検索結果詳細


 『草迷宮』 鏡花とアンティークと古書の小径

 件の大崩壊《おおくずれ》の海に突出《つきい》でた、獅子王の腹を、太平洋の方から一町ばかり前途《ゆくて》に見渡す、街道端《ばた》の――直ぐ崖の下へ白浪が打寄せる――江の島と富士とを、簾に透かして描いたような、一寸した葭簀張《よしずばり》の茶店に休むと、媼が口の長い鉄葉《ブリキ》の湯沸《ゆわかし》から、渋茶を注いで、人皇《にんおう》何代の御時かの箱根細工の木地盆に、装溢《もりこぼ》れるばかりなのを差出した。
 床几の在処《ありか》も狭いから、今注いだので、引傾《ひっかたむ》いた、湯沸《ゆわかし》の口を吹出す湯気は、むらむらと、法師の胸に靡いたが、それさえ颯と涼しい風で、冷い霧のかかるような、法衣《ころも》の袖は葭簀を擦って、外の小松へ翻る。

 33/1510 34/1510 35/1510


  [Index]