■◇■ ある理不尽の肖像 ■■■■

 --- すべてのカナコファンに捧ぐ ---

▽ 夏のオモイデ:(2001/08/16)

 それはカナコ11歳の夏のコト。
 (カナちゃんから聞いた話をテキトウにアレンジしてますんで実際とは多少異なるかもしれません。)

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 夏休みの宿題に朝顔の種を育てる係がクラスメイトの中から数名選ばれることになった。クラスの中で選ばれた数人だけが朝顔の種を持って帰って育てるのだ。当時からお姉さん風を吹かすのが得意だったカナコはもちろんその数名に入りたくて仕方がなかった。プライドがカナコの心をくすぐったのだ。
 そして担任のいわた先生の「育ててくれるひと、手を挙げて下さい。」という声にクラスのみんなをさしおいていちばんにカナコは手を挙げた。他者を押しのけ自分だけ生きようとする底力はこのあたりですでに身に付いていたようだ。

 朝顔係に立候補したクラスメイトは思いの外多くて、先生はちょっと困った顔でこう言った。
 「ではひとりひとり朝顔をどうやって育てていくか、先生に教えて下さい。でも普通の方法で育てても面白くないからいろいろな方法で育ててみよう。じゃ、橘さんから順番に発表して下さい。」
 美咲ちゃんは、クラスでいちばん勉強ができるから、そのとき朝顔係に立候補していたみんなは美咲ちゃんが考えた育て方にすごく興味を持っていた。美咲ちゃんならきっといろんなことを思いつくに違いない。
 「えっと、私は、朝顔の種をずっと日陰に置いて育てたいと思います。」
 いわた先生はうんうんとうなづいてから
 「じゃあ橘さんは日陰で育てる方法でがんばってください。」
 と美咲ちゃんに2つ、3つ朝顔の種を手渡した。さすが美咲ちゃんとカナコは思った。花は日当たりの良いところでタップリ水を与えて育てるのが良いということを知っていたカナコは、それとまったく反対の日陰に置くという美咲ちゃんの考えに驚かされたのだった。カナコは自分の発表の順番が来るまでに日陰に対抗するほどの妙案を思いつく必要があった。少なくともそれを超えねば朝顔の種がもらえないかもしれない、或いはクラスでの自分の地位を確立するためにはここで一目置かせて置かねばならぬということを幼いながらに肌で感じ取っていたのかもしれない。とにかくカナコは考えた。
 いわた先生は「では次は佐藤君、お願いします。」と言った。佐藤君の案もとてもすばらしいものだった。なんと朝顔を冷蔵庫の中で育てるというのだ。冷蔵庫の中は温度がとても低いことをカナコは知っていた。常温より低い温度で朝顔の種はいったいどうなるのか、果たして芽が出るのだろうか。カナコはとても知りたいと思った。それほどに強烈に好奇心を煽るような”育て方”であった。いわた先生はやはり2つ3つの種を佐藤君に渡していた。
 だが、その時カナコの脳裏を激しく揺さぶるナニかがあった。佐藤君に種を渡すいわた先生の姿をぼんやりと眺めながらカナコは自分でも驚くほどのすごい”育て方”を思いついたのだ。カナコは戦慄すら覚えた。小学生とはとても思えぬほどの奇抜なアイデア。そのアイデアはいわた先生すら凍り付かせたのだと言うから、カナコの非凡の才はこの時からすでに発揮されていたと言って良いだろう。
 ついにカナコの発表の順番が来た。カナコはその時すでに自分の案に酔っていた。酔いつぶれて盲目になっていた。私のすごいアイデアを世に知らしめるときが来たのだ、と陶酔しきっていた。

私はずっとお湯で育てたいと思います!

 あほである。ものすごいあほである。いや、アイデア自体はステキか。まさに逆転の発想で水をあげるかわりにお湯をあげて育てるというのである。しかし、まぁお湯をあげていったいどうするというのか。お湯はいつまでもお湯でありつづけるとでも思っていたのか、カナコ。そしてカナコは凍り付くいわた先生の表情をさらに強ばらせた。

 「ずっとお風呂に浸けておいて、温かくしてやるとすぐ芽が出るかもしれないので良いと思います。

 誰か、誰かこの娘を止めてやってくれ。ひょっとして当時からカナコの家のお風呂は年中お湯だったのだろうか。24時間いつでもお風呂システムが十数年前の家庭用お風呂に組み込まれていたのだろうか。いや、思うにこの時以来、朝顔の種といっしょにカナコのノウミソも腐ってしまったのではなかろうか。もう少しモノゴトを思慮深く見極め、そのアイデアをどう実行すれば良いのか考えてから発言すべきではなかったか、カナコよ。
 小学生とは言え、浅はかすぎる彼女の意見も察するにクラスメイトたちには受けたろうと思う。しかしその時の先生の心境は計り知れない。「お湯は無理だろ、オイ。」とか心の中で突っ込んでいたかもしれない。しかし先生は子どもたちの夢を壊さぬようカナコにも2つ3つの種を手渡し「が、がんばってね」と言ってくれたようだ。あっぱれ先生。

 しかし、その朝顔の種は二度と帰らぬことになったのは言うまでもない。

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