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 『眉かくしの霊』 泉鏡花を読む

「――あとで、お艶様の、したゝめもの、かきおきなどに、此の様子が見える事に、何とも何うも、つい立至つたのでございまして。……此でございますから、何の木曽の山猿なんか、しかし、念のために土地の女の風俗を見ようと、山王様御参詣は、その下心だつたかと存じられます。……処を、桔梗ヶ池の凄い、美しいお方の事をおきゝなすつて、これが時々人目にも触れると云ふので、自然、代官婆の目にもとまつて居て、自分の容色の見劣りがする段には、美しさで勝つことは出来ないと云ふ、覚悟だつたと思はれます。――尤も西洋剃刀をお持ちだつたほどで、――それで不可なければ、世の中に煩い婆、人だすけに切つ了ふ――それも、かきおきにございました。
 雪道を雁股まで、棒端をさして、奈良井川の枝流れの、青白いつゝみを参りました。氷のやうな月が皎々と冴えながら、山気が霧に凝つて包みます。巌石、ぐわうぐわうの細い谿川が、寒さに涸れして、さら/\さら/\……あゝ、丁ど、あの音、洗面所の、あの音でございます。」

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