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 『眉かくしの霊』 泉鏡花を読む

 男はとにかく、嫁は真個に、うしろ手に縛りあげると、細引を持出すのを、巡査が叱りましたが、叱られると尚ほ吼り立つて、忽ち、裁判所、村役場、派出所も村会も一所にして、姦通の告訴をすると、のぼせ上るので、何処へも遣らぬ監禁同様と言ふ趣で、一先づ檀那寺まで引上げる事に成りましたが、活証拠だと言張つて、嫁に衣服を着せることを肯きませんので、巡査さんが、雪のかゝつた外套を掛けまして、何と、しかし、ぞろ/\と村の女小児まであとへついて、寺へ参つたのでございますが。」
 境はきゝつつ、だゞ幾度も歎息した。
「――遁がしたのでございませうな。画師さんはその夜のうちに、寺から影をかくしました。此は然うあるべきでございます。――さて、聞きますれば、――伜の親友、兄弟同様の客ぢやから、伜同様に心得る。……半年あまりも留守を守つてさみしく一人で居る事ゆゑ、嫁女や、そなたも、伜と思うて、つもる話もせいよ、と申して、身じまひをさせて、着ものまで着かへさせ、寝る時は、にこ/\笑ひながら、床を並べさせたのだと申すことで。……嫁御は成程、わけしりの弟分の膝に縋つて泣きたい事もありましたらうし、芸妓でしくじるほどの画師さんでございます、背中を擦るぐらゐはしかねますまい、……でございますな。

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