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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 時すがら悪き病疾《やまひ》に罹《かゝ》れるやらむ、近寄りては面倒、と慈悲心無き男なれば遠くより素通りしつ。まてしばし人を尋ぬる身にしあれば、人の形をなしたる物は、何まれ心を注《つ》くべきなり。と思ひ返して傍に寄り、倒れし男の面体《めんてい》を月影にて熟《よ》く見れば、予て知己《ちかづき》なる八蔵の歯を喰切《くひしば》りて呼吸《いき》絶えたるなり。銀平これはと打驚き、脈を押へて候《うかゞ》へば遙《かす》かに通ふ虫の呼吸《いき》、呼び活《い》けむと声を張上げ、「八蔵、やい八蔵、何《どう》した/\、え、八蔵ッ、と力任せに二つ三つ掴拳《にぎりこぶし》を撲《くら》はせたるが、活の法にや協《かな》ひけむ。うむと唸《うめ》くに力を得て、「やい、緊乎《しつかり》しろ。と励ませば、八蔵はやうやうに、脾腹を抱へて起上り、「あ痛《いつ》、あ痛《いつ》。……おゝ痛え、痛え、畜生非道いことをしやあがる。と渋面つくりて銀平の顔を視め、「銀平、遅かつたわやい。「おらあ既《すん》での事で俗名八蔵と拝まうとした。「えゝ、縁起でも無《ね》え廃止《よし》て呉れ。物をいふたびに腹へこたへて、こてえられ無《ね》え。「全体何うしたんだ。八蔵は頭を掻き/\ありし事ども物語れば、銀平は、驚きつ又便を得つ、「ふむ、其では下枝は滑川の八橋楼に居るんだな。「あゝ、何してか紛れ込んだ。おらあ、窓から覗いて慥《たしか》に見た。何とか工夫をして引摺り出さうと思つてる内に、泰助めが出懸ける様だから、早速跡を跟けて、まんまと首尾よくぶつちめる処を、さん/゛\にぶつちめられたのだ。忌々《いめえま》しい。「可し一所に歩《あゆ》べ。行つて下枝を連れて帰《けえ》らう。「おつと心得た。「さあ行かうぜ。「参りまする/\。何かと申すうちに、はやこゝは滑川にぞ着きにける。

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