≪BACKMENUNEXT≫

しょにょとうっ!

サンて何考えてるの?」
「私に聞かないで下さい。私だって判りません。」
「だが面白い話ではござった。」
 佐助・幸村・ の三人は今現在行われている話し合いには目もくれず、 を眺めていた。
 ぴくりとも動かない だが、最後に提案した内容はとんでもなかった。が、政宗が大笑いをしてそれを了承したので今はその計画の相談中。 のところまで来ていきなり寝始めた。力の使い過ぎだ、と政宗が言っていたが確かにそうだと思う。


Partyだァ? 何を考えてるんだ、アンタ。」
「そのものズバリですよ。お祭りにしちゃいましょう、って言ってるの。順序を変えれば出来ない事も無いでしょう?」
 いつきたちが一揆を興したのが先ではなく、奥州筆頭に訴えた所から始めよう、と言っているのは判る。だがそれが祭りにどう繋がるのか。
 興味津々で聞く体勢を整える面々に、 は説明した。
「いっちゃんたちは村の窮状を奥州筆頭に訴えました。そこで領地が違うとは言え苦しむ農民を見過ごせない心優し〜い奥州筆頭サマはひとつ約束をしました。」
 途中、ぷっと笑いが漏れたがそれ以外では誰も話を遮らないので、続けて言う。
「知行の違う国の事、出来る事も限られるがもう少し様子を見て、それでも領主が改善しないのならば、奥州筆頭の名にかけて出来る限りの手を尽くそう。それまでもう暫く辛抱してくれ、と言われていっちゃんたちは村に戻りました。」
「…だが幾ら待っても領主は態度を改めない。そこでもう一度奥州筆頭に願い出て、一揆を興すことにした、か?」
「まぁこの場合、一揆じゃ無くてお祭りですが。」
 名付けて『打ち毀し祭り』と は言った。
 何もしない領主に対して諌める意味で穀倉を襲う、米蔵を開放させる。今まで一揆衆が行っていたことと同じ事だが、違うことが一つ。奥州筆頭のお墨付きがあり、襲った米蔵は予め奥州筆頭が用意していた物、と言う事。実際は違うが、奪った分だけ伊達領から補填して埋め合わせる。
「伊達は開墾にも意欲的だし、米の作柄も良い。遣り繰りの上手い家臣も居て、余剰米が有る筈だよ。どうなの、奉行殿?」
「よくご存知で。兵糧として蓄えてる分以外にも各地に点在している城や屋敷に備蓄米があります。備蓄米だけで恐らく此方の皆さんが思う以上の量になると思いますよ。」
「ちょっと羽目を外しても、お祭りだからね。あんまり細かい事をぬかすようなのは狭量だって言われるだけだよ。」
 ふふふ、と笑う に一同呆気に取られる。
 祭りに託けるのは言い訳が立てやすいからだ。後々問題になったとしても、幾らでも修正が利く。
「ポイントは、あくまでもお祭りに徹すること。で、まぁ一揆首謀者のいっちゃんにはお祭りの最後に踊ってもらいましょう。」
「はぇ? 踊る? おら、踊りなんかできねぇべ!」
「出来なくても踊るの。それが一揆首謀者への罰。…五穀豊穣の祈りだからね。女神様へ奉げる舞いですよ。祭りなら祭りらしく、ね?」
 祭りの流れは一揆衆が、指定の穀倉を襲い米を放出させられれば一揆衆の勝ち。放出出来なければ負け。どちらにせよ結果が判った時点で首謀者が五穀豊穣の舞を奉げて終わる。至ってシンプルだ。
「祭りの意味は?」
「為政者側への問題提起、って事にしとけば?」
 そもそも領地の管理を徹底していれば、一揆を興さずに済んだのだ。
 農民が困窮するのには訳がある。それなら米に代わる物を指導するなり、年貢を軽くするなり、手段は幾らでもあるのにそれを怠るならば領主としては失格だ。
「厳しい領主、甘い領主、畏れられる、慕われる。色んな領主がいるけれど一番悪いのは『何もしない』領主だからね。やる事が全て裏目に出ても、何かやるだけマシだよ。少しは進歩がある筈だから。でもやらなければ何もならない。You see?
 南部・大浦共に両家の諍いに感けて管理を怠った。尚且つ年貢を高くするのならば一揆も興されて当然だろう。但し為政者側はこれを善しとはしない。
「処罰されて当然なのは為政者側。だけど表立ってそれが出来ないのなら、大っぴらに正々堂々アピール、つまりは訴える。祭りという容を以ってして訴えられてそれでも何もしないのなら、裁きが下る。そう思わせる事が大事ですよ。」
 一揆衆が祭りとして窮状を訴え、それでも何もしないのならば奥州筆頭が黙ってはいない。そう思わせる事が目的。
「この祭りが行われるのは条件が幾つか。先ず、作柄が悪い時、年貢が高い時、領民の半数が困窮した時。それらを改善しない場合、祭りの条件が整うとすること。祭りが行われた場合、領主は行政手腕を問われてると同義。だから祭りが行われないように領地を整えなければいけない。…そうする事で、逆に一揆を防ぐ。」
「一揆を祭りにすり替えるのは構わねぇ。だが、それだと豊かな時はどうするんだ。何もしないのか?」
「いや、それだと祭りの意味が無くなるから、やるなら毎年か一年おき。ただし、一揆を模したものではなくて、普通に五穀豊穣の祭りでいいと思うよ。何なら流鏑馬でもやれば? 的が多く当れば豊作、少なければ凶作、って具合に。神事にしちゃえば良いんだよ。で、いざという時は先刻言った通りの事をする。もし行われた時は、領主が無能か余程の凶作って事だから。問題提起にはなるでしょう。」
 ニヤリ、と笑う に政宗は一瞬戸惑ってそれから大笑いした。
Ha! アンタやっぱりサイコーだな。良いだろう、その案乗った。」
「政宗様!」
「反論は無ェ筈だ。これより良い案があるなら今すぐ言ってみろ。少なくとも、俺が考えていた事より余程面白ェし一時凌ぎでも無ェ。」
 政宗も一揆衆を助ける事を考えてはいた。だがそれは首謀者を処分した上での話。その上で一揆を鎮圧したからと言う理由をつけて貸しを作ろうと思っていたが、 の案の方が貸しを作りやすい。そして祭りの神事として決まり事に則って行われるのであれば、外部からの圧力も少ないだろう。奇祭として見做される位だ。
 誰からも反対意見が出ない事を確認し、 は漸く力を抜いた。
「それじゃ、そう言う事で。後は宜しく〜。」
  の元へ歩いて行って力尽きた。
 驚くいつきに、政宗は「寝てるだけだ、心配するな。アンタは俺たちともう少し話を煮詰めようぜ。」と言って、話し合いが続行された。


 何時まで続くのか、と思っているといきなり空気が変わった様な気がする。と同時に集まっていた武将が其々散っていき、政宗が 達に向かって声を掛けた。
Hey! 終わったぜ。漸く纏まった。…これで城に帰れるな。」
「良かった。… はどうしましょうか。起こした方が良いですか?」
「半日は寝てる筈だ、起きねぇだろ。城に着くまで寝かせとけば良い。」
「そうですか? じゃあ何か台車にでも寝かせて運びましょうか。」
 寝かせたまま運べるからと思って はそう言ったのだが、政宗は呆れた様に言った。
「おいおい、 チャン? アンタ折角会えた妹を荷物扱いする気か? …俺が一緒に馬に乗って連れて行けば済む事だ。その方が早く帰れるだろ?」
「………まぁ、それはお任せします……。」
 意識の無い人間と一緒に馬に乗るというのは難しいんじゃないだろうか。
  はそう考えたものの、自分から言うのだから騎乗には自信があるのだろう。いい加減この寒い場所から早く移りたい は、政宗の申し出に同意した。
 それからの手際は早い。
は武田のオッサンに乗せてもらえ。幸村はそこのチビ一緒に乗せて城まで連れてってくれ。」
「チ…いつき殿でござるか? 何故わざわざ?」
「祭りの仕上の舞用に、こっちで衣装を誂えてやるのにSize測るんでな。それと景綱、お前こいつに神舞教えてやれ。」
Yes、sir。」
「延元は此方に残って後処理だ。とっくり灸も据えとけ。成実、お前は早馬で先に城に戻ってコイツの寝る部屋の支度だな。他の連中は各々仕事が終わったら城に戻れ。Work like a horse!
 政宗の号令とともに各々が動き出す。
 呆然として事の成り行きを見ていたいつきだが、はっと我に返り、 の元へ走り寄る。
 眠る を不思議そうに見比べる。それに気付いた は、自己紹介した。
「いつきちゃん。私は の事なら心配要らないからね。疲れて眠ってるだけだから。」
「…そうだべか? ならいいだども……おら、心配だ。 ちゃんは村に居たとき具合が凄く悪かっただ。なのに、あのおさむらいたちと雪の中転げまわって……。」
「転げ? …まぁ、具合が悪くてもいつきちゃんが心配そうな顔をしている方が、 には堪えるだろうから。あんまり心配しないで?」
「うん……。」
 にっこり笑う が男なら先ず間違いなくここで恋が芽生えるだろう、と思い幸村は幼い童に余計な心配をかけさせない、と言う の態度に甚く感心していた。
 気付くと目の前に馬の脚が見え、見上げると馬の顔……ではなく、政宗が馬を引いて立っていた。
「オラ。 乗せるぞ。ちょっと手伝え。」
 そう言うなり政宗は が押さえている間に自分は馬に乗ってすかさず引き上げた。
 あっという間の事で、気付いたら は馬上の人となっていた。
 お姫様だっこじゃないんだなぁ。と がそういう扱いをされるタイプでは無いので、妥当な線だとは思う。
 政宗と も信玄の馬に乗せてもらう。
Shouts of triumph!
Yeah!
 政宗が高らかに宣言し、一揆鎮圧は収束を迎え、一行は城へと戻り始めた。


 道中何事も無く、と言う訳には行かなかった。
 敵襲があった訳ではなく、政宗といつきが喧嘩をしていただけだ。 を心配するいつきが政宗に様子を尋ね、何度も尋ねられて煩く思ったのか政宗が厭味で返し、次第にお互いの罵り合いに発展してそれを は眠り続けてそれを見たいつきがやはりまた容態を尋ね、同じ事のくり返しでうんざりした頃に漸く城に着いた。
 城に着くなり、成実が迎えに出て来た。
「殿ー、お帰りなさい。部屋の支度は出来ているから、早く 様を寝かせてあげようよ。」
「急かすな。…Wake up。部屋まで歩けるか?」
 軽く揺すると、 の目がうっすらと開いた。
「…梵ちゃん?」
 開口一番その呼び方に政宗は苦笑して注意する。
「梵ちゃんはやめろ。俺は今、梵天丸じゃ無ェ。」
「あー……そうか、そうだよね。今は立派な奥州筆頭だもんね。んー……まーちゃん、とか、とーちゃん、は厭だよねぇ。」
「……アンタなぁ……。」
 呆れてそう言うと は「冗談、冗談。」と言って目を擦りつつ、自分の今現在の状況を確認した。
「…お城だね。」
「俺の城だ。部屋を用意してあるから、寝るならそこで寝ろ。下りられるか?」
「んー、まぁ大丈夫でしょう。…せいっ。」
 勢いをつけて馬から飛び降りる。着地に足元がふらついたもののしっかりと立ち、 は少し伸びをした。下りられなければ手助けしようと待ち構えていた成実は、差し出した手の行き所に困り、何となく だが、そのままの形で成実の方に倒れこんだ。勢いで の名を呼ぶ。
様?!」
? まだ寝惚けてンのか?」
 まだ寝足りないのかと呆れる政宗だが、次の成実の言葉に顔色を変えた。
「何言ってるのさ!  様、凄い熱だよ?! 殿、気が付かなかったの?」
「何ぃッ?!」
 慌てて の額に手を当てると、確かに熱い。馬上では自分は鎧を着けていたし も蓑を着けていたので、体の熱が伝わらなかった。
「成実っ! 部屋は何処に設えたッ! Show the room!
「アイサー!」
 叫びながら を抱え上げると、そのまま猛烈な勢いで駆け出した。
 後ろで一体何事が起こったのかと驚いていた が『本当に』倒れたらしいと言うことが判り、慌てて追いかける。
「やっぱりおさむらいは信用なんねぇ! アンさの具合が悪いっておらずっと言ってたのに!」
「いや、 もやせ我慢してたんだと思うよ。政宗さんばっかりが悪いという訳でも……。」
  はいつきを宥めつつ追いかけて、息の上がった頃に部屋に着いた。
 そこは最初に たちが案内された部屋とは違い、庭に面したかなり広めの部屋だった。中央に寝床が拵えられ、丁度政宗が を横にしていた。
 ぎこちなく靴を脱がせていたので、慌てて駆け寄り政宗に言った。
「後は私がやりますから。政宗さんは、えーと……寝巻きとか、お医者様とか、そっちを用意してください!」
Oh my……判った。」
  の勢いに押されて政宗が部屋を出ると、政宗が慌てて駆け出した時点で状況を把握した景綱が の言った用意を既に済ませていた。脇を腰元が一礼して通り過ぎ、 に着物や布を渡す。医師も程無く準備を整え部屋に入っていき、障子が閉められた。
 締め出された形になった政宗が再度部屋に入ろうとして景綱に止められた。
「政宗様。御心配なのは判りますが、せめてお召し代えがお済みになるまでお待ち下さい。」
「何で待……Ah〜……I see。That reminds me that fellow was a girl。
 理由に思い至り、僅かに顔を赤らめる。政宗の呟いた異国語が判らなくても今の話の流れで、やはり理由が判ったのか幸村たちも微妙に頬を染める。と、からりと障子が開いて が顔を覗かせた。
「誰か のカバン知りませんか?」
「カバン? おい、成実知ってるか。」
「知らないよ。オレ殿より先に城に戻ってたじゃん。景綱は?」
「存じません。何時も片時も離さずお持ちだったのでは?」
  が持ち歩いていたカバンの事は三人とも知っていたが、そう言えば見かけない。まさか無くしたかとトラウマ持ちの二人が一瞬蒼褪める。
「カバンってこれのこと?」
 佐助がいきなり現れて に件のカバンを渡す。
「何でお前が持ってるんだ。」
「え、旦那たちが話し合ってる間 サンが寝てたでしょうが。その時邪魔そうだから預ってたんだけど。」
 政宗に睨まれて弁解する佐助だが、目線は渡したカバンに行っている。中を確認しなかったので何が入っているのか気になって仕方が無い。だが は気付かないのか、佐助に礼を言うとそのまま部屋に戻ってしまった。
 説明無しで放り出された形になって、残された男達は顔を見合わせる。ここで束になっていても仕方が無いが、中の様子も気になる。いつの間にかいつきはちゃっかり中に入った様でぽそぽそと声が聞こえる。それに何故か苛立つ政宗だが、続けて医師の笑い声が聞こえて驚いた。
「何故笑い声が?」
 幸村も目を瞬かせて笑い声に疑問を投げる。普通この状況で笑い声は無いと思うのだが。思ったほど酷い情況でもないと言う事か。それならそれで安心だ、と政宗は少し表情を和らげる。
 やや暫くすると容態を診終えた医師が廊下に出て来た。どう言う訳か口の端が笑っている。
「…容態はどうなんだ。」
「御安心召されよ、政宗様。少々熱が高うございますが、ご本人が仰る通り疲れが酷いだけでございます。詳しい話は姉君様にお尋ねになれば宜しい。いや、流石政宗様のお眼鏡に適うだけの事はある。雀医者はこれにて失礼しますよ。」
「アァ? 雀? おい?」
 政宗が止める間も無く、医師はクスクス笑いながら去って行った。
 本人が言った、と言う事は今 は意識がある状態だと気付き、部屋の中に入ろうとして一応 に声を掛ける。
「おい。入っても良いか。」
「どうぞ。」
  はそう答えつつ政宗が許可を求めた事に対し、笑いを噛み殺した。曲りなりにも一国の城主がまさか自分の持ち城の一室に入るのに許可を求めるとは。案外礼儀正しいんだな、と思う。
 そっと足音を立てないように近付いた政宗に、 はすまなそうに言った。
と話したいでしょうけど、今薬を飲んで寝た所なんです。寝かせておいてください。」
「…それは構わねぇ。一つ訊きたいんだが、あの籔医者、何で笑ってたんだ?」
 政宗が尋ねると、どう言う訳か が噴き出した。すみません、と謝るものの笑いを噛み殺しているので肩が震えている。理由がさっぱり判らない政宗は再度同じ質問をした。
「怒りませんか。」
「今更コイツの絡んでることで怒る気もしねぇ。…病人なら尚更な。」
 そこまで言われて説明しないわけにもいかないだろう。 は顔色を窺いつつ説明した。
が、伊達の家紋が竹に雀で良かったって言ったんですよ。悪くても雀医者だから死ぬことは無いだろうって。」
I don't understand it more and more。」
「組紐とかだと出てくるのは紐医者だから、罹ったら絶対死ぬって。ほら、雀は籔に近付くものでしょう? 竹は籔に見立てて……。」
 そこまで言われて政宗も医者が大笑いした理由が判り呆れる。調子が悪くて倒れたくせに、よくそこまで頭が回るものだ。呆れるを通り越していっそ感心する。
「なるほどな。伊達には籔医者と雀医者しか居ないってか。Ha! 病人が減らず口叩きやがって。…コイツらしいけどな。」
「元々体調が悪いところへ持ってきて余計な体力を使ったから、回復が間に合わないみたいなんです。それで熱が出て……一応、解熱剤を飲んだので熱はそのうち下がると思います。後は良く寝て、それと栄養補給も出来れば回復するんじゃないかと……。」
「それはあの籔も同じ事言ってたな。だったら好きなだけ寝かしとけ。メシ食う時だけ起こしゃ良い。食って寝りゃ治るんだろ?」
「多分。」
 自信の無い返事ではあるが、その辺は本人以外判らないだろう。政宗は立ち上がり、 以外全員部屋から出るように促す。
「雁首並べて部屋に居たって仕方ねェ。 に任せときゃ良い。俺達は俺達でやる事があるんだからな。 コイツも言ってただろ、Do one's duty。」
「本分を果たせ、ですか。」
 確かに未だやるべき事は沢山ある。一揆鎮圧の後始末、これからの交渉、そして『祭』の準備。問題は山積みなのだから、政宗の言う通りここは に任すべきだ。
 やるべき事はやらないといけない、と言う言葉にいつきは渋々従う。信玄と幸村、佐助は政宗と今後の打ち合わせをする為城の奥へと案内された。政宗の後姿を眺めつつ、景綱と成実はこっそり溜息をついた。
「殿もやせ我慢してるよね。」
「仕方ありません。立場に見合う責任は負わなければ、誰もついては行きませんよ。」
 その言葉に から離されて拗ねていたいつきがはっとする。
「あのお殿様、 ちゃんの傍についていたかったんだべか?」
「認めないだろうけどねー。そりゃ心配してるよ、殿だって。もしかすると 殿以上に心配してるかもね。」
「絶対にお認めにはなりませんけどね。ですから貴女もご自分のやるべき事を果たしてください。それが 様の想いに報いる事になりましょう。」
 こくりと頷くいつき。果たすべき事を果たさなければ、折角話し合いの場を設けてくれた に申し訳ない。いつきは改めて景綱に舞を教えてくれと請い、景綱も了承した。


 シンと静まり帰った暗い廊下を渡りそろりとそろりと部屋に入ると、 がうつらうつらと船を漕いでいた。眠そうな様子に、政宗は声をかける。
「眠いんだったら寝ろ。アンタが倒れたら が困るだろう。」
 いきなり現れた政宗に驚いたものの、言う事に一理あるのでどうしようかと考える。一応容態は安定しているし、特にやる事もないので寝たほうが良いのは判る。だが急に熱が高くなる可能性も捨てきれない。
 迷っていた だが、ふと夜中に政宗が来た理由に思い至り、そっと場所を明け渡す。
「じゃあ私の代わりに見ていて下さい。お願いします。」
OK。隣に寝床があるからそこでちゃんと寝てるんだぜ、 チャン?」
  が苦笑しつつ隣の部屋に入るのを確認すると、政宗は の額に手を当ててみた。熱は夜高くなることが多いが、昼間よりも熱くないのは良い傾向だ。息も荒くないので快方に向かっているのだろう。安心すると腹が立ってきた。
 昼間、 に任せて自分は信玄や戻ってきた家臣たちと今後の事を話し合っていたが、どうにも此方が気になって半分上の空だった。それでも色々理由をつけてなるべく此方に足を向けないようにしていたのだが、寝る段になってやはり気になった。一度気になり始めると寝ようとしても寝られず、諦めて少し様子を見るだけだと自分に言い訳して覗きに来たのだ。
「こっちは心配してやってるのに、アンタは寝てばかりだな。他人の世話より手前の心配も少ししたらどうなんだ。」
 顔を覗きながら苛立ち混じりについ呟く。暗闇の中でそれが妙に大きく聞こえた気がして、慌てて隣に聞こえたかと耳を澄ますと、 は早々と寝入ったらしい。昼間の強行軍とその後の看病で疲れたのだろう、規則正しい寝息が聞こえてきた。
 ホッとしてもう一度 の顔を覗き込むと、昔と変わらない顔がそこにあった。別れる直前、やはり今と同じ状況があった。寝ている とそれを見守る自分。
「アンタはいきなり現れていきなり去って行くのが得意だよな……。残された人間がどう思うかなんて、考えてねぇんじゃないか?」
 ぽつり、と呟きながら が目の前に居るという事を実感させる。
「正直、アンタには感謝している。俺が変わるきっかけになったのは確かだし、目標にもなった。アンタみたいに強くなりたくて……。」
  が驚くくらいに強い男になると決めたのは自分だ。彼女ならどう考えるか、行動するか。初めの内はそう思いながら。いつしかそれが自分自身の考えになり、 の事を忘れ。
「だが忘れてもそれでも思っていた。If you were here、それが誰だか判らなくても。I wish……。」
I'm here。」
 いきなりの返事に、政宗が驚いて顔を覗くと の目が開いていた。
 ばつが悪くなり、思わず小声で に文句を言う。
「アンタ、いつから起きてた!?」
「つい今し方……なんか、エーゴ……異国語が聞こえるなぁと思って……今何時?」
 ぼんやりと時刻を訊く は寝惚けている様で、政宗の呟きも殆ど聞いていなかったらしいとホッとする。
 時刻を訊かれても凡その事しか答えられない。
「多分、八ツじゃねぇか。丑の刻になったばかりだろう。」
「丑…… ちゃんは? 寝てる?」
「先刻寝かせた。起こしたいのか?」
「まさか。寝てると良いなと思ってさ。…独眼竜、 のカバン取って。」
 言われるままにカバンを渡す。そう言えば昼間も がカバンを探していた。何かあるのかと思って見ていると、何やら小さな箱から小さな白い粒を取り出し、口に放り込んだ。それから枕元に用意してあった水も飲む。
「何だ? 薬か?」
「うん、解熱剤……薬に頼るのは好きじゃないけど回復が間に合わないなら仕方ない。解熱は薬に頼るとして、体力は食事と睡眠で補おう……。」
 そうは言ったものの、何となく目が冴えて眠れない。薬を飲んだから暫くすれば眠くなるだろうが、どうせならそれまで話でもしておこうと は政宗に話しかけた。
「あのさ、一揆衆の事怒ってる?」
「何を突然。怒ると言うより呆れた。よくもあんな仕掛けを作ったもんだ。しかもあれはたった一人のためだろう。いつきとか言うガキの為の。」
 いきなりの話に政宗も戸惑ったが、黙って看病するより気が楽なので返事をする。
 最北端の地であそこまで自分たち――政宗と幸村、佐助の三人が梃子摺ったのは何も雪のせいだけではない。 があちこちに仕掛けた糸のせいだ。あれで散々転ばされてヒートアップしたのは否めない。当初の目的を忘れて子供の喧嘩になったのもそのせいだ。
 しかも恐らく は一揆の鎮圧が政宗で無ければいつきだけを連れて逃げたと思う。相手が政宗だからこそ、交渉の余地有りと見て勝負を仕掛けたのだ。
 政宗の指摘に はばつが悪そうに笑った。
「まぁね。だって幾ら戦う力を手に入れたとは言え、所詮まだ小さな女の子だよ。別にそれだけなら良いんだけど、結局責任の所在をあの子に押し付けてる容だったからねぇ。一揆衆もいっちゃんを守ろうとはしていたけれど、責任は取りたくなかったみたいだし。まぁいっちゃんが言い張った、てのもあるんだろうけどね。」
 実際のところいつきが首謀者として名乗りを上げた後、やはりそれでは拙いと何人かが自分が首謀者になると言った者もいた。だが、家族の反対やいつき自身が首を縦に振らなかったのでそれは無くなり、いつきを大将に祭り上げたまま一揆を起こしたのが実情だ。
「アンタ何でそんな余計な事に首を突っ込んだんだ? それこそいつきが言ってただろう、何で逃げなかったんだって。判っていたんだろう? 奴らが戦を始めるって事が。」
「判っていたからこそ逃げられなかったんですよ。最北端で一揆が起きたら、流れが起きる。それを起こしたく無かったから、あんな面倒くさい仕掛けをしたんですよ。」
 村中に糸を張り巡らすのは苦労した。だがそれも目的あっての事。いつきだけでも助ければ暫く流れは止められる。ゲームのシステム上では最北端一揆衆と最初に戦うのは余程の事が無い限りは陣を隣り合わせた伊達軍か上杉軍だ。しかしここはゲームであってゲームではない。最初がゲームキャラとは限らず、もしかすると南部軍だったかも知れない。その場合まず勝つのはいつきだと思うが、万が一と言うことも有り得る。しかも勝った勢いに任せてそのまま進軍を始めるかもしれない。そうなったら流れが起きる、止められない。
から聞いたが、アンタしょっちゅう『異世界』とやらに紛れ込むそうだな。いつもなのか、こんな余計な事をするのは。」
 危ない事をする、と思って政宗が尋ねると意外な事に は首を振った。
「何時もはこんな余分な事しませんよ。せいぜい言われた事をこなす程度で。先回りして何かやるなんてそんな面倒くさい。」
 異世界、つまりはゲームの世界にトリップしてやる事は先ず主人公を探す事だ。運良く早く見つかれば彼等のゲームの進行の妨げにならない程度に協力する。見つからなくても何時かは元の世界に戻れるのが判っているので慌てはしない。それが早いか遅いかの違いだけだ。
  の返事に政宗はますます疑問を抱く。面倒くさいと言うのなら何故一揆衆を助けるような真似をするのか。それこそ余計な事だろう。
「だったら何故。」
「…… ちゃんがいたからね。」
 ぽつりと呟く がいるとどう違うのか。
に巻き込まれてこの世界に来ちゃったからね。若しかすると……。まぁともかく、 ちゃんと再会出来るまでは誰にも天下統一の道を進んで欲しくなかった、と言う事です。」
「その為だけにあんな大掛かりな仕掛けを作って体調を悪くしたってのか? アンタ、……バカだな。」
「バカで結構。でもそのバカに心酔しちゃったのは誰かなー?」
「なっ、 っ! アンタやっぱり……!!」
 独り言を最初から聞いていたのかと、焦る政宗に は「子供の頃ね。」とニヤリと笑った。判って言っているのかそれとも偶然なのか。どちらとも掴めなかったが、政宗はがくりと肩を落とす。
「本当に……敵わねぇな……。」
 溜息と共に漏れた小さな呟きは、 が目を閉じてまた開けて言った。
「忘れてた。」
「何だ?」
「久しぶり。元気だった?」
「? 何を今更……。」
 突然の挨拶に政宗は戸惑ったが次の言葉にはっとする。
「また会えたでしょう?」
 いつかの言葉。別れの後には出会いがあるよ、と言ったのは。また会うことを確信していたからなのか。
 にこりと笑う に政宗も微かに笑って言葉を返す。
「そうだな、また、会えた。…I'm glad to see you again。」
Mee to。」

≪BACKMENUNEXT≫

文中、主人公を俵担ぎにしようかどうしようか迷ったのですが、結局普通に抱き上げる、と言う表現にとどめておきました。どういう抱き方かは個人の妄想の自由です。
それにしても政宗氏は心配性のようです。

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進みが遅くて申し訳ないですが、漸く主人公が政宗と話し合いました。主人公なのに、主人公側の記述が少ないです。姉の方が主人公なのかもしれない。(笑)
一揆衆の処遇については散々言っているので以下略。
景綱に舞を云々と言うのは彼が神職の出だからです。知ってるか知らないかはともかく、奉納舞は神職が知ってる筈。
雀医者の件は、元ネタはパ□リ○です。私の知る限り一番古いネタ。他で同じ話があったとしても私がネタにしたのはパ□リ○の方(笑)