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 『義血侠血』 青空文庫

 渠は内儀を縛めんとて、その細帯を解かんとせり。ほとんど人心地あらざるまでに恐怖したりし主婦《あるじ》は、このときようよう渠の害心あらざるを知るより、いくぶんか心落ちいつつ、はじめて賊の姿をば認め得たりしなり。こはそもいかに! 賊は暴《あら》くれたる大の男《おのこ》にはあらで、軆度《とりなり》優しき女子《おんな》ならんとは、渠は今その正体を見て、与しやすしと思えば、
「偸児《どろぼう》!」と呼び懸けて糸に飛び蒐《かか》りつ。
 自糸は不意を撃たれて驚きしが、すかさず庖丁の柄《え》を返して、力任せに渠の頭を撃てり。渠は屈せず、賊の懐に手を捻じ込みて、かの百円を奪い返さんとせり。白糸はその手に咬み着き、片手には庖丁振り抗《あ》げて、再び柄をもて渠の脾腹を吃《くら》わしぬ。

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