≪BACKMENUNEXT≫

しょにょよんー。

 幸村に叩き起こされて眠い目を擦りながら彼の鍛練を見守ること5日。
 流石に もする事も無くぼけっと幸村の素振りを見るのに飽きて、それ以上にもう少し惰眠を貪りたいと言う理由で、幸村に提案をしてみた。
「幸村さん、私じゃなくて左月さんを誘って乾布摩擦でもしたらどうですか?」
「乾布……摩擦? それはどのようなものであろうか。」
 不思議そうに訊いてくる幸村に、おや、この時代は無いのだろうかと思いつつ、 は説明した。
 左月とは幸村同様 の傍に控える事になった奥州の人間で、鬼庭良直の事だ。本人曰く、隠居した身で今は左月斎と名乗っているとの事なので、左月と呼ぶ事にした。
  の説明を興味深そうに聞いていた幸村は、それでは一度ものの試し、とばかりに何処からか布を貰ってきて徐に体を擦り始めた。
「い、いたたた! 痛いでござる、 殿!」
「それは力を入れ過ぎです。」
 真っ赤になった肌を尚も擦りつつ幸村が叫ぶので、慌てて が止めた。新しい布で、しかも固いのに思いきり強く擦っては痛いのも当然だ。
 仕方なく暫く布を揉んで柔らかくして幸村に渡し、今度はもう少しそっと擦る様に言う。
 特に何も感じないのか、怪訝そうに身体を擦る幸村だったが、次第に表情が楽しげになってきた。
「おお、 殿! 段々身体が温まってきた様でござる!」
「それは擦ったことで血行……身体の中の血の巡りが良くなったからですよ。血の巡りが良いと身体を動かすのも楽だと聞いていますから、試しにこれからいつもの鍛練をしてみてはどうですか。」
 言われて素直に素振りを始める幸村。確かに楽でござる! と楽しげだ。
「身体を動かす前と、動かした後にやると良いですよ。動かす前は今やって判ったと思いますけど、動かした後にやるのはクールダウンって言って火照った身体を冷やす役割をしますから。」
「同じ動きで違う働きとは。 殿は物知りでござるなぁ。」
 ニコニコと戦の時とはまるで違う、人懐こい笑顔で言われ、 は後ろめたい気分になった。自分が惰眠を貪りたい為に教えた事を、こんなに喜んでくれると何か悪い事をしたようだ。
 ふと気付くと、屋敷の中が何となく慌しい。二人顔を見合せ、理由を確認する事にした。
「急に早馬が来て、政宗様が御出でになられるとの事ですので、御迎えの準備をしております。慌しくて申し訳ございません。」
 バタバタと忙しく掛けまわり、屋敷の中を整える奥州側の人間。
 程無くきちんと部屋が設えられたと同時に、門から威勢の良い掛け声と嘶きが聞こえてきた。


Hey、調子はどうだ? 不都合は無いか?」
 平装で現れた政宗は開口一番 に尋ねた。戦装束の政宗しか知らない は一瞬呆気にとられたが、直ぐに返事をする。
「大丈夫です。皆さん良くして下さいます。伊達政宗公もお元気そうで何よりです。」
Ah〜…、何だその呼び方。いちいち堅苦しい。政宗で構わ無ェ。」
「はぁ、でも仮にも奥州筆頭と呼ばれる方を……。」
 気安く呼ぶわけにも、と続け様とした の言葉を政宗が遮る。
「ま・さ・む・ね、だ。Repeat after me。」
「ま、政宗……さん?」
Good。」
 強引に押し切られた形ではあったが、 にとっては都合が良い。気安く呼ぶわけにもいかないと思ったのは本当だが、いちいち畏まって呼ぶのもどうかと思う。ただでさえ は史実での彼の事を『伊達政宗』と呼び捨てにしているのだ。そちらの方が余程拙いだろう。
「政宗様。あまり 殿をからかわないで下さいませよ。」
 苦笑しつつ良直が現れて政宗に釘を刺す。
「おう、左月か。どうだ、『変わりは無い』か?」
「御座いませぬ。武田、伊達ともに恙無く。」
Excellent。」
 二人のやり取りの最中、幸村は の脇に難しい顔をして控えていた。それは当然だろう。つい先日の合戦の乱入だけでなく、敵将としか見ていなかった人物が目の前にいるのだから難しい顔をするなと言う方が無理だ。
 ただ武人としては一目置くところもあるし、今では同盟も組んでいる。馴れ合わないまでも、いつまでも敵対視するのは得策ではないだろう。
 幸村のそんな葛藤を知ってか知らずか、政宗の方は頓着無しに幸村に話しかけて来た。
「久し振りじゃねぇか、真田ァ。勝負がお預けになったのはちと痛いが、ま、長い付き合いになるかも知れねぇんだ。その内手合わせでもしようぜ。」
「も、勿論でござる。その時はいざ尋常に勝負をお願い致す。」
「良いねェ。ま、今日の所はお預けだ。また今度な。」
 上機嫌の政宗は、ついでに幸村にも自分の事は名前で呼んで構わないと告げ、幸村もそれならば自分も、と双方名前で呼び合う事にしたようだ。
 豪い人の割にフレンドリーだなぁと は思いつつ、予てから政宗に訊いておこうと思っていた事を切り出した。
「あの、政宗さん。ちょっと訊きたい事があるんですが。… の事で。」
?」
 持っていた湯呑を口元でピタリと止めて聞き返す。
「政宗さんと言うか、伊達の人達にとって って何なんですか? やたら敬意をはらわれていると言うか……。」
「そりゃ一部の人間だろ。 の事を直接知っているのは伊達の中でも俺と成実、景綱の他はせいぜい二〜三人だ。後は聞きかじりで知ってるってだけだ。」
 溜息交じりに言われて、 はさらに興味が涌いた。聞きかじりだけで敬意をはらわれると言うのはどう言うことか。是非知りたい。
「あの、理由を訊いても構いませんか?」
「仕方無ェな。どうせ訊かれると思っていた事だ。何から聞きたい?」
「初めから。」
Sure。」


 出会いは9歳の時。

 バタバタ、と足音が聞こえたと思った途端、縁側から叫ぶ様に呼ぶ子供の声。
「禅師様ー! 虎哉和尚! 来て下さい、大変です!」
「何を大声を出しておる。みっともないぞ。」
 ゆるりと文机の筆を片付け、虎哉和尚は立ち上がり飛ぶ様に走って来た少年を諌める。溌剌とした様子の少年は気付かないのか、必死になって和尚の袖を掴んで連れ出そうとする。
「何を必死になっておる。理由を言わぬか。」
 呆れる様にそう言うと、少年はやっと気付いたのか慌てている理由を言った。
「天狗です! 天狗が出ました!」
「……まぁいい天気だしのぅ。」
 逃避する和尚に少年――時宗丸は、苛立ちを交えて叫んだ。
「とにかく来て下さい! 今、小十郎と梵天丸が見張っています!」
「何! 若様を置いてきたというのか! それを早く言わぬか!」
 慌てて草履を履くと、先に駆け出した時宗丸を追って行った。
 時を少し前に戻すと、小十郎を指南役に梵天丸と時宗丸は剣術の稽古をしていた。お互い筋は良いのだが猪突猛進型の時宗丸と、慎重型の梵天丸、二人足して割れば丁度良い具合なのだが、と小十郎は思う。
 やや暫くすると飽きたのか、時宗丸が座り込んで休憩しようと言い出した。頃合も確かに良いので、小十郎も了承しようとした時、いきなり背後の大木から大きな音が響いた。
 枝の折れる音や葉擦れの音と共に、何やら呻き声が聞こえてくる。
 何事かと上を見上げた三人は、梢の間から青い色と手足のような物が蠢くのを見て、驚いて後退った。その拍子に小十郎は足を取られて転び、足首に鈍い痛みが走る。
 小十郎が転ぶのを見て、梵天丸と時宗丸は顔を見合せた。そして、小声で時宗丸が言う。
「て、天狗じゃないか? 小十郎が転ぶなんて、きっとあいつがやったんだ。」
「天狗?」
 驚いてもう一度上を見上げるが、先程見えた青い影は今度は枝に隠されて見えない。片足を引き摺り、二人を守る様に立つ小十郎に時宗丸は叫んだ。
「オレ、和尚様を呼んでくる! 梵天と小十郎はここでアイツを見張ってろよ!!」
 そのまま駆け出す時宗丸に、二人とも声すら掛けられなかった。不安そうな梵天丸に、小十郎が言う。
「大丈夫です。虎哉様が来てくだされば天狗など直ぐに逃げますよ。小十郎が不甲斐ないばかりに、要らぬ心配をおかけして申し訳後座いません。」
 その言葉に梵天丸が首を振る。要らぬ心配などと言う事はない。寧ろ、ここでしっかりしなければ伊達17代当主として認めてはもらえない。怖い気持ちを抑えて、梵天丸は樹上を見上げた。
 樹上にいるらしい天狗は、呻き声を上げた後暫く物音すらしなかったが、暫く待つと何やら呟きがもれはじめた。
「…とに、いきなり……が無事だと良いけ…れより、ど……。」
 ガサリと梢が揺れて、いきなり人間の顔が現れた。
「…あれ? もしかして……すみませ〜ん、此処って奥州ですかね?」
 梵天丸の顔を凝視してから問われた言葉に、小十郎が反応する。取り敢えず敵意は無さそうなので、応えても問題ないだろう。
「如何にも、陸奥国伊達領に御座います。そう言う貴方はどなたか。此処は私有地なれば用無き者は立ち去って戴きたい。」
「あ〜、立ち去れと言われても行くあても無いんで。それよりもしかしてそこの若様は伊達家次代? てか17代?」
 伊達家次代、つまり次期当主かと訊かれればそうだと言うしかないだろう。
 頷く梵天丸に、樹上の『天狗』は「あらら、おまけが付いたよ。試しに言って見るもんだなぁ。」と呟いた。
 何やら怪しい事この上ないのだが、緊張感に欠ける人物にどう対処しようかと小十郎が考えていると、頭上からまた声が掛けられる。
「悪いんですが、下りるの手伝ってもらえませんか。ちょっとこの高さ、下りるのには勇気が要る。」
「其方、天狗ではないのか。」
 思わず梵天丸がそう言うと、『天狗』は一瞬驚いた表情をして、笑い出した。
「はははっ。天狗か。天狗なら確かにこの高さでも大丈夫だろうね。それじゃちょっと試してみようか。悪いけど、荷物だけ先に落とすから受け取ってくださいね。」
 言うと同時に上から見慣れぬ形状のものが落ちてきた。慌てて受け取る梵天丸と小十郎。見かけの割に重くて、受け取った梵天丸はそのまま小十郎に倒れ掛かり、二人揃ってしりもちをついた。
 その間に枝が軋む音と幾枚かの葉が落ちて、二人の目の前に全身青い衣装に身を包んだ背の高い人間が現れた。
「ぐわぁ〜〜、いってぇぇ……やっぱり無理はするもんじゃ無いなぁ……。」
 先程まで樹上にいた『天狗』と直ぐに判ったが、二人とも唖然とした。異様ないでたちも然る事ながら、その背は小十郎よりも高く、これでは天狗ではなく鬼のようだ。
「天狗と言ったり鬼と言ったり忙しいね。若様は。」
 梵天丸が知らず呟いていたのを聞いたらしい。慌てて口を抑えたが、相手は特に怒っていないらしく、寧ろ面白がっているようだ。
「取り敢えず、カバンをどうもありがとう。 の大事なものなんだ。」
 言って梵天丸から『カバン』を受け取る。そしてふと小十郎が足を引き摺っているのに気がついた。
「足を痛めましたか?  のせいかな。打ち身には石蕗が良いって聞いてるけど……ああ、1枚だけあるなぁ。」
 カバンをゴソゴソとかき回して何やら白いツンとした臭いのものを取り出すと、「石蕗の代わり。」と言って小十郎の痛めた足首にぺたりと貼った。冷たさに驚いたものの、石蕗の代わりと言う言葉に興味が湧いた。この白い不思議な布の様なものは、天狗の神通力で作った薬だろうか。
 素直に口に出してそう問うと、湿布と言って打ち身の薬ではあるけれど、自分の作ったものでは無いと答えられた。
「貼っとけば軽い捻挫なら直ぐ治りますよ。それよりちょっとご相談が。」
「なんでしょう。」
 悪い者では無いと言う判断の元、小十郎が天狗の話に耳を傾けようとした時、虎哉和尚を従えて時宗丸が戻ってきた。
 湿布を貼る為に座っていた小十郎とその前に立つ見慣れぬ人間を見つけ、大慌てで木刀を構える。
「天狗! 小十郎に何をした!! この時宗丸が成敗してくれる!!」
 やあっとばかりに木刀を振り上げて向かってくる時宗丸に、小十郎は慌てて「誤解です!」と叫び、梵天丸も時宗丸を止めようと彼の前に立ち塞がる。その行動に時宗丸が驚くと同時に、彼の名前が呼ばれた。
「時宗丸ちゃ〜ん? 初対面の人間にそ・れ・は、無いでしょう。謝りなさい、反省なさい。そうでないと、ボコるぞ。」
 にっこりと言いながら既に両手は時宗丸のこめかみに当てられてぐりぐりと押さえていた。思わず「ごめんなさいっ!」と叫ぶと、直ぐに拳が外される。
 その様子を唖然として見ていた虎哉和尚は、はっと気付いて問い質す。
「其方は何者ぞ。天狗では無いようだが、風変わりないでたちはこの辺の者とも思えぬ。」
「御前様、貴方が を何者かと問うのならただの迷子と答えるしか無いですよ。」
 その返事に虎哉和尚は眉を上げる。ただの迷子と言うには余りにも不審だが、と言ってそれ以上言うつもりはないらしい相手にどう対応したものかと考える。そして再度同じ問いをしてみる。
「…名を問うのなら、我が名は 。今は迷子で行く先も不明。行く先が決まるまで、暫く厄介になりたいのだが如何だろうか。」
「まよいごか。ならば仕方ない、仏は迷う者を救う為に在る。救いを求めるのなら我が寺に居ると良い。行き先が決まるまでは世話をしよう。」
 そう言って庵に帰ろうとする虎哉和尚を は笑って見送り、他の三人は呆気に取られて見ていた。

 これが、始め。


「虎哉和尚ってのは、臨済宗の坊主で俺に漢学やら何やら教えてくれたTeacherって奴だな。…捻くれ坊主で とはウマが合ってたみてぇだ。」
 何となく厭そうに言うあたり、虎哉和尚と言う人は政宗にとって鬼門の様だ、と は思った。
「えっと、素朴な疑問ですが梵天丸って言うのはもしかして……?」
「俺の幼名だ。時宗丸は以前合戦場で会っただろう。俺の従兄弟で伊達成実。小十郎は今も使ってるが片倉景綱の通称だ。You see?
 名前が幾つもあるのは、昔の人間、特に貴族や武士の慣習のようなものだが、異世界でもそうなのか、と は感慨に耽る。特に『片倉小十郎』と言えば伊達家随一の重臣ではないか。景綱と言う名前に聞き覚えがあったが、 には小十郎の方が通りが良い。
 そう言えばその忠臣景綱の姿が見えないな、と が尋ねると政宗は「煩いから置いて来た。」と答え、良直に怒られながらもそのまま話を続けた。 


 寺の世話になる事が決まった は、自然三人と話す機会が多くなった。
 初めの内は警戒していた時宗丸も、ある日 がカバンの中身を整理していた所を目撃し、その見た事もない品物に興味津々で色々質問したり触らせて貰ったりした結果、すっかり を気に入ってしまった。梵天丸も同様だ。小十郎に至っては、痛めた足首が の言う通り直ぐに治った事ですっかり心酔してしまい、 が止めろと言っても、「 様」と様付けをする有様だ。
 虎哉和尚は、時々 に質問をする。
「色即是空、空即是色。これを其方ならどう見る。」
が居る事。これが即ち幻ならば、幻もまた現実です。 は此処に居る。禅師も此処に居る。 が幻なら禅師も幻になる。だが現実には二人とも存在する。夢か現か幻か。それを知るのは誰でもないし、誰しでもある。そうでしょう?」
「不確かな存在も在ると思えば在り続けると言うことか。」
「不確かだからこそ、誰もが思うのでしょう。自分が誰であるか、何者であるか、本当に存在しているのだろうか、と言う事を。」
 聞いていると訳の判らない遣り取りだが、虎哉和尚は楽しんでいるようだ。
 ともかく の日々の日課が決まってきた。
 虎哉和尚と問答するか、梵天丸達の勉強や鍛練を見学するか、寺の中をうろつくか。
は良く社内を変な歩き方をしているが、何をしているのだ?」
「測量。足の大きさが判っていれば、何歩歩いたかで大体の長さが判るから。柱と柱の間の距離とか、廊下の長さとかそんなのを測ってますよ。」
「どうして? …もしかして は何処かの国の間者なのか?」
 暇があると にあれこれ質問する時宗丸がそう問うと、 は「いや、趣味。」と答えた。そして何やら冊子のようなものを取り出してそれを見せる。
 そこには寺の間取りや建具、柱の文様・欄間などが描かれていた。見たことの無い筆致に時宗丸も梵天丸も目を丸くして眺める。
「こう言う細かい造りは実際目にしないと、判らないでしょう。折角実物を目にする機会があるのなら活用しないとね。」
「それをどうなさるおつもりですか?」
「別に悪用はしませんよ。 が家に戻った時に、見て楽しむ分と、それと一部仕事には使いますけどね。」
の仕事って?」
「本分は勉強……かな? その他は説明し難いのでヒミツ。」
  にヒミツ、と言われるとそれ以上質問が出来ない。諦めて他の質問をする時宗丸と、秘密にする意味を考える梵天丸。
 二人の性格の違いを は面白そうに見ているようだった。
 そんなある日、何かの拍子に『良い領主となる為に』と言う話題が出た。
 梵天丸は当然良き領主となる為に、善行を積み勉学に励み、と言った所で に「本当に、そう?」と遮られた。
「良い事しか知らない領主は、良い領主かな? 善い人ではあるけれど、善いだけで務まるものだと思う?」
「務まりませんか? だけど私は悪い領主になりたくは無いです。」
「悪い領主になんか だってなってもらいたくないよ。そうではなくてね、梵ちゃんはもっと悪い事も良い事も、色々知った方が良いって事ですよ。」
「良い事を知れと言うのは判ります。だけど、悪い事を何故知らねばならぬのですか?」
 梵天丸の問いに は木の枝を一枝折って、指先に乗せた。指の上で不安定に揺れる枝を示して説明する。
「バランス、均衡の取れた人間は一番危ういけれど、一番広く物事を考えられる人なんだって。この枝の支点に指を置けば、枝は揺れても指からは落ちない。だけど、片方にこうやって葉を刺すと……。」
 枝の片側に何枚かの葉を刺して、同じ様に指の上に乗せる。と、枝は直ぐに指から離れ地面に落ちた。
「左が悪、右が善として、葉がその善悪の知識とすると、指から落ちない様にする為には両方同じ枚数の葉を刺して、指先が支点にあれば良いでしょ? もしどちらか片方だけが多かったら、今度は支点がずれていく。この枝の場合なら葉を刺した方に指をずらせば、ほら。」
  が言う通り、同じ枝が今度は指から落ちずゆらゆらと指先で揺れる。ただし、左右の長さはかなり違うが。
「良い事しか知らない人には、悪い事をする人の気持ちは判らない。逆もそう。だけど少しでも両方の気持ちが判るなら、あの時ああすれば良かった、こうすれば良かった。そんな事が少しでも減るんじゃないだろうか。どう思う?」
「相手を知らなければいけない、と言う事ですか?」
「相手を知る事によって、己を知ると言うこともあるよ。」
 それはつい先頃、虎哉和尚に言われた事と同じで、梵天丸は目を丸くする。
「悪い人になれとは言わないよ。良いだけの人になれとも言わない。 は梵ちゃんにはお互いを良く知り、気持ちを酌める人になって欲しいだけ。You see?
「勇士?」
  の話は虎哉和尚と通じるところがある、と梵天丸たちは思う。虎哉和尚に謎かけの様に教えられた事が、 によってもう一度教えられる。それは判りやすかったり判りにくかったり色々ではあったが、着実に梵天丸の脳裏に刻まれていく。
 そしてふと漏らした言葉にも は一つの答を梵天丸に与えた。
「梵ちゃんは自分に自信が無さ過ぎだね。」
「でも……確かに、右目の無い私に、家臣がついて来てくれるかどうか。この戦の多い時代に、右目が無いと言うだけで戦うには不利なんです。」
「んー、でもそれは梵ちゃんの心がけ次第じゃない?」
「心がけ?」
「弱点を克服するか、利用するか。それは梵ちゃん次第でしょ。…戦の時に右目が無いのが不利だと判っているなら、それを利用しない手は無いけどね。」
 そう言うと は梵天丸の右側に立つ。
「戦の相手は梵ちゃんの右目が見えようが見えなかろうが関係ない。寧ろ、見えない事が判っているならそこを狙う。それはもう守役殿から教わってるね?」
 右後ろに立たれると、何も判らない。それは敵の狙い目です。確かに小十郎はそう言った。
「だから、それを逆に利用するか、でなければ右側に立たれても問題無い様にする事。わざと右側にばかり敵を寄せ付けて見るとか、右側に隙が無い様にするとか。梵ちゃんにはそれが出来てる筈なんだけど、自信が無いから出来ないと思い込んでいる。違う?」
 その通りなので、俯いて唇を噛む。その様子を小十郎は黙って見ていた。

様。梵天丸様に言ってくださってありがとう御座います。本来なら私が言わねばならぬ事でしたが、つい先延ばしにしてしまいました。」
「守役殿に礼を言われる事じゃないですよ。適当に言ってるだけだから。」
 適当と言うには余りにも的を射た言葉だったので、小十郎は再度礼を言う。そして、 がまだ半月も一緒に過ごしていないのにも関わらず、自分達にとって無くてはならない人になりつつある事に対し、一つ提案をしてみた。
様は、行く先が決まっていらっしゃらないのであれば、伊達家に仕えてみる気はございませんか。 様のように才気ある方でしたら梵天丸様の良き臣となられるでしょう。」
「う〜ん、それは生憎出来ない相談。 が今此処に居るのは言わば仮初だからね。迷子は何れ去りますよ。」
「どちらにですか?」
「それは判りませんけどね。そもそも は逸れた身内を探さなきゃならんのです。少々此処に長居しすぎました。もう結構『気が済んだ』ので、そろそろお暇の時期かと。」
 そう言って以降、 はいつでも出かけられる準備をしていた様だ。不思議な道具を沢山詰めたカバンを何時も肩から提げていた。
 その様子を面白くないと思って居たのは時宗丸と梵天丸。二人とも にはまだ色々話してもらいたい事は沢山あるし、小十郎が仕官を勧めて断られた事も気に入らない。そしてカバンが無ければ出ていかないのでは無いだろうか、と言う子供らしい考えの下、 のカバンを隠すことにした。


「そんな可愛らしい事したんですか。」
「煩せぇ。その時はそれが一番だと思ったんだ。」
 僅かに頬を赤くして政宗が言う。
 それにしても、と は思う。
 話で聞く限り はかなり変だ。いや、元々変わった性格の持ち主なので、異世界に来た事でそれが際立ったと考えれば良い事なのだが、それにしても変だ。特に言葉遣い。
  は言葉遣いだけは丁寧に、と気をつけているがそれはまぁ世話になっている以上礼儀は弁えないと、と言うのもあるし言ってみれば知らない人だらけの所で地を出しても仕方無い、と言うのもある。だが丁寧にと言ってもそれは所詮ですます調で話す事を心掛けているだけで、 の様にですますを交え尚且つふざけた調子で話すと言うのはどうにも判らない。
 やはり話す言葉に力が有る、と言う事が原因なのだろうか。そんな事を考えつつ は政宗に話の続きを促した。
 と、ほんの僅かな表情の変化。
 一瞬だけ眉を寄せ、そして直ぐにニヤリと笑う。
「それがなぁ、カバンを隠すのに森の中を歩いていたらでかい熊に遭ってな。襲われそうになった所を が助けに来て、それで益々アイツの株が上がったって訳だ。」
「く、熊ですか?? 助けるって、どうやって?」
「アイツの特殊能力、忘れた訳じゃ無いだろう? 一言、熊よ立ち去れ!っつってEndさ。」
「そ、そんな事も出来るんだ……。」
「凄いでござるな、 殿と言う方は。」
 素直に感心する幸村と呆れる の話はこれで殆どだな。この後、直ぐに はいなくなった。俺と成実を助けた事でHero扱いだ。現場に居たのが当時子供だった俺達以外に、左月と延元がいたから、信憑性が増したしな。」
「左月さんも居たんですか。延元って人は?」
「左月の息子だ。丁度家督を譲った挨拶をしに来てたんだよ。」
 それだけ言うと政宗は徐に立ち上がった。
「悪い。急用を思い出した。…仕事が溜まってるって奴だ。城に戻って景綱に怒られてくるさ。」
 それだけ言ってさっさと部屋を出る。出たと同時に、もう一度顔を出して に言った。
「また今度な、 チャン。アンタの話もゆっくり聞かせてくれや。See you。」
「は、はい。政宗さんも気をつけて。」
 慌てて見送れば、振り向きもせず手だけ振って去るのが見えた。
「政宗殿は様子がおかしゅうござったな。」
「何か、気に障る事でもあったんでしょうか。」
 幸村と が困惑していると、良直が困った様に言った。
「政宗様にとってこの後のお話はお辛いのですよ。当時は自分が悪い事をしたから 様が立ち去られたと言って、大層悲しまれておりましたから。政宗様にとって 様は当にHeroでした。」
「ヒーロー、ですか……。」
 ヒロインじゃないんだ、と言う突っ込みは心の中に収めておいた。
 何はともあれ、10年前に が何をしていたのか判っただけでも には収穫だった。自分を探す、と言っていたそうだから今もきっと探していると思う。いや、思いたい。
 元の世界に帰っているかも、と言うのは考えなかった。 の話によれば『ゲームが終わらなければ』帰れないそうだから。今はまだゲームが始まってもいないか、始まったばかりの筈。
  を探しに行きたいのは山々だけど、やはり一つ所に落ち着いていた方が良いと思うのでそれは我慢する。
 ただ、思うところはある。合戦の手伝いはとても出来ないがそれでも近くに居たい、と言うのはつまり が探しに来るなら先ずそこではないかと言うのがあるからだ。プレイヤーキャラの周りに居れば、 が来るのでは無いだろうか。そんな気がしてならない。
 特に、 は伊達政宗がお気に入りだったからねぇ……。
 だからこそ、10年前の奥州にひょっこり現れたんでは無いだろうか。子供の頃の伊達政宗を見たい、と思って。
は政宗さんに会えて嬉しかったと思いますよ。」
 そう呟くと、良直は一瞬驚いた後、「そうであれば政宗様も喜ばれます。」と答えた。

≪BACKMENUNEXT≫

物凄く消化不良の話。次回持ち越ししてしまった。

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長々と主人公について話していますが、実は途中です。
若干収拾がつかなくなったので途中で切りました。その後の事は次の話で政宗が説明します。トホホ。
でも取り合えず「さいしょ」に出しといた伏線みたいな台詞を入れられたので良かったです。あとはそれ以降の伏線もどきの消化だな。伏線ははり過ぎると碌な事が無い。(笑)
鬼庭良直の名前の件ですが、一応会話での呼び方は『左月』ですが、文章説明の時は『良直』にしてあります。名前の表記がバラバラで申し訳ない。ゲームでの表記に一応対応しとこうと思って。だから小十郎も回想以外では景綱って書いてあるんですよー。
どうでも良い事ですが、主人公なんだか何でも有りな人だな……恰好付け甚だしいし。それと虎哉和尚に韜晦させようと思ったのですが、逃避するだけにしときました。だって意味が……韜晦って言葉好きなんだけどなぁ。(笑)