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『雛がたり』 青空文庫
と細い段の緋毛氈。ここで桐の箱も可懐《なつか》しそうに抱しめるように持って出て、指蓋《さしぶた》を、すっと引くと、吉野紙の霞の中に、お雛様とお雛様が、紅梅白梅の面影に、ほんのりと出て、口許《くちもと》に莞爾《にっこ》とし給う。唯《と》見て、嬉しそうに膝に据えて、熟《じっ》と視ながら、黄金《こがね》の冠は紫紐、玉の簪の朱の紐を結い参らす時の、あの、若い母のその時の、面影が忘れられない。
そんなら孝行をすれば可いのに――
鼠の番でもする事か。唯台所で音のする、煎豆《いりまめ》の香に小鼻を怒らせ、牡丹の有平糖《あるへいとう》を狙う事、毒のある胡蝶に似たりで、立姿の官女が捧げた長柄《ながえ》を抜いては叱られる、お囃子の侍烏帽子《さむらいえぼうし》をコツンと突いて、また叱られる。
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