≪BACKMENUNEXT≫

しょにょきゅー。

 一揆衆と鎮圧軍、代表者三名が向かい合い座る。
 一揆衆は勿論いつきと、その他 が『そこの二人』と連れて来た真衛門と小右衛門。鎮圧軍は政宗と景綱、延元。更に立合い人として信玄が両者の間に座った。
 言い出した当の は、陣内が狭い事もあってか、何故か長持に腰掛けて一段高い所から周囲を見下ろしていた。
 その他の人間は少し下がった所から中央に座る面々を注視して、話し合いが始まるのを待つ。
  と幸村、佐助は所在無く何処にいれば良いのか迷っていたが、成実に手招きされてそちらへ移動し、 は思いついて訊いてみた。
「あの、成実さんは話し合いに参加しなくて良いんですか?」
「こういう頭を使う仕事は、あの二人に任せとけば良いの。オレは向いてないのよ、こーゆーの。すぐカーッと来ちゃってさ。…殿もそうだけどね。」
 その言葉に納得する一同。幸村もその部類なので気持ちは良く判る。
 コン、と音がしてそちらを向くと が長持の蓋を叩いたようだ。それを合図と思ったのか、話し合いが始まった。


 話し合いを、と言われて付いて来たものの、いつきは困っていた。
 何しろ言いたい事は既に散々言ってある。これ以上何を言えば良いと言うのか。しかも改めて向かい合った正面の大将――政宗は、戦っている時は気が付かなかったが『独眼竜』政宗ではないか。
 奥州筆頭と言われてもピンと来なかったが、隻眼の伊達の殿様と言ったら一人しかいない。若干19歳で家督を継いで瞬く間に奥州を制圧した男。伊達一門の棟梁だ。それに気付いた時、いつきを含め一揆衆はぞっとした。
 先程言った言葉、『伊達軍に攻められて命が有る理由』が幾ら考えても判らない。彼等伊達軍は撫で斬りで有名になったのだ。つまり一族郎党皆殺し。女子供も容赦なく斬り捨てたのは余りにも有名で、今此処に首が繋がっているのが不思議なくらいだ。尤も撫で斬りは1回のみでその後は行っていないのだが、その1回が余りにも強烈で未だに語られ記憶に残る。
 一方政宗はと言えば、話す事は特にない。何故ならこれは彼の領地の話ではなく、救援を頼まれて来た言わば義勇軍なので、話し合いと言われても格別言う事も無い。彼等の要求する相手は彼等の領主であって政宗ではない。…が、政宗にもやれる事は有る。それを一揆衆に言うべきか否か、それは彼等次第だ。だからこそ、命だけは助けたのだから。
 小さくコン、と音が鳴った。いつまでだんまりを決め込んでいるんだ、とばかりに が鳴らしたらしい。
「…アンタ一揆の首謀者がどうなるか判っていたんだろうな?」
「……あたり前だべ。そんな事も知らねぇで一揆なんか興すもんか。覚悟くらい出来てるだ。」
 睨み合う二人だが、 が持っていた巨大な筆の尻骨がお互いの頭に落とされる。周囲がギョッとする中、 は一言「喧嘩腰は止め。」と告げる。渋々従う二人に、成実の隣にいた武将が目を丸くして小声で成実に話し掛けた。
「あれが噂の 様か。確かに凄いわ。あの殿がやり返さないよ。」
「な? 言ったろ? … 殿、頼んでみてくれない?」
「そ、それはちょっと……。」
 一応自分の家に帰りたいので、と言うと成実は残念そうに「そっか。」と言った。
 その反応に の伊達軍――と言うより、政宗・成実への影響力を感じた。
 話し合いの様子を見ながら、幸村がぽつりと呟く。
「先程戦った時もそうであったが、 殿は落ち着いておられるな。貫禄があると言っても良いのではござらぬか?」
「戦った?  とですか?」
 ギョッとして訊き返すと幸村は慌てて弁解した。
「い、いや。戦ったと言っても此方の惨敗でござった。拙者、 殿にはいいように遇われたでござるよ。」
「それにそもそも先に攻撃したのは旦那だしねー。 サン、最初から戦う気は無かったみたいだし。あのいつきって子を助けたかっただけで。」
 佐助もと幸村を弁護するつもりなのか口を挟む。その時 への呼び方が変わっている事に気が付いた。
「佐助さん、 は『さん』付けなんですか?」
「えっ? あ、うん……何となく、敵わないなぁと思って、ね。… ちゃん、気を悪くした?」
「いえ。気にはなりましたけど悪くはなってないです。何だかまぁ判る気もしますし……。」
「何だったら ちゃんもさん付けするよ。」
「今更良いです。それより戦ったって、三人でですか? それで惨敗?」
 どうにも信じ難くて は訊ねた。普通に考えれば戦国武将と戦って現代人が勝てるわけが無い。拳銃でも持っていれば話は別かもしれないが、そんな物を持っている筈も無く、況してや三人も相手をするとなれば勝つ方が不思議だ。
  の問いに幸村と佐助は顔を見合せ、溜息をつく。自分達にも信じられないのだから、見ていなければ俄かには信じられないだろう。
  たちの会話が耳に入ったのか、成実も興味津々で訊いて来た。
「なに? 殿ってば 様と対決しちゃったの? で、負けた? …まぁそうだろうねぇ。」
「そうだろうねって、成実さんは政宗さんが負けても良いんですか?」
「だって相手、 様でしょ? 殿が勝てる訳無いじゃない。殿は 様にとことん弱いもん。」
「政宗殿は健闘しておったぞ?」
「いやいや、そりゃそこそこ立ち回るだろうけど、基本的に殿は 様に弱いの。何せ殿のHeroだからさ。」
 そう言うと成実はにっこり笑った。
様だって殿と本気で戦おうなんて思って無かったんでしょ? だったら別に問題無いよ。もし本気で戦ったって言うんなら、勿論オレは殿の味方だから 様とも戦うけどさ。勝てなくてもね。」
「はあ……。」
 何だか物凄い信頼の仕方だと は思う。一体どう言う過ごし方をしたらこんなにも信頼されるのか。以前政宗から聞いた以上の出来事があったらしい、と は推測する。
 突然、バンバンバン、と大きな音が響いた。 が長持を叩いた様で、自分達の話し声がうるさかったかと思わず身を縮こませた の目線は政宗といつきに向かっていた。


「話し合いの余地は無し、かぁ? 同じ事言わせるんじゃ無いよ。 、言った筈だよね。本分を違えるなって。本質を見極めろって。」
 苛立った声で言う は、かなり不機嫌そうだ。
「いつまでも同じ事しか繰り返さないなら、話し合う意味は無い。何の為の話し合いだ。」
「だども、おらたちにはこれしか残ってねぇだ! 余所者のあんたに何が判る……!」
「最初から否定するなっつってんの! 二人衛門はそれしか言えないなら黙ってなさい。あのね、基本的に訴える先が間違ってるんだよ。」
 溜息をつく に、政宗が同意する。
「だな。伊達軍にソレを言っても仕方無い。言うべき相手は……Ouch!?
 最後まで言わない内に、 の筆が政宗の頭を小突く。
「判ってないなぁ、梵ちゃんも。こういう状況を作ったのはそもそも誰?」
「…大浦氏ですね。南部氏から独立したのがきっかけになり両家にて争いが始まりました。この地は領主を二人抱えています。その為農民は双方から年貢の供出を求められる為、困窮しています。…では大浦氏に訴えろ、と?」
 景綱が政宗の代わりに答えたが、 は「惜しい。」と言った。
「ここまで酷くなる前なら、それも有りだったかもしれないけどね。答は、一揆を興す前に奥州筆頭に訴えておくべきだった、です。」
「今、訴えてるじゃねぇか。」
「一揆を興してからでしょうが。それじゃダメなんだよ。一揆を興した以上、首謀者は処罰される。例え、女子供であろうともね。それくらい梵ちゃんだって判ってるでしょうが。」
 確かに判っている。だからこそ首謀者と名乗るいつきはともかく他の者は殺さずにいた。 の言わんとしている事が今一つ掴めず、続きを促す。
「そもそも津軽……大浦氏は一揆衆の言う事には聞く耳持たないよ。何せ離反独立の方が先で、内政はぐちゃぐちゃでしょう。違う? …えーとそこの……奉行殿。」
「おや、私ですか。…然様ですね。20年近くこの地は混乱が続いております。その為禄に調査もせず石高を上げる為に米の栽培を奨励している様ですが……私の意見としては米は副次的な物として、主は稗の方が効率良いでしょう。」
「稗はダメだ。手間が食う割に石高は上がんね。」
「いえいえ、確かに手間隙かかる上に歩留まりも相当でしょうが、冷害による被害に比べたら微々たるものです。せめて伊達領くらいの気候でしたら、米も良かったんですけどね。」
 延元の説明に、真衛門、小右衛門が沈黙する。確かに言われた通り米は思った以上に石高が上がらない。そもそも寒冷な地で育つ作物では無いのだ。
「… 殿は伊達領に助力を求めよ、と言っておられるのか。しかしそれでは内政干渉に繋がるのではござらぬか?」
 ぽそりと もそれは思って頷いたが、自分が考え付く事を が思い付かない筈も無い。『奥州筆頭』に訴えると言う事が恐らくポイントだろう。
 それよりも の言葉遣いの方が気になる。先程長持を叩いた時以降はまぁそこそこ口調は丁寧に戻っているが、 の言葉遣いが乱雑になったら要注意だ。周囲に気を配らなくなると言う事は自分に余裕が無くなっていると言う事。 は政宗達と戦った、と言っていなかっただろうか。とするとかなり力を使ったのではないだろうか。
 倒れる寸前かも、と思うがここで なりに無理をしてでもこの話合いを双方納得いくものにしようとしている。ここで下手に心配して近寄っても、 の緊張を悪い意味で解いてしまう。そうすると話し合い半ばで にとっても本意ではない。見守る事しか出来なくても、 にはそれしか無い。
 心配そうな を見比べつつ、「男前な姉妹だね、全く。」と佐助が小さく呟いた。


 一揆を興す前に奥州筆頭に訴える、と言う事にどんな意味があるのか。即座に理解したのは元々それを考えていた政宗以外は数えるほどだったろう。一揆衆に到っては何故わざわざ知行の違う奥州筆頭に訴えねばならないのか理解できない。
「一揆って言うのはね、成功しないもんなんだよ。成果があったとしてもね。どうしてか、判る?」
  の問いにいつきは首を振る。成果があればそれは成功と言わないのだろうか。
「首謀者、中心人物、村の実力者。それらがほぼ処断される。必ずね。それが果たして成功と言えるかどうか。と言って誰も処罰されない様にすると言うなら、武士に成り代わる位の気概が無いといけないけど……出来るか? それが?」
「…やってみなきゃわかんねぇだ。」
「難しいよ。結局今度は『元百姓』の『お侍もどき』になって同じ事を始める。本分を見誤って堂堂巡りだ。」
 虐げられる者が今度は虐げる者になる。
 それはいつきには考えもつかなかった事で、そんな事はない、と反論したかったがふと気付くと両脇の真衛門と小右衛門は思い当たるのだろう。沈黙している。
「一揆を興す、上に訴える、成果が出る。ここまでは良いよ。でもその後に来るのは、失敗した時と同じ。捕縛されて処断。例え正当な理由があろうと、処罰は下される。そうでなければ示しがつかない、と言うのは上の人間の論理だろうけれど真理でも有る。其々が好き勝手な事をしたら、どうなる? 滅茶苦茶になるだけでしょう。」
 諭すような言葉に揶揄はない。が、いつきは納得出来ない。そもそも はどちらの味方なのか。これではまるで武士の味方の様ではないか。
「アンさはおさむらいの味方なのか? おらの……おらたちの味方じゃねぇのか?」
は誰の味方にもならないよ。」
 さらりと返され、いつきは悲しくなった。だが続く政宗の言葉に驚く。
「かと言って俺達の味方って訳じゃねぇだろ。『誰の味方にもならない』んだからな。」
「勿論。敵にも味方にもなる気は無いよ。…誰のもね。」
 その言葉に幕内から不満の声が漏れた。一瞬の事だったが、政宗に睨まれそれ以上の事は無かったが、信玄は にズバリと訊いた。
「それは卑怯と言われかねぬぞ。どちらの味方にもならず敵にもならず、即ちどちらにも良い顔しか見せぬと言うことであろう。」
「承知の上ですよ、お館様。卑怯結構、罵られ様が詰られ様が、 の出来る事をする。その覚悟も無くこんなお節介をするとお思いですか?」
「覚悟の上か。…確かに覚悟が無ければとうに逃げ出して居るだろうの。」
「手に負えない事から逃げるのは悪い事では無いですよ。手を出す前ならね。四知にもあるでしょう、誰が知らなくても己は知っている。それから逃げる事は出来ない。誰の味方にも敵にもならない。それが今の のやること。何時か敵になったとしても、それは今じゃない。手を出したからには決着は付けさせますよ、どんな結果になろうともね。」
 きっぱり言い切る に迷いは全く無い。傲慢とも取られかねない態度ではあるが、その潔さに信玄は唸った。
 蝙蝠、と呼ばれる人種が居る。つまり態度のはっきりしない人間、状況により有利な側につく者を指して言う侮蔑の言葉であるが、 はそう呼ばれることも辞さないと言っている。だがそれは蝙蝠とは程遠い態度で、敢えて自分を悪人にしてでも状況を打開しようとする姿が窺える。本人が言う『誰の味方にもならない』とは裏腹に、信玄には が彼等双方の味方をしているようにしか見えない。
 面白い娘だ、と思う。
 信玄はちらりと を視界に捉えて、微かに微笑んだ。聡い娘だと気に入っていたが妹も同様らしい。そして妹の方は自分に力がある事を充分に知っている。どう使えば良いかと言う事も。
  がそれきり話さないので、今度は自分の番だとばかりに政宗がいつきに話し始めた。 が伝えた問題の答を教える為に。
「俺が何故アンタ達を殺さなかったか、判るか? 殺した所で伊達には何の得にもならねぇからだ。… が言った通り、一揆を興す前に俺に訴えりゃあもっと話は簡単だった。何故か。」
「伊達の殿様に……? だども伊達の殿様はおらたちの領主じゃないべ。それで何で訴える事がある?」
 不思議そうないつきに政宗は頷く。まぁそう言われるだろうと思っていた。
 ちらりと脇を確認すると は黙って見守っている……様に見える。何の行動も起こさないと言う事は、話を続けて良いと言う事だろう。
「伊達の、じゃねぇ。奥州筆頭に、だ。…今、奥州筆頭に睨まれて困るのは傘下に入っていない諸大名だ。南部然り、大浦然り。何故か。」
「……攻め込まれても勝てるだけの力が無いからだべか?」
Right。」
 景綱や延元が言った通り、津軽の大名は今現在戦力不足に悩んでいる。長年続いた内乱も然る事ながら、続く飢饉や流行病で人手の少ない農村では働き手を取られる事を警戒している。兵を徴用しようにも人手が無いのが現状だ。
 そこへ現れたのが奥州筆頭、伊達政宗。瞬く間に諸大名を傘下におさめ、時には滅ぼし、次は何処かと何れの大名も戦々恐々としている。無論、南部・大浦両氏も例外ではない。
「奴等は俺にその気が無くても、何時か攻め込まれるんじゃねぇかと疑っている。そうなる前に恭順するか他国へ救援を要請するか……様子見してる所へお前等が一揆を興した。それが為に一揆鎮圧の協力を要請して来た、ここまでは判るか?」
 政宗の問いに頷くいつき。だが答えの行きつく先には未だ繋がらない。
「協力を要請して来たのには裏がある。表向きは一揆鎮圧。裏はそれに伴う伊達軍の弱体化。両方叶えば願ったりだろう。何せお前等は必死過ぎて共倒れも厭わないからな。南部たちにしてみれば共倒れしてくれるのが一番だろう。」
「此方の御領主が恐れているのは、奥州筆頭である政宗様にあなた達農民が苦境を訴え、それを理由に仕置きされる事なのですよ。正当な理由があり領民もそれを歓迎するとなれば、各諸大名も表立って非難は出来ませんからね。」
「政宗様はこう見えて賢領主ですよ。少なくとも此方の領主より二手三手先を読めますからね。」
Like this being look, it is unnecessary。
 景綱たちの説明にいつきは漸く の言った事が理解できた。
 奥州筆頭に訴えるべきだった、と言うのは奥州筆頭に後ろ盾になってもらえと言う事だ。それから改めて領主に訴えれば、相手は『奥州筆頭』の肩書きを無下には出来ない。話も通りやすい。
「手順を踏めってことだべな……。」
 ぽつりといつきが呟くと、 が頷いた。
 いつきたちの訴え方は突然過ぎたのだ。彼女達にしてみれば、近隣の庄屋や村長が何回か訴えて退けられた事もあり、もう何も聞いてもらえないならと立ちあがったが、為政者側にしてみれば数ある村のひとつがいきなり一揆を興したようにしか見えない。しかも今まで不満が一気に爆発したように一揆衆の数は近隣の村を飲み込んで増えていく。燻った火種が燃え上がる、そんな勢いだったろう。
「とは言え恐らく人的被害は少ないね。打ち毀しで穀倉なんかは被害が出てるだろうけれど、農民兵が多いお陰ってのも変だけど、比較的簡単に米やら何やら手に入った筈だよ。同志もね。」
  の指摘どおり、打ち毀しは割合簡単だった。穀倉を守る筈の兵士が農村出身者が多かった為、逆に一揆衆に加わったり困窮を知っている庄屋などは最初から解放して難を逃れている。津軽の領主が政宗に窮状を訴えたのは一揆衆が巨大化した為だろう。ここまで大きくならなければ、自分達だけで処理しようとしたに違いない。わざわざ奥州筆頭に借りを作るまでもない。
「と言う訳で、ここからが本題。梵ちゃん、一揆衆の処遇はどうする気?」
「…アンタは俺がどうすると思ってるんだ?」
「訊いてるのは 。まぁ普通に考えれば総大将の首をとって救援を求めた南部・大浦両氏に経過報告してThe end、じゃない?」
「普通ならな。」
  と政宗の会話に、いつきは唇を噛む。覚悟していた事だが、やはり口に出して言われると辛い。しかしそれでも最後まで胸を張ろうといつきは言った。
「覚悟は出来てるべ。その代わり、おらの、おらたちの暮らしをもっと善くしてくれ、な? おめさにはそれが出来るんだべ?」
 胸を張って堂々と言う幼い少女の姿に、幕内の誰もが感心する。中には目に涙を浮かべている者もいて、そんな中政宗はいつきをじっと見詰めていた。 も。


 覚悟は評価するけど、感心はしないな。
  はそう思いつつ政宗といつきを見比べた。二人とも最初に睨み合っていた時よりも穏やかな顔になっている。一揆衆の二人も、そう。
 いつきが一揆を興すのは判っていた事だから、もし戦況が悪い様ならいつきだけは助けようと思っていた。しかし相手が政宗ならば、交渉の余地はあると思い、話し合いの場を設けた訳だが。
 さてこれからどうしよう、と は暫く考えた。
 今の所は思った通りの展開になっている。これから先は、『奥州筆頭』の胸三寸。例え自分がこうしたい、と思ったとしても彼がそれを是としなければ出来る事ではない。
 まぁ、あっちが胸三寸ならこっちは舌先三寸。上手く言いくるめてみせましょう。
 心の中でニヤリと笑い、 はコツリと長持を叩いた。


 固い音に目をやれば、 が長持から降りて二人の前に立った。
「そんな覚悟は未だ早い。 はいっちゃんは助けたい、と言った筈。言っておくけどここでいっちゃんだけ掻っ攫って逃げる事も不可能じゃないからね。それをしないのは、それでいっちゃんが幸せになれる訳じゃないから。助かるのは一人だけ、では意味が無い。でしょう?」
 言いつつ はいつきの頬を軽く撫でる。知らず流した涙を拭った様で、見ていた は鳥肌が立った。
「…何であいつはああもタラシくさいんだ。」
 ぽつりと呟く も実はそのクチなのだが本人に自覚は無い。ただ、その事に気付いている人間はその呟きに顔を見合せて苦笑した。どっちもどっち、なんだけど。
「さて、梵ちゃん。 の意向は何だと思う?」
「…アンタはそのLittle girlを助けたいだけだろう。俺だってまさかこんなチビが総大将とは思っていなかったからな。こいつを処分するのは寝覚めが悪い。」
「……て事は、いっちゃんは助けるけどその代わりの人物が必要、って事?」
「でなければ納得しないだろう。俺だって納得しねぇ。一応此方側の人間だからな。」
 此方側。為政者側としてはどうしても処分せざるを得ない。
 それは判るが、いつきとしては自分が助かっても他の人間が処分されるのではやはり悲しい。だけど自分の年齢を考えれば総大将と見なされないであろう事もわかっている。他の、恐らく真衛門や小右衛門のような年齢の者が処分の対象だろう。
 溜息をつきかけたいつきの前で が何故かクスリと笑った。
「粋じゃないねぇ。伊達の名が泣くよ……って伊達者はも少し後の時代か。まぁとにかくいっちゃんの代わりに誰か処分して、ってのは芸が無いよ。」
「ンだと? だったらアンタはどう考えてる。」
 此方はかなり譲歩しているのだ。芸が無いと言われるのは心外だ。
 そう思ったのは政宗だけではない。実際問題として誰かを処分しない限り、南部・大浦両氏は納得しないだろう。一揆の責任者を処分して貸しを作る。そして一揆衆の言い分も尤もな事なのでそれを盾に両家を脅して農民側にも年貢の軽減や米の放出で貸しを作る。最少の処分でどちらにも貸しを作れるいい案だと思ったのだが、それを否定されるのは面白くない。
「甘かろうが何だろうが、一揆衆の処罰は の望む所じゃない。本分を先に違えたのは為政者の方。やるなら先ずそちら。」
「アァ? 南部と大浦を討ち取れってか? 物騒な事言うじゃないか。」
「誰が討ち取れって? 処罰の対象は向こう、って言ってるだけでしょ。」
  の考えが理解出来ずに、政宗は頭の中で今までの流れを反芻する。特に間違っては居ない筈だ。
 だが余裕綽々で政宗を見つめる を見ると、自信が無くなる。何かまだ手があるのだろうか。
 政宗が軽く首を振るのを見て はニヤリと笑った。
「梵ちゃんは、壊して、作って、導く者。傳役殿は従い、守り、諌める者。いっちゃんは作って、守って、育てる者。さて、何の事でしょう?」
「…………?」
 突然言われても何の事かさっぱり判らず、政宗は口篭る。だがいつきはそれを聞いてはっとした。
「おらたちの『本分』の事だべな?」
Ye〜s! その通り。梵ちゃん、つまり領主は国を作り民を導き、時には壊す。中の膿を出す為に。傳役殿はその家臣。主に従い、主を守り、道を外したらそれを諌める。いっちゃんは農民として、田畑を作り守って、作物を育てる。それ以上でもそれ以下でもない。」
 因みに は基本的には傍観する者。と一言付け加え、いつきの手を握って目の前に跪く。
「農民は、武器を持っちゃいけないよ。手にするのは鍬と鋤。それは作り出す物で壊す物じゃない。それを忘れないで、いつきちゃん。圧制を我慢しろとは言わないけれど、だからと言って武器を持っちゃいけない。足掻けるだけ足掻いて他に方法を探さないと。」
「…うん。」
  の温かい手に握られて、いつきは短く頷いた。本分を違えるな、と再三言われていたことが漸く理解できた気がする。
「…理想論だろ。そんな甘い事言ったって聞かない奴は聞かねぇ。」
「勿論。だけど聞く人は聞くよね? 奥州筆頭伊達政宗。」
「…………狡い奴だな。こう言う時だけ名前を呼びやがる。」
 はっきりとした肯定では無いが、言外に悪い様にはしないと言っている。それに気付いた一揆衆はぽかんとし、 はにこりと笑った。
「本分を先に違えたのは大浦氏。守るべき国と民を守らず、逆に荒らした。南部氏も同様。離反されたのが厭なのなら、さっさと朝廷にでも訴えて大浦氏を厳罰処分すれば良かった。なのに延々戦い続けて国を荒らした。それについての異論は?」
「無ェ。」
 それをネタに貸しを作ろうと思っていたくらいだ。異論の有る筈も無い。
「厄介なのはいっちゃんたちが一揆を既に興した事なんだけど……。梵ちゃん、無かった事にしない?」
「………無理だ。やった事は覆せねぇ。アンタ、それは判ってるんだろう?」
「まぁね。でも順序を逆にすれば無かった事に出来なくも無いかな、と思いまして。」
「どうやって?」
  が何を言い出すのか、思いつかずに政宗は身を乗り出して尋ねた。
Let's Party、Ya-Ha! ですよ。」
「……………………アァ?」
  の言う事が理解出来ずに、思わず間抜けな声を出した。

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どうも悩んだ割に上手く書けていないのですが、取り敢えずこれで。

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まだちょっとだけ続きますが、最北端はほぼこれで終わり。あとはお茶濁しみたいなモンです。会話で話を延ばすのは如何なものかと思いますが、まぁそういう話ですから。登場人物が多すぎて何が何だか判りません。
四知…天知地知我知子(人)知。
成実の隣に居た武将は、原田宗時です。