浸食の輪廻からすると、富士山は幼年期の地形で、その山腹は原地表面に覆われている。しかし、詳細に見れば多くの浸食谷が発達しはじめている。集中豪雨や台風の流水、、雪崩などが生じると下方浸食、側浸食が行われ、土石流、地すべりなども生じている。
大沢崩は富士山の西側にある、最も発達する谷で、谷頭は中央火口の近くまで迫っている。多くの侵食谷のなかでとくに大沢崩の崩壊が激しいのは斜面の傾斜がもっとも大きいからだと思われる。年々多量の岩石が崩落し、崩壊した岩石は豪雨によって上井出北東の大沢扇状地に運ばれる。今後、数千年にわたって浸食作用のみ働くならば、中央火口は切り開かれ、山体には吉田大沢をはじめ、多くのV字谷が発達し、富士山も壮年期の地形に移っていく運命にある。 しかし、富士山は活火山であり、宝永の噴火が大きかったためか、今は静かだが,やがてまた噴火し、富士山がどのような形になるか予想出来ない。
大沢崩のような大崩壊は縄文時代末(約2500年前)にもあった。富士山の東麓一帯に分布する御殿場泥流がその証拠である。( 2.富士山の噴火活動 C
御殿場泥流)
いずれにしても、20万年〜30万年後には愛鷹山のような開析された火山体となるであろう。
大沢崩
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| 大沢崩れと扇状地の説明図 Valley and alluvial fan of the Osawakuzure |
富士山 中央右の深い谷が大沢崩, 1999年11月21日朝霧高原付近より撮す。 |
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| 宝永山に雪崩か?(2008年4月9日の写真) |
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| 宝永山 (水ケ塚から 2008年5月7日) 宝永山は宝永4年(1707年)の宝永の噴火で放出したスコリアが 堆積した砕屑丘である。 |
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| 「宝永山の赤岩」について(西臼塚から、2008年5月8日) 宝永噴火が始まる、六合目付近の斜面に分布していた古い赤褐色のスコリア層が吹き飛んで、 第1火口(直径約1200m、深さ750m)が出来た。 古い赤褐色のスコリア層は火口の山麓側へ堆積して、「宝永山の赤岩」となった。 火口の山頂側(7合目付近)の急な斜面へ落下するテフラは火口へ滑り落ち、堆積しない。 その後、宝永山は黒いスコリアに覆われたが、崩壊が進み宝永山の頂上付近に 赤褐色の古いスコリアがあらわれた。 この角度から見ると崩落の様子がよく分かる。 |
![]() 宝永山 2011年8月30日 御殿場市から |
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