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 『眉かくしの霊』 泉鏡花を読む

 宵の雨が雪に成りまして、その年の初雪が思ひのほか、夜半を掛けて積りました。山の、猪、兎が慌てます。猟は恁う云ふ時だと、夜更に、のそ/\と起きて、鐡砲しらべをして、炉端で茶漬を掻食つて、手製の猿の皮の毛頭巾を被つた。筵の戸口へ、白髪を振乱して、蕎麦切色の褌……可厭な奴で、とき色の禿げたのを不断まきます、尻端折りで、六十九歳の代官婆が、跣足で雪の中に突立ちました。(内へ怪ものが出た、来てくれせえ。)と色、手振で喘いで言ふので。……こんな時鐡砲は強うございますよ、ガチリ、実弾をこめました。……旧主人の後室様がお跣足でございますから、石松も素跣足、街道を突切つて蒜、辣薤、葱畑を、さつ/\と、化ものを見届けるのぢや、静にと言ふ事で、婆が出て来ました納戸口から入つて、中土間へ忍んで、指されるなりに、板戸の節穴から覗きますとな、――何と、六枚折の屏風の裡に、枕を並べて、と申すのが、寝ては居なかつたさうでございます。若夫人が緋の長襦袢で、掻巻の襟の肩から辷つた半身で、画師の膝に白い手をかけて俯向に成りました、背中を男が、撫でさすつて居たのださうで。いつもは、もんぺを穿いて、木綿のちやん/\こで居る嫁御が、其の姿で、然も其のありさまでございます。石松は化もの以上に驚いたの相違ございません。(おのれ、不義もの……人畜生)と代官婆が土蜘蛛のやうにのさばり込んで、(やい、……動くな、その状を一寸でも動いて崩すと――鐡砲だぞよ、弾丸だぞよ。)と、言ふ。にじり上りの屏風の端から、鐡砲の銃口をヌツと突出して、毛の生えた蟇のやうな石松が、目を光らして狙つて居ります。

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