でかけ直します。」
 「ちょっとって言ってるでしょ。」(少しドスをきかせて)
 「なんですか、いったい。」(少し小声で)
 「今ね、友達と三越(デパート)にいるんだけどね、たくさんお買い物しちゃったの。」
 「……え、ええ。それで?」
 「それでね、今から帰るんだけど、持ちきれないくらい買い物しちゃったから迎えに来てくれない?」
 「はい?」
 「だからー、迎えに来てよ。」
 「なに馬鹿なこと言ってるんですか。今忙しいんですよ。」
 「馬鹿なことって何よ。」(きた!キレる前ぶれ)
 「え、だから、その。ちょっと今ホントに忙しいんですったら。」
 「忙しいって、何してるのよ。」(重みのある声で)
 「そ、その、デート中なんです。」(ボソ)
 「デート?誰と?」
 「誰だっていいじゃないですかぁ。」(ボソボソ)
 「いいから言いなさいよ。それとも私に内緒にするつもりなの?」(ピクピクし始めてる)
 (やばい!危険だ。どうする?どうしよう!?どうすればいい???そうだ、切っちゃえ、切ってしまえ。たいへんなことになる前に!そうだ、切ればいいんだよ、電話切っちゃえい!!)
 「すいません、また今度にして下さい。でわ。」ブチッ!!

 身の危険を感じ、僕は強引に通話を切断した。僕にしてはかなりの強行である。そのまま話し続ければおそらくカナちゃんに根ほり葉ほりことの次第を聞かれ、あげくそれでもなお迎えに来い、という無茶をいうおそれもある。そんなことになったら目も当てられない、と決死の判断で電話を切ったのだ。
 カナちゃんはこうして僕のプライベートにも平気で踏み込んでくる。知ったところでカナちゃんになんの得もないようなことでもやたら聞きたがるし、おばさんみたいに下世話な話に限って情報通なのである。
 うかつにもデートなどと本当のことをしゃべってしまった僕は、その後速攻で携帯の電源を落とし(もちろん後々いじめられるであろうことを覚悟の上で)デートを敢行したが、まったくおそるべしカナコの我がままぶりである。だいたい後輩の男の子をイキナリ足がわりに呼びつけるなどということを平気でやってのける女性がこの日本にどれほどいるだろうか。しかもまったく謝礼なしで。
 それにしても僕もなかなか天晴れな男である。いつの間にかあのカナコの電話を強引に遮断するまでに成長していたのだ。確かに電話を切るその瞬間は微妙に手が震えていたような気もする。しかし、その難易度の高いウルトラCをやってのけたのだ、これは誇っていいことではないか!
 僕はデート中の娘に見えないように小さくガッツポーズをつくり、そしてまた何事も無かったように二人で歩き始めたのであった。

 もちろんその日の夜、必殺のテーマが僕を呼んだのは言うまでもない。

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