検索結果詳細


 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 されば得三が引返して来て、被《かづき》の上より突込みたるは、下枝にあらで人形なりけり。但《たゞ》下枝は右にありて床柱に縛《くゝ》し上げられつ、人形は左にありて床の間に据ゑられたる、肩は擦合ふばかりなれば、白刃ものを刺したるとき、下枝は胆消え目も眩みて、絶叫せしはさもありなん。又もや声に呼び出されて、得三再び室の外へ駈け行きたる時、幕に潜める彼男《かのをとこ》は鼬の如く走り出で、手早く下枝の縄を解き、抱き下して耳に口、「心配すな。と囁きたり。時しも廊下を踏鳴して、得三の帰る様子に、彼男少し慌てる色ありしが、人形を傍へずらして柱に寄せ、被《かづき》は取れて顔も形もあからさまなる、下枝を人形の跡へ突立せ、「声を立てる勿《な》。と小声に教へて、己《おのれ》は大音に、「城様、得三様。」いふかと思へば姿は亡《な》し。既に幕の後へ飛込みたる其早さ消ゆるに似たり。

 202/219 203/219 204/219


  [Index]