≪BACKMENUNEXT≫

しょにょろくー。

「ゆきむるぁああっ!」
「おやかたさまぁぁぁぁっ!」
「ぅゆくぃむるああっ!」
「ぅおやかたさむぁああぁっっ!!」
「…エンドレス。」
 幸村と信玄の鍛練と言う名のどつきあいにコッソリ突っ込みを入れつつ、 は縁側でダラダラしていた。
 廊下で寛ぐ は見慣れているが、今日の様子は寛ぐと言うより荒んでいる。珍しいな、と思い佐助はそっと近寄って に声を掛けて見た。何時もなら「なんですか、佐助さん。」と言う筈。
「あに?」
 物凄い不機嫌な声に流石の佐助もたじろぐ。大体「何」が「あに」になっている辺りで既におかしい。
「何って、それはこっちの台詞だよ。どうしたの、 ちゃん?」
 恐る恐る優しく訊いてみると、 も自分の態度を改める気になったのかゆっくりと身を起こして座り直す。
「いえ、何かこう……やり場の無い怒りと言うか、早く妹に会いたいなぁと思いつつ、殴り飛ばしてやりたいとかふつふつと思いまして。」
「な、殴るの?  ちゃんが?」
「いけませんか?」
 いけないと言うより想像が出来ない。終始穏やかな が人を殴りたいと思うとは。しかも妹を。いや、身内だからこそか?
  が荒んでいるのは先日の黒脛巾襲撃の折、佐助や良直から聞かされた話のせいだ。
 何故自分が、と思い始めたら無性にこの世界に巻き込んだ妹を殴りたくなった。早く会いたいのも事実だが、一発殴ってすっきりしたいと言うのが本音だ。


ちゃんはね、諸刃の剣なんだよ。」
「私が?」
 先日の襲撃の際、説明するよと言われるままについて行き、佐助の説明と良直の補足によれば、 の存在は伊達軍・武田軍双方の諸刃の剣と言う事らしい。
 お互い大将を天下人に、と言う思いは共通。そして降って湧いた同盟話。いつ寝首をかかれるか判らない状況での同盟は不本意極まりなく、その同盟を組む原因となった をどうにかすれば良いのでは、と考える輩が少なからず居る。
 実際両軍にとって はイレギュラーな存在で決して重く見る人間では無い筈。それを厚遇しているとあれば近い将来他国に の存在が知らされた時、交渉の道具として見なされるのは想像に難くない。取るに足りない存在の筈の が、戦況を左右する道具とされるかも知れないと言う事は、少し考えればおかしいと判ること。そうさせない為に手を打つ、この場合 を亡きものにするという事を考えてもおかしくは無い。
 一方、当時の状況からすれば同盟を組むのは止むを得なかった、とする向きもある。
 武田側にしてみれば疲弊した軍が伊達軍に立ち向かえるか疑問があったし、伊達側にしてみれば本陣に大将以下武将数名が居て自軍攻撃より先に大将が討たれるとなればそれこそ本末転倒。暫くの休戦協定のようなものだったら良いだろう、と言うことだ。
  が居ることで組まなくて良い同盟を組んだと見るか、双方兵力を温存したまま休戦したと見るかで意見は分かれる。
 黒脛巾組が の命を狙ったと言う事は、同盟を解消させる事が目的らしい。命令したのは伊達側の武将だがそれが誰であるかは良直は判らないと言う。いや、判らないのでは無く、有耶無耶にしておきたいのだろう。とった手段は違えど、目的は主君・政宗に天下を取らせると言う事。黒脛巾組を動かせる人物となれば限られる。誰か特定したら逆に拙いことになる、という事か。
「それで ちゃんの護衛にウチの旦那と鬼庭殿が居るって事。」
「私の護衛? 双方の見張りじゃなくて?」
「見張りも兼ねてるよ。変な事を仕掛けてこないか、とか先刻みたいに暗殺者が紛れ込んでこないかとか見張るの。でも一番大事なのは ちゃんが怪我をしない様に護る事。これが最優先。」
 同盟を組んだ時にそんな先の事まで考えていたのか、と は驚く。と同時にそれが当たり前の世界なのだと実感する。
 その後佐助の言うとおり武田側からも忍者が送り込まれ、幸村・良直により撃退された。武田の忍びに襲われたとあって信玄が の元へ様子を見に来て今に至る。
 武田の忍びを動かしたのは信玄の息子勝頼らしい。血気盛んな若者らしく、周囲の讒言に惑わされたとの事。実際 も暫く武田本陣に身を置いていた時に気がついたが、勝頼は一人で空回りするタイプのようだ。行動力も実力もあるのに、先の事を見通す力とか本質を深く考える事が苦手のようで、その点まだまだ信玄の後継者としては未熟と思える。
 信玄によれば、今現在は信繁の所へ身を寄せているらしい。信繁は信玄の弟で人柄も素晴らしく実力もあり、勝頼が居なければ信玄の後継者として一番相応しいとされている。その人物の所へ身を寄せているとなれば色々鍛えられる事もあるのだろう。実際こうして甲斐本国を信繁に任せて の元へ様子を見に来るのだから、信繁への信頼は想像以上なのだろう。
 それを言うなら政宗も城を空けて の様子を見に来たのだから、景綱以下、家臣を信頼しているのだろう。だから余計に犯人を追及したくないのかも、そんな事を考える。
 様子を見に来た信玄はその後暫く滞在すると言って、程なく見慣れた日課が始まったと言う訳だ。


「お二人とも元気ですなぁ。」
 幸村と信玄の遣り取りに、呆れているのか感心しているのか良直が呟くので、 は聞いてみた。
「伊達軍の皆さんも元気でしょう。…失礼ですが疲れませんか?」
  の言葉に良直は一瞬キョトンとしたが直ぐに笑って答えた。
「然様ですな、政宗様も成実様もお元気ですから。隠居した年寄りには少々堪えます。だからでしょう、政宗様がわざわざ某を 殿の元へと命じたのは。」
 それを聞いて はああ、と納得した。伊達政宗オープニングを一度見せてもらった事があるが、それを見た時の素直な感想は、ズバリ『ファンキー戦国暴走族』だった。成る程、隠居するような人間にはあの雰囲気はいたたまれないかもしれない。それとも元々伊達軍はああなのか。一度訊いてみたいが「はい、その通りです。」と言われるのも怖い。
 良直に、「若い頃は殿(輝宗)と良く暴れ馬を乗りこなしていたものです。」等と言われたら想像力にも限界がある。
「でも左月さんて隠居するようなお年でも無いですよね。だからでしょうか、政宗さんに戦に引っ張り出されたのって。」
「そう言われると照れますな。まぁ政宗様には早く天下統一して頂いて、暇を頂いたら亡き殿の菩提を弔いつつ趣味に生きたいですな。」
 脇に佐助が控えているのに堂々と『天下統一を政宗に』と言う良直。ここまで堂々と言われると、「天下をとるのはうちの大将。」と流石に佐助も言いたくなる。が、目の前で繰り広げられている光景を目の当たりにすると、きっぱりと言えるかどうか自信が無い。
 それにしても何時まであの殴り合いは続くのだろう、と が思っていると何の前触れも無く政宗が来た。…戦装束だった。
Hey! アンタ確か一ヶ所に落ち着いて居たいが戦場に行きたいとも言ってたな?  が現れるかも知れねぇからって。Do you still think so?
 そこまで言って庭先の信玄と幸村に気付く。向こうも気が付き、此方に向かってきた。
Ah〜…信玄公もいたか。だったら話が早い。信玄公、真田か猿飛、どっちか貸してくれ。戦に協力させようってんじゃ無ェよ。 を連れて行きてぇから、それの付き添いだ。」
「戦に連れて行く? 何処へじゃ。」
 信玄も先日 から「もし合戦が始まったら何処でも良いから置いて欲しい。」と言われていたので理由は直ぐに判った。初めは反対したものの、妹に会える確率が高いし邪魔はしないから、と言われ、本陣からは絶対に出ない事を条件に連れて行くことを呑んだのだが、まさかこう早く戦になるとは思わなかった様だ。
  もそれは気になった。上杉との合戦が始まらぬまま終わったから、上杉に喧嘩を吹っ掛けるのか。それとも隣接している北条か。
「戦って訳でも無ェな。北で一揆が起こったんでそれの鎮圧だ。」
「い、行きます!」
  の勢いに驚く一同。だが北で一揆と言えば恐らくそれは最北端一揆鎮圧戦で、敵大将はいつきの筈。
 あんな小さな女の子を討ち取らせるわけにはいかない。自分が行って何が変わるでも無いかもしれないが、変わるかもしれない。それなら行っていつきを助けたい、と思う。
 実際の所、伊達と武田が同盟を組む等というゲームの中では有り得ない事が起こっているのは、自分達姉妹がこの世界にいるせいでは無いかと は思う。同盟システムが追加されたとしても、誰かが天下をとった時に元の世界に帰れるようになるのは同じだと思うので、それならいっそ助けられる人は助けたい。そう思う。
 まぁ、助命を願って受け入れられるかどうかは判らないが、やらないよりマシ。
  の思いに気付いているのかいないのか、政宗は「OK。」と言って信玄の返事を待った。


「あれが俺の居城だ。今夜はそこで一泊して、明日一揆鎮圧に行くぞ。」
 馬の背からそう説明すると、政宗は城門へと馬を走らせた。その後ろから馬が2騎ついていく。
 2騎のうち一騎は幸村が、もう一騎には信玄と が相乗りしている。因みに佐助も姿は見えないが行動を共にしている筈。
 誰か一人、と言ったのに三人もついて来た。これは政宗にとって計算外だった。しかも総大将まで居るとなると、城の者が何と言うか。若干頭が痛いものの、戦力が2つ余分に増えたのは上出来だ。しかも2人で1部隊どころか2、3部隊分の兵力になる。これで楽に戦いが進められれば良いが、と思う。
 ちらりと盗み見ると、 は馬には慣れていない様だ。必死に信玄にしがみ付いている。もう少し速度を落として走っても良かったのだが、それでは城に着くのが遅くなる。もう少し我慢してもらおう。
「お帰りなさいませ、政宗様。…勝手に城を抜け出さずとも、伝令を出せば宜しかったのではないですか?」
「戻るなりそれか。俺が行って良かったぞ。信玄公が居た。」
「信玄公ですか!?」
 帰るなり、景綱の説教が始まりそうだったのでその前に信玄の話題を振る。案の定、驚いて政宗の後ろからついて来た人物を確認する。
「真田様もいらっしゃいますね。とすると、誰があちらに残っていらっしゃるのですか?」
「左月だけだ。書状を渡してあるし、時間をかける気も無ェからな。甲斐本国にばれる前に戻れるだろ。」
「だと宜しいのですが。」
 下手をすると信玄と幸村を拉致したと言われかねない。そうならない為に良直を屋敷に残して信玄直筆の書状を持たせたのだ。
 溜息をつく景綱の脇から、成実が顔を覗かせた。
「殿、酒宴と潔斎、どっち?」
「…そりゃ、Partyだろ。」
Yeah!
 馬から降りてフラフラになっていた は、成実の陽気な叫びに驚いて彼を見つめた。目が合った成実は にウインクするとそのまま城の奥に行ってしまった。
「聞いた通りだ。これからPartyが始まるからな。準備が出来るまで、部屋で休んでてくれや。…景綱、案内頼む。」
「それでは、皆様此方へ。」
 パーティーが何なのか判らない武田勢はきょとんとしたものの、身体を休める場所を提供してくれるとあって素直に景綱について行く。
  は、景綱の後を追いながら話しかけてみた。
「あの、片倉さん? …で良いんですよね?」
「景綱と御呼び下さって結構ですよ、 様。何かご質問がおありでしょうか?」
「えーと……それなら私も様付けは結構です。それで、良いんでしょうか。私や武田の皆さんがお城にお邪魔しても?」
 この質問に景綱は苦笑する。先日の黒脛巾の件を暗に言っているようだ。流石 の姉と言うべきか。そんな考えはおくびにも出さず景綱はにこりと笑って言った。
「勿論です。同盟を組んだ今、武田の御方々は大切な客人。我等が殿の恩人の 様を保護してくださる方々でもあります。丁重にお持て成しするのは当然です。」
「丁重に持て成す方法は色々あるが……?」
 信玄が口を挟むと景綱はそちらを見て一礼をして言った。
「重々弁えております。そちら様も同様では御座いませぬか?」
「なるほど。」
 あからさまに言わないが、今の会話は変な真似をする様な輩が居たら、即刻処断する、と言っているのだ。涼しげな顔をして、中々この片倉景綱と言う男は食えない奴だ、と信玄は思う。
 武田と比べて伊達の武将達はかなり若い。しかしだからと言って未熟な者が多いというわけでも無さそうで、寧ろ精鋭揃いと言えるかも知れない。その辺り、侮ると痛い思いをしそうだ。
 伊達の武将の器量を量りつつ景綱の後を追い、間もなく用意された部屋に通された。


 景綱に「ごゆっくりお寛ぎ下さい。」と言われて、とりあえず用意された円座に腰を下ろして待つ事数分。佐助が天井裏から降りてきた。
「間者は居ないようです。部屋の様子も特に変わりはありません。」
「フム、まこと罠では無いと言うことか。では佐助ご苦労だった。暫く此方に控えておれ。」
「御意。」
 なるほど、佐助は伊達の罠かも知れないと探っていたようだ。佐助が大丈夫と言うなら大丈夫なのだろう。幸村はその言葉を聞くなり、緊張していたのか大きく溜息をついた。
殿。先程政宗殿は何やら始まると申していたが、何が始まるのでござろうか?」
「え? 何って……。」
  は先程の政宗の言葉を思い返した。準備が出来るまで部屋で休んでいるように、と言っていたのは覚えている。何の準備だったか、と思いそれが『Party』だったと思い出す。
 Partyと言えばパーティー、つまり宴の事だと思うのだが。政宗は戦の事もPartyと言う。

 だけどこの場合やっぱり普通にパーティーだと思うよねぇ……。

  はそう考えて、幸村にその旨伝える。
「明日、戦だと言うのに宴でござるか? 普通三日は精進潔斎で、宴をするならその前か後と相場は決まっているが……伊達軍はやはり変わっているでござるなぁ。」
「戦じゃなくて一揆の鎮圧だからじゃ無いですか?」
 しみじみ言う幸村に、思わず伊達軍のフォローをしてしまう。そんな に苦笑しながら佐助が話しかける。
ちゃん、馬に乗って疲れたんじゃない? 少し休めば?」
 言われて見ればその通りで、普段使わない筋肉が既に半分悲鳴を上げている。だからと言って一人横になるのも申し訳ない。少し考え、足を伸ばして壁に寄りかかることにした。これだと普通に座っているより楽だ。
「遠慮はいらぬぞ。横になっても構わぬ。」
「いえ、そうは言われても、やっぱりそうすると気になって気が休まりませんので、これで大丈夫です。…準備ってどのくらいかかるんですかねぇ。」
「然程かかるまい。どうも前以って準備をしておったようだからな。」
 信玄の言う通り、それから間もなく足音が聞こえ、用意が整ったことを伝えられる。
 伝えに来たのは景綱ではなく、 を見るなり驚いたようだ。
「ほう、成る程。殿の仰る通り、よく似ておられますね。」
「貴方は……?」
「これは御無礼致しました。 様、お初にお目にかかります。私、鬼庭良直が嫡男、延元と申します。以後お見知り置きを。」
 何となく面差しが似ていたので、そうでは無いかと思っていた。確か彼も を知っている人物だったと思い出す。
「初めまして。御存知とは思いますが と言います。…その節は妹がお世話になった様で有難う御座いました。」
「いえいえ、私など全くお役に立ちませんで。それより、 様には苗字がおありでしたか。」
「あ、はい。… は名乗りませんでしたか?」
「殿から聞いておりませんか? 私は 様とは直接の面識は御座いません。お名前も殿から聞いただけですので……殿は、この事御存知ですか?」
「ええと……判りません。」
 何かまずい事なのだろうか。 が不安に思っていると、どう言う訳か延元は楽しげに言った。
「御存知無さそうですね。それではこの件は暫く御内密に。…ふふふ、良い事を聞いた。」
 あまり楽しげなので逆に訝しい。それが顔に出ていたのだろう、延元が表情を引き締めて に説明した。
「失礼しました。ここだけの話ですが、偶には私も殿に一泡吹かせてやりたいと思う事があるのですよ。奉行などしていると頭の痛い事が多う御座いましてね。」
 言いながらまた表情が緩みクスクスと笑いも漏れる。 としては「はぁ……。」と言うしかなかった。
 今の会話を信玄達がどう思っているか気になり、そちらを見ると信玄も思う所有るのか苦笑いしており、幸村には聞こえていなかった様だ。もし彼が聞いていたら、「不忠である!」と叫んだかもしれない。
 気がつくと大広間まで来ていたらしい。中に入るとざわめきが起こる。
  の影響力は大したものだ、と一瞬思ったがどうやらそれは思い違いだった様だ。漏れ聞こえる言葉の端々に、甲斐の虎だの紅蓮の炎だの聞こえるので、 の両隣に居る信玄・幸村を見ての事のようだ。
 しかしそれは下座の話で、上座、つまり政宗に近くなればなるほど視線が に集まって来た気がする。あまり他人から注目されたくない性分なので、どうにも居心地が悪い。
Welcome、少しは休めたみたいだな。顔色が良い。」
「あ、有難うございます。」
 一応気遣ってくれたのか、と が思っていると政宗は上座を信玄に渡した。主賓は信玄と言うことらしい。信玄が片眉を上げて目で問うと、政宗の代わりに景綱が小声で答えた。
「表向きは甲斐との同盟を祝して、という事になっています。ですから信玄様と真田様、お二人が主賓となりますので御了承下さい。」
はどうなのじゃ。」
「…一門衆以外には教えておりません故、信玄様の小姓と……。」
「小姓ですか?」
 主賓で無いのは望む所だが、小姓と言うのはどうかと思う。誰も信じないのでは。と思っていたら、そう思うのは だけで、どうやら信玄も幸村も納得した様だ。
 実際、 は背が高いのでパッと見、男に間違えられる事が多い。特にこの世界、主要キャラクターは概して背が高めのようだが、その他の雑兵はとりたてて高い訳でも無い。この背の高さで女です、と言っても容易に信じてもらえないし、宴の席に女一人居るのも不自然だ。小姓という形なら、傍に控えていても何ら不審に思われる事も無いだろう。
 納得して信玄の後ろに目立たない様控えると、政宗が立ち上がり叫んだ。
「野郎共! 明日は北でPartyだ! 同盟国の甲斐から、信玄公とその懐刀真田幸村が助っ人に来てくれたぜ! しっかり気張れよ!!」
Yeah!」「Ya-Ha!
 口々に威勢の良い声が上がり、そのノリの良さに は目眩がした。
 政宗の声が合図になり、宴が始まる。


 酒や肴が振舞われ、下座の方は何やら盛り上がっている。上座の方も楽しげとは言え、若干緊張感があるのはやはり信玄が居るからだろうか。それともこの状況で軍議を行っているからだろうか。…多分両方。
「…して勝算はあるのか。」
「相手は百姓だ。負ける訳が無ェ……と言いたいトコだが、どうだかな。手負いの獣は危ねぇって言うじゃねェか。結構派手にやってるみたいだしな。」
 酒を飲みつつ明日の事を話し合う。
 政宗が先陣を切り、その代わり信玄が本陣を守ると言う事になっている。本当は を守る為に信玄が本陣に居るだけなのだが。幸村と佐助は政宗のサポートをする事になった。迅速に一揆を鎮圧するのが目的なので、一騎当千の兵が多ければ多いほど良い。
「それにしても何故一揆など。まぁ確かに世が乱れれば田も畑も荒れる。それが原因か。」
「それも有るし、何しろ北の領主はこの二十年近く争い続けている南部と大浦だ。幾ら兵が居たって足りるって事が無ェ。そこへ持ってきてこの所の天候不順やら流行り病でどうしようも無くなったんだろうな。……南部と大浦、両家で伊達に援助を求めてきた時はまさかと思ったぜ。」
 大浦氏が南部氏より離反したのが原因で、津軽地方は混乱を極めていた。両家とも兵を農村から集め、働き手の居なくなった村では田畑が荒れた。その上、年貢も年々高くなる一方で農民の暮らしは楽にならない。そこへ持ってきての天候不順や流行り病で、とうとう決起したのがつい先日の事。農民兵が多かった事で、一揆鎮圧どころか逆に一揆衆に加わる者も出る始末で両家とも『仕方なく』奥州筆頭に助けを求めた次第だ。
 政宗にとってこれはまたとない機会だった。最北端は特に欲しい土地という訳でもない。寒いだけに石高も悪いだろうし、開墾するのも大変そうだ。しかし此処で恩を売っておけば、天下統一の足がかりにはなる。政宗が南を向いている間に何処かの国が北から攻めてきたら。その事を考えれば、恩を売るに越したことは無い。上手くすれば津軽地方丸々領地に出来るかもしれない良い機会だった。
「ちっとおいたが過ぎるようだからな。お仕置きはしないとな。百姓には百姓のやるべき事があるだろ?」
「それを出来なくした領主にも問題があるがな。」
Of course。」
 にやりと笑って酒を呷る。
 話をずっと聞いていた は、何か考えがあるのだな、と見当を付ける。どうもろくでもない考えな気がするのは気のせいだろうか。
 ふと幸村を見ると、彼は少し悲しげな顔をしていた。多分一揆をせざるを得ない農民のことを考えて、だと思う。彼は信玄に仇なすもの以外には優しい青年だから。
 あれこれと陣の組み方兵の配置、そんなものを相談しつつ時間は過ぎていき、漸く終わった頃、何もしていない筈の はすっかり疲れてしまった。
「難しい話はこれでEndだ。後はそれぞれ勝手にやってくれ。…明日が早いって事も肝に銘じてな。」
 政宗がそう言うと、それが合図だったかのように回りに居た将達が移動する。元の席に戻る者もいれば下座まで行って恐らく家臣なのだろう、何か指示する者も居た。
 ぼんやりそれらを眺めていた に、政宗が盃を勧めた。反射的に首を振ると、政宗の眉が跳ね上がる。
「アァ? 俺の盃が受けられないってか?  チャン?」
「い、いえ。誰のでもです。飲んだ事が無いし、私これでも未成年なんで、お酒はちょっと……。」
「その年で未成年? …アンタの世界おかしいんじゃ無ェか?」
 後半、小声だったのでごく少数の人間にしか聞こえなかっただろう。
「とにかく。盃を勧められたら1杯くらい飲むのが礼儀ってもんだ。受け取れ。」
「はぁ……。」
 勢いに任せて盃を受け取ってしまう。まぁ小さい盃だし、確かに郷に入っては郷に従えと言う諺もある。 は諦めて盃の中の匂いを嗅いだ。強いのか弱いのかよく判らないが酒なのは間違いないようだ。暫く勇気が出ないでじっと盃を見つめる。政宗はそんな を面白そうに見ていた。
 そこへ延元がにじり寄って来た。政宗は気がついて何の話か聞こうとしたが、先に酒を注がれる。
 何か企んでいるな。と政宗が思った時、延元が思い出したように話しかけてきた。
「殿。此度の一揆鎮圧が終えましたらそろそろ嫁取りの事もお考え下さい。いい加減跡継ぎくらい居りませぬと家臣として気がやすまりません。」
「またその話か。それは俺が天下統一果たしたら考えると言って有るだろう。」
 うんざりした様子で話す政宗に延元は尚も食い下がる。 は思わず面白いと思って見てしまった。
「三春の姫との婚儀も頓挫しましたし、正室とは言いませぬがせめて側室なりもうけて貰いたいのですけどねぇ。」
 わざとらしく溜息をつく延元に、景綱もそれは思っていた事なので同意する。
 面白い話になって来た、と信玄も見守り幸村はハラハラして政宗の顔色を窺う。
「それでですね、私、殿に良いかと思う方を探してまいりまして。 様の妹君ですがどう思いますか?」
「あ?  ……? 聞かねぇ名前だな……。」
 政宗のその言葉と同時に、信玄が飲みかけていた酒を噴き出し、幸村がごとりと椀を落とし、 はばたりと横に倒れた。天井裏近くでもなにやら鈍い音がした辺り、恐らく佐助がこけたのだろう。
 三人のリアクションに政宗が驚いてどうしたのか聞こうとしたものの、延元がそれを許さず尚も話を進める。
「御歳二十七歳と聞いておりますから、殿には少々年上ですが……如何です?」
「年増じゃねぇか。PassだPass。俺よりお前の方が似合いじゃ無ェのか? それより、 に幸村。信玄公までどうしたんだ?」
「あ、あのですね……。」
  が言いかけると延元が遮り、嬉々として政宗に言った。
「それもそうですね。では 様の妹君は私が貰い受けても宜しいのでしょうか?」
「大体 ってのは何処のどいつだ。」
 苛々と政宗がそう言うと、待ってましたとばかりに延元が に向き直る。
「では 様を貰い受けて構いませんでしょうか?」
「のっ、延元さん〜〜っ!!」
「なにーーーーーーーーっっ??」
 やり過ぎです、と言う前に政宗の叫び声が大広間に響き渡った。

≪BACKMENUNEXT≫

漸く奥州に来ました。割と佳境です。多分。前半のね。
実は武田の忍者の記述、素破か乱破か判らなくて素破にしとくか、と思ってそう書いてあったんですが、素破を使っていたのは別の国だったみたいなのでやめました。確か武田は素破だと思ったんだけど……甲陽流開祖らしいですね。本当?
この後、最北端です。頑張れよー、伊達……ホロリ。

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…あれ? また中途半端?
そろそろ天下統一に向けて話が進みます。
鬼庭延元の性格をどうしようか考えて、重たい人より軽い人にしようと決めました。…伊達軍軽い人間ばっかだな。
大浦氏は津軽氏の事です。確か大浦から津軽に改姓したのが小田原城攻めの頃だった筈……。