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 『日本橋』 青空文庫

 小紅屋の奴、平の茶目が、わッ、と威して飛出す、とお千世が云ったはその溝端。――稲葉家は真向うの細い露地。片側|立四軒目で、一番の奥である。片側は角から取廻した三階建の大構な待合の羽目で、その切れ目の稲葉家の格子向うに、小さな稲荷の堂がある。傍に、総井戸を埋めたと云う、扇の芝ほど草の生えた空地があって、見切は隣町の奥の庭。黒板塀の忍返しで突当る。
 そこに梅の風情は無いが、姿見に映る、江一格子の柳が一本。湯上りの横櫛は薄暗い露地を月夜にして、お孝の名はいつも御神燈に、緑|点滴るばかりであった。けれども、ここの露地口と、分けて稲葉家のその住居とに、少なからず、ものの陰気な風説がある。

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