≪BACKMENUNEXT≫

しょにょななー。

 寒い。はっきり言って寒い。並大抵の寒さではない。
  は改めて津軽の寒さを思い知った。
 本陣の中は天幕も張られ、吹雪く外より雪も風も凌げるが、それでも寒い。歯の根が噛み合わない位だ。
 流石の信玄もこの寒さは堪えるらしく、火の傍から動こうとしない。
 尤もその姿も威風堂々として見えるようで、本陣の中にいる伊達軍武将や兵の中では「流石甲斐の虎。」と称えられていた。同盟を組んだとは言え元は敵。周り中敵に囲まれながら威厳を保っていられる姿は見習うべきものがある、と囁かれる。
「…伊達の人達って、面白いですね……。」
  はぽつりと昨夜の事を思い出して呟いた。
 面白いで片付けられるかどうかは疑問だが、若い集団にしては統制も取れているし上下のコミュニケーションも良いようだ。延元のように主君で遊ぶ人間がいる位だから、特別規律が厳しいと言うわけでも無いのだろう。尤もそれは要職に就いて尚且つ一門衆に列せられる家格だからと言うのもあるかもしれない。
 伊達三傑と言われる景綱・成実・延元以外にも優秀な人材はいる様で、家臣団の結束の固さは見習うべきものがある。戦場では倣岸不遜に見える政宗も、領内では良き領主と言う事だろうか。そうでなければ家臣に見限られる。
「若さゆえ、か。」
 信玄がぽつりと呟いた。あの若者に天下を取らせる気は無いが、彼が天下を取ったらどういう世の中になるのだろう。そんな事を考えて。
「お寒いですか。何か羽織るものを持ってきましょうか。」
 延元が焚き火の前に陣取る二人に声をかける。
「ありがとうございます。でも延元さんこそ大丈夫ですか。もっと温まった方が良いんじゃ……。」
「いえいえ、これくらい慣れております故お気遣いなく。それでは少々見繕ってまいります。」
 延元はそう言うと足取りも軽く火の前から離れて行った。……歩調は軽いが見た目は酷い。顔は擦り傷切り傷火傷らしき痕があるし、手も包帯が巻かれていて痛々しい。
 彼は昨夜、宴の席で主君から必殺技をくらったのだ。


「延元〜っ! 手前ェ、冗談にも程があるぞ! 其処へ直れ! Killぞ!」
「何が冗談ですか。私はちゃんと確認しましたよ。確認しない殿が悪いんでしょう。」
 言いながら延元は を盾にしようと言うらしい。
 前に出された を見て怒鳴る。
「大体 ! 何で最初にそう名乗ら無ェんだ!」
「いや、だって が教えたと思ってましたもん。」
「……Shit!」
 怒りの矛先が自分に向けられそうで、慌てて はフルネームを名乗った。当然 もそうしただろう、と言うのが頭にあり、伊達軍に名乗った時は名前しか言わなかった。どうもそれがいけなかったようだ。結果、 たちの苗字を知るのは武田軍のみとなり、伊達軍で最初にそれを知ったのが延元。そして彼はどう言う訳かその事を政宗に知らせず、爆弾発言をかましてかくの如き事態となった。
「延元さん、どう言うつもりなんですか? 政宗さん怒りまくってますよ!」
様には申し訳無いですが、一矢報いたいと言ったでしょう? ちょっとこれでスッキリしました。ははは。」
  の背後で笑う延元に罪悪感は全く無い様だ。良直の息子で奉行をしていると言うから、もっと真面目な人間かと思ったがそうでもない様で、良く見ると事の次第が飲み込めたのか成実は腹を抱えて笑っているし、景綱もこめかみに手を当てて溜息をついている。…割と日常茶飯事的出来事らしい。信玄と幸村はそれぞれどう対処しようか迷っている様だ。政宗を取り成すか、放っておくか。
 ここで は、はたと思った。何故政宗はこんなに怒っているのだろう。
 確かに主君にたちの悪い冗談を言うのは拙いと思うが、そこまで目くじら立てて怒る事でも無い気がする。所詮戯言。周囲の人間もそれが判っているから延元を咎めようとしないし、政宗を止めようともしていない。だがあまりの怒りように、どうも変だと思った人間もいるらしい。しかしそれを今訊くのは躊躇われる。怒りまくっている政宗自身、何故そんなに怒るのか判っていない気もする。
「…でもちょっとやり過ぎましたかね?  様、巻き込んで申し訳無い。然らば御免。」
 延元はそう言うと の肩を引いて後ろに転がして前に出た。転がされた は、訳も判らず今度は幸村に手を引かれ、信玄と幸村に挟まれる。起きあがった時には、延元が丁度政宗の必殺技、HellDragonを食らっている所だった。


  と信玄が本陣で凍えている頃、やはり凍えている人間が居た。戦場に居る政宗達だ。
 半端無い寒さに、寒さに慣れて居る筈の政宗でさえ凍えていて、当然幸村と佐助も凍えていた。ただ幸いと言うか都合よくと言うか、幸村の武器は炎の属性を持っているので、武器の周囲だけは暖かい。だからと言う訳でもないが、三人は固まって進んでいた。
「しっかし、凄い雪じゃないの。前も後ろも判らない位降るってそんなのアリ?」
「吹雪いてるんだ、仕方無ェだろ。…ったく、一揆首謀者は何処だよ。」
「農民兵が何やら叫んで向かってくるが、『いつきちゃん』とは何であろうか?」
 向かってくる農民を蹴散らしながら前に進むが、先程から気になるのは幸村の言った『いつきちゃん』である。多分一揆首謀者だと思うのだが、首謀者を普通『ちゃん』付けでは呼ばないと思う。
 だが次々と出てくる農民兵の多くはそう叫びながら農具を振りかざして向かってくるし、中には「い・つ・き・ちゃあああん!」と区切りながら叫ぶものもいる。いい加減にして欲しい。何だか一種狂信的な気がして厭になる。
 そんな疑問も、直ぐに解ける事となった。
「おさむらいにおら達の気持ちなんか判らないベーっ!!」
 そう叫ぶのは一揆衆総大将。
「…Is it young girl? まさかアレが大将か?」
「あんな子供を大将に据えるなど、何を考えているのだ!?」
 目の前に居るのはどう見ても子供で、しかも未だあどけなさの残る少女。それが大きなハンマーを振り回して戦っている。周りに居る一揆衆は彼女を守ってはいる様だが、伊達軍の兵に追われ逃げ惑うものも居る。
 不甲斐ない男衆に政宗は腹が立った。あの少女が持っているハンマーには何か大きな力が働いている様だが、それでも子供を大将に据えるなど、言語道断では無いだろうか。確かに貧しい農村では子供も立派な働き手だが、それとこれでは話が違う。
「…こんなふざけた戦、一気に片付けてやる。手前ェら、気張れよ! Here we go!
Yeah!
 政宗の掛け声と共に伊達軍が一斉に攻撃を仕掛ける。目の前で仲間が次々と倒されて行く様子に、総大将――いつきは叫んだ。
「ひでぇだひでぇだ! なんて事するだ!」
「一揆なんかやらかしたんだ、当然だろ?」
 いつの間にかいつきの正面に刀を構えた武士――政宗が立っていた。慌ててハンマーを握るいつきだが、動作が遅かった。鈍い衝撃が腹部に走り、そのまま勢いで横に身体ごと飛ばされた。
「抜き身じゃないだけ有り難いと思えよ。…アンタが大将って訳じゃ無ェだろ。本当の一揆首謀者は何処だ?」
「お…おらがほんとに大将だ。ゲホッ…おめさがおさむらいの大将か?」
 政宗の刀は鞘に収まったままで、いつきは斬られた訳ではない。だがそれでも殴られた痛みが酷くて、いつきはまともに喋れない。それでも必死になって立ち上がり、政宗を睨みつけた。が、射るような視線に背筋が凍る。
「大人しく吐いちまえよ。アンタみたいな童が大将なんて、信じられるか。それとも何か? この辺りの男衆は一揆の責任を取りたがらない情け無い奴らばかりか?」
 冷たく言い放つ政宗だが、その言葉にいつきはうっと詰まる。確かに自分のような子供が総大将と言っても信じては貰えまい。
「いつきちゃん、村の奥に逃げるだ! ここはおらが……!」
「だども……。判った、堪忍な!」
 脱兎の如く村の奥に逃げ込んだいつきの代わりに、政宗達の前に立ち塞がる若い男。だがあっさり倒され、残った者も武器を捨てて逃げ出した。
「雑魚に構ってる暇は無ェ! 追うぞ。」
「承知!」
「はいはいっと。」
 いつきを追って、3人も村の奥へと向かって行った。
 見送る景綱と成実は溜息をつく。
「殿ってば、Hotになっちゃって。後始末が大変だぁ。」
「仕方無いですね。殿でなくてもあのような童が首謀者と聞けば、大人達の神経を疑います。…此方はこちらで出来る事をしなくては。」
「さっさと終わらせて、殿を追わないとね。」
 言いつつ二人は政宗達に蹴散らされた一揆衆を一ヶ所にまとめる様に指示をした。動ける者は縛り、そうでない者は戸板に載せて。それが済むと移動を始めるが、行く先々に一揆衆が倒されていてその都度同じ事をするので中々移動は進まなかった。


 雪の中から伏兵が後から後から出てきていい加減うんざりして来た頃、佐助が突然前を走る二人を呼び止めた。
「旦那達、ちょっと待って。…俺様に先に行かせて。」
「何だ?」
「どうした佐助。」
 二人の問いに答えず佐助はゆっくり前へ進み、ある地点まで来ると何か発見したのか、二人を呼び寄せる。
「…糸?」
 佐助の示す先に細い糸が張られていた。
「よく見えたな。」
 吹雪く中、糸が見えたのは偶然だった。糸の張られた所だけ、雪が一瞬止まったから判ったようなものの、もしそうでなければ気付かず進んだだろう。
「糸が切れれば鳴子か鈴が鳴る。あのまま気付かなかったら切ってたね。」
「防衛の常套手段じゃ無ェか。…まあ田畑を荒らす害獣対策にも使うと言えば使うが……。」
「実り無い季節にそれは無いであろう。…とすると?」
 一揆衆が仕掛けたと言うなら、恐らく一揆鎮圧に乗り込んでくる部隊への備えだろう。仕掛けが働けばその先にいるのは準備万端整えた一揆衆の筈。未然に防ぐには糸を切らない事だが……。
「フン、上等だ。こちとら一々気に入らなくて苛ついてンだ。せいぜい足掻けよ。」
 政宗はそう言うと徐に糸を引き千切った。ぷつりと切れた糸はそのまま風にあおられて飛んでしまう。
 耳を澄まして鳴子の音を確かめようとした佐助だが、吹雪のせいだろうか。何も聞こえず風の音だけが耳に残った。その間に、政宗は先に進んでしまうので慌てて追いかける。この雪の中、はぐれたら凍死してしまう。幾ら「忍びのやる事だ、何でも有りだろ?」と言う佐助でも限度がある。
 待ち受ける伏兵を倒し、途中途中で「鬼だ、鬼がいるー!」と叫ぶ兵たちを蹴散らして吹雪の中をどんどん進む。
 やがて広々とした雪原が広がり――恐らく雪が融ければ田畑になるのだろう――いつきが待ち構えていた。
 大勢いる一揆衆は幸村と佐助に任せる事にして、政宗は一気にいつきに向かって走り出した。そこへいつきが叫ぶ。
「なんでだ、どうして、どうしておらたちがこんな目にあわなきゃなんねぇだ!」
 言いながら政宗に向かってくるいつき。小さな身体に似合わぬ巨大なハンマーを振り回しているので、足元が危なっかしい。だが勢いだけはあるので、迂闊に近寄るとハンマーの餌食になりそうだ。政宗はハンマーをかわしつつ、タイミングを見計らっていた。
「おめぇたちおさむらいが、おらたちを苦しめるからでねぇか! 田んぼも畑も、みんなおさむらいたちがダメにしただ! 戦なんかおらたちにはちっとも良くねぇ、苦しいだけだ!」
「だから一揆を起こした……ってかァ?」
 いつきの言葉には一理あるもののそれを肯定してはいけない。
「ふざけるなよ。百姓なら百姓らしく畑を耕してりゃ良いんだよ! それを一揆なんか起こしやがって!」
「何言ってるだ! おめぇらおさむらいのやる事はおらたちを苦しめるだけで、何も良い事ないでねぇか。一揆だってしたくて起こした訳でねぇ! もうこれしか方法がねぇだ!」
「それがふざけてるって言ってんだよ! 俺たち武士は国を守る。お前ら百姓は田畑を守る。それを覆してどうする!」
「えっ……。」
 政宗の言葉に、いつきの動きが止まった。
「いいか? 武士は刀で以って国を守る。その為に人も斬る。百姓は鍬や鋤で田畑を守る。作物を育む。それが道理ってもんだ。育てる為の道具で人を斬るって言うのはどう言う了見だ!! 確かに農民兵もいるさ。そいつ等は人を斬る。だけどそれは戦場だけだろ!」
 ぽかんとしたいつきがぽそりと呟いた。
「おめぇさ、アンさと同じ事言うだな……。」
「アン……? お前兄がいるのか? …そいつが首謀者か?」
 いつきの言葉を聞き咎めると、いつきは慌てて首を振った。
「ちがうだ! アンさは関係ないだ!」
「否定するのは怪しいのを認めてるって事だぜ、Little girl? アンタみたいな小さなガキを一揆の首謀者に据えるなんて碌な奴じゃ無ぇな。隠し立てすると為にならねぇぜ?」
 既に幸村たちは周りにいた一揆衆を一掃し、立っているのはいつきのみ。
 じりじりと後退するいつきと進む政宗。幸村と佐助はいつきを気の毒に思うものの、一揆を起こした以上処罰されるのはやむを得ない。だがしかし。
「伊達の大将、 ちゃんが言ってた事忘れてるんじゃない?」
「うむ、佐助もそう思うか。… 殿は一揆の首謀者はその場で処断せず話し合いを設けてそれから判断して欲しいと申していた。 殿の意見も尤もだと政宗殿も納得していた筈だが……。」
 このままではそれも叶わないかもしれない。それ程政宗の頭に血が上っている。
 一応抜き身の刀では無いから、一刀両断されると言うことは無いだろうが、政宗の力で思いきり腹を打たれたら内臓破裂は免れないかもしれない。だが二人の掛合いはまだ続いていたし、もう少し様子を見る事にした。その矢先、突然二人の後ろから声がした。
「赤と迷彩? 武田軍?」
 掠れた濁声だったが、確かにそう聞こえた。何の気配も無く突然の声に慌てて二人が振り向いたが、既に姿はそこに無く代わりに一段と酷くなった吹雪。先程まで見えていた政宗たちの姿が翳むほどだ。
「だ、旦那? 今誰かいた?」
「い、いいいいいいや、誰も居らぬぞ。佐助が気付かぬもの、拙者が判るか。」
 幾ら歴戦の兵とは言え、この吹雪の中人の気配など注意していなければ判る筈も無い。気配を殺すのが得意な佐助は逆も然りで人の気配には敏感だ。だが全く気がつかなかった。厭な予感がして二人は政宗達の元へ行こうとして――転んだ。
「なっ……?! 何だこれはっ?」
「…糸っ?」
 二人の足元に細い糸が絡まっていた。こんな細い糸に引っかかって転ぶ訳が無い。そう思って二人が足から糸を外そうとしたが、どう言う訳か外れない。逆に絡まって外れなくなりそうなので、慌てて小柄を出して切ろうとしたが。
「……嘘ぉ。」
 ぽきり、と音がして小柄の刃が雪の上に落ちた。


 二人が糸と格闘している間も政宗といつきは睨み合っていた。
 いつきは、政宗と言い方は違えど同じ事を言われたのを思い、政宗はいつきの否定する兄をどう引っ張り出そうか考えていた。
 しかし考えた所で二人の意見は平行線だ。埒もあかない。
 政宗が刀を構え直したのを受けて、いつきもハンマーを握り締めた。一度始めた事は後戻りできない。
「おらは、おらたちの村を守る為に戦ってるだ。おめさは何の為に戦うだ。」
 ハンマーを振り回しながらいつきが叫ぶ。風圧で周囲の雪が巻き上げられる。
「そんな一時凌ぎは長く続か無ェぜ。俺は俺の為に戦う。誰にも邪魔はさせねぇ!」
 いつきのハンマーを刀身でもろに受け、そのまま押し返す。鈍い音がした様だから、鞘の中で折れたかもしれない。軽く舌打ちして、脇に差した一振りを手に取る。今度は抜き身で。
「自分の為なんて、そんなの勝手だべ!」
Ha! 勝手で結構。付き合ってくれる奴等がいるんだ、逃げるしか能の無ェ奴等の大将に祭り上げられてるアンタよりマシだよ。」
「ひでぇ事言うな! みんな必死なんだ!」
「それで結果はどうだ? 残ったのはアンタ一人、助けなんか来やしねぇ。…匿ってるアンタの兄とやらも逃げたんじゃねぇのか?」
「アンさは関係無ぇっていってるだべ! …うっひゃあっ!!」
 ハンマーを吹き飛ばされた弾みにいつきが尻餅をつく。その瞬間、政宗はいつきの正面に詰め寄り、目の前に刃先を翳す。
「これでThe endだ。もう一度だけ訊くぜ? 本当の首謀者は何処だ?」
「……おらが、そうだって言ってるべ!」
「良い度胸だ。その覚悟だけは褒めてやるよ。…残念だったな、俺が天下統一した後の平和な国が見られなくて。恨むなら、アンタを見捨てた連中を恨むんだな。」
 言って政宗は刀を振り上げた。気迫に押され、いつきは尻餅をついたまま後退さる。今まで必死になっていたいつきに、初めて恐怖が襲った。このままだとこの武士に斬られる。そう思った時真っ先に思い浮かんだ顔。
「…っ、 ちゃあぁんっっ!!」
 いつきは目を瞑って思わず叫んだ。
「はいは〜いっ。」
「なっ…!?」
 政宗の背後から低く掠れた声がしたと同時に、彼の膝の裏に衝撃が走る。いきなり加わった衝撃に政宗の膝が崩れ、そのまま前のめりに雪の中に倒れてしまった。


 いきなり膝裏を打たれて前のめりに雪の中に突っ込んだ政宗は、驚きのあまり一瞬動作が遅れた。
「何だ?」と思う間も無く背中に荷重がかかり、更に雪の中に沈む。…どうやら背中を踏まれたらしい。いきなり踏まれて声も出ないほどの激痛が肺と背中にかかる。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン。…と言う訳で、ダメですよ、いっちゃん。 、言ったでしょう? 本分を違えちゃいけませんって。」
 雪に沈んだ政宗の耳に、低く掠れた声が届いた。頭上の方から聞こえると言うことは、背中から移動していつきの元にいる様だ。
 当のいつきは目の前の光景に呆気に取られていた。自分が呼んだとは言え、強そうな武士を足蹴にして近寄ってくる姿。
ちゃん? 何でそげな格好してるだ!?」
「だって寒いんだもの。借りちゃった。」
 低いガラガラとした声と台詞が全く合っていない。二人の会話を聞きつつ、政宗は痛みを堪えて立ちあがろうとするが、雪が深くて身動きが上手く取れない。その間も会話は続く。
「だどもおら言ったじゃねぇか、戦になるから逃げてくろって。大体身体だって大丈夫なんだべか?」
「声だけ、声だけ。それにね、一宿一飯の義理は返さないと。始めちゃった事は仕方無いし、何処の軍が来たか知らないけど、いっちゃんを助けるくらいのお手伝いは致しましょう。」
 ふざけた軽い調子に政宗の頭に血が上る。勢いで立ち上がり、「ふざけるな!」と怒鳴った。そして丁度その時吹雪が止んで視界が開けた。絡まった糸と格闘していた幸村と佐助も漸く糸が解け、政宗の元に向かうべくその姿を確認した。が。そのまま絶句した。
 目の前の、いつきの傍に立っていたのはどう見ても『鬼』だった。いや、鬼にしては異常なほどに顔が大きいし、見ればそれは造り物とすぐ判る面だった。しかしどう考えてもこの状況でその姿はおかしい。大き過ぎる鬼の面に、体にはこれでもかと言うくらい蓑を纏っている。異様な姿に絶句する政宗だが、ここに がいたらズバリ「なまはげ」と言っただろう。
 彼等の脳裏に、道々聞いた「鬼がいる。」が思い出された。あれは自分達の事を言っているのだと思っていたが、もしかすると此方の鬼を指していたのかもしれない。成る程、確かに鬼としか言えない。
 一方怒鳴られた方も、驚いた様だ。
「あらら? 吹雪が酷くて良く判らなかったけど……その声、前立の弦月……もしかしなくても奥州筆頭?」
「…だったらどうした!」
「どうもしませんよ〜。そっちにも義理はあるけど、女の子優先。」
「何だとォ? ふざけンな手前ェ!」
 何か引っかかる物言いだったが、それは無視して政宗は怒鳴った。そして相手は退くどころか嬉々として叫ぶ。
「ふざけてませんよ、楽々らっき〜! と思ってるだけ。それでは奥州筆頭・伊達藤次郎藤原政宗殿! この戦、退いてちょーだいませませっ!!」
「なっ……!?」
 Luckyと言う言葉自体よりも正式に名前を呼ばれた事で、驚きのあまり動きが止まる。構えた筈の刀は、その間に相手の持っていた長い棒で弾かれ飛ばされた。慌てて脇に差した刀を抜くが、その間に相手は政宗の攻撃範囲から逃れる。
「ペンは剣より強し、でーす。そして鋼は糸より弱し。」
「のあっ?!」
 いつの間に絡んでいたのか、政宗の足元の糸が引っ張られ、その拍子に今度は後ろに倒れた。
 政宗は、二度も転ばされたのが信じられなかった。それは見ていた幸村と佐助も同様で、幸村は思わず「政宗殿!」と叫んだ。
 幸村の叫びに気付いて、鬼の面がそちらを向く。姿を確認して、呆れたような呟きが漏れる。
「…見間違いじゃ無かったか……。何で武田軍までいるんだ? 面白い事になってるなぁ。」
「真田源二郎幸村がお相手致ぁす! いざ尋常に勝……ぐはぁっ!!」
 名乗りを上げている間に、雪玉が投げられもろに幸村の顔に当たった。雪玉と言っても半分以上氷柱で出来ているので威力は強烈だ。余りの強烈さに幸村の目の前に星が飛ぶ。
ちゃん! 無理しないでイイだ! おめぇさには関係ないべ!!」
「まぁね。でも始めた事は終わらせないと。これ、道理。そして はいっちゃんは助けたい。」
 その言葉といつきの呼びかけを反芻し、政宗は「まさか。」と思った。
 まさか、そんな訳が無い。声が違いすぎる。だが先程からの行動と口調が政宗の考えを肯定する。
 がば、と政宗が起きあがったのと佐助が放った手裏剣が鬼の面に当ったのはほぼ同時だった。ぱかりと面が割れて、中から頬被りした人の顔が現れたが、その顔に驚いて佐助が叫ぶ。
ちゃん!?」
 本陣にいる筈の がいた。だが政宗は違う名前を叫ぶ。
!?」
Yes、you've got it。
 そこには忘れかけていた面影そのままの が立っていた。少し困ったような、楽しそうな、不思議な表情を浮かべて。
「女の子に優しくしない野郎は、お仕置きですよ〜。」
 呆然としていた男達の足元がいきなり掬われる。そして政宗は今日3度目の転倒を食らった。

≪BACKMENUNEXT≫

加筆修正施しました。その8の冒頭部分を持ってきてます。勢いで書いたので台詞とか最初考えてたのと違ってたりしたのを修正。あとやっぱり一揆衆の処遇を少々。
当初の予定通りの展開だけど、そうは思われないんだろうなぁと若干凹んだりしましたが、気にしないで話は進みます。気にしてたら何も出来ないやー。
取り敢えずこの後最北端平定して天下統一に向かいます。

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短めですがまぁこの次に続くので。(またか。)
漸くいつき一揆衆がでました。長かったなぁ。予定ではもう少し早く出す筈だったんだけど。まぁいいや。
文中に『百姓』と言う単語が頻繁に出てきますが、やっぱこの時代、『農民』よりも『百姓』だよなぁと思って。この辺気にする人は気にするのでちょっとどうかと思いますけど。私は気にしすぎると何も出来ないよな、と思う方なので気にしない方向で。
そして真打登場(笑)