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 『人魚の祠』 青空文庫

 御覧なさい。釣済ました当の美人が、釣棹を突離《つきはな》して、柳の根へ靄を枕に横倒《よこだふ》しに成つたが疾いか、起るが否や、三人ともに手鞠のやうに衝《つ》と遁げた。が、遁げるのが、其の靄を踏むのです。鈍《どん》な、はずみの無い、崩れる綿を踏越し踏越しするやうに、褄が縺《もつ》れる、裳《もすそ》が乱れる……其が、やゝ少時《しばらく》の間見えました。
 其の後から、茶店の婆さんが手を泳がせて、此も走る……
 一体あの辺には、自動車か何かで、美人が一日がけと云ふ遊山宿、乃至、温泉のやうなものでも有るのか、何《ど》うか、其の後まだ尋ねて見ません。其が有ればですが、それにした処で、近所の遊山宿へ来て居たのが、此の沼へ来て釣をしたのか、それとも、何の国、何の里、何の池で釣つたのが、一種の蜃気楼の如き作用で此処へ映つたのかも分りません。余り静《しづか》な、もの音のしない様子が、夢と云ふよりか其の海市《かいし》に似て居ました。

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