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 『歌行燈』 従吾所好

 静かに炭火を移させながら、捻平は膝をずらすと、革鞄などは次の室へ……其だけ床の間に差置いた……車の上でも頸に掛けた風呂敷包を、重いもののやうに両手で柔かに取つて、膝の上へ据ゑながら、お千の顔を除けて、火鉢の上へ片手を裏表かざしつゝ、
「あゝ、これ、お三重さんとか言ふの、其のお娘、手を上げられい、さ、手を上げて、」
 と言ふ。……お三重は利剣で立たうとしたのを、慌しく捻平に留められたので、此の時まで、差開いた其の舞扇が、唇の花に霞むまで、俯向いた顔をひたと額につけて、片手を畳に支いて居た。恁う捻平に声懸けられて、わづかに顔を振上げながら、きり/\と一先づ閉ぢると、其の扇を畳むに連れて、今まで、濶と瞳を張つて見据ゑて居た眼を、次第に塞いだ弥次郎兵衛は、ものも言はず、火鉢のふちに、ぶる/\と震ふ指を、と支えた態〈なり〉の、巻莨から、音もしないで、ほろほろと灰がこぼれる。

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