≪BACKMENUNEXT≫

しょにょいちー。

 ひるるるるる、と音を立てているかのように勢い良く落下して行く2つの物体。
「あほーっ! 人を巻き込むな―っ!!」
 2つの落下する物体のうち一つが叫ぶ。物体ではなく、人間だ。そしてもう一つ、いやもう一人は余裕があるのか腕組みをしつつ先の叫びに答える。
「いや〜、別に巻き込むつもりは無かったんだけど。寧ろ注意したし。」
「そう言う問題じゃないだろーっ!」
 叫んでみても仕方がない。現在二人は上空から落下している最中で、しかも下はまだ遥か先。落ちている片割れ、の方は雲に乗れないかなぁ等と呑気な事を考えていた。
「まあ死ぬ事は無いし。多分。」
「多分ってなんだーっ!!」
 既にこのパターンは慣れっこになっているの双子の姉――は初めての事で若干パニックになっている。
 そして二人が気がついたのは段々距離が離れている事。しっかりと手を繋いでいれば離れなかったのだろうが、先に落ちたと少しづつ距離を空けている。
「ちょ、ちょっ、手、手!」
 必死に伸ばすがあと少しで届かない。
「あー、駄目だね。多分別々の所に落ちるわ、こりゃ。」
「なんでお前はそんなに落ち着いてるんだーっ!! 困るぞ私はっ!! どうすりゃ良いのさっ!」
 どうしようもないよ、そんな風に肩を竦めてが答える。
「ま、来ちゃったもんは仕方無いし。んー……Good luck?
「疑問形やめろーっっ!!」
 見る見るうちに離される二人。そして雲間に消えたの視界に戻ってくる事は無かった。
 ただ一言、探しに行くからね、と言葉を残して。


 バサバサバサッと天幕に衝撃が加わり、見事なまでに破壊される。すわ敵襲か、と緊張の走る陣営を余所に破れた天幕の間から微かな呻き声が聞こえ、もぞもぞ、と布を掻き分けて手と頭が見えてきた。
「し、死ぬかと思った……。」
 開口一番それである。周りを囲んでいた兵の何人かがかくり、と膝を折る。
「なぁんで今ので死なない訳? その方が不思議だよ。」
 その言葉と同時に幕間から現れた人物の喉元に刃物が付きつけられる。
「で、アンタ誰?」
 殺気を滲ませつつ男が問う。が、内心刃物を付きつけている相手の殺気の無さ、と言うより緊張感の無さに驚いてもいた。演技しているので無ければ、相当の呑気者か場の雰囲気を読めない馬鹿者か。…自分の腕に自信があるのか。
「事と次第によっちゃこのまま捨て置くし、でなければウチの大将に御報告申し上げないといけないからね。で、誰?」
「…大将……?」
「俺の主の主君。武田信玄公を知らないとは言わせないよ?」
 その言葉に弾かれた様に顔を上げた曲者の顔を見て、男は驚いた。体格から成人だと思っていたが、これでは子供だ。あまりの童顔ぶりに殺気が削がれる。
 一方喉元に切っ先をつきつけられながら『緊張感の無いやつ』と評された人物は、相手の顔をまじまじと見てそれが誰であるかを確認した。逆立った髪の毛、迷彩の服。落ちる直前まで読んでいた攻略本に載っていたのと同じ姿。
 猿飛佐助だ、間違い無い。
「すみませんっ! ここは一体どこでしょうっ?」
 いきなり立ち上がられて、目の前で叫ばれて佐助は困惑した。
「いや、それ訊いているの俺様なんだけど?」
「兵が沢山いる…って事は合戦場? まさか合戦の最中を邪魔しましたか私ー!?」
 勢いに押されて呆れる様に返事をする佐助だが、全く聞いていないらしい。キョロキョロと辺りを見回しながら尚も叫ぶ。
「あああ、何で巻き込まれたんだ私! 最初に会えたのが佐助って言うのは美味しいけど、それにしたってなぁ!」
「……俺様の名前、知ってんだ?」
 笑顔と裏腹に氷点下に下がったような雰囲気に、ピタリと動作が止まる。
「公平じゃないよね。俺様にもアンタの名前、教えてくれる?」
 ニコニコと喉元に刃物を付きつける佐助の耳に、漸く相手の名前が告げられる。
です!」
、ね。じゃあ詳しい話は大将の所でしてもらおうか。」
「は、はい……。」
 いきなり現れた不審人物を、特に何も問い質す事もなく最高権力者の所へ通すという事が信じられないが、そのおかげで助かった、とは胸を撫で下ろした。下手をすると問答無用で首をはねられたかもしれないのだ。結果が同じとしてもそれが先延ばしになったのは嬉しい。上手くすれば無罪放免になるかも、と考えては大人しく佐助について行った。

 ついてきてるよ…逃げようとか思わないのかね?

 佐助はが素直について来ているのに呆れていた。
 確かに脅しすぎたかもしれないが、隙を見て逃げ出そうとするくらいはしても良いと思うのだが、そんな様子は見せない。
 合戦場に迷い込んで来ただけとも思えないが、敵とも思えない。自分の名前を知っていたのも気になるので、早足で信玄の元へと向かった。


「佐助! 先程の音は何だ? 敵襲か? …その者は?」
「真田の旦那。それを今から説明に行こうとしていた所ですよ。」
「うむ、ならばついて参れ!」
 いきなり現れた真っ赤な青年に、は思わず心の中で拍手した。佐助が真田の旦那、と呼んでいたし風貌から間違いなく真田幸村だ。ゲーム画面で見るよりも更に好青年風なのが可笑しくて、笑いをかみ殺す。
「余裕だね?」
 佐助に言われて、慌てて表情を引き締めなおす。
「そんな事ありません。これから先どうなるのかサッパリなのに……。」
「正直に言ってくれればそんなに酷い事にはならないんじゃない? ウチの大将たちは結構甘いからね。」
「はぁ……。」
 その『正直』がどこまで通用するかが問題だな、とが一応死ぬ事は無いし、と言っていたのでその点だけを念じつつ、は武田信玄と対面した。
「幸村ぁ! その者は? どこぞの間者か。」
「幸村よりも佐助の方が詳しい由。佐助が説明いたします、ぅお館様ぁ!」
「うむっ! 佐助、説明せいっ。」
 二人の会話が暑苦しい、とが思ったとしても誰も責めることは無いだろう。実際、慣れている佐助ですらうんざりしている様だ。
「俺にも判りませんよ。突然天幕に降って来たんで、捕まえたんですがね……説明は本人にさせるのが一番じゃないですか?」
 説明しろって言ったでしょ、そんな風に佐助に目で合図され、慌てては名乗った。
と申します! えー…見るからに怪しいものですが、決して怪しいものではありません。…た、ただの迷子です。」
「迷子じゃと?」
「バカを申すな。合戦場で迷子になるなど……。」
ちゃん、それ無理がありすぎると思うけど。」
 口々にの言葉を否定する。思わずを恨んだ。何で人を巻き込むんだ、本当に。しかもアフターケアがなっていない。独りぽつんと見知らぬ場所でどうしろと言うんだ。そんな事を考える。
「あのー、本当の事言って信じて貰えますか?」
 最初から間者と疑われているのでそれは無理かな、と思っていると意外な事にきちんと説明できれば信じると言われ、勇気がわいた。
 どちらにしろ説明しないことにはどうしようもないし、勝手の判らない世界ではぐれたを探すよりも向こうから探してくれるのを待った方が良いかも知れない。そんな事を考える。
 探しに来るって言ってたし。その事を思い出すと、やはり一箇所に落ち着いていた方が良い。特にここはバサラの世界。恐らくは各地の武将を探すだろうから、ここで武田軍に拾って貰えればも探すのが楽かもしれない。そう考えて、は真っ直ぐ前を見て、説明を始めた。


 朝、足元が重くて目が覚めた。
 が薄目で足元を見ると、が布団の上に座って本を読んでいた。もそもそと動くと気がついたのか、おはよう、と声をかける。
「休みの日だからって、寝過ぎだよ。そろそろ起きなよ。」
「う……ん……。…何読んでたの?」
 ぼんやりと答えつつ、休みの朝からわざわざ人の部屋で読み耽っていた本が何か知りたくて、の手元を覗く。と、手に持っていたのは先日買ったゲームの攻略本。『戦国BASARA』
「あ、そうか……。」
 漸くは昨夜の出来事に思い当たった。そうか、BASARAだ。確かにそう言えば一番奥に控えていた青年は、尊大そうで色男で眼帯を着けていて。成る程、あれがBASARAの伊達政宗とすれば制止する声が英語であってもおかしくない。
「…あっぶねー。またトリップしかけたのか……。」
「あ? またって事は何かあったの?」
 の呟きを耳聡く聞き返す。仕方なく頷くと昨夜の出来事を説明する。
 には既に話してあるが、には特殊な癖がある。
 トリップ癖、と本人は言っているが要するに自分がその時嵌っているゲームの世界に入りこんでしまうのだ。しかも何故かPS2のソフトが圧倒的に多い。曰く、PS2の神様に気に入られたんじゃないか、と言う事だ。
 トリップする条件は決まっていて、必ず自分の部屋から外へ出ようとした時。しかも寝起きで呆けている時とか、考え事をしていて周囲への注意が疎かになっている時。ドアを開けて一歩足を踏み出したが最後、そのままその世界へ飛んでしまう。昨夜のように踏み出す前に気がついて、ドアを閉め直すと回避出来たりもする。
 この特殊な癖は、家を増築して自分の部屋を持った時から。以前はそんな事は無かった。せいぜい夢に見るくらいで。その時だって別にゲームと限定せずに、小説だったりマンガだったり、はたまたドラマやらなんやらと所謂普通の夢と大差なかった。
 多分、部屋とPS2と自分の相性がそうさせたんだろう、とは思う。因みに何故夢を見ていただけ、と片付けないかと言えばトリップした後、ゲームの世界で使われるアイテムを持ったまま帰った事も有ったりしたからだ。一番最近のトリップでは、『ひのきのぼう』が手元に残った。現在それは擂粉木として母が愛用している。
 本人としてはトリップする事自体は吝かでない。寧ろ気に入った世界に居られるのだから、傍から見れば羨ましい事この上ないのではないか、と思う。
 だが実際の所楽しい事ばかりでは無いのが現実だ。ゲームの世界の住人だって生きて生活している。突然降って涌いた異端者に優しい者ばかりではないのだ。現実の世界に帰りたいと思っても、帰る事はなかなか出来ない。主人公が目的を達成させる、即ちゲームが終わらなければ帰る事は出来ないのだ。主人公に協力して早くゲームを終わらせる、と言う事も出来るが何故か主人公に会えるとは限らない。会えないままゲームが終了、と言う事も無くない。
 目的の無いゲーム、つまり終わりの無いゲームは逆に楽だ。何時までも終わらない、逆に言えば何時でも終わらせられるという事だから、達成感があれば割合スムーズに元の世界へ戻る事が出来る。
 今回は『戦国BASARA』の世界に足を踏み入れかけた。と言う事は恐らく元の世界へ戻るのは『誰か』が天下統一した時だと思う。あのゲーム、夢半ばで破れるか天下統一果たすかどちらかしか終わりは無い。そしてエンディングロールが流れるのは天下統一した時。それが伊達政宗なのかそれとも本多忠勝かは判らないが、全員、と言う事は無いだろうし特定の誰か、と言う事も無いと思う。
「取り敢えずここ暫くはの部屋、ドア閉めきらない方が良さそう。」
 あと、もしもの時の事を考えて、荷物を整理しておいた方が良いかも知れない。いつトリップしても困らないように。鞄に七つ道具でも入れて置くか。そんな事を考え。
 一通りの説明を聞いて、が一言。
「ま、気をつけなさい。」


 気をつけなさい、と言ったのはに対してだったのだが。しかし。

 まさか巻き込まれるとは夢にも思いませんでした。

 正直、は未だに自分が何故巻き込まれたのか判っていない。ただ、うっかり一緒の部屋でうたた寝して寒かったのでドアを閉めた……それか? それが原因なのか?
 その後二人で寝惚けながら部屋を出た。先にドアを開けたのはで……その時は一瞬立ち止まった。そして何か言った。それが『待て』なのか『止まれ』なのかは忘れたが、制止の言葉だったのは確か。それなのに、立ち止まったに自分はぶつかってドアの外に押し出した。押し出して……徐に落下が始まったのだ。
 目の前で百面相をしているを佐助は冷めた目で見ていた。
 どうにもこうにも調子が狂う。
「異世界から来ました。」
 異世界って、何処さ。
「この世界と似た世界で、更に言うなら未来から。」
 んなバカな。
 の説明に心の中で突っ込みをいれつつ観察する。役目柄、人が嘘をついてるかついてないか位は容易に判断出来る。見た所は嘘をついている様には見えない。訓練を受けている忍びでもここまで上手くは無いと思うので、恐らく本当なんだろう。だが荒唐無稽すぎる。
 しかし、と思い出す。彼女の様子から言えば訓練された様子もないし、天幕に落ちたとき、上空には何も無かった。余りの衝撃に驚いたものの、咄嗟に上空を確認するのを怠らなかったのは日頃の訓練の賜物だと思う。崖も無く、高い木も無いそんな場所から落ちてくるなど有り得ない。忍びが凧を使って移動する事はあるが、凧の残骸も無かったし。身一つで何処からか落ちてきた、というのは本当だろう。
 ふと気付くと、信玄も幸村もの説明に聞き入っている。しかも幸村など疑う事を知らないのか、「それは大変でござった!」等と相槌を打っている。
 本当にこの二人は戦馬鹿で、戦の事なら天才的なのにその他の事に対しては、妙に人が善いと言うか疑う事を知らないと言うか、良くこれで世の中を渡っていけるものだと思う。今も既に二人ともすっかりの説明に感情移入して滂沱の様相を呈している。そして案の定。
「うむ、それは難儀であった。行き先が無いと言うなら、儂がそなたの身柄預かろう。戦の前につき何も出来ぬが、身の安全は保障する。」
「え、良いんですか?」
 拍子抜けするほど簡単に信じてもらえた上、保護して貰えるとなって思わずは逆に訊き返してしまった。
 幸村は「流石お館様!」と叫び、佐助は明らかに溜息をついた。
「幸村、佐助。其の方らにの世話任せたぞ。」
「はっ。幸村命に代えましても。」
「任せられました、っと。」
 片や使命感に燃え、片や諦めムードで了承する。慌ててが礼を述べるとそれに対して佐助が答える。
ちゃん、そう言う訳だから。宜しく。俺は知ってるかも知れないけど、猿飛佐助。武田軍の忍びの頭をしてる。此方が我らが大将、武田信玄様と、俺様の主……。」
「真田幸村と申す! 殿、宜しく頼みまする!!」
 勢いに押されて、頷くしか出来ないだが、気にはしていないようだ。そして幸村はそのままの勢いで佐助に噛み付いた。
「佐助! ちゃんとは慣れ慣れし過ぎるであろう! お館様の預かりと言う事は、お館様の娘も同然。失礼であるぞ!」
「いや、全然っそんな事無いですから!! も、好きな様に呼んで下さって結構です。真田さんも、猿飛さんも。」
 慌ててが取り成す。熱い、熱すぎるよこの人! と言う突っ込みは敢えて心の中に収めておく。
 の言葉に幸村も渋々了承し、それならば自分の事は幸村と呼んでくれ、とに言った。佐助も苦笑しながら俺も佐助で良いよ、と言ってくれてホッとする。実際苗字よりも名前の方が慣れ親しんで呼びやすい。
「改めまして、宜しくお願いします。それと……有難うございます。」
 信じてくれて、ありがとう。


 が武田軍の世話になることが決まって直ぐに、の役目が知らされた。
 働かざるもの食うべからず、って言うもんね。等とが何をやらされるか戦々恐々としていると何のことは無い。言われたのは奥に控えて大人しくしている事、だった。
 どういう事かと聞いてみると、やはり戦を知らない人間に戦の仕事をさせても邪魔になるだけだし、と言って補給部隊で炊き出しでもと言ったところでが胡散臭い人間な事にはやはり変わりは無いので、万が一毒でも盛られたら、と言う事らしい。結局やる事も無いので、奥でじっとしていてもらえるのが一番と言うことになった。ついでに幸村が暇なときの話し相手をして貰えると助かる、と言う目論みも有った様だ。
「旦那が暇になると、碌な事無いからね。適当に相手してあげてよ。」
 作りかけの本陣が幸村のせいで使い物にならなくなった事もあるらしい。人間暇を持て余してはいけない、と言う見本のようだ。
 にとってもそれは願っても無いことだった。戦国時代だから戦があるのは仕方ないとして、自分は戦いたくないし、と言って料理は得意では無いので炊き出しも出来ないと言うか寧ろ毒を盛ったと勘違いされそうだし、怪我人の世話なんかとても無理だし。そう言う訳では幸村と信玄の話し相手、と言う事になった。幸村にしてみれば恐らく逆で、自分がの話し相手だと思っているだろうが。
 そこではふと一番大切な事に気がついた。
「すみません、お世話ついでにもう一つ。妹を探すのを手伝って頂けないでしょうか。」
「妹……と言うと、確か一緒に落ちて来たとか言っておったな。佐助! もう一人見なんだか。」
「やっ、落ちて来たのは一人だけでしたよ、大将。」
 信玄に問われ、佐助が現場を思い出しながら答える。
「妹は先に落ちて行ったんで、もしかするとちょっとずれた所に落ちたかもしれないです。…敵方の陣地とか。」
 の言葉に一同眉を寄せる。
 確かに離れた所に落ちたとするなら、敵方に落ちたと言う事も考えられる。そうすると、今敵の陣地に居るのは上杉謙信。今のの様に保護されていれば良いが、曲者として処断されていたらどうしようもない。
 今は双方睨みをきかせている最中なので、陣地の間がかなり離れている。もし中間地帯に居るのなら、合戦が始まった途端巻き込まれる可能性も有る。
「それじゃ、偵察も兼ねてちゃんの妹でも探してみますかね。…特徴は?」
 佐助がやれやれと言った風にに訊く。
「私と同じ顔で、髪の毛が長いです。後ろに一まとめにしてます。」
「同じ顔? それは……探しやすいね。では早速。」
 言うなり佐助が消える。知ってはいてもいざ目の前で見るとかなり驚きだ。がぽかんとして佐助の居た場所を凝視していると、幸村が笑って言った。
殿は、忍びを初めて見るのでござるか?」
「はぁ、まあ私のいた所は過去には居たかも知れませんが、今は居ませんから……。」
 過去にもこんなに見事に消える忍者が居たかは疑問だが、それは言わないでおく。
 幸村はそれを聞いて「平和な時代なのでござるな。」とまた笑った。


 嵐の前の静けさと言うが、丁度そんな雰囲気だな、と佐助は思う。
 戦の舞台となる予定の場所は、今はただ静かに時が流れ人の気配も無い。行き、帰りと注意したがの言う妹らしき姿は何処にも無い。
 上杉の陣地は今は動きがない。一応斥候を置いてきたので何か動きが有れば直ぐに判るが、妹を探してくると言った手前動きが無いに越した事は無い。
「やれやれ、こう言うのも忍びのお仕事なのかねぇ?」
 ぼそりと呟いてみても返事は無い。取り敢えず、見るものも見たし、これ以上探しようも無いので一先ず本陣に戻るか、と移動した途端目の端に気になるものが入った。
 一瞬の事で見間違いかと思ったが、用心にこした事は無い。即座に移動して『気になる物』を探しに行く。幾つかの梢を渡り、すとんと地面に降りて目的のものを発見した。
 竹に雀の上杉の旗印が落ちていた。
 佐助が見た時は一瞬だったが立てかけられていた気がする。それとも木に引っかかっていたのだろうか。若干汚れたその旗印を見詰め、佐助は考える。
 上杉の旗印がここに有る、と言うことは軍がこの場所を通ったか、何かの罠か。両陣営から遠い場所に落ちているのだから、何か有ると思った方が間違い無いだろう。
 ただ問題は、最初に気がついた時に見た旗印はこれでは無かった気がする事だ。竹に雀は確かに上杉の紋だが、旗印は専ら毘沙門天の文字をあしらった物を使うのが常で、あまりこの紋はお目にかからない。
「遠目だったから見間違えたのかね?」
 呟いて旗をもう一度見直す。怪しい所は全く無い、普通の旗だ。それが、怪しいと言えば怪しい。
 物見に行って手ぶらで帰るのも悔しいので、それを拾って帰る事にした。畳んで懐にしまうとそのまま本陣へ向かう。だからその後の事は佐助は知らない。


 佐助が去った後、がさがさと繁みが揺れた。
「上手く誤魔化せた様ですね。」
「誰だよ、全く。あれほど殿が旗印は隠せって言ってたのに、これ見よがしにかざしてたのは。良かったね〜、あの忍びにこの辺ガサ入れされなくて。」
「早く戻りましょう。殿がお待ちかねですよ。」
Yes sir。
 小声でそれだけ言うと、また繁みを揺らして二人の姿が消える。
 後には雀の止まっていた棹だけが残されていた。



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主人公不在のまま進む話です。
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主人公の片割れがメイン。…だけど佐助メインかもしれない。(笑)
この話の主人公、初っ端から行方不明ですが、そのうち出てきます。それまでは一応もう一人の方がメインで。
終わりの方で出たのはまぁ予想通りの人たちです。
旗印ですが、私が一番印象に残っているのはやはり上杉の「毘」と、今川の「赤鳥」です。上杉のは物凄くインパクトが有って、今川のはなんだか可愛らしい。(笑)他のは別に……ゲームやってる最中なら兎も角、やってない時はどんなのだったか思い出すのも難しい。(笑)
どうでも良いが、「ガサ入れ」っていつの時代の言葉だ。まぁ時代考証は軽く無視の方向で行きます。そうでないとボロが出まくる。